表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まおうさまの勇者育成計画  作者: okamiyu
第九章:魔王とは何か、王が王になる前の話――千年前の地獄と九つの罪
175/200

第百六十五話:富める者の世界は、いつも晴れている

世界は金で動いている。

それは悪徳ではない。

価値を信じる者たちが、秩序を欲した結果だ。


今回の敵は、剣でも魔法でもない。

契約と信用、そして“読まなかったこと”そのもの。


これは戦闘回ではない。

だが、魂が削られる音だけは、確かに響く。

Money, money, money, must be funny. In the rich man's world.

世界は金で動いている。それは社会を維持するために必要なことだ。

何事にも価値がある。値段が付けられないものなどない。

愛は無価? それこそチープな表現だ。自分の感情に値段を付けられること、その価値の低さを恐れているだけだ。だからこそ「愛は無価値」などという言葉に逃げる。

だからこそ、価値を換算するための「金」が必要となる。金そのものに、そこまでの価値はない。これはあくまで、価値相応のものと交換するための媒介に過ぎない。人々は抽象的な「価値」を「金」という具体的なものに置き換え、この具体的な「金」で抽象的な「価値」を取引する。だから金は必要だ。物々交換の時代もあったが、あれは秩序がなかった。社会は、秩序ある価値交換の上にしか成り立たない。

故に、金を制する者は世界を制する。

──小生のようにね。

今日の小生も、自分の宝物庫をチェックしながら幸せに浸っている。

数字は最も美しい概念だ。小生が持つ「価値」を、具体的なものとして表してくれる。モノクルに映る光景は、まさに天国だ。

「金銀、宝石、芸術品…実物があるのもよいが、人の感情や才能も、小生にとっては素晴らしいコレクションになる。」

小生は本棚から一冊のアルバムを取り出し、ページを一枚ずつめくっていく。

「『姫様、初恋の思い出』…このシリーズを揃えるのは骨が折れたね。無垢な少女が初めて恋を知る、あの清らかな感情。マニアにはたまらないだろう。」

プロフィールに記された姫たちの姿は、人間から見れば美しいだろう。だが小生には、その上に浮かび上がる数字の方が、何倍も美しく映る。こういうものは、実体のあるものより高く売れる。「愛」は商品として、優良かもしれないな。

そして今、小生が夢中になっているのは…あの一匹の毛玉だ。そして、その魔法システム。

この世界には元々魔力はあった。だが、魔法システムは存在しなかった。皆、生まれつきの能力で生存権を勝ち取っていた。しかし、魔法システムの誕生が、その局面を一変させた。魔力を消費して、他種族の能力や、オリジナルの現象を起こせる。この力によって、無力だった人間でさえ、魔法を学ぶことで、かつて天使と悪魔が争った土地の半分以上を手中に収め、最も数多い種族となった。今やその世界は「人間界」と呼ばれ、地盤を固めている。

魔法システムには、想像以上の価値があったとは…今まで目を付けなかったのは失策だった。それを手に入れれば、金の卵を産む鶏を手に入れるのに等しい。何もせずとも、小生の美しい数字たちはどんどん膨らんでいくだろう。

しかし、厄介なことにある。恐らく、あの毛玉は魔法システムを手放すことはないだろう。七十二柱の悪魔のうち、六十六柱を倒し、王クラスは三柱。実績だけ見れば、神魔大戦時の明けの明星すら凌駕している。慎重な性格、狡猾なやり口…まるで鏡を見ているようだ。まあ、小生は戦うより、自分が所持する数字が一方的に膨らむ方が好きだけどね。

「取引の席に着かせなければならないようだな。」いくら策略に長けていても、あの仲間たちが素人であれば、崩し方はいくらでもある。何せ、自分は食事を取らなくても、仲間の生死のために小生と取引したくらいだ。ならば、その仲間たちの「魂」のためなら、君はいったい、いくらの価値を差し出せるというのだろうか。

毛玉君。

Money, money, money, always sunny In the rich man′s world

「ようこそ、いらっしゃいました。レディース&ジェントルマン。本日マムブス商会はこれまでのご贔屓を感謝するため一日だけのタイムセールを行います。すべての商品は半額でポイントも三倍となります。是非楽しんでください。」

ショッピングモールのドアを開け、小生は目当ての客を迎えた、不自然にならないように罪人たちに「サクラ」の客として、場を賑やかにさせる。この地獄に閉じ込められた知能犯が多く助かる。それでもあの毛玉にバレるのは時間の問題。その前に決着を付けないとね。

「あの、そちらにいるのは罪人さんたちですよね。」

当然な疑問、この地獄に善良な市民はいない、あるのは罪を犯した罪人のみ、あのセリナという人間にメイド早速それに気づくか。いや、毛玉も恐らくそれに気づいた。だけど言い出せなかったのは、小生の出方を見ているな。いいだろ、見せてやる。

「しっかりお支払えすれば、お客様に貴賤はございません。小生にとっては善悪より、お金を払える客とそうではない者しかございません。でも、ご安心ください。お客様に迷惑かける迷惑な客がいれば、小生は責任もって駆除して差し上げます。なにせ、安定した利益は安定した環境しか生まれませんから。」

これは嘘じゃない、黒縄地獄はすべての地獄から一二争う治安がいい地獄とも言える。なにせ治安が悪いと売上が下がる、秩序がある社会こそ利益を生む。だから、正義じゃなくても小生は黒縄地獄を荒らしたままにしてはならない、これは「管理」とより「経営」といった方が正しいかもね。

「わかりました。マムブスさんで、結構親切な方ですね。」

「お褒めの言葉勿体無いでございます、小生はお客様みんなの仲間でございます。セリナ様も是非いい体験できるよう、このマムブス粉骨砕身頑張らせていただきます。」

セリナという人間はいい観察力と判断力を持っているが、まだまだ青い。色んな修羅場をくぐっだと見えたが、その芯に捨てられない優しさが命取る甘さになる。善でも悪でもない毛玉にそれは効くかもしれないが。カオスである小生にとってはいいカモにしかならない。

毛玉一味は話し合い後、別々回ることに決めた。毛玉は反対したらしいが、女性陣から『デリカシーがない』と却下された。いけないだ毛玉君、女の子は色々秘密な買い物があるだよ、例え君が正しくても、人間は完全に理だけで動かない、感情になりやすい女ならなおさら。それが理解できない君は小生に負けることになる。

しかし、妙だ、昨日見たはずのピンクなウサギぬいぐるみがいない。何処においてだか?まあいい、小生の目に映した数字は5しかない。ただのゴミだ。気にしなくていいだろ。

それより助かった。これで小生の計画はスムーズにいける。

まず狙いを定めたのは、一番"お頭"が弱そうな、軍服姿のエンプラという女の子(?)だ。正直言って、初めて見た時は「価値の化け物」だと思った。魂がないのに自我を持ち、全身が未知の技術で武装されている。是非ともコレクションに加えたいが、今回はあくまで毛玉を釣る餌だ。惜しいとは思うが、いずれ手に入れる機会はあるだろう。待つことには慣れているからな。

小生の観察によれば、ステータスは極めて高いものの、心理年齢は止まったままの児童レベルだ。子供を騙すくらい、小生にとっては地面に落ちたコインの額を当てるのと同じくらい容易い。

「店員さん!吾輩のガンプラは!」

「はい、こちらでございます。」小生がガンプラのパッケージを見せると、彼女はすぐに目をキラキラさせ、我を忘れたように見とれる。予想通りだ。

「いくらでありますか!」

「こちらでございます。」値札を見せた途端、先程までの輝くような表情が噓のように消え、次の瞬間には泣き出しそうな顔になった。

「そ、そんなに持ってないであります…ちょっとドクターに相談して…」

「大丈夫でございます!今なら会員カードをお作りいただければ、会員特典で月々のお支払いが可能ですよ。なんと、頭金は0円!今日は一切お支払いなく、お持ち帰りいただけます!」

「0でありますか!?入るであります!」

利息や返済期限を一切聞かないとは…思った以上にチョロい。だが、こちらの都合は良い。

「では、こちらの契約書をご覧いただき、サインをお願いします。これで本店のVIP会員となれます。」

昔の辞書より分厚い契約書を取り出し、サインを促す。中には、もちろん、後の地雷となる条項が幾つも散りばめられている。しかしまあ…

「長すぎるであります!いいよ、はいサイン!」

どうせ読まずにサインするから、気づくこともあるまい。

これでまず、一人目だ。

人間の剣士。男の子に見えるが、実際は女の子。これもまた宝の山だ。世界に二つとない剣の才能、そして長年の鍛錬と実戦で鍛え上げた技術。その上、ザベルトから授かった神業の太刀「月華」を持っている。さらに、毛玉に対する初めての恋心──先のエンプラに負けず劣らずの価値がある。これも毛玉を釣る餌か?仕方ない。今回は魔法システムのために手放すしかないな。今回は、ね。

「あの…胸を大きくする薬があるって、本当なのか?」

小さい声でこっそり聞くあたり、いかにも乙女だ。これも立派に値段がつくぞ。

「もちろんでございます。ですが残念ながら、非売品でして、ガチャを回して手に入れるしかありません。」

「ガチャ?!えええ、でも俺、運そんなにないから…」

「ご安心ください。小生の商会の会員になれば、ガチャで目的の商品が当たった場合、それまでに回した費用は一切無効となります。お目当ての品を引いたその一回分だけ、お支払いいただけばよろしいのです。」

「え?引いたら一回分だけ?!マジで?」

「もちろんでございます。商人に信用は命。今ならなんと、当選確率を2倍にアップしております。」

阿呆な娘だ。確率も天井も確認せず、ただ当たった時のことしか考えていない。万分の一もない確率に天井なし──2倍したところで、誤差に等しい。これだから、現代のソーシャルゲームを知らないこの世界の人間は騙しやすい。

「2倍!じゃあ引くしかないな。会員になるよ。」

「では、こちらの契約書の注意事項をお読みになり、お確かめの上でサインをお願いします。」

「いいよいいよ。どうせ当たったらやめるし、読んでも無駄だから。」

「ははは、お客様はお手軽で。」

退会時の違約金も確かめないとは、実に頭がおめでたい。異世界の者とはいえ、怪しげな金融機関で次々とカードを作らされ、破綻していく未来が見えるようだ。でもまあ、小生にとってはありがたい話だ。君のような者が、小生たちの格好の餌食になるのだからさ。

さて、残りはあと一人。

一見どこにでもいそうなメイド娘。しかし、そのか弱い見た目の下に、壊せないほど強い芯を持っている。剣術は未熟だが剣士としては一人前、柔軟な思考はどこか毛玉に似ている。しかし、絶対に悪人になれない、芯にある優しさが彼女を毛玉と一線を画している。それは彼女の長所でもあり、同時に致命な弱点にもなる。地獄にいるはずのない天使だ。ここに彼女が救える魂などいない。そして、見たことない聖剣を持っている。これは恐らく彼女が作ったオリジナル。熾天使にしか造れない聖剣を、彼女が所持している。それだけでその価値は測り切れないほど跳ね上がる。五星を付けよう。毛玉の一件が落ち着けば、次は…くくく。

「マムブスさん、こちらをください。」かごの中には布や裁縫用具が入っている。主婦か…

「もっと化粧品やドレスなどをお買い上げになってはいかがでしょうか。セリナ様も、たまにはおめかししたいお年頃でしょうに。」

「大丈夫です。節約は大事です。たまの贅沢は生活に彩りを添えますが、それが習慣になると人はダメになります。人の欲にはきりがありません。そんな小さな贅沢の楽しみさえ忘れてしまうのは…セリナはいやです。それに、セリナは自分で作った方が、気持ちがもっとこもると思いますから。」

小生が一番苦手なタイプだ。この娘は一見流されやすそうだが、実は自分の芯をしっかり持っている。それは容易には変わらない。

「小生の商会の会員メンバーに入られてはいかがでしょうか。ポイントで商品とお引き換えできますよ。どうです、今日はポイント三倍ですよ。」

「はい、お気持ちだけ頂戴します。セリナはここで長く暮らすつもりはないので、作っても使う機会があまりないですから。」

「そんなことおっしゃらずに。もしかしたら、まだ使うチャンスがあるかもしれませんよ?今作っておくと何かと便利ですし、後からになると、今のような良い条件はないかもしれません。だからこそ…」

「逆に言えば、後から加入して今より得することもあり得るかもしれません。マムブスさんはこれからも新しいお客様のためにもっとお得な条件を出して会員を増やすでしょう。でも、一度入った会員はもうここの店で買い物の習慣ができ、高いポイントも貯まっているから、他の店に移りにくい。つまり、一番値引きする必要のないお客様になるんです。だから、セリナは必要な時だけ会員カードを作ります。」

手強い。この娘は三人の中で一番やりにくいとは思っていたが、まさかここまでとは。しかし、人には弱点がある。君も例外ではない。

「でも、会員しかお買い求めいただけない商品もございますので…よろしいのですか?これからもっと過酷な戦いがあるかもしれません。その時、今の君たちがちゃんと太刀打ちできますか?いざという時、お仲間さんたちをちゃんと守れる自信がありますか?」

「それは…」

かかっている、かかっている。自分のためなら迷わないが、他人のためなら決意が鈍る。悪いが、小生は色んな者と取引をしてきた。悪魔の中でも契約数は断トツの一位、君より経験は豊富なんだよ。

「会員になりましょう。これは未来への投資です。今を惜しむと、将来『あの時そうすれば良かった』と後悔しないためにも。お仲間さんの命は一回だけ。例え使う機会がなくても、それもまた良いことではありませんか。『保険』を付けたと思ってください。」

この危険に満ちた地獄で、一番魅力的な商品は『安全』だ。だから『保険』は断り切れない。普通の保険会社はこんな高リスクの冒険を担保する度胸がないが、小生にはある。なにせ、小生は結果を担保しているわけではない。担保しているのは、貸し出す『力』が本物だということだけ。それが本当に現状を打開できるか、小生にもわからない。だが、今、地獄にいる彼女たちは、藁にもすがる思いで王クラスたちとの戦いを不安がっている。それを拒否する術はない。

「わかりました、会員に入ります。でも、契約書を見せてください。」

「長いですが、大丈夫でしょうか。」

「構いません。長いからこそ、しっかり確かめるべきです。」

しつこい。だが、嘘はダメだ。嘘をつけば商会の信用が落ち、小生の商品の価値が下がる。それは何より許せない。あくまで、お客様自身が確認を怠ることによってのみ、計画は進行する。

契約書を取り出し、分厚い辞書のようなそれを差し出す。セリナは真剣に一行一行確かめている。

まさか、小生がここまで緊張するとは。

「この…『最初の月は必ず毎日消費すること』という条項、おかしくないですか?セリナたち、ここに一か月も滞在できませんよ。」

「こちらは分割払いで、一度の買い物代金を毎日の支払いに割り当てることで『毎日消費』とみなすものですのでご安心ください。具体的な条項はこちらに。」

「この『月一度の消費に関わらず、固定費用を払う』のは何ですか?」

「管理費用です。もちろんその分、クーポンや会員限定サービスをご提供させていただきます。対応する条項はこちらに。」

「最後の『条約を違反する者は1000万倍の賠償を払う』のは、やりすぎではないですか?」

「これは冗談ですよ。『嘘ついたら針千本』の感じで。本気にしないでください。それに、これは双方に通用するので、小生が違反したら、小生の意志とは関係なく支払うことになります。」

これらは全て本当のことだ。なにせ、小生は自身の能力の誓約によって、嘘をつくことができない。しかし、意図的に教えないこと、誤解を招きやすい言い方で惑わすことは、嘘には含まれない。それは小生の信用を壊さないためでもあり、自身の商人としての技量を高めるためでもある。

「わかりました。問題ありません。サインします。」

だから甘いのよ、小娘が。

セリナが長い時間をかけて確認している間に、時計の針は零時を過ぎた。今日が終わり、「今月」もまた終わることになる。

「では、お支払いいただきます。今月の定額分を。」

「あの、100価値でいいですか?これなら…」セリナは財布を開いて100価値のものを出そうとする。しかし、それは無駄だ。なぜなら──

「残念でございますが、定額料金は現金でのお支払いは承っておりません。銀行振込でお願いいたします。」

「銀行?!そんな…セリナはそんなもの持っていません。今から作れますか?」

「非常に残念なことに、地獄での口座開設には一か月かかります。間に合いませんね。」

現金決済しか知らない彼女は振込決済を知らない。この地獄の時間感覚も、とっくに麻痺している。地獄の口座手続きなど知るはずもない。

「…最初から、セリナをはめようとしていたんですね。」

「違いますね。君だけじゃない。『君たち』だ。」

金を払えない客はもう客ではない。違約金として、消費した額の1000万倍を支払わなければならない。そう、できなければ君たちは『破産』だ。全てが小生への借金返済に充てられる。その魂までもが。

宝石のモノクルが一瞬、鋭く輝く。

小生は静かに片方の翼を上げると、その爪先から無数の数字と通貨記号が鎖のように流れ落ち、床に幾何学的な魔法陣を描き始める。

魔法陣の中心から、まず秤の針が現れる。

それはただの針ではない──目盛りには数字ではなく、『喜び』『記憶』『愛』『良心』『寿命』といった言葉が微細な活字で刻まれている。針は水晶のように透明だが、内部を金の砂が流れている。

次に、天秤棒が両翼のように横に伸びる。左右の秤皿は、一方が純金で磨かれた鏡のように光り、もう一方は黒檀のように光を吸い込む闇の素材でできている。

「では、計量を始めよう」

小生の二つの金貨の瞳が、セリナたちを捉える。

右の金貨の目から、無数の光の糸が伸び、相手の財布、口座、資産、そして潜在的な収益価値までもを紡ぎ出す。それらは数字に変換され、金色の秤皿の上に雨のように降り注ぎ、積み上がっていく。

数字が積まれるたびに、金色の皿は沈む。

しかし、まだ均衡しない。

「ふむ。資産だけでは、不足か」

呟くと、今度は左の銀貨の目から、細やかな影の糸が伸びる。それは相手の胸に絡みつき、魂の密度、未来の可能性、未払いの倫理債務を静かに引き出す。

影の糸は、黒い秤皿の上で重さに変換される。

金色の皿(資産)と、黒い皿(魂の負債)が、ゆっくりと釣り合い始める──いや、正確には、金色の皿がほんの僅かに軽い。

鉤嘴が歪む。それが笑みだ。

「足りない。ほんの少しだけ足りない」

すると、天秤そのものが動き出す。

金色の皿から二本の光の鎖が飛び出し、セリナとレンの胸を貫く。それは直接、魂の一片を引き剥がす。苦痛はない。ただ、何かが欠落する虚しさだけが残る。

剥がされた魂の欠片が金色の皿に落ち、初めて両皿が完全に水平になる。

カチリ

宇宙が噛み合うような、小さくも重たい音が響く。

「取引完了」

翼を畳むと、天秤と魔法陣が数字の塵へと崩れ、小生のモノクルに吸い込まれていく。

「あなたの資産は、全て正当に評価され、適正な対価と交換されました。ご購入、誠にありがとうございます」

小生の前に立つ相手には、もはや財産も、あの欠落感の正体も、わからなくなっている。

全てが、完璧に「清算」されたからだ。

「これで、毛玉君との取引するためのチップが準備できました。次の商談に入りましょう。いい買い取り額を期待しますよ。くくく。」

依頼期限まで、残り18日。


取引は成立した。

誰も嘘はついていない。

ただ、誰も最後まで理解しなかっただけだ。


金は感情を持たない。

天秤は善悪を知らない。

それでも、世界は今日も正確に回る。


次は商談だ。

値札のない存在と、

値札を貼りたがる悪魔の。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ