番外編②:神罰なき一日
「人間として正体がバレないこと」
「騒ぎを起こさないこと」
「一日を“人間”として過ごすこと」
――これが、僕とあの悪魔が交わした“ゲーム”の三つのルール。
だけど。
「……人間って、なに?」
僕は今まで、一度も考えたことがなかった。
人間なんて、せいぜい虫と同レベルの存在だと思っていたからだ。
虫のように数が多い。
虫のように知能が低い。
虫のように寿命が短い。
虫のように弱くて、すぐ死ぬ。
――じゃあ、虫でいいじゃん。
僕はずっと、そう思ってた。
それでも、ゲームを果たすため、僕は“人間らしく”振る舞おうと決めた。
まずは――食事。
「やすいよ、やすいよ〜! 今朝採れたばっかの野菜だよ〜!」
「奥さん! 今日は魚どうっすか! エビもオマケしときますよ、へへっ、うちの嫁には内緒でね!」
活気ある市場の中、僕の目の前に色とりどりの食材が並んでいた。
(……案外簡単じゃん。好きなものを選んで、食べるだけ)
そう思った僕は、一番いい匂いがする焼きたてのパンにかぶりついた。
「こらぁッ! このガキ、金も払わずにうちのパンをっ! 泥棒かッ!? 躾けてやる!!」
突然、店主の男が怒鳴りながら棒を振り上げてきた。
(……金?)
聞き覚えのない単語に首を傾げる僕。
このルキエル様が貴様ごときの“焼き物”を口にしてやったことを、
むしろ無上の栄誉とでも思うべき。感謝されこそすれ
逆上するとは身の程知らず。天罰を下してくれる。
その身も〜消し去ってやろうとした、そのとき――
「えいっ!」
男の股間に突然キックが炸裂した。
「……今のうちに逃げるぞ!」
誰かが僕の腕を掴み、そのまま走り出した。
*
「ったく……普通、パン盗んだら逃げるだろ? どういう神経してんだ、お前」
路地裏に逃げ込んだ先で、僕を邪魔したもの――
それは、薄汚れた服を着たガキだった。。
「僕に“逃げる”という概念は存在しない」
「ははっ、なんだそれ、カッコつけすぎだろ。まるで伝説の勇者様じゃん」
勇者――最低位天使以下の存在と、僕を一緒にするとは、失礼にも程がある。
「お前、最近来たやつだよな? 見ない顔だし。オレはダス。この辺じゃ先輩だぜ」
「“お前”じゃない。“ルキエル様”と呼べ」
「ルキエル? 名前か。もしかして、昔どっかの貴族だったり?」
……もういい。会話すら無意味だ。
あの悪魔に敗北するのが屈辱でなければ、
この町はとっくに僕が世界から消されている
僕はその場を立ち去ろうとする。
「待てって、せっかく友達になれたのに!」
思いやがるな、人間風情が。
「それよりさ、聞いた? この町に“勇者御一行様”が来てるって噂。ついでに、“天使”もいるとか……!」
――天使?
思わぬ情報に、僕の足が止まる。
勇者なんてどうでもいい。
だが、その“天使”とやら――確認しておく価値はありそうだ。
必要ならば、その場で――消す。