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2話 再び、スタートラインへ

煌びやかなシャンデリアが光を投げる広間。

中央の王座には王と妃。

壁沿いには、鎧をきらめかせた騎士や、式服を纏った文官たちがずらりと並んでいる。


その厳かな空気の中心でーー

ルスカ、ミュラー、クラリス、ヴィルの四人は膝をつき、深く頭を垂れていた。


「ルスカ・パストリア。お前を正式に医師として任命する。我が国での最年少記録だ。その誇りに驕らず、精進いたせ」


王の宣言に、ルスカは静かに頭を上げる。

五年前よりさらに背が伸び、肩幅も広くなり、立ち姿には少年の面影が薄れていた。


「このルスカ・パストリア。陛下より賜った御役目に恥じぬ働きをお誓い致します」


文官がいそいそと近づき、胸元へ金の勲章をつける。

王は満足げに頷き、次に視線を動かした。


「ミュラー診療所のヴィル、そしてクラリス。両名もまた、医師として任命する。励むがよい」


「ありがたき幸せに存じます」


ふたりが声を揃えて応じ、立ち上がると、同じく勲章が胸元に掲げられた。


「そして、師であるミュラー医師。貴殿には、我が国の公衆衛生の発展に寄与した功績を称え、褒章を授与する」


「身に余る名誉にございます。驕ることなく精進いたします」


ミュラーもまた、勲章を胸に授けられた。


(よし、あとは、ターンして出ていけば終わり……)


段取りを確認しつつ、クラリスが王の顔をふと見上げた瞬間ーー

王もまた、じっとこちらを見つめ返してきた。


目が合うや、王は蓄えたヒゲを撫でながら、悪戯めいた笑みを浮かべ、片目でそっとウインク。


(ふ、ファンサ!? いや待て、王という生き物の、そういう……挨拶、なのかも……!?)


わけもわからずクラリスも小さくウインクを返してしまう。


「クラ?出るよ!?」


横でヴィルが小声で噛みつくように促し、クラリスは慌てて姿勢を整え、広間を後にした。







「なんだったんだ……」


頭を抱えるクラリスの横で、ヴィルが深いため息をつく。

四人が式場から扉を抜けたその瞬間ーー

たたたっと軽い靴音が響き、勢いよく少女がクラリスへ抱きついてきた。


「お姉様っ!」


「わっ!」


反射的に抱き止めると、少女ーーフィーリアは両腕でぎゅうっとしがみついてきた。


十三歳になった彼女は五年前よりも背が伸び、

腰のあたりまで届く金の髪が光にきらめいている。

かつて“白雪姫”と呼ばれた彼女は、現在は国一番の賢姫として名を轟かせている。

抱きつく腕も、五年前と比べて随分強い。


その背後では、護衛のカレルが静かに一礼していた。


「無事に終わりましたか?本当は授与式、わたくしも参列したかったのに……!」


「そんな楽しいものでもなかったけど……あ、ねえ、王様って挨拶特殊なの?」


「特殊……?」


フィーリアがきょとんと首をかしげる。

その背後で、ヴィルのため息がひとつ落ちた。


「挨拶返したつもりだったの?王様にウインク返す人なんて、クラくらいだと思うよ……」


驚くほど落ち着いた声だった。

出会った頃の、クラリスよりも背が低く、おどおどしていたヴィルはもういない。

十七歳になった今は背丈も伸び、肩までの栗色の髪をひとつに結んだ横顔には、“若き医師”の自信が宿っていた。


「父上にウインク……?相変わらず、ネジが飛んでるなお前…」


両腰に手を当てたルスカが、呆れ顔で息をついた。


「だってそういう挨拶の文化だと思うじゃんか!」

「おもわねえ、普通の人間はな……」


にやけを隠しきれないミュラーが勲章をうっとりと眺めながらそう呟いた。


「ミュラー先生、顔やばいですって」


「うるせえな、いいだろ。嬉しいんだよ、この5年が報われて」


ミュラーは勲章についた小さな傷をごしごしと薄汚れたハンカチで擦る。


「大体な、医師免許もらうのにそんな勲章もらってんのもお前らくらいだからな。俺の時なんか、師匠のとこに書類一枚送られてきておわりだったよ」


「そうなんですか?」


ヴィルがポケットから綺麗なハンカチをミュラーに差し出した、その時だった。


「そう、特例なんだよ、きみたちは」


凛と響く声に皆が顔を向ける。

そこにいたのはーー


「やあ、久しぶりだね」


赤いマントを揺らしながら、にこやかに微笑む金髪の王子。


「し、し……シュヴァン王子!!」


クラリスの頬がぼん、と赤く染まる。

それを見たフィーリアは、抱きつく手にぎゅっと力を込め、あからさまに兄を睨みつけた。


が、シュヴァンはどこ吹く風と言った様子で、クラリスのそばに立った。


「最近忙しかったみたいだね。ルスカから聞いていたよ。何度か顔を見に行ったのだけど……きみに急な予定が入ったみたいで」


シュヴァンがちらりと視線をルスカへ。

ルスカはそっと目を逸らす。


「え!きてくださってたんですか!?そうと知ってたら……仕事なんか行かなかったのに…!!」


「それで、どうなさったんですかお兄様?何かご用でも?」


フィーリアが抱く手にさらに力を込め、にこりと微笑んだ。


「弟妹たちが随分逞しくなって、嬉しいよ……そうそう、クラリス嬢、きみに渡したいものがあるんだ」


シュヴァンが軽くあごを動かすと、後ろの騎士がきびきびと前に出て、クラリスの前に手を差し出した。


「え!!わ、わたくしめごときが、ななななにか下賜していただけるのですか…!?」


クラリスが震えながらシュヴァンを見上げると、彼はゆるく微笑み、短くうなずいた。


騎士の手のひらには、緑色の石。

その瞬間、フィーリアがはっと息を呑む。


「石…!?シュヴァン王子にいただいたものなら、ただの石でも家宝にします!!ありがとうございます!!」


勢いよく礼をしたクラリスの後頭部に、ぽすっ と軽い衝撃。


「……それは、ただの石ではない。魔石だ。……よいのですか、兄上?」


クラリスが頭を押さえつつ石を覗くと、ヴィルも背伸びして後ろから覗き込んだ。


「父上に許可はとってあるよ。彼女はフィーリアの治療に貢献してくれた、この国初めての女性医師だ。文句を言う人はいないだろうし、言わせないよ」


シュヴァンは口元だけで微笑む。

その目の奥は、底を隠すように静かだった。


(目の奥が冷たい!相変わらずメロい……!!)


周囲が一瞬で背筋を伸ばす中、クラリスだけが頬をさらに染めた。


「じゃあね、クラリス嬢。……近いうちに、また会おうね。紹介したい人がいるんだ」


それだけ告げると、シュヴァンは赤いマントを翻し、騎士を従えて歩き去っていった。



「え……結婚かな……?」

「……落ち着けクラリス。お前だけはない」


ミュラーのツッコミに耳も貸さず、クラリスは、震える掌に乗る石へ視線を落とす。

緑の魔石は鈍く光り、その中心には暗い煌めきが宿っていた。


まるでーー

これから待ち受ける“何か”を、指し示しているかのように。


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