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10話 ひとくちの罠



「お、おいしい……!!」


クラリスは頬を抑え、ただただ言葉を漏らす。


隣でルスカが眉を寄せ、小さくため息をついた。





『このあと、ランチはどうかな』


シュヴァンのさりげない一言とともに連れて行かれた店。


『あ、ここ知ってる、いつも来てる!シュヴァンがここを知ってるなんて思わなかった!』


顔を綻ばせるクラリスに、シュヴァンは穏やかに微笑む。


『ここ、魚がおいしいんだよ……ね……?』


扉を開けた時、クラリスは目を丸くした。


いつもは、古いながらも清潔なテーブルが多く並び、主人の奥さんの手縫いだというレース。

その上には小ぶりながらも季節の花が飾られ、主人の明るい挨拶が響くあたたかな店なのだ。


だが。


今は真っ赤なカーペットが敷かれ、真ん中には大理石のテーブルと黒いチェア。

メイドたちと見たことのないシェフがずらりと並び、頭を下げ、隅には弦楽四重奏までも控えている。


『あ、あれ……?』


クラリスは頬を引っ張る。


『夢じゃない……よね……』


シュヴァンはそっと腰に手を添え、歩を促す。


椅子を引くと、クラリスに微笑みかけ——






(何からできてるかわかんないこのデザートも……最高でした……)


気づけば、皿に残った白いかけらを名残惜しそうにフォークに乗せていた。


「満足してもらえたようで、なによりだよ」


シュヴァンはナフキンで口元を拭う。


「ルスカも、久しぶりの城の味はどうだったかな」


「……シェフが変わらず健在のようで安心いたしました」


ルスカはティーポットの横の網状のチョコレートを手に取ると、クラリスに手渡した。


「なにこれ……絶対おいしいよこれ……」


クラリスは震える手でそれを口にいれる。


ぱり、と音を立てた。


次の瞬間、口の中でとろける。


クラリスは目を丸くすると、ルスカに口元を指差した。

おいしい、と言いたげに。


ルスカは数秒見つめた後、視線を落とし口元を隠した。


「……ところで、例の件だけれど」


冷えた声音に、クラリスははっと顔を上げる。


シュヴァンが片手を上げると、メイドがすぐに近づいた。

何事かを小声で告げると、メイドは静かに離れる。


「あの誘拐事件。まだ犯人の尻尾を掴めていなくてね」


シュヴァンの声が、わずかに低くなる。


「誘拐……誘拐?あっ!!」


思わず声をあげたクラリスに、ルスカがため息をつく。


「お前、忘れていたのか?」


「だって、結果的に痛い目に遭ってないし、それよりその後のインパクトが……」


クラリスはちらとシュヴァンを見る。

シュヴァンは微笑んだまま首を傾げた。


(か、かわ……!!だめだ推しじゃない推しじゃ……)


ばちんっ!


「いたっ!!」


久しぶりの額への衝撃にクラリスは額を抑え机に顔を伏せた。


「ルスカ、可哀想だろう?」


軽く笑ってから、シュヴァンは視線を落とす。


「でもクラリス、くれぐれも気をつけたまえ。部下には護衛を命じてあるが——」


「えっ」


顔を上げると、いつの間にか隣に立っていた。

差し出された手。


「君に何かあったら、国にとっての損失だ」


クラリスはそっと、その手を取る。


シュヴァンの視線が、まっすぐにクラリスの瞳を射抜く。


「……もちろん、僕にとってもね」


にこりと微笑む。


(な、なにそれ……社交辞令だ、社交辞令……!鎮まれ交感神経……!!)


頬がじわりと熱を帯びていく。



背後で、ルスカはただ眉を寄せていた。











馬車の中、楽しい時間の余韻がまだ残っていた。

車輪の音が、静かにそれを揺らす。

やがて、その音も止まった。


「残念ながら、着いてしまったようだね。楽しい時間はあっという間だ」


「そ、そう、だよね……!」


目を逸らした先、診療所の外に異変が見えた。


「あれ?なんか診療所の前に人がいっぱいいる?」


そこには何十人もの女の子と騎士たち。


(今朝まではいなかったはず。なぜこのタイミングで……?)


ルスカは騎士たち、そして女の子たちへと視線を動かす。


診療所前に馬車が止まると、彼女たちは一斉に馬車の方を向いた。


「え?なに?」


ごくりと唾を飲んだ時。


「キャー!!シュヴァン王子殿下よ!!」

「王子様ー!!」


歓声が波のように押し寄せる。


「な、なにこれ……」


振り返ると、ルスカが肩をすくめた。


「お前たち、無礼だぞ!!」


騎士が人垣を押し除け、わずかなスペースができる。


「……さあ、クラリス。いまのうちに」


シュヴァンが先に降り、手を差し伸べた。


「キャー!!王子様、わたしにも!」

「こっちみて!!かっこいいー!!」

「何その子!!」


視線が突き刺さる。


(こ、こわい!!)


それでも、差し伸べられた手を取ると、馬車を降りた、その瞬間——シュヴァンはクラリスの両手を取り、何かを握らせた。


その上から、自分の手を重ねる。


「これは君へ。チョコレート、気に入っていたようだから」


視線を落とすと、小箱と封筒。

紅い封は、彼のマントの色によく似ていた。


「一ヶ月後に、僕の誕生を祝うパーティがある。その、招待状だ」


風が吹き、シュヴァンの髪を揺らす。

クラリスはその瞳から目が離せなかった。


(そのパーティは、妃を、選定するための……)


ルスカが顔を顰める。


「きて、くれるよね?」


「キャー!!!」

「わたしも!!わたしも行きたいです!!」


歓声がさらに高まる。


クラリスの手が震え始める。

その手を、シュヴァンが包み、そっと力を込めた。


クラリスは、何も言えず、ただ頷いた。


騎士の配置が、妙に整っていることに気づかぬまま——

その中央に、自分が立たされていることにも。

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