五章 『邂逅』 −3−
古びた遺跡。
その石でできた建造物は、そう呼ばれるのが相応しいだろう。
その遺跡は巨大さ以外は、別段何の変哲もなかった。
そのようなところに人もいるはずもなく、
「一体ここは何処や」
「存じ上げません」
いるはずもないが、たまには物好きもいる。
「どうやら本当に異世界に飛ばされたようですね」
「まさか、ほんまにあの刀にそんな力があったとはな。あの刑事さんが頭おかしくなっただけやと思ったんやけどな」
「どうやらあの刀も神剣の一つだったようです。神剣の中で時間と次元を支配する力を持つのは、確かウリエルという名だったと思います」
「そうか、そんでそのウリエルは何処におんのや?光に包まれてから、気配のかけらも感じんようになってもたけど」
「ウリエルだけ違う次元に飛んだか、もしくは私達だけこの世界に飛ばされたか。どちらにしても元の世界に戻ることは、容易ではないでしょう。私が他のものとも面識があれば、一言主に御忠告できたのですが、申し訳ありません」
「まあ、起こってもたもんはしゃあない。じっくり帰る方法でも探すか」
「御意のままに」
長身のコートの男の周りを大振りの剣が、宙にふわふわと浮いている。
「そう言えば、ミカエル、光ん中で誰かに呼ばれたよーな気がしてんけど、お前何も聞こえんかったか?」
「いえ、何も・・・」
ドガアアアアァァァァァ!!
宙に浮いた常識外れの剣の言葉を遮って、遺跡の中に爆音が響き渡り、大量の砂埃が立つ。
視界は不明瞭。
耳鳴りが激しく、的確に音が拾えない。
だがしかし、爆音の向こうに誰かがいる気配だけは、はっきりとしていた。
「あかん!」
そう制止の声が響く前に、何処からともなく現れた刀剣たちが、一瞬のうちに光の矢となって砂埃に消えていった。
刀剣たちは砂埃の向こうの存在を、自分たちの主に害をなすものだと判断したのだ。
刀剣たちはその男、レイ・ラインゴットに害をなそうとする者は、誰であろうと容赦はしない。
それが例え親であろうと恋人であろうと、そして世界そのものであったとしても。
(ここは一体?私はやはり夢を見ているのかしら)
ぼんやりとした意識の中、襲いかかってきたものを無意識の中ではたき落す。
馴染んだ感覚に、自分は今家宝の甲冑の中にいるのだと理解した。
妙に体が軽いこと以外、特に何の変化もない。
腹部の焼けるような痛みも、息苦しさもない。
(変な夢だわ)
はたき落した刀剣が、再度襲いかかってくる。
それをまたも無意識に刀を拳で砕き、握りつぶし、剣を剣で裂いた。
そして、そのすべてがその意志をまっとうできなくなってから、ゆっくりと自分で開けた壁の穴へと歩き出した。
「またやってもたな。この世界のこと知るなんか手掛かりになるかもしれんかったのに。死んでもたら何も聞けんようなる。ほんま、どうしょうもない体やで」
「主、相手はまだ生きているようです」
「まじかいや。あれで生きとったら、そんなん人間ちゃうで」
「来ます」
砂煙がようようおさまってきて、その姿がはっきりと見えた。
全身を覆う黒い甲冑は金属特有の光沢は無く、くすんだ黒はまるでその空間だけ闇に侵されたようだ。
「ミカエル、人間や」
(あなたは誰?ここは私の夢の中・・・じゃないようね。私はあの時死んだはず。では、何故今生きている?一体何故?)
低い地鳴りのような声が、遺跡の中に響く。
それは言葉ではなく、唸り声にしか聞こえなかった。
剣をかざして、その曇りない刃を鏡代わりに覗き込む。
本来見えるはずの自分の瞳は無く、見えるはずの無い兜の内側が見えた。
(ああ、やはり私は死んだ身なのだ。肉体を持たぬ亡霊と成り果てたのか)
フランチェスカは慌てふためくでもなく、真摯に事実を受け止めていた。
小さなうめき声が響いた。
「グオオォォォ」
「・・・やっぱり人間ちゃうな。おい、ちゃんと分かるよーしゃべれ!」
「どうやら私たちが何者なのか尋ねているようです」
「何や、あいつの言っとー事分かるんか?」
「はい。なんとなくですが」
「そうか。おい、おっさん。さっきはすまんかったな。ところでおっさんに聞きたいことが、いろいろあるんやけど構わんか?」
レイはまるで昔からの知人に話しかけるように、フランチェスカに馴れ馴れしく話しかける。
一方のフランチェスカは問いかけに対して、答えようともしない。
いや、彼女もまたこの世界に呼ばれた者故、答えることは出来なかった。
しばしの沈黙の後、ようやく唸り声が聞こえる。
(・・・お、おっさんだと!こんなきれいで若い娘を捕まえて、おっさん呼ばわりだと!このおっさん、何を言っている!)
フランチェスカは、レイの問いかけを全く聞いちゃいなかった。
「何やて、何言うとうねん?」
「少しお待ちください」
フランチェスカの剣が構えられる。
すかさず逃げ出すレイ。
そして、それを追うフランチェスカ。
「どうやら何か気に入らなかったようです」
「それぐらい儂でも分かるわ!・・・ああ、しんどー、死ぬー」
初めは何処からともなく現れた刀剣たち相手にしていたフランチェスカだが、きりがないとみて、無視してレイのもとに突っ走る。
本来主を守る刀剣たちは、足止めにすらならずに、フランチェスカの追っかけをしている。
「あかん、追いつかれる・・・ミカエル!儂に力を貸せ!」
「御意」
やや大振りの剣、神剣ミカエルは主の手におさまる。
そして、手にした瞬間、フランチェスカはもうレイの眼前にいた。
上段から勢いよく振り下ろされる剣は、フランチェスカの意思に逆らおうとするが、それを尋常ならぬ力でねじ込み従わせる。
ズンッという音ともに土煙が起きる。
「ああ、危なかった。もう少し遅れとったら死んどるな。ありゃ」
はるか上空から、今までいた場所を眺める。
石の床は粉々に砕けている。
レイは遺跡を支える巨大な柱たちを踏み台にして、フランチェスカと少し距離を開けて、地面に降り立つ。
「おい、おっさん。儂はお前と戦う気は無いねん。ちょっとぐらい話聞けや。おっさんに聞きたいことがあるんやけどな・・・」
フランチェスカが疾走する。
「おい、話聞けちゅうとうやろ!」
(おっさん、おっさん、言うな!)
お互いの剣がぶつかり合い、それからお互い一歩も譲ることなく、剣撃が交わされる。
しかし、やがてレイが押していく。
互角の戦いに、刀剣たちがフランチェスカにまとわりついたためである。
時に視界を遮り、時に足場を不安定にする。
「これで!」
一瞬の隙を突いて、横からなぎ払うように放たれた一撃は、軽々とフランチェスカの腕で受け止められていた。
その絶対的な防御に驚きながらも、振りぬいた反動で、フランチェスカの後ろをとる。
しかし、それを予測していたかのように、振り向きざまにフランチェスカが剣を放つ・・・が、レイの顔の横で止まって、そこから先一寸も動かすことはできない。
眼前の剣を必死に動かそうとする震える甲冑を見て、レイはシニカルに笑った。
「ここまでやな。おっさん」
ゆっくりと神剣ミカエルが振り上げられる。
フランチェスカは観念したように、剣を鞘におさめた。
サッと、振り下ろされる神剣ミカエル・・・そして、空を切った。
フランチェスカは寸でのところで、それを避けていた。
そして、お返しとばかりにレイの襟首を掴んで、柱に向かってぶん投げた。
衝撃で崩れ落ちる柱。
「いったいわー、ほんま」
本来ならば死んでいて当然の状況下で、レイは平然としていた。
これも神剣ミカエルの力なのだろうか。
彼の体には、傷一つ付いてはいない。
そして、それはフランチェスカの甲冑も同様だった。
誰もがこの人知を超える戦いを見て、唖然とするしかないだろう。
それだけ壮絶で苛烈な攻防だった。
「おっさん、これでほんまに終わりや。冥土の土産によう見とけよ。儂の本気の力をな!」
レイが手を掲げと、地面からいくつもの刀剣の柱が、勢いよく噴き出してくる。
刀剣の柱はうねうねとくねりながら、あるものへと形を変える。
それは数多の伝承の中に存在する竜だった。
遺跡いっぱいに竜の体で、埋め尽くされる。
フランチェスカはその圧倒的な光景を目の前に、自然と体が震えていた。
(また・・・また、おっさんとか言いやがって・・・)
・・・どうやら彼女にとって、目の前に立ち塞がる巨大な竜は、どうでもいいようだ。
「やってまえ!!」
(私は、本当は美人で可愛い可憐な少女だ!!)
レイの合図で、竜はフランチェスカに襲いかかる。
フランチェスカは拳を構え、竜に向かって真正面から突っ込んだ。
竜の牙がフランチェスカを捕らえた。
絶え間ない衝撃にフランチェスカの体はやがて浮き、竜とともに遺跡内の柱をえぐり、壁にいくつもの穴を穿った。
最後は地上十二メートルほどの所の壁に打ち付けられ、竜は消えた。
「いくら丈夫な鎧や言うても、中に入っとう奴まで丈夫という訳やないやろ」
レイは自由落下する黒い物体を眺めながら、満足そうにミカエルに語る。
「グオオォォォ」
低い地鳴りのような声が、崩れ落ちた瓦礫の中から聞こえる。
「そんな・・・嘘やろ」
黒い騎士は平然と立ち上がり、拳を構える。
(やってくれたな。正直生きていればひとたまりも無かったが、今は死した身。これしきの事で、私がやられると思うな)
「主よ。分かりました。あの者は・・・」
「何、何やて。ミカエル、何が分かったって」
必殺技を破られた動揺が、明らかにあったのだろう。
レイの剣を構えるのが遅れた。
襲いかかる刀剣をものともせず、フランチェスカはレイに迫る。
「あの者は・・・女です」
「女ぁ?」
拳がレイの顔の前で、いわゆる寸止めの状態で止まった。
(・・・ふん、分かればよろしい)
偉そうに腕組みをし、力無くへたり込むレイを見下ろしている。
「そうか、おっさん言うたんが気に入らんかったんか・・・そんなことで儂殺されかけたんか・・・ほんま、女心は分からん」
よっこらせとおっさんくさい掛け声とともに、レイは立ち上がり、手を差し出した。
「まあ、いろいろ思うところはあるが、とにかく悪かったな。おばはん!」
レイは相手が女性であることを強調して、さわやかににっこりと微笑んだ。
ガンッ。
「イテッ」
フランチェスカの拳が、レイの頭を捕らえる。
こうしてここに最強最低の漫才コンビが誕生した。
そして、ファンファーレの代わりに、遺跡がものすごい音を立てて、倒壊した。
「何でついてくんのや」
「何か事情があちらにもあるようです」
「事情?何の事情や。儂についてきても何もあらへんで、おっさん」
背後を振り返ると、フランチェスカは剣を抜き、怒りの表情で睨みつけている。
当然表情は分からないので、そのような感じで。
「いや、もとい、お嬢さん・・・何で儂が気をつかわにゃならんのだ」
「これ以上不毛な争いをしていても仕方ありませんから」
「そりゃ、そうやねんけどな。なんか納得いかんな」
「それより、あと三キロほどです」
「そうやな・・・こんなに離れてても、この威圧するような感じ。これだけの力の持ち主なら、何か知っとるかもな」
木々を踏み台のようにしながら、ウサギのように跳ねていた。
そして、その向かう先には小さな家があった。
煙突からは、モクモクと煙が出ていて、人がいることは明らかである。
(これからどうしようか)
レイの後を追いながら、フランチェスカは心の中でぽつりと呟いた。




