限界まで
まだまだ長い冬は続く。凍り付いた大地は侵入者だろうが住民だろうが関係無く、容赦なく凍えさせる。待機用のテントなぞ意味は無く、雪濠とエラの作り出した氷の壁でなんとか風が弱まる場所を作り出していた。
「冷えるな」
「ええ、とても」
何故戦地に出てもこの男と共に居なければならないのだ。げんなりと嫌そうな顔をしながらも、エラは大人しくデンバーのすぐ傍で火に当たる・ぱちぱちと爆ぜる火をじっと見つめ、これから来るであろう人間達を待ち構えていた。少し前にこっそりとデンバーが自慢げに教えてくれたのだ。これからこの隊目指して人間達が進軍してくると。
死体は物を言わない。これから邪魔になる隊長クラスの者を中心に虐殺を行い、デンバーは多大な被害を出しながらも月を守り抜いた男として陣を下げるのだと。
ここまで清々しい屑だとは思いもしなかった。流石に自分の部下は出来るだけ残そうとすると思っていたが、邪魔になるであろうハンスとザッカリーは積極的に消していきたいらしい。被害を出す前に陣を下げるなり此方から仕掛けるなりした方が評価は高いと思うのだが、デンバーの目的は人間を此方に引き込みながら魔王派の戦力を削ぐ事。ここまで露骨な作戦で良いのかと心配してしまうのはどうしたことだろう。
もう少しうまい事偽装しなければ、怪しまれるとは思わないのか。勝てると信じた戦だからこそ、多少無理な作戦でも強行するのか。
どちらにせよ、この場所で多くの者が死ぬことは確定していた。エラはこれからデンバーを守るふりをしながらある程度の人間を手に掛ける。裏切りを察してしまわれないよう、必要な犠牲であると訴えた主張は、それもそうだと納得され許可された。
人間は敵だ。きっと国には家族や恋人、大切な人が沢山いるだろう。そんな人達を手に掛けるのは心苦しいが、それは此方も同じ事。奪われる前に守る、奪われてしまうくらいなら先に奪う。仕掛けてきたのは向こうなのだ。正義は此方にあると信じ、エラは全てを凍てつかせる。
「…来たな」
外から聞こえる爆音と怒号。あちこちから聞こえる命令、指示、悲鳴。隊員の誰かを呼ぶ声。ああ、耳を塞ぎたい。そっとテントの外を覗き見ると、どれだけいるのか考えたくもない程の人間が此方に向かって武器を構えている。
「いつの間にこんなに…」
「何も無いまま一か月だ。可笑しいとは思わないか?」
「大人しくしていると見せかけ、少しずつ此方に呼び寄せていたのですね」
「そういう事だ。さて、私たちも仕事をしなければ」
期待しているぞとにんまり笑いながら、デンバーは慌てた顔を作ってテントから飛び出していく。エラもそれに続き、周囲の状況を確認する。
最前にいるのは剣を持った者。少し奥に弓矢を構えた者。更にその奥に数人、杖を持っているのは恐らく魔法使いだろう。
「居たぞ!白銀の魔女だ!」
「貴様らの狙いはガルシアか!」
白々しい演技を。奥歯を噛みしめながら、エラを庇おうとしてみせるデンバーの背中を睨みつける。まだこの男を氷漬けにする時ではない。もう少しだけ我慢しよう。自分の隊にどれだけデンバー側の者がいるのかまだつかめていないのだから。
「生け捕りにしろ!」
「白銀以外は殲滅だ!」
人間共の数人が指示を叫ぶ。一斉に此方に突っ込んでくる程馬鹿では無いのか、まずはギリギリと引き絞られた数多の弓が此方を狙った。
「放て!」
その声に合わせて、空気を切り裂く甲高い音が響く。やけにゆっくりとした動きに見えた。あれは刺さったら痛いだろうなと嫌な気分になりながら、エラはそっと両手を顔の前に突き出した。
「全く、それは流石に痛いと思うんだよなあ」
やけに気の抜けるハンスの声。だがその目は、周囲を漂う冬の空気のように冷たかった。スッと細められた目が人間を捕らえ、大きく振りぬいた腕の動きと共に突風が吹き荒れる。地面に積もった雪を巻き上げ、此方に向かってきていた矢の方向を一気に明後日の方向へと変えてみせる。
「これでも中隊長候補なんだ。いい加減良い所見せておかないとね」
「最弱の風が何か言ってるな」
「あっれー、見えてました今の?最弱どころか突風通り越して嵐なんですけど」
ザッカリーの軽口にへらへらと返しながら、ハンスはちらりとエラを見る。少し大人しく待っておけと言いたいのだろうが、言われなくともそのつもりだ。じっと次の動きを待ちながら、大人しくデンバーの傍で構えて待つ。
「二陣、放て!」
すぐさま放たれる次の矢。学習しろよと笑うハンスが、もう一度同じように腕を振るう。嵐と呼ぶにふさわしい風がエラたちを守るように吹き荒れる。巻き上げられた雪で視界が悪いが、それが落ち着いた瞬間、魔法使いたちの持つ杖が一斉に光出す。
「おっと」
「馬鹿が!調子に乗るからだ!」
「全員伏せて!」
エラの叫び声に反応した者が一斉にその場に臥せる。顔の前で構えていた腕を大きく開き、勢いよく地面に掌を叩き付ける。ばきばきと伸びて行く氷の筋。隊員たちの隙間を通って行く氷の筋が、人間達との境で一気に上に向かって伸びて行く。
間に合え、間に合え、少しで良いから防げるように。相手がどんな魔法を使うのか知らないが、向けられている敵意は本物だ。前にいる何人かが死ぬ。それだけは困る、この場で守れるだけの人を守らなければ。
奥歯を食いしばり、駄目押しだと更に魔力を注ぎ込む。一際大きく「バキン」と響いた音。巨大な氷の壁は、隊員たちをしっかりと守るように聳え立つ。だがそれを破壊するように、魔法使いの放つ火球がしつこく壁にブチ当てられては消えていく。いくら厚い氷とはいえ、相手が炎では溶けてしまう。長くは持たないどうすれば良い、これ以上魔力を注いだところで、守る為の壁が邪魔になって攻撃する事が出来ない。相手の魔力切れを待つか、詠唱やら準備をしている隙を待つか。
「ガルシア、適当な所で壁を壊せ」
「は…?」
「これでは削れんだろう」
こそこそと小声で囁くデンバーの言葉に、エラは思わず呆けてしまう。まさか本当に言っているのか、この状況で?それこそ怪しまれるではないか。守れるだけの力がある事は今証明した。同胞たちの「助かった」という安堵の顔を裏切る事になる。
「どうした、解放されたいのだろう?」
「はい…ですが…」
「多少の犠牲は必要。そう言ったのはお前だろう。うん?」
言った。確かに言った。だが言うのと実際にやるのとでは話が違う。助けを求めるように此方を見ている隊員たちを見まわしながら、同じようにエラを見つめるハンスを見る。
嫌だ。やりたくない。守れるのに、守らせてほしいのに。
「やれ」
「っ…!」
「どうしたガルシア、持たんか」
ザッカリーがエラの様子が可笑しい事に気付いたといった顔を作って此方に駆け寄ってくる。邪魔だと眉間に皺を寄せたデンバーが「いくら月でもこれほどの壁を作るの消耗するのだろう」と困ったような顔をしてみせる。煩い、黙っていろと言いたいのを堪え、どうすれば良いんだと必死に助けを求める視線をザッカリーに向ける。
「そうか、無理をさせてすまなかった。貴様ら!相手は炎だ、水は防御壁を張り、炎は魔力を練り始めろ!」
「中隊長…」
「良いか、俺が良いと言うまで耐えてくれ。良いと言ったら、この壁は砕いて良い」
あくまでエラは中隊長の命令に従った、そういう体でこの残酷な命令から逃がしてくれようとしている。その気遣いが有難かったが、一体誰を守れば良いのか分からなくなってきた。いっそ、全員が守る対象なら話は早いのに。
「中隊長、準備出来ました」
「よろしい。一陣、構えろ!ガルシア、三数えたら砕け」
「は、い」
エラを守るように前に陣取り、いつでも動けるように構えると、ザッカリーは小さく数を数える。
いち、に、さん。
さん、と聞こえた瞬間、エラは勢いよく両手を合わせる。パンと小さく響いた渇いた音。それと同時に甲高い音が響き、あれだけ大きかった壁は一瞬で氷の粒となり果てた。
「放て!」
ザッカリーの号令に、炎の術者が一斉に炎を人間の群れに向かって投げつける。中には蹴り込む者もいたが、どれもこれも魔法とは比べ物にならない火力で突っ込んでいった。
「すごい…」
「訓練生と一緒にしてもらっては困る。さて大隊長、この次はどう致しますか」
「つ、次」
「次です。貴方がこの隊の長だ。敵を殲滅する為にどう動けば良いか、どうか我々にご指示を」
自分を殺すつもりでいる男だと分かっているのに、「心の底からそう思っています」と顔に貼り付けるザッカリーは演技派だと思う。思わず感心してしまいそうになるが、じろりと視線を向けてくるザッカリーの青い瞳に、エラは慌てて不安げな顔を作り直した。
「そ、そうだな、まずは相手の戦力であろう魔法使いから潰せ!」
「は、畏まりました」
良いのかそれで。彼らは本当に潰せるんだぞと引きながら、しどろもどろになりながら命令のような何かを吐くデンバーを横目に見る。何か言いたげなエラの顔に気付いたのか、ごほんと大きな咳払いをする。
「奴らの狙いはガルシアだろう。ならばあまり前に出すのも…」
「ではガルシアは大隊長のお傍に。良いな、しっかりお守りしろ」
「了解いたしました」
こくりと頷くザッカリーに、エラはしっかりと返事をする。小娘に守ってもらわねばならない程使い物にならない大隊長だと言われているようなものなのに、デンバーは比較的安全な場所で最強の盾と共に居られる事に安心しているらしい。むふーと大きな鼻息がうざったいが、ザッカリーが自分の隊の元へ戻った事でにんまりと笑ってみせた。
「これから楽しい事が始まるぞ」
「楽しいこと…ですか?」
「まあ見ておけ」
短い指で指した方向に視線を向けると、魔法使いたちが高々と杖を上げながら何か叫んでいる。何を言っているのかまでは聞き取れないが、恐らく何か魔法の詠唱であろう事は予測出来る。問題はその魔法がどんな魔法なのかだ。
魔法について知っている事は少ない。いつかリュカという魔法使いが教えてくれた事しか知らない。魔法というのは、術式の組み合わせによってあらゆる事象を起こすことが出来るのだと教わったが、その分魔法使いたちにも相手がどんな魔法を使うのか把握しきれないという事でもあるらしい。
「何を…」
じっと目を細め、杖にはめ込まれた魔石たちが発光する様子を観察する。勿論魔法に詳しくないエラがいくら観察してみたところで何も出来はしないのだが、今はそれしか出来る事が無かった。
「退避!」
叫んだ声はどちらの物だったのか。動きからしてきっと人間側の物だろう。わらわらと魔法使いの前から逃げていく群れが、何か良くない事が起きる前触れのように思えた。
魔法使いが一人ずつ順番に杖を雪に突き刺していく。それが何をしているのか分からないが、低く響く地鳴りのような音に、エラの全身の毛が逆立つようだった。
「何を!」
「見ておけと言っているだろう。大丈夫、ここには来ぬよ」
にんまりと笑うデンバーの顔と魔法使いたちを何度も繰り返し見たって何も変わりはしない。この地響きは何だか嫌だ。ヤバイ、これは雪が崩れる。いや、それだけではない、何かが起きる。
「まずい…退避!土は出来るだけ防御壁を!土地へのダメージは今は考えるな!」
誰かがそう叫ぶ。恐らくザッカリー以外の中隊長の誰かだ。あちこちで雪と土が混じった壁が作り出されていくが、あれでどれだけ防げるか分かったものではない。
「ガルシア!」
悲鳴だ。助けを求めて自分を呼ぶ声に、エラは反射的に腕を構えて魔力を練る。それを邪魔するように、デンバーはエラの腕を押さえつけた。
「見ていろと、言っている」
「…何故」
「やつらは計算して魔法を使っている。我々側に被害が来んようにな」
ぎりぎりと無理矢理押さえつけられる腕が痛い。何をしているんだと絶句している隊員が何人も此方を見ている。ああ、きっとこの男は、この魔法で作戦を一部完了させるつもりなのか。だからエラが守る為に動く事を許さない。
「ザッカリーが指示する時は大抵この布陣だからな。私と仲間が何処にいるか伝えておけば簡単な事」
「中隊長が指示を出す事を見越して、魔法使いを狙えと仰せになったのですね」
「そうだ、そしてそれが上手くいった。あいつは中隊長の中でも出しゃばりだからな、放っておけば自分が大隊長のように振舞う。気に食わんが、今は功を奏したな?」
にんまりと笑いながら、抵抗するエラの腕を抑え続けるデンバーの額にはじっとりと汗が浮かぶ。この極寒の世界でも汗をかけるのかと可笑しな関心をするが、今はそれどころでは無い。魔法使いたちが詠唱を終える。そうなれば、此方に甚大な被害が及ぶだろう。
「何をしてるガルシア!」
「ちゅ、たいちょ…」
「何をしているのですがデンバー大隊長!ガルシアを離してください、今はこいつの力が必要です!」
「ふん、貴様らはここで無様に死ぬのだ。月は誰にも渡さんよ」
ふうふうと息を荒げ、楽しそうに笑うデンバーの姿に、徐々に何かが可笑しいと勘づき始めた者たちが顔を見合わせる。それとなくハンスが流しておいた、人間達がテルミットに入り込んだのは裏切者がいるからだという噂。その噂が今目の前でエラを押さえつけるデンバーの姿と結びつくのにそう時間はかからない。
「ガルシア、もう良いぞ」
「遅いんですよ」
ごきり。
デンバーから腕を振りほどき、その勢いのまま丸い顔目掛けて肘を叩き込む。よろけた体に後ろ回し蹴りを叩き込み、ついでに体の表面を凍らせてやった。
「な…?は…?」
痛みに呆けながら転がるデンバーを無視し、エラはまだろくに動けていない魔族側の中心へと走って行く。誰よりも前へ、守りたいもの全てを背負う為に。
「全員退け邪魔だ!」
走るだけじゃ間に合わない。もう何か嫌な感じが此方に向かってきている。靴底を通して魔力を注ぎながら地面を蹴り込む。エラの動きを助けるように地面から突き上がる氷の柱が、エラの加速を助けてくれた。
「割れろ」
人間が叫ぶ。何故魔法使いでもないお前らが叫ぶんだ耳障りな。そう憎しみとも怒りとも呼べる感情を籠めながら、エラはぎろりと眼前に迫る人間の群れを睨みつける。
にたにたと笑う嫌な顔。ああ駄目だ、これは守り切れない、駄目だどうにかして守らなければならないのに。
そう思っているのに、真っ白な地面から湧き上がる真っ赤な光が、エラの白銀の髪を照らす。
「なに…っ」
カッと発光した地面が、ばくりと割れて大口を開ける。割れろとはそういう事かと嫌に冷静になるが、背後から聞こえる絶叫が仲間たちが被害に遭っている事をエラに知らせる。エラが足を付けようとした場所もあんぐりと大口を開けていたが、反射的に氷の柱を生み出し、そこに足を付ける事に成功する。
「隊長!」
エラの絶叫に、地面を這う光から逃げる隊員たちが助けてくれと懇願するような目を向ける。飛んでくる攻撃には対応出来ても、足を付ける地面を奪われては何もしてやれない。せいぜい氷を這わせて地面の代わりにしてやるくらいだが、それでは仲間も凍ってしまうだろう。
「構うな!行け!」
ザッカリーの叫び声に、エラはぐっと唇を引き結ぶ。守りたいのに守ってやれない。どうすれば良いのかも分からない。明確に想像出来るのは、仲間を助けてやる事ではなく、ニタニタと此方を見て笑う人間の群れを肉の塊にしてやる事だけだった。
「クソ共が!」
氷の柱を思い切り蹴り、勢いのまま群れに突っ込む。慌ててエラを攻撃しようとする人間を纏めて殲滅しなければと、エラは周囲に尖った氷を幾つも発生させる。短い悲鳴と共に肉に突き刺さる氷を横目に見ながら、エラは奥でたじろぐ魔法使いに狙いを定めた。だが周囲を取り囲む人間がまだ多すぎる。出来るだけ数を減らさなければ、後ろから援護してもらいたいが、仲間たちは足元に開いた孔で手一杯だろう。掴みかかられるなら上へ、この間と同じように自分の下半身を支えるように氷を纏い、上から幾本もの氷柱を振り注がせる。
「あぁあああ!!」
珍しく声を出した。腹の奥底から張り上げた声と共に、背後に発生する氷は質量を増していく。数も出来る限り増やし、腕を振り下ろして下で叫ぶ群れに向かって突き落とす。
「出て行け!」
どれがこいつらの頭だ。頭を潰せばあとは散り散りに逃げていくだろう。視線を動かし、上等な装備を身に付ける数人を順番に潰していく。何度か魔法使いの杖が発光するが、その度にエラは威嚇するように氷の礫を浴びせた。
あとどれだけ魔力があるだろう。普通ではない魔力量を持っている事は自覚しているが、それでも限界はある。まだやれる、やらなければならないと必死に自分に言い聞かせているが、たった一人で相手をするには数が多すぎた。
「ガルシア!左は任せろ!」
その声と共に吹き荒れる風。そこに混じる水は、隊の術者がハンスの風に当てているのだろう。この雪原で体を濡らすということは死を意味する。そう長くない時間で動けなくなり、そのまま凍っていくだろう。
「中央から右はお前だ!」
「無茶を言う!」
「やれ!」
「了解!」
簡単に言ってくれるなと文句を言うのは後だ。何とか生き残った者全員でエラを援護すべく動いてくれている。ちらりと後ろを見ると、数少ない土の術者たちが必死で地面を補強するように魔術を使ってくれていた。
「動くな!」
背後で争う声がする。何だとそちらを振り返った瞬間、エラは全身をずぶ濡れにされた事に気が付いた。にんまりと笑いながらへたりこむデンバーが、数人の隊員に取り押さえられている。
「は…?」
「裏切りやがったな…この俺を!」
真っ青な顔をしているくせに、デンバーは怒りに染まった目をエラに向けている。遠くからでも分かる憎悪の視線に、エラの頭に血液が集まっていくのが分かる。
「国を売った裏切者はお前だろうが!」
「構うな、やるべき事をやれ!」
「チッ」
すっかり逃げの体勢に入った人間を一人も取りこぼさないよう、エラは人間を取り囲むように壁を作る。そろそろ限界まで力を使っているのかもしれない。目の前がくらくらと揺れる。息が苦しい。魔力切れとはこういう事か。満月の夜に暴走し、疲れ切って眠ってしまうのとは話が違う。胃の中身を全て吐き出しそうな吐き気と眩暈の中、エラは最後の駄目押しとして作り出した氷の囲いを見下ろした。
「あとは、頼みますよ」
「任された」
ぐらりと揺れる視界。支えていられなくなった体をぐったりと氷に預けながら、意識を失わないよう必死で呼吸を繰り返す。
「放て!」
ザッカリーの号令が響く。氷の囲いに向かって放たれた炎が、中に囚われた人間達を焼いた。悲鳴すら聞こえない業火。見下ろしているエラすら焼きそうな熱風が、この囲いの中に生き残れる者がいない事を物語っていた。




