百合の花は永遠に咲き
あの、青竜が誕生した日から、四十年の月日が流れた。
城の人々はだいぶ入れ替わり、新たな政治が始まろうとしている。
この第八代将軍、青竜の元で。
青竜は迎えたばかりの正室と一緒に、母の場所に向かっていた。
廊下を渡り、母の部屋の障子を開ける。
「おお、青竜か」
すっかり年老いてしまった声を響かせ、百合は仏壇から顔を上げた。
この仏壇は、五年前に逝ってしまった夫のもの。
「母上、こちらが嫁となる紅です」
綾尉に良く似た顔つきの青竜は一歩さがると、紅を中に入れた。
「紅でございます、よ、よろしくお願いいたします」
緊張で顔がこわばった紅に、優しい微笑を浮かべる。
目の前にいるのは、四十年前の自分だ。
「…紅とやら、ほんにおぬしは私の嫁入り時代のころに似ておるのぉ」
紅の緊張は今の言葉でとけたようだ。自分に向かって身を乗り出す。
「ほ、本当でございますか?母上様の話を聞きとうございます!」
「これ、紅、口を慎め」
注意する息子に首を振る。
「いいんじゃよ、青竜、さて、私の昔話をするとするかのう」
目を輝かせる紅の前までおぼつかない足取りで向かうと、腰を下ろす。
「四十年前のことじゃ」
百合は語りだした。
号泣した紅を引きずって帰る青竜に別れを告げると、縁側に腰を下ろす。
「あの日から、四十年――」
雪で染まった庭を、遠い目で見つめる。
嫁入りは断固反対だった。
城になど行きたくなかった。
松重で気ままに暮らしたかった。
子供だった自分は、そう言って首を横に振った。
だが、自分は間違っていなかった。城に来て正解だった。
形を持たない『何か』を手に入れることができたから――
それは決して金で買えないもの。
波乱万丈だった人生も、ようやく安泰した。
その間に、沢山の愛する人達を失ってしまったが。
父上、お千、佐門、夢津身、そして綾尉。
皆、最後は笑っていた。
楽しかったと言ってくれた。
だから自分は泣かなかった。
愛する人はいなくなっても、残るものがあったから。
「私も……」
そろそろかのう、と言いかけてやめた。
遠のく意識の中、冬の風が舞う。そしてその風が吹き終わった時、彼女は目を閉じた。
長かった道も、終わる。
そして彼女は眠りについた。目覚めることはない、永遠の眠りに――
☆
一面、光だった。
淡い輝きを放つ光の中を進んでいる。
それは、不思議な感じだった。だが、妙に心地が良かった。
ふと、自身の手を見る。
歳をとっていくとともにできた皺は消えていた。少女の手だ。そう、あのころの手。
顔も、体も、四十年前に戻っていた。『百合』だったころに。
前方に人影が見えた。それは懐かしい、最愛の人。
彼も昔と変わらない鮮やかな微笑を浮かべて。
手を差し伸べられた。言葉はない。
彼女はゆっくりとその人を見つめる。あのころのままだ。その瞳は。
優しく、笑ってみた。手をのばす。
二人の手が重なった。暖かい温もりを感じとる。
彼は、その唇をそっと開いた。名前を呼ばれる。
『………百合』
完
終わってしまいました…『姫君は波乱万丈』
本当に波乱万丈だった百合の人生も幕を閉じましたね。
感想をくれた皆様、読んでいただいた皆様、ありがとうございました。
初めて書いた百合達の物語、最初はどうなることやらと思いましたがここまで来れて良かったです。感動です。
これも読んでいただいた皆様のおかげです、本当にありがとうございました。
一回、全部書きあげたのに間違えて全部消してしまった、などのハプニングも起き、自身喪失した私でしたが、何とか立ち直れて良かったです……
と、いう私のアホ話はおいておきます。
現在、次の話も執筆しております。
近々更新する予定なのでそちらも読んでいただけたら幸いです。
舞台はまたもや戦国から江戸にかけてです。
また、姫君とはちょっと違った話になりますが。
長々と書いてしまいました。最後までおつきあいいただき恐縮です。
では、また次の物語でお会いしましょう。
浅葱恵莉