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まおうさまの勇者育成計画  作者: okamiyu
第九章:魔王とは何か、王が王になる前の話――千年前の地獄と九つの罪
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第百八十一話:孤独は甘く、嫉妬は永遠に…私は悪役令嬢、だからあなたを奪う

地獄の最深部には、罰も炎も存在しない。


そこにあるのは、

永遠に枯れない花と、

決して冷めない紅茶と、

そして――誰もいない午後。


全知はすべてを知っている。

愛の始まりも、終わりも、裏切りも、

神が正しく在り続ける未来さえも。


それでも、

どうしても変えられないものがある。


「運命」という名の、理不尽だ。


これは、

神に最も近かったひとりの天使が、

神を否定し、

恋を選び、

世界最初の悪魔になるまでの物語。


――ようこそ、孤独地獄へ。

キューブ状の地獄は、すべての面を揃えて真っ黒に染まり、孤独地獄へと変貌を遂げた。

そんな時、セリナたちは毛玉とルキエルとはぐれ、一つの庭へ迷い込む。

――いや、誘い込まれた、と言った方が正しいかもしれない。

人の気配のない花園は、永遠の午後を閉じ込めた硝子細工の箱庭だった。

風はなく、生き物の息遣いもない。ただ、薄明かりの中に整然と植えられた花々が、息を潜めている。

しかしそれらはすべて、庭の主人の手によって隙間なく織り込まれた魔法の所産だ。

触れれば冷たく、香りはするが、それは本物の花の記憶をなぞっただけの、精巧な幻影でしかない。

色彩は鮮やかだがどこか薄っぺらで、見つめていると目の奥がひんやりとする。

園の中央に置かれたアフタヌーンティーのセットは、まるで絵画の中から切り取られたように完璧だった。

白磁のティーポットには繊細な金彩の唐草模様が這い、カップの縁は花びらのように薄い。琥珀色の紅茶が、わずかに湯気を立てている。

三層のケーキスタンドには、ミニチュアのサンドイッチ、スコーン、色とりどりの焼き菓子が整然と並び、砂糖菓子の表面がぼんやりと光を跳ね返す。

どれもこれも、指で押せば砕けてしまいそうなほど、儚い美しさだ。

「ご機嫌よう、地獄のお茶会へようこそ。お茶とお菓子は自由に取っていいわ。ふふふ。」

そのすべてを前に、悪魔モリアはただ一人、優雅に腰掛けている。

人形のように整った顔立ち。

淡い金色の髪は、月光をすくい上げ、梳いたかのように柔らかく、細かなレースのヘッドドレスの下で、静かに庭の明かりを受け止めている。

黒いゴスロリドレスは、幾重にも重なるフリルとレースが裾に向かって波打ち、一歩踏み出すたびにふわりと揺れる。そのたびに、闇そのものが呼吸をしているかのようだ。

袖口の繊細な刺繍、胸元の黒いサテンのリボン――どれもこれが完璧に整えられ、皺ひとつない。

見たところ十四、五歳。

しかしその瞳には、幼さとは無縁の凪が広がっている。碧く澄んでいるのに、深く透きとおる湖の底に沈んだ月のように、手を伸ばせば決して届かない距離がある。

「毛玉さんたちは、どこにいますか? 依頼の期限はもう……」

「大丈夫よ。この孤独地獄が地獄全体を包む時、あなたたちの依頼はもう達成しているわ。

だから、女の子だけのお茶会に招待したの。男の子には聞かれたくない話も、いっぱいあるから。」

モリアはゆっくりとカップを手に取った。指の腹に伝わる温かさは本物だ。

彼女はそれをそっと唇に寄せ、紅茶を一口含む。味はする。上品な渋みと香り。

けれど、喉を潤す実感はどこか遠く、すべてが巧みに仕組まれた舞台装置のようだった。

「それはどういう意味ですか……?」

「あれ、吾輩の時計がちょっとおかしいであります。全然走らないであります。壊れたでありますか?」

「違います。これは……」

レンやエンプラと違って、同じ悪魔であるザガンだけは気づいていた。

時は止まっている。

ここはモリアが生み出した異空間の一つ。

そして、彼女たちだけが招待されたのだ。

モリアは何も言わず、ただカップをソーサーに戻す。その音さえ、園の静けさに吸い込まれ、跡形もない。

――ここには誰もいない。

罰を受ける罪人も、彼女に仕える者も、虫の一匹さえも。

花は魔法で咲き誇り、決して枯れることはないが、蜜を吸う蝶も、風に舞う花びらもない。

紅茶はいつも淹れたての熱さを保ち、菓子は永遠に焼きたての輝きを放つ。

なのに、それはすべて彼女のためだけに用意された、極上の孤独だ。

「早くお掛けなさい、紅茶が冷めちゃうわ。安心して、時間はたっぷりあるから。ふふふ」

「わかりました……」

セリナたちには断れない。

この世界では彼女がホストであり、ゲストは従うしかないのだ。

用意された席に座り、それぞれ自分のカップを手に取った。

ティーカップの水面は、揺れることなく琥珀色の鏡になっている。

そこに映る自分たちの顔を見つめ、それぞれが違う想いを馳せる。

偽りの花は永遠に咲き、紅茶は決して冷めない。

ここは、孤独そのものが甘露であるかのような地獄だ。

「モリアさん……」

セリナは勇気を振り絞って、モリアに話しかけた。

「私たち、本当にマオウさんの役に立てているのでしょうか。むしろ、マオウさん一人の方が……」

そう考えるのも無理はない。

叫喚地獄以降、焦熱地獄、阿鼻地獄において、彼女たちに活躍の場はなかった。

ベリアルとリバエルが特段に強かったことももちろんある。しかし何より、彼女たちがこの二体の悪魔と戦い、全員が無事に生還する可能性は極めて低いと、毛玉が判断したからだ。

「いいえ、十分すぎるほどの働きよ。」

モリアは優雅にカップを傾けたまま、静かに言った。

「七千年以上の待ち時間を、六千年ちょっとまで縮めてくれた。それは彼一人では決して成し遂げられない至難の業。私が無理を言っても、彼が無茶をして勝手に死ぬだけだから。自慢してくれてもいいのよ。」

「でもあいつ、正史でもクリアしているんだよね、一人で。普通にすげぇだろ。つーか、大丈夫か? 俺たちが過去を変えて、未来は変わらないのか……?」

「大丈夫、大丈夫。」

モリアはくすりと笑う。

「あの人から、あなたたちが来るまでの一か月分の記憶を、マムブスのアブソリュート・スケイルで一時的に抜き取っておけばいいだけよ。それで後の歴史はそのまま動く。まあ、少しズレが生じたとしても、私が調整しておくわ。ふふふ。」

「ちなみに、正史ではどうやって兄貴に負けたんですか?」

「ええとね――」

モリアは一呼吸置いて、まるで遠い日の出来事を思い出すように、ゆっくりと語り始めた。

「百年間、彼につけ回されて、正体を暴かれ、拉致監禁。身代金として、アスタロトが二人分のコインを差し出したわ。」

「……よかったです、正史じゃなくて。」

セリナたちと出会わなかった正史の毛玉は、生き延びるために、地獄攻略でかなりの外道技を使った。

今でも時々使ってはいるが、セリナたちのおかげで、それは悲しみだけの話で済んでいる。

「それでドクターは正史でどうやってオリジナルに勝ったのでありますか? 吾輩、気になるであります!」

「相変わらず、嫌なことだけ聞くわね。」

モリアはわずかに眉をひそめ、苦笑した。

「それと、『オリジナル』呼びはやめて。私と同じ顔でバカなことしないでくれる? 私まで風評被害を受けるわ。」

しかし、彼女はすぐに表情を戻し、ティーカップをそっとソーサーに置いた。目を閉じる。

「でも……そうね。」

沈黙が、庭を満たす。

「今の報酬だけじゃ物足りないから、おまけで教えてあげる。

お茶の間の他愛もない話として、楽しんでくれたなら嬉しいわ。ふふふ。」

秘密主義のモリアが、初めて自分のことを他人と分かち合う。

それは今まで、彼女と毛玉だけの物語だった。

ザフキエル――それは『神の知識』を意味する、私が生まれ持った、神から授けられた名前。

第一世代の熾天使たちの教訓から、神は智慧の重要性を理解した。

そして第二世代、最初の智天使として――『全知』の私が生まれた。

けれど『全知』は、私にとって『呪い』に等しかった。

生まれながらにして全てを知る私は、自分を『女』としてしか認識できなかった。

綺麗なドレスが着たい。可愛くなりたい。素敵な男の子と恋をしたい。

愛するあの人の子を産み、母親になりたい――

だけど、この体は男のものだ。

この時代に、『女』という性別も、その概念すら、まだ存在していなかった。

――そして、二体目の智天使・ヨフィエルが誕生した。

彼女は、それまでの天使と違って、『女』の体を持って生を受けた。

この世界に初めて『女』が、第二の性別として広まったのだ。

『神の美』――皮肉なことだ。

私が持っていないものを、彼女はすべて持っている。

高い身長。豊満な胸。男を惹きつける愛嬌。

妬ましい……

『全知』の力は、私を苦しめるだけだった。

未来に得るアブソリュート・スケイルで、他人の体と入れ替わることはできても、それは『女』になったわけじゃない。

ただ別の器に逃げ込んだだけ。自分が余計に惨めに見えるだけだ。

ヨフィエルを憎もうとした。

私がもう少し遅く生まれていたら、幸せになれたのに――

でも、できなかった。

彼女はいい娘だった。私を心から友達として、なにより『女』の友達として、付き合ってくれた。

嬉しかった。私は彼女と親友になった。

――セクハラとその巨乳は許さないけどね。

その後、他の女の天使たちも生まれた。

私を姉として慕ってくれるサリエル、ちょっと危なっかしいレミエル。

女の子のグループを作って、幸せな毎日を過ごした。

――あの娘が生まれなければ。

すべては知っていた。その日がやって来ることも。

けれど私は、どうすることもできなかった。

「お兄ちゃん! 本当だ、私とそっくり~」

ザドキエル――『神の高潔』。

そして、私がもし『女』として生まれていたなら、という可能性の存在。

「お兄ちゃんじゃないわ。お姉ちゃんにして。」

「ええ~だってお兄ちゃん、男の子だよね。お姉ちゃんはおかしいでしょう?」

悪意はない。

だからこそ、タチが悪い。

彼女は心の底から、今の私が『おかしい』と思っている。

そして、私を『正常』な道へ戻そうとしているのだ。

男の子の服を持ってきたり、男の子らしい振る舞いを推奨したり――

最後には、こんな提案までしてきた。

「素敵な女性と恋したら、きっと自分のこと、好きになれるよ。」

「いらないわ。そんなものはヨフィエルに紹介してあげて。彼女なら男でも女でも気にせずイケるから。

私はノーマルだから、遠慮しておくわ。」

――余計なお世話だ。

そんな施しのような、上から目線が気に食わない。

本気で私のためを思うなら、その体を私と替わってみせなさいよ。

でも、そんな未来はどこにも存在しなかった。偽善者め。

けれど、何よりも許せなかったのは――

「お兄ちゃん、私、運命の相手を見つけたの。

全知のお兄ちゃんなら、とっくに知ってるよね? すごく可愛い男の子なの。」

……ええ、知っているわ。

あなたが生まれる前から。

あの、名もなき毛玉のことを。

大好きよ。愛している。誰にも渡したくない。

だけどザドキエルは、この世界に『運命』という概念をもたらした。

そして彼女の運命の相手が、その毛玉だった。

――許せない……

私が先に好きになったのに。

後からしゃしゃり出てきて、『運命です』で私から愛する彼を奪うだなんて、いい御身分ね。

でも、一番悪いのは――

神だ。

この悲劇の源は、神にある。

だけど神は、どうあがいても『悪くない』。いつだって『正しい』ままでいられる。

故に『裁かれる』こともない。それが間違っている。

『神の秩序』は正義でも悪でもない。ただの神の気まぐれだ。

その気まぐれに、私の人生は弄ばれた。

だから許さない。

そんな無責任な神を。

私は神から授かった『ザフキエル』の名を捨て、堕天した。

神に抗うために。この理不尽を訴えるために。神は間違っている、と。

今の私は――パイモン。

神を糾弾するための、世界最初の『悪魔』である。

私の反旗のもとに、かつての友も集った。

一番の親友ヨフィエル、可愛い妹分サリエル、放っておけないレミエル。その他にも高位の天使、合計七十二名が堕天した。

申し訳ない気持ちはあった。

だけど、後悔はしない。それは彼女たちの決意に失礼だからだ。

――神魔大戦が、始まった。

________________________________________

「へえ! 童貞ビビってる〜♪ 童貞ビビってる〜♫」

アスモデウス――それはヨフィエルが堕天した後、自らつけた名前。

異世界のファッションに熱中し、本来の白い肌を健康的な小麦色に焼き、派手なメイクと服装で、堕天後の生活を満喫している。

この娘、前からちょっとズレてたよね。

彼女は、このまだ男性が主流の世界で、ほぼ無双している。

「離せ! なんだこれ、体から力が吸われていく……どこを触って、ダメ……!」

男に対して圧倒的に強い。それは例え熾天使ガブリエルとて例外ではない。

「シコシコ……へえ〜、もう負けちゃうの♡ 童貞君よわよわ〜。シコシコ……じゃあ最後はカウントして、あ・げ・る♡」

アスモデウスがガブリエルの耳元で囁く。その魔性の声が、彼の理性を蒸発させた。

激しい痙攣の後、彼は無様に果て、灰となって消えた。

性魔術、恐るべし。

まあ、神性を持つ天使は知らないが、一度負けると戦場から退場し、二度と参戦できなくなる。

チェスのようなものだ。駒は物理的には消えないが、もうこの勝負では使えないという意味。

このルールがあるからこそ、不死の者同士の戦いが永遠の不毛な消耗戦にならずに済んでいる。

「イエ〜イ♪ 敵将討ち取ったり〜♫ なんちゃって♡」

「アスちゃん、避けて。」

「え?」

空から、一本の槍が撃ち降ろされた。

そのままアスモデウスの胸を貫く。

ロンギヌス――明けの明星が来た。

「ごめん、モリリン……しくじった……」

泣きそうな、申し訳なさそうな表情を見せながら、アスモデウスは退場した。

――それも知っていた。

だけど、私はその運命を変えることができない。

例え今日その一撃を逃れても、彼女は明けの明星によってこの戦場から退場させられる運命は変わらない。

ならばせめて、痛みの少ない今日のうちに、と。

大丈夫。戦争が終われば、また地獄で会える。

「ガブリエルめ……あんなみっともない負け方をしおって。口だけの情けない奴め。」

――空に輝く、一番の星。

神の切り札。私が勝てない最大の原因。決して超えられない壁。

もしチェス盤に、何が起ころうとも決して盤上から消えないクイーンがいたとしたら――

おそらく、それが彼の姿なのだろう。

別の世界の神話では、彼は堕天して神と戦うというが、この世界では神に忠実な尖兵だ。

本当に、嫌になるわ……

「次はお前の番だ、神に刃向かう不届き者め。地獄へ堕ちろ!」

「いやだわ。勝てない勝負はしない主義なの。」

空間跳躍で、その場を離脱した。

明けの明星は強い。

だけど、その一人ではこの戦争を終わらせられない。私をチェックメイトにはできない。

このいたちごっこが続く限りはね。

何より、天界側はこの不毛な戦いに耐えられなかった。

休戦が結ばれ、世界を巻き込んだ神魔大戦は、これによって終わった。

――しかし、物語はまだ終わらない。

堕天したことで、私は天界から降りられる身となった。

それは、同じ高位の天使でありながら天界に留まるザドキエルより、圧倒的に有利な立場だ。

彼に会える。私の愛しい、あの毛玉に。

今の彼はまだ弱い。魔法がまだ出現していないこの世界では、魔力の精霊としての彼は重視されていない。

同じ精霊たちからは疎まれ、心細い思いをしている彼を落とすなら、今しかない。

――その日、私は心が壊れかけた彼に出会った。

自己肯定感が低い今の彼から見れば、私は輝いて見えるでしょうね。

普通の相手なら、そこで終わり。

だけど、彼なら……

「私は君が欲しい!」

彼は、そう言った。

……ええ、知っていたとも。

私は微笑んで、応じた。

「ただの毛玉では、このパイモンには釣り合いませんわ。

私は――悪魔の頂点に立つ者ですもの」

「ならば、悪魔の王になって、君を手に入れるまでだ」

言葉に、一片の迷いもなかった。

私は、ちょっと意地悪く問いかけた。

「そこまでして、『全知』の力が欲しいのかしら?」

「違う。全知の力より――君が欲しい。

美しく、気高く、聡明な、君という存在が欲しいんだ」

……ええ、分かっているとも。

実際、彼はそんなことをしなくてもよかったのに。

だけど、このままでは彼とザドキエルの縁が、二人を引き合わせてしまう。

ならば、地獄に引き込んでしまえばいい。天使のザドキエルは、決して手の届かない場所へ。

そのための堕天計画であり、神魔大戦でもあったのだ。ふふふ。

――それから、七千年ほどが経った。

本来なら、彼を地獄に閉じ込め、私の側から離れられなくするためだけのつもりだった。

けれど、彼にそこまでして求められるのは、女として満足を覚えた。

彼が挑戦に失敗して死ぬ未来は、数え切れないほどあった。

毎回、心が引き裂かれる想いだった――それを本当の未来にさせないために、私は様々な細工を施し、彼を勝利の未来へこっそりと導いた。

それは、今までで一番、生きていると実感できる時間だった。

やがて彼は、私の元へ再びやって来る。集めた七十一枚の悪魔たちのコインを携えて。

それは私が望み、私が導いた未来。

でも、もう少し早く来てもいいんじゃないかしら?

……まあ、それが今の彼一人の限界でしょう。

後であの娘たちをこの時代へ連れてくれば、一千年は圧縮できる。今は贅沢は言わないであげるわ。

「約束通り、君をもらいに来たぞ。モリア」

ああ、なんて心地いいのかしら。

好きな男の子に、ここまで強く求められるのは。

だから私は、ここまでして女でいたいのでしょう。

でも、今はまだダメ。

簡単に靡くのは、安く見られてしまうもの。例え彼がそう思わなくても、女としてのプライドが許さないわ。

「よく来ましたね。七千年も待たせるとは、いい御身分なこと。

でも、まだ終わりではありません。むしろ戦いは、これからです」

「それは理解しているが……なぜ男装しているんだ? 君はそれが嫌いだと記憶しているけど」

彼が疑問に思うのも無理はない。

今の私は、普段のドレスではなく、燕尾服を身にまとい、髪も短くショートで決めている。まるで執事の少年のようだ。私らしくない――それが狙いなのに。

「だって、戦いになれば綺麗なドレスは汚れてしまうでしょう? レディとして、そんなみっともない姿を殿方に見せられませんわ」

――それは嘘。

女の私は、彼に攻撃すらできないからよ。

私は、彼に私が残した『男』としての最後の自分を壊してほしかったのかもしれない。

でも、その姿を見てがっかりしないかと憂う私もいる。

彼がそんなことでがっかりするはずがないと、知っているくせにね。

『全知』をもってしても、この複雑な乙女心を完全に納得させることはできなかった。

彼の愛を知っていても、試したくなる。

最悪な悪女だわ。

それなら、ザドキエルの愛の方が、よほど健全かもしれないわね。ふふふ。

――だけど、あげない。

私は悪女だもの。そんな優しいこと、するわけがない。

少女漫画で例えるなら、私は『ヒロイン』ではない。

彼女から王子様を奪う、『悪役令嬢』というあたりかしら。

そして、『悪役令嬢』の私がいる限り、『ヒロイン』が勝つ物語は存在させないわ。

では始めましょう。

私と、私の毛玉の王子様――二人だけのダンスパーティーを。

私と彼が結ばれる以外のエンディングは、いらないわ。

ふふふ。


私はヒロインではない。


祝福される存在でも、

運命に選ばれる存在でもない。


ならば奪えばいい。

壊せばいい。

書き換えればいい。


全知の悪魔が本気になれば、

物語の結末などいくらでも改竄できる。


神が正しいというなら、

私は間違い続ける。


王子様がヒロインを選ぶ物語など、

この地獄では成立しない。


――私と彼が結ばれる以外の未来は、

存在させない。


さあ、踊りましょう。

二人だけの、七千年越しのダンスを。

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