第八十九話:魔王、深淵に号令す――悪魔《リバエル》顕現
帝国海軍、総力を挙げて“海賊船”の追撃を開始。
戦艦・巡洋艦・駆逐艦――まるで正規の海戦が始まったかのような艦隊が、魔王たちの前に立ちはだかる。
だが、魔王はそれを嘲笑い、踊るように挑発する。
SSR確定ガチャ演出のような、外れの希望を与えて――
そして、深淵から現れたのは、全ての海を喰らう者。
悪魔、顕現。
海の夜に咲く一夜の悪夢、第89話。
深夜の海は暗い。
だが、今夜の海は格段に明るかった。
それもそのはず――
いま、帝国海軍が“海賊船”の追撃に艦隊を動かしているのだ。
「砲撃よーい!撃て!!」
たかが木造の小舟一隻に対し、帝国は――
•戦艦1隻
•巡洋艦5隻
•駆逐艦20隻
という、事実上の“艦隊戦力”で決戦を挑んでいた。
「なんで当たらない!? レーダーはどうした!」
少将カート・シュナイダーは、焦りに満ちた怒声を上げた。
短期決戦で勝負を決めるはずが、もう本部からかなりの距離を進んでいるというのに――戦況は膠着している。
「申し訳ありません! 相手の船は木製帆船。金属部品が少なく、船体も小型。レーダーに映りません!」
「おのれ……旧時代の帆船ごときが、なぜ我々の機械仕掛けの艦艇より速い!?」
「少将殿、原因は“風”かと思われます。こちらに向かって、妙な順風が吹きつけてきます」
(……この海に30年いるが、この季節にこの方向の風が吹くなど、聞いたことがない。まさか――魔法!?)
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「兄ちゃん、なにこの風!? うちの船があの鉄箱どもより速ぇって……スゲー!」
「気持ちいい~♪ あたい脱ぎたくなるね! 帝国兵ども、あたいのケツにキスでもしな!」
「ある異世界には“東風を借りた軍師”がいるって言うけど……さすがに砲弾までは借りたくないな」
飛んできた砲弾の数々は、魔王の周囲で速度を落とし、そのまま海へと沈んでいく。
「速度のない砲弾は、ただの鉄球。ルーのロンギヌスと比べるまでもないな」
魔王が展開しているのは、“時間魔法”。
単に時間を止めるだけでなく、自分の周囲に近づく弾道攻撃の速度を“遅らせる”こともできるのだ。
なぜ、あえてそんなことをするのか――?
それは、「もう少しで当たりそうだ」という“希望”を敵に与えるため。
ちょうど、ガチャでSSR確定演出が出たのに、目当てのキャラじゃなかった時のような、あの残酷な“ズレ”。
そう、希望は深淵へ堕ちる最も甘美な前奏だ。
ここで引かれては困る――。もっと遊んでもらわなければ。
一度喰らいついた魚は、逃がさない。
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(……なぜだ。私の狼群は、あの海賊どもを追い詰めていたはずだ。それが、逆にこちらが誘い込まれたように感じる……。だが、もう引けない)
人間一旦一つのことに大きな金や労力を費やすと引き際が見えなくなる。
やめれば、これまでの全てが無駄になる。たとえ失敗と分かっていても、ますますのめり込むしかなくなるのだ。
“ここまで軍事行動を展開して、一隻の海賊船を追った末、何の成果もなく退却”――
そんな事態になれば、皇帝は何と言う?
「無能」。その一言だ。
それは帝国軍人にとって、死よりも重い烙印。
(私は……無能じゃない。私は……できる。相手はたったの小舟一隻。乗員はたった三人。こんな無敵艦隊に敵うわけがない……!)
そう自分に言い聞かせることで、カートは魔王たちに奪われた艦艇の数も、すでに忘れ始めていた――
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(あの空に浮かぶ金色の明星……ルーが成功したか。ならば――釣り上げるには、もう十分だ)
魔王は呟いた。
「私はこれからお世話になった海軍たちに、お礼をしに行こう。死にたくなければ、後ろを見ずに全速前進――いいな?」
「「了解っす! 船長!!」」
劇のクライマックス。
さあ、幕を引こう――
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「報告です! 少将、空に不明な反応があります!」
「何!? 砲弾か!?」
「……いえ、毛玉です。毛玉が空を飛んでいます!」
「……は?」
酒でも飲んで幻覚でも見ているのかと思ったが――
その“毛玉”こそ、魔王だった。
カート・シュナイダーは直感した。
彼の30年の海軍人生が告げる――
“逃げろ”
「全艦退避! 直ちにこの海域を離脱せよ!!」
だが、すでに――遅かった。
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「この世界すべての海を統べる悪魔がいる。その名は――リバエル。悪魔の七十二柱にして王クラス、すべてを喰らわす悪魔だ。名も無き魔王はここに命じる、リバエルよ、我が前に顕現せよ。」
魔王の詠唱が、空から響く。
海面に浮かび上がる、巨大な黒き門。
そこには72の魔印が刻まれており、それぞれが主たる者たちの力を静かに訴えている。
そして、ひとつが青白く輝いた。
門が、開く。
その深淵から躍り出たのは、全長1000メートルを超える超巨大な鯨――
それこそが、悪魔。
「海に生きる者として、海の主とまみえるとはな……光栄だろう?――ただし、その代償はお前たちの命だ。」
リバエルが落下する衝撃と同時に、その巨口が開かれた。
カート・シュナイダー少将と、彼が誇った『無敵艦隊』は、
巨鯨の入水で巻き起こった津波に飲まれ、深淵の口へと消えていった。
「まぁ……すぐ地獄へ送った方が、ルーも困らなくて済むからね」
そう呟きながら、魔王は門を閉じた。
――地獄の門は、静かに閉ざされた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は魔王が“遊び”から“処刑人”へと姿を変える回でした。
ウルフパック戦術という現代的な軍略に対し、魔王は
時間魔法で期待を歪め、
毛玉姿で嘲笑し、
神話級のリバエルで海そのものを飲み込む――
という、「構造を解体する」やり方で応じました。
ギャグ、戦術、神話、召喚劇――この作品が持つ“すべてのジャンル性”が融合した回となったと思います。