表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/88

22話 空白の一口




シュヴァンは、もうフォークに刺した生ワタンボを、口に入れる寸前だった。


(わ、わーっ!!どうしよう!!消さなきゃ!でも……!!)


『いいか。魔法を使っていることを、向こうに悟られるな。外交問題になりかねん』


シュヴァンの隣に座る色黒の王子は、気だるげな笑みを浮かべたまま、興味深そうにシュヴァンの様子を眺めている。


(このままフォークに刺さったワタンボを消したら隣の王子にバレる!!そうでなくても、みんなシュヴァン王子を見てるんだ……!!)


ゆっくりと、シュヴァンの口が開く。

クラリスのこめかみを、冷たい汗がつうっと流れた。


(そ、そうだ……!!)


シュヴァンがワタンボを口に含み、唇を閉じた、その瞬間。



ふっ……。




空気が、わずかに震えた。


口腔内にいれたはずのものがない。

シュヴァンは一瞬目を見開き、視線を上げた。


正面、扉の近く。

そこに立っていたのは、妙に表情の忙しい、一人のメイドだった。


(なんだ……?ウインク……?)


目を凝らして、すぐに気づく。


(……クラリス嬢?)


彼女はひどく焦った表情をしていたが、シュヴァンと目が合うと、慌てて口を動かし、咀嚼する仕草をしてみせた。


(……なるほど?)


シュヴァンは、ほんのわずかに口角を上げる。


そして、何も入っていない口で、ゆっくりと噛むふりをし、飲み込んでみせた。


「とても、美味ですね」


その一言に、場が沸く。

歓声が上がり、周囲の席でも、カトラリーの音が一斉に響き始めた。


シュヴァンはそのまま、再びフォークでワタンボを刺し、口元へ運ぶ。


口に含んだ瞬間、また、ふっと消える。


正面のクラリスは、眉を下げ、必死に両目を瞬かせていた。

まるで「ごめんなさい」と訴えているかのように。


(事情はわからないけれど……君のことだ。きっと、意味があるんだろうね)


三切れあった最後の一切れも、同じように口に運び、消える。


それでもシュヴァンは、何事もなかったかのように、噛み、飲み込むふりを続けた。


やがて、ナフキンで口元を拭い、静かに席を立つ。


「非常に、味わい深い食事でした。

我が国では、ワタンボをこのように食すことはありませんでしたが……良き学びとなりました。

この食事のように、これからも両国が、良き刺激を与え合えますよう」


シュヴァンがグラスを掲げると、再び大きな歓声が上がる。


こうして、食事会は、何事もなかったかのように、無事、幕を下ろしたのだった。





(よ、よかった……!)


クラリスは、ようやく胸を撫で下ろす。


ヒポクルス国の王子が、にこやかにシュヴァンと握手を交わし、席を立つ。


その時、シュヴァンが、ちらりとクラリスへ視線を向けた。


(あとで説明します……必ず……!)


クラリスが小さく頭を下げると、

シュヴァンはふっと微笑み、一度だけ、ウインクをする。


「……っ!」


悲鳴を上げそうになり、慌てて口元を押さえる。

頬に、かっと熱が集まった。


シュヴァンはそのまま、集まってきたヒポクルス国の重臣たちと、何事もなかったように握手を交わしていく。


(一生、好き……)


ぼんやりとその背を眺めていた、その時だった。


「ねえ、君?」


とんとん、と肩を叩かれる。


(貴族よ、今は無理……余韻に浸ってるので……!)


無視した、その瞬間。


ぐい、と腰を引かれる。


クラリスは、思わず息を呑んだ。


「俺とも、楽しいことしようよ?」


顔を上げた先にいたのは、

あの、ヒポクルス国の王子だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ