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12話 帰ってきた場所



クラリスがアニの方へ手を差し伸べ、一歩踏み出したときだった。


(……あれ?)


足元がふっと抜ける。

世界が歪み、視界がぐるりと回る。


(やば……使いすぎた、かも……)


力の入らない身体が、そのまま後ろへ傾いた。


「クラッ……!!」


回る視界の端で、ヴィルとルスカが同時に手を伸ばしてくるのが見えた。








「~~……」


……誰かの声が聞こえる。

それから、すぐ隣に人の気配。


クラリスが重たい瞼を、なんとか押し上げると、

そこには、腰を下ろしているアニの姿があった。


「……起きた?」


ちらりと視線だけを向けて、アニは水筒に口をつける。


「あれ……?わたし、どう、なってた……?」


「倒れたんだよ。魔力切れってやつ」


クラリスはゆっくりと身体を起こした。

全身が、ひどい筋肉痛のように重たい。


それでも視線を巡らせると、ここが洞窟を見渡せる高台だとわかる。

倒れたワニの上では、ヴィルとルスカが何か作業をしているところだった。


その様子を確認したところで、アニが小さな黄色の小瓶を差し出す。


「……魔力切れに多少いいよ」


「ありがとう」


受け取って口をつける。


(酸っぱくて、苦くて、どろっとしてて……しかも、くさい……)


思わず口元を押さえた、その時だった。


「……消しちゃえばよかったのに。倒れるまで、無茶しないでさ」


アニは膝を抱え、口元を隠しながらそう言った。


まるで、悪いことをしてしまって怒られるのを待っている子供のように。


クラリスはふっ、と笑みをこぼした。


「アニって、言いかたきついけど、言ってることは間違ってないかなって。

そのアニが"消すな"って言うってことは、なにかあると思って」


へらりと笑うと、アニは目を伏せる。


「……ぼく、散々嫌なこと言ったのに、よく信じる気になったね」


クラリスは目を見開いたが、一度息を吐くと、まっすぐアニの方に視線を向けた。


「だって、どうしてもアニに仲間になって欲しかったし」


にこりと笑うその横で、アニは瞬きもできず、ぴたりと止まった。


(……仲間……)


そんなふうに言われたことなんて、なかった。


アニにとって、人間関係は使い、使われるものだったから。


その時だった。


「アニ!あったぞ!」


ルスカの声に、二人は顔を向けた。


クラリスが高台から覗くと、二人はほっとしたように顔を見合わせる。


血まみれのルスカは、袋のようなものを重たそうに両手で掲げていた。


「あれは……?」


「魔石だよ。……あれ使えば、しばらく研究できるでしょ」


アニはぷいと顔を背けた。


「魔石の鉱山に陣取って、しかも使い魔を使ってまで魔石を集める魔物だから。体内に貯めてるはずだって、思って…」


アニの言葉はぐいと手を引かれ遮られる。


「ありがとう!アニ!すっっごく嬉しい!」


輝いた目に、アニの視線も吸い寄せられる。


「……あんたが、他の奴らと違うのはわかったよ。……研究の件、手伝ってあげる」


「ほんと!?嬉しい!!ヴィル!ルスカ!手伝ってくれるってー!…いたたたた」


繋いだ手でバンザイをしようとしてクラリスは笑いながら両手を降ろす。


アニは、ただ、その顔を見つめていた。

視線を逸らす理由を、見失ったまま。









それから、歩けないクラリスをヴィルとルスカが交代でおぶりながら、四人は村へ戻った。


魔物の処理は村人を通じて軍へと依頼し、必要な報告だけを済ませて、彼らは翌朝には帰路につくことになった。





ようやく城門をくぐり、見慣れた街並みが目に入る頃には、すっかり夕暮れが街を照らしていた。

クラリスの膝の上には大きな袋が一つ。

中にはあの魔物から取った、まるで胆石のような、大小様々な沢山の魔石が入っていた。


「ふわぁ……」


クラリスは目をこすりながら、ぼんやりと顔を上げる。


正面では、ヴィルとアニが肩を寄せ合い、完全に眠り込んでいた。

馬車の揺れに身を任せ、静かな寝息を立てている。


ぺらり、と紙をめくる音に気づいて視線を向けると、隣にはルスカがいた。


(……あれ?)


自分の体勢に違和感を覚え、クラリスはゆっくりと気づく。


(いま……寄りかかってた、よね……?)


じっとルスカの肩を見つめていると、彼は本から視線を上げ、ちらりとこちらを見た。


「……またやっちゃいました?」


おそるおそる聞くと、


「御名答だ」


即答だった。


その一言に、クラリスの顔から血の気が引く。


「ご、ごめん……!重かったよね!?」


慌てるクラリスに、ルスカは人差し指を自身の唇に当て、ちらりとヴィル達を見た。


「静かに」


声を出さずにそう言って、眠っている二人に目配せをしたあと、口角をわずかに上げた。


「俺はあいつみたいに優しくはない。この借りは、何らかの形で返してもらうぞ」


「こわ……。王族の“何らかの形”、こわ……」


クラリスが小声で震えた、そのときだった。


馬車が、がたん、と大きく揺れて停止する。


御者の気配。

そして、静かに扉が開いた。


「わたし、魔石とみんなの荷物を先に診療所においてくる!起こしといて!」


クラリスが魔石の袋を大事そうに抱えて馬車を降りた時だった。


「クラリス!?」


聞き慣れた声。

だが、久しぶりの怒気を含んだその声にクラリスはびくりと肩を揺らす。


「お、お母さん!?」


どうやらミュラーと話していたらしいクラリス母が、怒りを隠すことなくどすどすと足音を立てクラリスの前に立った。


久しぶりのお説教の気配に、クラリスは思わず喉がひゅっとなった。


「あんたね……!!お母さんは、もう堪忍袋の緒が切れました!!」


「ち、ちょっと待っておかあさんどうしたの」


「どうしたのじゃありません!!」


そのあまりの剣幕に、馬車からルスカやヴィル、アニも顔を覗かせた。


「あんたもう、結婚しなさい!!」


「…………へ?」


夕暮れの街に、間の抜けた声が響いた。

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