9話 濁った紅茶
シミひとつない真っ赤な絨毯に、暖炉には燃え盛る炎。
けれど室内は涼しく、シャンデリアが反射した光がピカピカに磨き上げられたテーブルの上で踊る。
「いかがでしたかな!我が校は!!」
クラリスの向かいに座る恰幅のいい男が、口元に蓄えた髭を撫でた。
「……素晴らしかった。流石は我が国の誇る最高峰の学術施設だ」
シュヴァンは穏やかな笑みを浮かべカップを持ち上げる。
「そうでしょう!実に光栄ですな!!」
豪快に笑う男。
(こいつが、理事長……)
クラリスはちらと視線を上げた。
理事長の隣に座る若い男と目が合い、男はサッと目を逸らす。
じゃらじゃらと金のネックレスが貧乏ゆすりのたびに音を立て、指は爪よりも大きな色とりどりの宝石が飾る。
校長を名乗るその男は、ずっとその宝石を撫でながら、時折顔を上げクラリスを睨んでいた。
(……なにかしましたか?)
クラリスは小さく息を吐き、目を逸らした。
「……ところで、急な視察とは珍しいことですな?近頃民間で医学校を、なんて噂をパーティで耳にしましたが……」
理事長は目を伏せ、顎髭を撫でる手をぴたりと止める。
(え?パーティで……?)
ずきりとクラリスの頭が痛む。
理事長は視線を上げた。
「もしやその件で?」
シュヴァンは表情を変えぬままカップを回す。
液面が静かに揺れた。
「……どうかな」
そっとミルクポットを手に取ると、紅茶にほんのわずか注ぐ。
透き通っていた紅茶は、少し濁った。
「一度濁った紅茶を元に戻すことはできない。問題は――誰がなぜ注いだか。違うかな」
シュヴァンはミルクポットを置くと、理事長に向かって微笑んだ。
その視線は、わずかに細められている。
(……怖いって)
沈黙に耐え切れず、クラリスはカップを手に取る。
かちゃりとソーサーが音を立てた。
その時。
「はっはっは……」
豪華な笑い声が響く。
「それはそうですな!全く、噂ほど当てにならんものはありますまい」
理事長は指でメイドを呼び寄せる。
「新しいものをお持ちしろ」
「はい」
メイドが頭を下げる。
(あれ……?あのメイド服……)
クラリスは一瞬メイドに視線を止める。
が、すぐ横でルスカが咳払いをし、クラリスも姿勢を正す。
「もう結構だ。殿下、そろそろ」
「ああ、そうだね」
シュヴァンがゆっくりと立ち上がると、ルスカもそれに続く。クラリスも慌てて立ち上がった。
シュヴァンが理事長たちに背を向ける横で、ルスカが理事長を見下ろした。
「……立派な施設だな。耳は早いようだが、随分遠いようだ」
「は、はは……これは手厳しい……」
ルスカはふん、と鼻を鳴らすとシュヴァンに続いた。
(あの時魔石出さなかったこと怒ってるんだろうけど……)
クラリスの指がわなわなと震える。
(怖いって!!)
ぺこりと会釈すると、足早に二人に続く。
校長の貧乏ゆすりの音が、部屋には残った。




