すべての道は
「――弁償?」
魔術師ナトゥールは、セレンの怪訝そうな問いかけに笑みで応えた。
肯定を伝えられたところで、納得できるはずもない。
セレンよりもよほど激昂し、シオンが椅子の上に立つ。その拳が振るわれ、テーブルが揺らいだ。頭上のファラーシャも宙に飛び上がる。
「何でさ!? ぜえええんぶ、アルムってやつが悪いんじゃないか!」
シオンのことばに、躊躇うことなくナトゥールは深く頷いて見せた。
「もちろん、原因はそのとおりだ。だが、今回は結果に至る過程について述べている。そう……いささか、やりすぎだったな」
学院生アルムは拘束された。花売りの少女も含めて、それぞれから事情を聴く必要があり、それにはしばし時間がかかると言われ、被害者である蝶妖精の契約者として、セレンたちも学内にとどまることになった。
すでに日も暮れた時間帯である。宿の代わりとして案内された場所は、学内にある魔術師ナトゥールの館の一室だった。寝室と居間とが分かれている上に召使付きという豪奢なつくりに驚いたが、堪能している時間的余裕は正直なかった。就寝時間である。ログアウトするのにも問題がなかったため、経過は気になるものの、時間を考えてセレンは現実の日常を過ごし……そして先ほど、ようやく目覚めたところだ。
ファラーシャもシオンも、宿に泊まっている時同様眠りについていたようだが、特に異変はない。一安心して寝室から出ると、居間にいた召使という女性が食事の用意を整えてくれた。
そして、食事を終えるのを見計らったかのように、家主が登場した。
魔術師ナトゥールは未だ学院生アルムについて、そして花売りの少女については調査中であると言う。そして、続けて「ところで扉の弁償の件だが」と切り出したのだ。
「学院生アルムが元凶ということになれば、彼に対して賠償を要求することになるが……残念ながら、彼がもし元凶だとしても、賠償金の支払いは実現されない」
「どうしてだ?」
「彼は、もともと魔術の才を見出されただけの孤児だからだ。実家からしぼりとることもかなわないとなれば、とれるところからとるしかないだろう?」
少なくとも、学院生アルムと花売りの少女との縁はありそうなのがわかった。わかったが、その理屈が納得できるはずもない。
「じゃあ、そんな孤児を引き取った責任として、学院が払えばいいだろう?」
「うん、なかなかいい切り返しだが、学院生アルムを引き取ったのは学院ではなく、今は亡き魔術学院の教師でね。学院ではないんだ」
シオンの頬が、ファラーシャの頬がそれぞれぷくーっとふくらむ。
セレンはそれから視線を逸らして、このクエストについて考えてみた。金銭の支払い要求は、正直、プレイヤーに対してはあまり聞かない話だ。むしろ、その先のほうが気になる。対価を支払うだけで問題が解決するのであれば、容易い部類ではないか。
「……あんまり支払う気はないけど、いくらなんだ?」
念のために尋ねると、大金貨一枚というふざけた金額を提示された。逆さに振っても出せない。
いや、これは。
セレンは眉間の皺を深めた。
「……払えないとなれば?」
「イウォルの法にのっとって、支払いが終わるまで強制労働だね。
ああ、そんなことはさせられないよ。だから、その代わりに頼みたい。
妖精狩りについて、もうしばらく協力を継続してくれないか? 協力者であることを理由に、不問になるように取り計らう」
おおげさにかぶりを振りながら言うさまに、露骨すぎるものを感じる。セレンはナトゥールに尋ねた。
「強制労働の種類は?」
「妖精狩りを捕らえる、かな」
「いっしょじゃん!」
再びシオンの拳が振るわれ、テーブルが今度は軽く宙に浮いた。
魔術師ナトゥールは肩をすくめる。
「やらされるのと自発的に行うのでは大違いだと思うよ」
ファラーシャはセレンの肩に移り、その耳元にささやく。
「セレン……あのひと、助けてって言ってるの?」
「あー……そうだなあ。曲解すれば」
指摘を受けてみると、なるほど、どうあっても助けてほしいというニュアンスである。
今にも本気で喰ってかかりそうなシオンの肩に手を乗せ、セレンは魔術師ナトゥールに向き直った。
「理不尽極まりない話、そう思わないか?」
「思う。だが、今回のことできみたちへの疑いは完全に晴れた。
言い換えようか? 間違いなく妖精狩りではないとわかった以上、こちらとしても手放したくないというのが本音なんだよ」
その切実な物言いに、セレンは溜息をつく。素直ではないだけと言えばそうだが。
「……何を、させたいんだ?」
その問いに、魔術師ナトゥールは口の端を上げた。
そして、セレンの左手に、自身の右手を伸ばす。
「それほど難しいことじゃない。だが、きみたちにとっては試練かもしれないな」
ナトゥールの指先が、そこに刻まれた印を示す。
次いで、彼のまなざしは真摯な色合いを抱いてセレンを見据えた。
「妖精狩りの尻尾を、何としても捕まえたい。
――策がある。単純な手だが、きみたちでなければできないんだ」
兵を吹き飛ばしたあたりはやりすぎたという自覚はある。学院生アルムを蹴り飛ばすほうがまだマシだったという反省もしている。
アルディンでのレフィナードは、かなりもの言いたげな様子だった。
おそらく、そのすべてを今は押さえているのであろう。しかし、魔術師ナトゥールはそれらを取引材料には持ち出さなかった。
できれば、自発的に。無理なら強制で。
選択肢のない道筋と、ナトゥールの指が示す印について考え、セレンはゆるくかぶりを振る。
「とりあえず、聞いてから考える」
苦難の道しか選べないにせよ、少しでもマシなほうを選びたい。
その心境は声音にも表れ、苦々しく響く。
セレンのことばにナトゥールは手を差し伸べるように持ち上げた。その先には、ファラーシャが飛んでいる。
蝶妖精に、まるで希うように手を掲げたまま、魔術師ナトゥールは口を開いた。
「具体的に言えば、囮になってほしい」
「却下」
身もふたもなく、セレンはその策を一蹴した。
ファラーシャはその垂れた青い目を大きく見開き、次いで表情を曇らせる。迷うように伸ばされた手は、セレンの服の端を掴んでいた。




