【リメイク】番外編③:優雅なる暴君、王国最強のお姉ちゃん
これは――
後に帝国史において『黄金の女帝』と呼ばれる、一人の少女の物語。
誰よりも優雅で。
誰よりも美しく。
誰よりも完璧で。
そして――
誰よりも家族を愛した、お姫様の話。
だが、その完璧な笑顔の裏で。
彼女は今日もベッドに転がりながら、弟をいじめていた。
政略結婚。
禁じられた初恋。
王国と帝国の対立。
そして、“女帝ツバキ・ブラッドムーン”誕生へ至る運命。
これは本編では語られなかった、
ツバキ姫の「少女時代」の記録である。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
それが私、ツバキ・アルセリオン。世界一完璧なお姫様。
「姫様、おはようございます。今日もご機嫌麗しゅうございますね。」
「御機嫌よう。あなたこそ、髪型変わりましたね、お似合いですよ。」
「ツバキ様、おはようございます!」
「おはようございます。あら、そのポーチ、とっても可愛いですの。どちらでお買い求めになりました?」
貴族であろうと使用人であろうと、皆に平等な笑顔と愛情を、差別なくお届けします。
その一挙手一投足はエレガント。伝統作法には忠実でありながら、新しい文化にも柔軟に対応。
自分には厳しく、他人には寛容。
「これ、いかがでしょうか。お母さま。」
「素晴らしい出来だわ。本当に何でもできてしまうのね。お母さん、嬉しい。」
父様の世界における『茶道』『華道』『書道』――どれも完璧にマスター。この十歳という年でもう免許皆伝。自分の才能が恐ろしいですわ。
「お母さま、後でマサキを私の部屋に来てくださるかしら。ちょっと弟の近況が気になりまして。」
「わかったわ。あの子もお姉さんを見習わないといけないわね。ツバキは本当によくできた娘だわ。レンがあなたの半分の女子力があれば、私もここまで心配しなくて済むのに。」
にやり。
「レンはまだ子供ですもの。好きな男の子ができたら、自然に女の子らしくなりますわ。私が保証します。」
「その頃には色々と手遅れな気もするけど……ツバキがそう言うなら、もう少し待ちましょう。」
「ありがとうございますわ。お母さま、では私はこれで失礼いたしますわ。」
席を立ち、ゆっくりと自分の部屋へ戻る。
そして――
カーテンを閉め、ドアに鍵をかけ、あの厚ぼったいドレスを脱ぎ捨てる。
「生き返る~! 姫とか、人の生き方じゃないよね。疲れた、疲れた。腰をあそこまで細くする必要ある? 折れるわ。」
着心地のよいパジャマに着替えて、ベッドへダイブ。この柔らかさ、極楽~極楽~。
姫だからベッドから降りない生活でもいいのでは……あ、お母さまがキレそう。
「姉貴、俺だ。」
ほう。来た来た。そのノック、待ってたのよ。
「入れ~。合鍵あるでしょう。入ったら鍵を閉めるのを忘れないで。でないとお仕置きするから。」
「はい、はい。――って、まだその格好? 女、捨てすぎじゃないか?」
なによ、弟の分際で。下着を着けずに、パジャマのボタンも上の方だけ外してるだけじゃない。だって最近、胸が大きくなったんだもん。それを言うのも姫のイメージとちょっと違うから、黙って今までの下着で我慢してるのよ。男の子はいいわよね、苦労しなくて。それに、マサキの視線が泳いでるけど、しっかり私の胸元を……
はぁ、はぁ。
「なに、そんなにお姉ちゃんのおっぱいが気になるの? この『ませキ』。」
「ま、ま、ま…ませてないし! 俺の前世はもう17だぞ。転生してから8年、実質もう25歳だし。」
「あ、そう。それで10歳の姉の胸に興味津々とか。あなた、ロリコンなの? まさか前世も童貞? 彼女がいたことないの?」
「ど、ど、童貞じゃないわ! モテたのよ、すごく。もう毎日もらうラブレターが山のように…」
チラッ。こっそりパジャマの胸元をチラ見せしただけで、もう顔が真っ赤。可愛い♪
だから弟いじりはやめられないわ。
「マサキ、足疲れた。マッサージして。」
「え? 普通に嫌だけど。使用人に頼みなさいよ。俺、一応王子だし。」
「弟の方がいいの。こんな姿、みんなの姫様『ツバキ姫』に見られたらイメージが壊れるでしょ。」
「俺ならいいのかよ! この猫かぶり姉め。父さんたちに言いつけるぞ。」
「ふうん~反抗的なんだ。じゃあ私もお母さまに言っちゃおうかな。マサキの部屋のタンスの裏に、剣術指導を偽装したあの本たちのこと、言っちゃおうかな。」
「お、お、お前…まさか!」
「『生意気な姉をわからせる、俺の○○○の奴隷にさせて毎日○○○○三昧』、『今日から姉ちゃんが俺のベッド、中以外は認めない』、『お姉ちゃん、僕はもう』――どれがいいの?」
「すみません、調子に乗りすぎました。」
「わかればいいのよ、わかれば。それより、足。」
諦めたようにマサキが私の足のマッサージを始める。ああ~手の動きは素人以下だけど、この従わせる気分が最高に気持ちいい。中身が25歳の童貞くんというのが、さらにいい。
「なあ、お前、帝国の王子と婚約したって本当かよ。」
マッサージの最中、珍しくマサキが私の話に触れた。なに、この子、気まずいの?
「本当だけど。嬉しい? ようやく姉の束縛から解放されるから。」
「嬉しくないよ。見たこともない男だろ、それに5も年上だし。きっと女をとっかえひっかえするに決まってる。結婚は好きな相手とすることだろ。政治のためなんておかしいよ!」
「お姉ちゃんが取られるのが悔しいんでしょ。大丈夫だよ、王国は15歳まで結婚できないから。マサキにはまだ5年、いじってあげるわ。」
「茶化すなよ! 俺は真面目だぞ。だって…俺は!」
マサキ、あなた、まさか…
「マサキ、あなたは弟なのよ。あなたの前世がどうであれ、今のあなたは私の弟。実の弟。血の繋がりは私たちをそれ以上にもそれ以下にもさせない。あなたにもセシリアという許嫁がいるでしょう。」
油断した。マサキの見た目はまだ8歳の子供だけど、中身はもう二度目の人生を始めた25歳の魂。お互いの距離が近すぎたかもしれない。
「俺はツバキのことが大好きだよ!」
暴走した勢いでマサキが私の上に覆いかぶさる。危ない体勢になってしまった。
力強い。私の方が体は2歳年上なのに、剣の修行を始めたマサキの男の子の体には力で負けてしまう。息が荒いマサキに、少しだけ恐怖が湧いてきた。
「残念ね。その体はまだ成熟してない8歳児。今のあなたには何もできないわ。」
虚勢を張っているが、頭は半分真っ白。いつもバカっぽいマサキがまさか自分を襲うなんて、想像しなかった。
「大人を舐めるな! その口を塞いでやる。」
「うッ!」
唇を奪われた。マサキはいつもと違って強引なやり口で攻めてきた。舌まで入れて、このバカ。
このままではまずい。兄弟の一線を超えてはならない。それは私にとっても、マサキにとっても未来のない道だ。
残る意識で、全ての力を足に集中して――
「ッ!!」
金的を喰らえ! お姉ちゃんを舐めるんじゃないわ。
急所を当てられて、痛みで悶える姿を見ると、ざまあと言うほかないわ。
「女の子が嫌がることを無理強いするのは嫌われるわ。覚えてなさい、キスが下手な25歳。」
ああ~ファーストキスの相手が弟とか、マジ最悪。ロマンチックの欠片もないわ。
でも家族だからノーカンだよね。うん、きっとそうよ。犬に噛まれたと思って忘れよう。
「俺、本気だよ。」
「なお悪いわ! レンに同じことしたら殺すからね、この淫獣。」
「レンはない、ない。あれはないわ。」
「もう一発行っておく?」
「すみません、もう勘弁してください…」
こうして、ちょっと危ないマサキの下剋上はあっけなく終わった。こんな情けない弟だけど、捨てられないのがお姉ちゃんの悩ましいところだね。
服を着直して、婚約の話をもう一度しようと思った。それがきっかけでマサキの中の私への淡い気持ちに火がついてしまった。何とかしないと、弟の将来、まともな恋ができないかもしれない。お母さまがあれほど溺愛しているから、私の方が苦労するわ。
「マサキの前世の世界では、政略結婚はなかったの?」
「あるけど、それはもう昔のこと。今の人はみんな自由に恋人を作るよ。」
お父さまもあの世界から召喚されたのよね。マサキの口で再確認できた。一人ひとりをちゃんとした個体として見る社会。個人の意思が尊重される、信じられないくらい解放された社会。私は憧れてしまう。
「でもこの世界はそう上手くいかない。王国と帝国は長い年月、大きな戦も小さな戦もしてきた。それを終わらせるには血縁の結びつきが何より大事。私が嫁がなくても、代わりにレンが行くことになるだけ。もしマサキの世界の自由恋愛が本当にあるなら、私はレンに譲るわ。お姉ちゃんだしね。」
「お前、まだ10歳だろ。なんでそんなに達観してるんだよ。なんでお前が犠牲にならなきゃいけないんだ。父さんも言っただろ、お前を政治の取引の道具にしないって。そこまで頑張らなくてもいいだろ。」
「マサキ。もし王国と帝国が戦争になったら、一番危ないのは長男のあなたよ。私やレンは姫だから見逃されるかもしれないけど、王子のあなたは戦争に負けたら死刑台に乗るのは決まってる。あなたが死ぬ姿は、お姉ちゃん見たくないわ。」
「嫌だ…俺、そんなの、嫌だよ。」
「泣かないで。25歳でしょう。」
もうこの子はしょうがない。ハンカチでこの弟の涙と鼻水を拭いてあげるなんて、苦労するわね、私。
「今晩、一緒に添い寝してあげるから。」
「それ、本当?」
おい、なんでそれで真面目になるんだ…
「変なことしたら、おろしにしてやるから。何を言うまでもないよね。」
「はいい!」
股間を両手でガードして、ようやく立場をわかったようね。
その日、弟の初恋は失恋で終わった。たまにいやらしい視線を感じるが、私たちの関係はようやく普通の兄弟へ戻った。残り5年の日々、悔いを残さず生きてほしいものだ。
*
縁談が進む。いくらお父さまが拒もうが、帝国の王子とのお見合いはとうとうやってきた。
空から巨大な飛行艇がゆっくりと王都へ着陸する。それが今の帝国が持つ、私が一番心配していた『科学』の技術だった。
30年前、まだお父さまが勇者として王国に召喚された時、帝国で大きな産業革命が起こった。今まで同じレベルだったはずの両国は、一気に差が開いた。
その始作俑者は『ドクター』を名乗る仮面の男。幸い10年前に帝国から姿を消した。だけど今のままだと、王国と帝国が戦争になったら、勝つ見込みは少ない。
何としてでも、この縁談を成功させてみせるわ。
「初めまして。僕、ティアノ・ブラッドムーンと申します。今日はこのような機会をいただき、ありがとうございます。」
「いいえ、私こそ。ツバキ・アルセリオン。この国の第一王女ですわ。」
相手の王子は予想していたようなブ男ではなく、綺麗な顔立ちをしている。キツネ色の天然パーマで、優しそうに見えた。
まあ、見た目は私的には合格だわ。最悪、見るに堪えない顔でも受け入れる覚悟はしていたけど、格好いいに越したことはない。
「ツバキさんですね。お可愛らしいお名前ですね。僕も花を嗜んでおりまして、椿の花の香りがとっくにお気に入りで、シャンプーにいつも使っております。」
「シャンプーとは何でしょうか。」
白々しい。もし私の名前がレンだったら、きっと「蓮の花が大好きです」と言うに決まっている。男がそんな甘い言葉で女を騙す。まあ、国のため、家族のためにそれに付き合ってあげよう。
「おお、興味がおありでしょうか。エンプラちゃん、サンプルを持ってきてくださいませんか。」
「了解であります!」
後ろの部屋から軍服の女の子?が小さな箱を持ってきた。丁寧に木製の箱に椿の花が彫られている。へえ~用意周到ね。この人、うちの25歳自称した弟と違って、女が喜びそうな物や扱いがわかっている。相当女慣れしているね。
こりゃ、あの心配も嘘じゃないかも。まあ、私が妃としての地位が揺るがないなら、愛人の一人や二人は目を瞑ってあげるわ。
「いい匂いです。これはそういうお菓子ですか?」
箱を開けると、白いクリーム状のものが中にいっぱい。帝国のお菓子かしら。それをひとつまみし、優雅に口に入れると――
「食べてはいけません。それは髪を洗うものですよ。」
「え?」
口に広がるのは、確かにお菓子のあの食感ではなかった。シャンプー……髪を洗うものなの? 恥ずかしい。なにちょっとわかっている感、出しちゃった。恥ずかしすぎる。
「ちょっと失礼します。」
早く口を直さないと。
「ついに尻尾を出したな、この色男! 姉貴に変な薬を盛って、手籠めにしようとしたな!」
なんでこんな時にマサキが?!
「娘はやらん。小童が欲しければ、わしの屍を乗り越えてからにしなさい。」
お父さままで!?
「やるでありますか。吾輩は将軍でありますよ。かかってこいであります!」
もうなんなの、この人たち… 口の中、吐き出したいのに、公衆の面前でそんなことできるわけないじゃない。
「どうやら帝国のお菓子はお姫様の口に合わなかったようですね。仕方ありません。田舎から取り寄せたものですから、僕が好きなだけで持ち歩いていたんです。どうぞこちらの水筒で口直しを。」
助かった。慌てて水筒を受け取り、水を飲むふりをして、その中に口の中のシャンプーを吐き出した。恥ずかしかった。
「ぷぷっ。これはお菓子じゃないであります。シャンプーは髪を洗うものであります。ポンコツの吾輩でもわかるであります。」
あの娘、全然空気を読まずに私に追い打ちをかけてきたわ。仕方ないじゃない。王国にそんなものないんだから。どうせ箱入り娘よ。
「ははっ。エンプラちゃん、これはお菓子ですよ。ほら。」
ティアノは箱を取って、私と同じくひとつまみを口に入れた。うそ?
「うん、椿油の風味が効いてますね。安心してください。これは椿以外の成分は入っていませんから、毒などありません。食べ物を差し上げる時は、先に自分が食べて毒がないことを証明するのが礼儀でしたね。帝国の者で礼儀を知らず、申し訳ございません。」
マサキとお父さまに深くお辞儀をして詫びるティアノ。バカなの? あれは食べ物じゃないでしょ。同じ食べて、私は誰よりも知っている。なのに――
「マジでありますか! 吾輩にも一口ちょうだいであります。」
エンプラも指でつまんで口に入れた。
「うーーーまいであります! なにこれ! もう一口、もう一口!」
「「え? 嘘だろ。だってシャンプーだよね。」」
マサキとお父さまは信じられない表情でエンプラを見た。あれは演技ではない。本心だ。
現にティアノも同じ困惑の顔で彼女を見ている。
「ほら、これはお菓子でしょう。この娘みたいな帝国の子供はみんな大好きなんです。」
「そうですか。」
嘘が下手。そんなのあるわけないのにね。ふん。
――嫌だ、私、もしかして笑っている?
「ひとの庭の乙女椿を恋ひにけり……」
「え?」
「すみません。あなたの笑顔を見て、僕はその句が自然に出てしまいました。僕は本来、この度の縁談を断るつもりでした。僕は王国と戦争するつもりはありません。そしてそのために一人の女性の人生を縛るつもりもありません。だけど、あなたに会って、僕は――人個人として、あなたを口説きたいと思いました。」
「ふうん~それ、私は何人目に言われたかしら。口が上手い帝国の王子様。」
5歳も年上のティアノに、私のいたずら心は抑えられなかった。この人を困らせたくなる。
「あなたが初めてです。僕は幼い頃から母に、女の子にモテる方法をいっぱい叩き込まれていました。そのおかげで異性からたくさん言い寄られました。だけど、僕は――僕が本心で好きな女性と人生を歩みたいんです。」
なに真顔で恥ずかしい台詞を言ってるの。そういうところがズルいのよ…
「出たよ、リア充のあれ。顔がいいからって調子に乗っちゃってさ。ね? カズキさん。」
「わしもまだ日本におったころ、こういうふうに初恋がクラス一の陽キャに奪われたのじゃ。畜生、悔しい。」
「お代わりであります!」
外野がうるさい。今、いいとこなのよ。静かにしなさい。
「では、まず交換日記から始めましょう。五年以内に私を落とせないなら、この縁談はなしということで。」
「はい。僕は毎日手紙を書きますので、ツバキさんは好きな時に返信してください。」
「カズキさん、国の手紙の配達を全部止めようぜ。」
「よし、鎖国だ! 明日から帝国から一枚も紙を届かせないように。」
「やめなさい。家族の恋を邪魔するな。馬に蹴られて死ね。」
「ははは。」
ほら、笑われるじゃない。恥ずかしい。
「いや、いや、変な意味ではありません。ただ、僕は幼い頃に両親を失って、兄弟もいないので。素敵な家族をお持ちのツバキさんが、羨ましくて。」
「私と結婚すれば、家族になれるじゃない…」
「え?」
聞かれた?! 小さい声で言ったのに。あああ、もう~!
「そうですね。せっかくですから、僕が料理を振る舞いますね。帝国風味の油揚げは、時に得意ですから。」
「私も料理は得意中の得意ですから。王国を代表して負けられませんわね。」
「ここで真打の吾輩が――!」
「「あなたはそこに座っていなさい。」」
「差別であります! ロボ差別で訴えるであります! ドクター!!」
*
五年後。ツバキ・アルセリオンは白いウエディングドレスを着て、帝国へと嫁いだ。
しかし帝国に妃が増えるのではなく――
女帝ツバキ・ブラッドムーンは、最高の統治者として帝国に君臨した。
番外編①が“喪失”。
番外編②が“母の愛”。
そして番外編③は――
“姉としての愛”の物語でした。
本編では見えにくかった、
勇者一家の「家族としての温度」。
その中心にいたのが、
間違いなくツバキです。
彼女は戦場で帝国を支配したのではありません。
まず最初に、
家族全員を掌握していました。
そりゃ女帝になる。
本当にありがとうございました。




