第二話:聖剣は選んだ、何も持たぬ者を
──「勇者」とは何か?
この世界では、千年もの間、その答えは一つだった。
「聖剣を抜き、魔王を討つ者」と。
だが、もしも聖剣が「無能なメイド」を選んだら?
もしも魔王が「毛玉のふわふわ生物」だったら?
そして──もしも「真の勇者」が、誰よりも「勇者らしくない」存在だったら?
これは、常識を覆す「偽りだらけの英雄譚」の始まりである。
何十年も昔、この世界に“異世界勇者召喚の儀式”が行われた。
そのとき現れたのは、黒い髪を持ち、見たこともない服を着た異邦の若者。
信じられないほどの強さを持つその者は、当時の魔王を討伐し、世界を救った。
――その名は、カズキ・アルセリオン。
彼はこの国の王女を娶り、アルセリオン王家の一員となった。
その後、仲間たちとともに世界の混乱を鎮め、二十年以上の平和を築いた。
だが、平和は永遠ではなかった。
ある日、神殿の神官が神託を受け、新たな魔王の復活を告げたのだ。
王国はふたたび、“勇者”の登場を求められた。
最も期待されたのは、現国王カズキの長男――第一王子、マサキ・アルセリオン。
異世界の血を濃く引き、その髪はこの世界には珍しい“黒”。
幼いころから剣聖に師事し、剣術を叩き込まれてきた。
成人を迎えた今年、ついに――彼の夢だった“勇者選抜の儀”が行われた。
しかし。
「なぜ抜けないッ!? この俺以外に、誰が抜ける資格があるって言うんだ!!」
叫びも虚しく、マサキは聖剣を抜くことができなかった。
――選ばれなかったのだ。
勇者にも、聖剣にも。
それは誰もが予想しなかった出来事だった。
他に有力な候補者もいない今、神官たちは代案を出すしかなかった。
「……では、第二王女・レン様にお試しいただくしか……」
彼女はマサキより四歳年下。現在は辺境の地で暮らしている。
第一王女ツバキは帝国に嫁いでおり、第二王子ユウキはまだ幼い。
よって、次の候補者として名前が上がったのは、彼女しかいなかった。
レン王女が王都に戻るまで、“勇者選抜”は一時中止となった。
「俺は認めない……ッ! あの女が俺より相応しいなんて、認めてたまるか!!」
怒り狂うマサキに、誰も言葉をかけられなかった。
父であり、元勇者でもあるカズキでさえ――ただ静かにため息をつくだけだった。
慰めの言葉は、息子の誇りをさらに傷つけるだけだと悟っていたから。
しかし。
すべてが一件落着と思われたその翌日、
――“運命”は、人々を嘲笑うかのように覆った。
「えっ……えっと……す、すみませんっ! 本当にごめんなさいっ! わざとじゃ、ないんですっ!」
そう言いながら、両手で“抜かれた聖剣”を抱えるのは――
ただの、名もなきメイドだった。
昨日の儀式の後、聖剣の清掃を任されていた彼女は、
まさかの“うっかり”で、聖剣を抜いてしまったというのだ。
その場にいた者たちは、息を呑んで彼女を見つめるしかなかった。
富も、名声も、血筋も、そして戦闘の才すら持たない少女。
だが、聖剣は――彼女を選んだ。
勇者に選ばれたのは、誰の期待にも応えられなかった王子ではなかった。
まおさまよ――汝の育成の道は、険しきことこの上ないぞ。
この物語は「英雄の条件」を問い直す寓話でもあります。
強大な力より、不器用な優しさが世界を変える瞬間を──
どうかメイドの包丁さばきと魔王の毛玉っぷりとともに楽しんでください。