かわいいのはだれ
セレンはファラーシャをかばうように手を伸ばす。そのさまを見つめながらも、蝶妖精のまなざしはなおも揺れた。不安をそこに見出だし、セレンはことばを重ねる。
「ファラーシャは見ての通り、物理的に戦うことには向いていない。囚われたあと、もしもがあったら耐えられないと思う。囮には向かない」
「だからこそ、釣りやすい。狙われたことからも、相手がか弱い妖精を選んでいるということは想像がつく。学院生アルムも引き渡した娘もこちらで確保している以上、相手はその蝶妖精を把握していないはずだ。
何よりも、本来許可されていない妖精への契約印が、手違いで今、彼女に刻まれている。これを利用しない手はないだろう?」
最近のNPCは姑息すぎる。
魔術師ナトゥールの笑みを見返しながら、セレンは小さく溜め息をつく。
クエストであることはわかるが、心境的に納得がいかない。割り切れということだろうが……。
「ファラーシャの居場所が、アンタにはわかるってことだよね」
シオンのことばは、どちらかと言えば問いかけというよりも確認に聞こえた。ナトゥールは頷き、補足する。
「契約者の居所を把握するためのものだが、今回は誤って蝶妖精をも巻き込んでしまった。私の落ち度だね」
セレンの居所を把握しようとすれば、連動してファラーシャの居所まで知ることとなる。
本来、保護すべき対象に楔を打つつもりはなかったようだ。
「アンタはファラーシャをどう使う気なのさ。囮って、そのへんに放しておけば、連中が勝手に捕まえてくれるのかい?」
その物言いに、セレンは目を瞠った。シオンのことばは、既に次の展開へ移っている。否応なしに泥沼へはめられていく流れの中で、ファラーシャは己の契約者を呼んだ。
「セレン、囮、私にはできない?」
「……できないっていうわけじゃ」
シオンどころか、ファラーシャまでが。
彼女の無力さを肯定したいわけではない。セレンは弱ったように否定を口にした。
ファラーシャは唇を引き結んだ。決意を表すまなざしの強さに、セレンもまた、向き合う。
彼女は、持ち前のふんわりとした空気を震わせるように、ことばを選んだ。
「私には、セレンがいるんだから。何があっても、絶対……大丈夫だもの。ね?」
その問いかけに。
セレンは頷くより他、なかった。
館から、魔術師ナトゥールと、そしてその懐にしまわれているはずのファラーシャもまた遠ざかっていく。
セレンは窓辺からそれを見つめ、やりきれなさに拳を握った。妖精狩りを捕らえることに否やはないが、クエストとはいえ、助けたばかりの蝶妖精を再度危険に向かわせることには抵抗がある。
ナトゥールの転移スキルがあれば、と思うが、なかなかままならない。
意識をマップへと移し、ファラーシャのカーソルをたどる。その行先は、かの学院生アルムの棲み処であった学院寮アンディンである。
このあとの展開を覚悟と共に想像していると、背後からとげとげしいことばが向けられた。
「セレンは気が進まないんだよね」
椅子に座ったまま、ぶらぶらと両足を下ろして、シオンはそう指摘した。落ち着かない様子は、セレンと同じだ。だが、感情のベクトルが、違う。
ふわふわした耳や頭へと手を伸ばせば、避けることもなくただシオンは小さくかぶりを横に振った。
「……わかってるんだ。ファラーシャのこと、大事にしてるだけなんだって」
森の知識人は、知識だけの頭でっかちではない。
セレンはもう、そのことを十分知っていた。
喜怒哀楽が激しい、仲間を思いやれる、まっすぐな――。
「――うん」
どう言えばいいのか。
これほどの気持ちを寄せられた記憶など、ついぞない。
気恥ずかしさにことばに迷えば、少し熱っぽくシオンは溜息を洩らした。
「でも、もしあとちょっとで妖精狩りを捕まえられるなら、って思わなくもないんだ。誰もがセレンみたいな契約者と巡り会えるわけじゃないって、シオンだってわかってるつもりなんだけど……セレン?」
「あ、うん、絶対捕まえような!」
少し熱くなった頬をばしりと叩き、セレンは窓の外を見る。厳密に言えば、顔を見られたくなくてシオンの眼から逃れるように、背を向けた。
違った。
嫉妬、かなとか思った自分が妙に情けなくなり、セレンはNPCのテディベア相手にどこまでとか自己嫌悪しつつも、「絶対大丈夫」と太鼓判を押してくれたファラーシャのことも合わせて、結論としては守るべき相手を守り通すというところに落ち着くわけでと、ひとり百面相をする羽目になったのだった。




