第百七十二話:禁忌のヌード――美は裁かれ、少年は残された
芸術とは、誰のためにあるのか。
神のためか。
見る者のためか。
それとも――描く者自身の救いのためか。
この夜、描かれたのはただのヌードではない。
剥がされたのは衣服ではなく、
神話であり、幻想であり、
そして「触れてはならない」という常識そのものだった。
少年の身体をめぐり、
二人の画家が、二つの美を描き、
世界は静かに、その答えを選ぶ。
これは勝負の話ではない。
芸術が、どこまで人間でいられるか――
その限界を試した、一夜の記録である。
試合は続ぐ、そして後はない。ここで負けたらすべてが終わる。
「第二日目のお題は、アスにゃんから発表するよ〜ん♪」
審査員一人一題の決まりで、二日目「絵画」のお題は彼女の担当。エロ大好きな彼女なら、十中八九あれを出すに違いない。
「お題は油彩画。テーマは『ヌード』。男女は問わないわ♡」
まあ、そうなるよな…。油彩画は、絵画の中でも特に時間がかかることで知られる。画家は長時間、極度に集中し続けなければならない。それを一日で仕上げるのは、彫刻とは別の意味で骨が折れる試練だ。
「ちょっといいか。」毛玉が声を上げた。「ヌードを描くためのモデルが欲しい。仲間を呼んでもいいか?描くのは俺だから、モデルはアーティスト枠を占めないはずだ。」
「それなら、アスにゃんの裸を描けばいいじゃない♡ で、痛い痛いっ!ごめんなさーい!」アスモデウスが率先して名乗りを上げたが、隣のモリアに脇腹を強くつねられ、しぶしぶ断念した。
「私をモデルにしたらどうかしら。」
「君は自分の体を嫌っているだろう。無理をするな。」
「あら、優しいのね。やはりあの子たちと一緒にさせたのは正解だったかも。ふふふ…まあいいわ。バラム、あなたもモデルの指名があるのかしら?」
「わしは結構だ。目を瞑っていても、人間の裸など描ける。それに…わしが描きたいモデルは、ここには呼べぬ。全知のあなたなら、ご存じでしょう?」冷徹な山羊の頭は静かにキャンバスと絵の具を準備し始め、精緻に作られた筆箱から筆を取り出し、パレットの上で色を調整し始めた。
試合は、すでに始まっていた。
キャンバスは、すでに張られていた。
大きすぎず、小さすぎない。
一日で終わらせることを前提にした、現実的なサイズ。
山羊の頭を持つバラムは、その前に立つ。
牡牛の時とは、呼吸が違った。
深く吸わない。
浅く、一定に。
筆を取る前に、彼は絵具を並べる。
白、黒、黄土、深い赤、鈍い青、わずかな緑。
派手な色はない。
あるのは選び抜かれた沈黙だけ。
溶き油をほんの少し。
多すぎない。
速く描くために、乾きの遅さは邪魔になる。
最初の一筆は、速い。
迷いがない。
だが、荒くもない。
輪郭を取らない。
形を決めない。
色で、面を置いていく。
バラムの筆は止まらない。
止まらないが、急がない。
筆致は短く、正確。
一つ一つが、置かれるべき場所にだけ置かれる。
塗っては、少し下がり、
全体を見る。
また近づき、
重ねる。
色を選ぶ時間のほうが、
塗る時間より長い。
赤を取る。
しかし、そのまま使わない。
白を混ぜ、
黒を一滴落とし、
黄土をほんのわずか。
「……違う」
迷いではない。
拒否だ。
彼はその色を捨てる。
もったいなさは、ない。
再び混ぜる。
今度は青を足す。
ほんの、ほんのわずか。
それでようやく、筆が進む。
絵具は厚塗りしない。
だが、薄くもない。
下の色が、
わずかに透ける。
油彩特有の重なりが、
画面に深さを作る。
速い。
それでも、雑ではない。
まるで、完成形をすでに知っている者の手だ。
キャンバスの一角に置かれた影。
その影の中に、さらに影を落とす。
明るさを足す前に、
暗さを決める。
彼は、光を信じていない。
信じているのは、陰の説得力だ。
筆を持ち替える。
細い筆。
線は引かない。
線が生まれるように、色を置く。
わずかな角度。
わずかな濃淡。
一歩間違えれば、崩れる。
だが、彼の手は揺れない。
時間が過ぎていく。
キャンバスは、
まだ「何を描いているか」は分からない。
だが、何かが確実に存在し始めている。
バラムは口を結ばない。
独り言もない。
ただ、描く。
速く、
繊細に、
精密に。
色を選び、
色を捨て、
色を信じる。
この一日は、
彼にとって十分すぎるほど長く、
そして、短い。
何を描いているのか――
それが明らかになるのは、
まだ、先だ。
*
一方、毛玉の方はというと、
「見るなっ! このバカ、スケベ、ヘンタイ!」顔を茹で蛸のように真っ赤に染め、両手で必死に胸と下半身を覆うタオルを押さえつつ、レンとの──また別の意味での──勝負が始まっていた。
「見ないと描けないだろう。何がそんなに嫌なんだ」
「だって、俺、胸ないし。男みたいな体でしょ。そんなの、あんたに見せられないよ」
「何を言ってる。君の体が美しいからこそ、君を選んだんだ。余計な脂肪はなく、剣を振るために特化した筋肉、新雪のような肌と髪……正直、君がモデルでなければバラムに勝てそうにない」
「ふうん……」体を褒められ、ちょっと嬉しいレン。だが、平気を装おうとする、難しい年頃だ。「あんた、俺の体目当てで近づいてきたんじゃないだろうね」
「そうだな。千年後の私の性格があまり変わってないなら、そうなったかもしれないね。綺麗な体付きだし、私なら惚れる」
そんな軽薄な言葉を並べても、毛玉の表情は少しも揺らがない。ただ、レンの体を観察し、キャンバスに描き続ける。
「胡散臭い……ね? 俺の体を、もっと見たいとか……思わないの?」ザベルトとの戦いですらここまでの勇気はいらなかった。レンは少し胸元のタオルをずらし、精一杯の誘惑を試みた。
「いや、そのままで十分だ。ヌードとは、肉体を『芸術的対象』として理想化・抽象化した表現だ。性的要素が強すぎれば、ただの下品に堕ちる。今のバランスがちょうどいい」
「バカ、鈍感、つるぺた……もう知らない!」
一世一代の誘惑は、水の泡となった。少しむかつくけれど、同時にほっとする気持ちもある。千年前の世界に来てから、最初は冷徹な毛玉に疎外感を覚えた。けれど、地獄めぐりの旅を続けるうち、あの不器用な毛玉はいつもそこにいてくれた。
毛玉がレンを観察して描いているとき、レンもまた同じように彼を見つめていることには、彼は気づいていない。
(まさか人間でもなく、毛玉を男として好きになるとか……父上が知ったら泣くわ。困ったな、本当に罪作りな悪い毛玉)
そう思いながら、口元がゆるむ。毛玉の黒い瞳に映る自分──優しく、どこか切ない表情を浮かべている。まるで、そう囁いているように。
『この瞬間が、永遠に続けばいいのに』
「ねぇ、なんで二番戦に出たの? あんたなら絶対に三番を選ぶと思ってた。あ……ごめん、もしかして集中の邪魔しちゃった?」
「大丈夫。頭の休憩になるよ」毛玉は一旦筆を止めた。「一番より三番より、二番が大事だからだ。一番が負けた今の状況なら尚更だ。ここで勝てなければ三番はない。だから、他の誰かにその責を背負わせるべきじゃない。考えてみてくれ、もし私が二番に出ず、君やセリナが出て負けたらどうなるか。君たちは『自分が毛玉に勝負を回せなかった』と一生後悔するだろう。それは良くない」
「でも……たとえあんたが二番で勝ったとしても、三番で俺たちが負けたら、同じように自分を責めると思うよ。『せっかく掴んだチャンスを無駄にした』って」
「だからこそ、時間を稼いでいるのだ。二日しかないが、精一杯楽器を頑張れ。私の努力を無駄にしないために」
「はーい、頑張るよ。あんたも、せっかくの俺たちの努力を無駄にしないよう、今回は勝ってよね」
「勝つさ。君たちがいるからな」
毛玉は再び筆を動かした。終わりの鐘が鳴るまで、そんな時間が静かに続いていた。
*
審判の時は来た。
バラムは最後の色を選び、静かに筆を置いた。
キャンバスの中央には、堕ちる光がある。
描かれているのは――
『堕ちた明星』。
天は、もはや画面の上部にしか存在しない。
雲は裂け、光は断ち切られ、
落下の瞬間だけが切り取られている。
少年の姿をしたルキエル。
輝く金髪。
中性的で整いすぎた顔立ち。
怒りも恐怖も、まだ表情に追いついていない。
それが、かえって残酷だった。
身体は裸である。
だが、そこに羞恥も誇示もない。
これは欲望の対象ではなく、神に近かった存在の「かたち」だ。
肩から背にかけて広がる十二枚の翼。
かつては白く、光を受け止めるためにあったそれらは、
今、黒へと変質しつつある。
完全に黒くはなっていない。
根元には淡い金色が残り、
羽の先から、夜が染み込むように闇が広がっている。
堕天は、一瞬で終わるものではない。
だから、翼は「途中」なのだ。
ルキエルの腕は、空を掴もうとしているわけではない。
助けを求めてもいない。
ただ、何が起きたのかを理解する前の、茫然とした姿勢。
視線は下を向いている。
地を見ているのではなく、
天を失ったという事実を受け止めきれずにいる。
背景には、いくつもの国々が描かれている。
崩れゆく塔、倒れる王冠、折れた剣――象徴として。
しかし、それらは小さく、曖昧に扱われている。
この絵の主題は破壊ではない。
転落そのものだ。
色彩は抑えられている。
肌は冷たい白ではなく、
わずかに血の気を残した淡い色。
生きている。
まだ、神の名残を宿している。
だが、天からは切り離された。
これは悪の誕生ではない。
これは――喪失の瞬間だ。
*
しかし、この傑作を前に、審査員たちの顔は芸術に圧倒されるよりも、嫌悪と忌避の色を強く浮かべていた。
「チッ、あのホモ天使め……。アスにゃんはノーマルも百合も大好きだけど、ホモだけはこの世のなによりも嫌い! だってそれじゃアスにゃん、なにもできなくなるじゃない! あー、気持ち悪い!」
アスモデウスはアイドルのイメージなどかなぐり捨て、舌打ちを連発した。普段のぶりっ子口調もどこへやら、唾を吐き捨てるようにして絵を睨みつける。
「怖いよ、明星が来るよ……ヴェネ、美味しくないよ……」
司会のヴェネゴールはモリアの懐に震えながら潜り込もうとしていた。太古の神魔大戦のトラウマが蘇っているらしい。
「あんな奴が地獄に落ちてたまるか! 大人しく天界にいろ! 小生はあの天災に二度と会いたくない。今の借金の十倍を背負っても、あいつだけは無理だ!」
明けの明星ルキエルは、太古の神魔大戦において七十二柱の悪魔のうち五十四柱を討伐していた。その中には九人の王クラスのうち六人――ザベルト、マムブス、アスモデウス、リバエル、ヴェネゴール、ベリアルが含まれている。
「わしはあの筋肉ダルマ趣味の牡牛頭とは違う。華奢な美少年こそ、芸術に感覚をもたらすものじゃ。少年――それは『無垢』の視覚化であり、原初的な人間の完全性への郷愁と言える。筋肉の誇張でも、官能的な曲線でもない。柔らかな滑らかさと繊細な肢体が、精神と肉体が分かたれる前の調和を示しておるのじゃ。」
山羊の頭のバラムは両手を広げ、談義の熱をさらに高める。
「その美は本質的に『移ろいゆくもの』じゃ。少年期は過渡的な存在であり、その美は一時的なもの。芸術はこの儚い一瞬を絵具で凝固させ、永遠のものへと昇華させる。そう……! 少年は美的パラドックスであり、聖性と官能の境界を意図的に曖昧にすることで、鑑賞者の魂に複雑な反響を生み出す。そして、わしはついに『運命』を見つけたのじゃ。」
拳を握り締め、彼の言葉はとどまるところを知らない。
「美しい……初めて見た日から、わしはその輝きに目を奪われた。地獄に何年いようが、その姿を忘れることはない。『永遠の少年』――わしの理想は、まさしくそこにある。その光が闇へと反転する瞬間……わしはこの身が滅びようとも、見たいものじゃ。」
……お気付きのように、バラム本人はいない。彼はミカエルによって討伐されたのだ。
「その日は来ないわ。だってあの子は神のお気に入りだもの。どんなことがあろうと、あのバカが堕天するなんて、天地がひっくり返ってもありえないわ」
モリアは震えるヴェネゴールを慰めながらも、絵の中のルキエルを心の底から嫌悪する眼差しで見つめていた。
次は毛玉が作品を披露する番だ。
「『蓮の花、七分咲きに未だ及ばず』と名付けよう。」
キャンバスに描かれているのは、
白の中に浮かぶ、静かな体温だった。
乙女のレンだが、身体は少年の輪郭をまだ引きずっている。
肩はすっきりと狭く、胸の起伏も控えめ。
それでも、骨盤の柔らかな曲線と、立ち姿の重心が――
確かに女であることを主張している。
白雪のような肌。
同じ色調の髪が、肩口に落ちる。
色を持たないはずの白に、
頬だけが、淡く赤い。
それは化粧ではない。
感情の痕だ。
身体の大部分は、タオルに包まれている。
巻き付けるように、抱えるように。
手は、恥じらう仕草でその布を押さえているが――
指のかかり方が、わずかに甘い。
隠している。
同時に、隠しきれていない。
タオルの端が、ほんの少しだけ浮き、
中を覗かせるかのような角度を作る。
意図した誘惑ではない。
けれど、見る者はそこに意味を読み取ってしまう。
それが、この絵の強さだった。
視線は、正面を見ていない。
こちらを見ているようで、
実際には、その少し奥――
誰かの影を追っている。
瞳の中には、確かな像がある。
思い人の輪郭。
まだ触れていない距離。
触れてしまえば、戻れなくなる場所。
微笑みは、優しい。
無垢に見えるほど、穏やかだ。
だが、その笑みは知っている。
知らないふりをしているだけで、
次の一歩を。
絵全体に、露骨さはない。
線は柔らかく、色数は抑えられている。
だが、観る者の胸の奥に、
小さなざわめきが残る。
初恋の恥じらい。
そして、その先へ進みたいという、
ごく小さく、しかし否定できない欲望。
毛玉の作品は、
英雄も、神話も、堕天も描かない。
ただ、
「誰もが一度は通り過ぎる境界」を、
そっと差し出している。
だからこそ、
目を逸らせない。
そして、
忘れられない。
*
「来た来た来た〜チラリズム♡ いい、いい♪ このアングルなら、もしかして見えちゃうかな〜♡」
アスモデウスは指をカメラに見立て、さまざまな角度からタオルの「隙」を探ろうとしていた。そんなものがあるはずもないのに、まるでモナ・リザの微笑みのように、鑑賞者の想像をかき立てる魔力が込められていた。
「ほんとに、ち〇こ付いてないよね……」
ヴェネゴールは好奇心に駆られ、妄想の力で絵の中のタオルをめくろうとした。
「やめなさいよ!」
レンにその手をパシンと叩かれ、未遂に終わった。
「よくできておりますね。しかし、売るとしたら……悔しいですが、バラムのあの作品の価値が少し上です。これは恨みや偏見ではなく、わたくしの価値評価システムによる公正な結果です」
マムブス自身はバラムが描いた明けの明星を心底嫌っていたが、彼のシステムの判定に嘘や私情を挟まない。技量において、毛玉はバラムに一歩及ばなかったようだ。
「この絵のポイントは『未熟な少女の淡い春』ね。蓮の花は夏なのに、春でもう蕾がほころび始めているなんて……生意気だわ。ふふっ。自分の『女性の魅力』に自信がないのに、背伸びして大人になろうとする姿、健気で私は好きだわ。少なくとも、あのバカ天使よりはね」
モリアは毛玉とレンの談笑をずっと面白くなさそうに睨んでいたが、レンに少しばかり自分の影を重ねていたのかもしれない。
(だけど、彼女はいくら男っぽく見えても、その体はれっきとした女性のもの。私がどう繕っても手に入らないものを、彼女は生まれながらに持っている……妬ましいわ。所詮、彼女もあっち側の人間。私と本当にわかり合えるはずないんだから)
そう思っていても、彼女は票をレンに入れた。それ以上に、ルキエルを嫌っていたらしい。
これで審査員の票は2対1、毛玉が有利。肝心なリスナー投票は──
「まさかの同数!」
リスナー投票の結果、なんと両者ちょうど半分ずつに分かれた。この場合、どうなるのか?
「リスナーの票は二票あるから、一人に一票ずつでよろしいのではないかしら。そのための2票でもあるから」
モリアの提案で、リスナーの2票を分け、両者に入れることになった。つまり、結果は──
3対2。一票差で毛玉の勝利となった。
「よかった!勝った!」
一番喜んだのは、作品のモデルであるレンだった。嬉しさのあまり、隣の毛玉を強く抱きしめるが、その反動でタオルがゆるみ……
「あ」
そこに、レンの生まれたままの姿が現れた。
「いやぁぁーーっ!!」
悲鳴をあげ、脱兎のごとく逃げ去っていった。お土産として、毛玉の顔には赤い紅葉のような痕が残された。
「別に、私が悪いわけじゃないよね」
「これだから女は度量が狭い。わがままで理屈が通じない」
負けたはずの山羊頭のバラムは、少しも悔しそうでも怒ってもいない様子で、毛玉に話しかけた。
「君が描いたのが明けの明星でなければ、勝っていたかもしれないのに。なぜ審査員の気持ちを分かっていながら、なおそれを描いた?」
「愚問だ。わしは描きたいものを描く。審査員が見たいから描くのではない。わしら三つの頭は、芸術の見解こそ違うが、芸術に対する態度は同じだ」
「「「作りたい作品しか作らない」」」
三つの声が重なった。
「それで負けてもかまわんのか」
「当然だ。芸術家が世間の波に屈したら、芸術は死ぬ。芸術家が自身の芸術を失ったら、そいつは芸術家ではなく、駄作を産むまがいものだ」
三日目の鐘の音が鳴り響く。いよいよ、最終試合が始まる。
「なるほど、芸術家は定規では測れないか。だから私の技量は君に届かない……でも、この勝負は、君には私に勝てないよ」
依頼期限まで、残り9日。
勝ったのは、完成された神話だった。
だが、残ったのは、
未完成で、未熟で、
それでも確かに「生きていた」一瞬だった。
神は永遠を描ける。
だが、人間は「今」しか描けない。
だからこそ、
その一枚は、
誰にも忘れられない傷として残る。
少年はまだ境界に立っている。
神話の側へ行くこともできるし、
人として踏みとどまることもできる。
ただ一つ確かなのは――
もう、何も知らなかった頃の身体には戻れない
ということだけだ。




