捕囚
学院寮アンディンの裏手。
契約者の手元に戻ったはずの場所から、蝶妖精は今また彼から離れようとしていた。
魔術師ナトゥールは迷うことなく草葉を踏み分け、光と影を交互に受けながら先へ進む。木漏れ日は徐々に間隔を狭めていく。
魔術師の外套の隠しでその薄羽を休めていた妖精は、その歩みが止まったことに気づいた。
外套の隙間が大きく寛げられ、彼の指先が示すことばなき意志を理解して、ファラ―シャは羽を広げる。
閉ざされた、狭い懐から。
一気に吹き抜けていく風は心地よく……青の光を宿す薄羽を翻し、まっすぐに進む。
木漏れ日すらも射さぬ濃い緑へと、その視界の色合いは移っていく。ややもすれば闇に見紛うほどの、ひとにとっては恐れを抱く森の奥へ。
だが、蝶妖精にとってはそのすべてが心地よい。
そう、かつては飛ぶことを知らなかったはずの身なのに、いつのまにかそれはあたりまえのものになっていた。
だから、まだ見ぬ同胞がかどわかされたと聞いて……心穏やかではいられなかった。
不安がないわけではない。
それ以上に、何があっても大丈夫と思える。
目に見えぬ糸が、確かにそこにはあるから。
そう、何が、あっても――。
そんな思考の先で、風が止む。
奥へ、奥へと飛び続けていた蝶妖精はふと視線を周囲へ巡らせた。
途端、ファラ―シャの視界は全き闇に覆われていく。
全身にまとわりつく息苦しさに、彼女は悲鳴を殺してこぶしを握る。
――セレン……!
信じている。
信じている。
信じている。
ことばにならない呼び声に、確かに彼女の契約者は応えてくれると。
小さな身体に
その意識が消えようとも、ファラーシャは信じ続けていた。
咲き乱れよ美しき花。
舞い集えよ気高き妖精たち。
その時を望み、男はまた一輪の花を摘む。
闇に沈む花々は眠りにつき、目覚めは未だに遠い。
ただその力を湛える場へと、彼女をいざなう。
男の行く先は、蝶妖精の意識を狩った場所の、さらに奥深く。
複数の樹木が絡み合う、ある一か所に足を踏み入れた途端。
空間が丸ごと、陽炎のごとく揺らいだ。
闇の中でも光を探すかのような不思議なきらめきを宿す館は、男の眼差しを受けつつ静かに佇んでいる。
幻術により巧妙に隠された館は、男が数歩その先に進めばまた、その姿を消していった。