表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/88

17話 その背に積もるもの





「この研究について僕なりに考えたことを話していい?」


アニが口火を切ると、クラリスたちは小さく頷いた。


「まず、この研究のゴールは抗菌薬をつくること。つまり、“消去の魔法陣を治療に使いたい”ってことだよね?」


クラリスが頷くのを確認し、アニはノートをばさりと開いた。


「だとすると、この研究で達成しないといけない条件は三つ。

一つ目は、魔法陣の改良。

二つ目はコストの問題。前にも話したよね」


クラリスの脳裏に、以前アニに完璧に論破されたあの時の記憶がよぎる。


(いま棚に飾られているシュヴァン王子にもらった魔石が、あれだけで金貨百二十枚……)


思わず、ぞっと背筋が冷える。


(この前魔物から取れた魔石がなかったら実験は難しかったな)


当初は唐突に思えたアニの討伐の話も、今思えば、この研究の素材を見据えた判断だったのだろう。


(アニって……素直じゃないけどいいやつよね)


そんなことを考えて、つい口元が緩んだ、そのとき。


「聞いてる?三つ目だけど!」


「はいっ!」


慌てて背筋を伸ばすと、アニはじとりと睨んできた。


「使用者の問題だよ。普通の人間には魔法陣の構造を理解できないだろうけど……危険だから、万一にも出回らないようにしないといけない。それに……」


言葉を区切り、アニはちらりとルスカを見る。


「もともと魔石は王族貴族が隠してきたものだ。庶民の目に触れる形で使えるようになるかは……難しいだろうね」


ルスカは何も言わず、そっぽを向いたままだった。


(あの王様とお妃様を、また説得……?こわいって)


妃の冷たい視線は、たまに夢に出るくらいだ。


アニはぱたりとノートを閉じる。


「……もう一つ、あるかも」


クラリスが、静かに口を開いた。


「副反応も気になる。消去の魔法で、本当に狙ったものだけが消えるのかは分からない。合併症が起きる可能性もある。だから、経過をきちんと見られる人間が使うべきだと思う」


「そうなると、医師だな」


ルスカが低く言う。


「……だが、市井の医師が使う可能性は低いな。疾患に対する考え方が違いすぎる」


小さく、ため息をついた。


(そう、この世界では王族貴族を診る医者じゃない医者は、"まじない"レベルなんだ)


クラリスも、自然と目を伏せていた。


「……先行きは、遠いね……」


ヴィルがぽつりとこぼす。

その言葉に、重たい空気が部屋を満たす。


「でもさ!」


その沈黙を破るように、クラリスが声を上げた。


「逆に言えば、問題点ははっきりしてるってことでしょ?

まずは潰せるところからやっていこうよ。

四人もいるんだもん。そのうち、何か思いつくよ!」


勢いよく立ち上がると、三人は顔を見合わせ、

ふっと力が抜けたように笑った。


「……そうだな。四人、いるからな」


ルスカのその一言に、皆が静かに頷き合った。








それから、何晩経っただろうか。


「まーたここに泊まってんのか。若いからいいけどな、そのうち体壊すぞ~」


ミュラーが呆れ返るほど、クラリスたちは研究室に篭り切っていた。


机の上にはガラス瓶。

その中のビー玉だけを消すための魔法陣改良実験をひたすら続けていた。


「だめだこれ。ビー玉の色だけ消えた」


「次。これは?……あ、だめだ瓶の底が消えた」


積み上がるノートの冊数。

妙な形のガラス瓶。


仮眠を取っていても、日々深まっていく目の下の隈。




その一方で、日中は診療も行なっていく。


なんせ、王に認められた医師四人が所属する診療所なのだ。

評判が評判を呼び、診察待ちの列は伸びていく。

診療は本来の閉院時間を超えても続いていく。


その分研究時間も深夜にまで及ぶ悪循環がつづいていた。


クラリスもアニも、ヴィルも、ルスカでさえも、疲弊していた。



なので、気づくことができなかったのだ。

消化管疾患が、妙に増えてきていることに。




クラリスにとって運命の別れ道ともなるその患者が、いままさに名を呼ばれようとしていた。




「次は……朝からの腹痛、か。数日前から下痢もあり。また食あたりかな…?」


問診票を読みながら、クラリスは小さく背伸びをし、あくびを噛み殺す。


(また流行ってるのかな?子供のノロから、とか……?)


朝から、腸炎疑いを何人も診察していたのだ。


「次のエリオさん、どうぞ~」


小さな返事とともに入ってきた若い男性を見て、

クラリスは、思わず視線を留めた。


歩き方がおかしい。

腹部を押さえ、よろよろと前屈みになりながら、一歩ごとに顔をしかめている。

顔色は青く、呼吸も浅く速い。


(……普通じゃない)


食あたりや軽い腸炎のそれではなかった。


「こちらに、どうぞ」


クラリスはすぐに立ち上がり、男性をベッドへと導いた。






「肝膿瘍ですね」


クラリスは紙に簡単な絵を描きながら、静かに説明を続ける。


「肝臓に細菌が巣を作って、炎症を起こす病気です」


(既往もない。渡航歴もない……それなのに、どうして?)


首を傾げながらも、眠気を追い払うようにあくびを噛み殺す。


(……まあ、いいか。消せばいいものね)


クラリスは、そっと手をかざした。


「細菌の家を消さないことには治りません。いま、消しますからね……」


その時だった。





「待て」


 


鋭い声が、空気を切った。


 

「少し、気になる点がある。いいか?」



クラリスが小さく頷くと、ルスカは患者の方へ手をかざし、力を発動させた。


次の瞬間、彼のもう一方の手のひらに、粘つくような、まるでスライムのようなものが、蠢いた。


「……やはり」


「どういうこと?」


ルスカは答えず、机の上に何枚もの紙を広げていく。

それは、ここ数日のカルテだった。


「これは、ここ最近の消化管疾患の患者から顕現したデータだ。腸炎、憩室炎、虫垂炎まで。みな、おなじ検体を検出している」


クラリスは息を呑んだ。


「……つまり?」

 

ルスカは、まっすぐにクラリスを見た。


「この国に、また疫病の手が迫っている。


そう、考えた方がいいだろうな」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ