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34:相変わらず、ここは賑やかだな

 六畳一間の質素な室内に、ろうそくの明かりが揺れている。板張りの床に置かれた二つの座布団に向かい合って座るのは怯えた表情の女性と、白い狐面を付けたポニーテールの巫女だ。巫女が手にした御幣ごへいを振ると、澱んでいた室内の空気が斬り裂かれるように震えた。窓に取り付けられた白いカーテンが、風もないのにバサリとはためく。


「悪霊退散!」


 凛と響く巫女の声と共に気味の悪い男の声が木霊して――そしてゆっくりと消えていった。


「また何かあったらすぐ来て下さいねー!」


 晴れやかな表情で帰っていく女性を、美言みことは元気に手を振りながら見送った。

 魔王の魂を無事に討伐し、ディセリアとの道も完全に途絶えた今、悪霊に取り憑かれる人の数はだいぶ減少した。もともと除霊に関して名の通った神社であるので依頼が途切れることはないのだが、それでも前に比べるとずいぶんと時間に余裕が持てるようになった。魔王の封印が解けかかっていたというだけで、かなりの霊が影響を受けていたことが窺える。

 先程の女性も、今日最初で最後の依頼人だ。けれども、なぜか境内にはまだ多くの若い女性がごった返している。その理由はお守りやおみくじを置いている授与所にあった。


「マジですっごい美形なんだけど! え? 何? この世の生き物?」

「わかるー! イケメンって何着ても似合うの、もはや罪だよね!」

「あの顔でお守り勧められたら買うしかないでしょ。断れないって」

「私、お守り全種類買っちゃった! 推しに貢ぐ気持ちがわかるかもー」


 興奮気味に捲し立てる女性たちが、買ったお守りを掲げて鳥居をバックに記念撮影をしている。神様のいる場所で騒ぐのもどうかと思ったが、その神様本人である白冥はくめいが鳥居の上に寝そべって面白そうに女性たちを見ているので問題ないだろう。


「でも私はあのホストっぽい金髪の人が気になるかも。さっき転びそうになったところを颯爽と抱きとめてくれたの! ウインクまでされちゃった!」

「そういえば拝殿に案内してくれた平安っぽい男の人もいないね? 今時ござる口調ってめずらしくない?」

「でも綺麗だったよねー。さすがコスプレ神社!」


 白い狐面を付けた美言みことと目が合うと、女性たちは気まずそうに頭を下げてそそくさと去っていった。


「どうした、ミコト? ぼうっとして」

「わ! びっくりした」


 振り返ると、いつの間にそばに来ていたのか、白衣に袴姿のアルトリウスが立っていた。アルトリウス用に新しく仕立てた着物は、彼が西洋顔であろうが銀髪であろうが問題なく似合っている。神父服キャソックも似合っていたが、こちらもいい。やはりイケメンという生き物はどんな服も着こなしてしまう化け物である。


 神職姿の銀髪イケメンはそこにいるだけで女性客を呼び込み、古守こもり白狐びゃっこ神社は連日女性客で大賑わいだ。おまけに金髪のホスト風イケメンと、狩衣姿のござるイケメンまでいるとなれば、それはもうアイドルの追っかけ並みに強烈な勢いで人気に火が付いた。

 今では美言みことの除霊より、イケメンの多い眼福神社としてちょっとした噂になっている。


「イケメン効果を改めて感じてたとこ。女の子たちがアルトリウスを見て騒いでたでしょ。すっかり人気者になっちゃったね。さっきも一緒に写真撮ってあげてたし」

「シャッスゥーインのことか?」

「写真ね。でもまさかイケメン効果だけでこんなに盛り上がるとは思わなくて、ちょっとびっくりしてるんだけど」

「だが、俺はお前にこそいけめんだと思ってもらわないと意味がないんだが」

「ゴフッ!」

「どうした?」

「相変わらず、不意に致死量の砂糖を投げてこないで。まだ……慣れてないんだから」


 ディセリアでの祝祭の後、アルトリウスは美言みことと一緒に現代へと渡ってきた。魔王のいない世界には必要ないと、ガリバーも一緒だ。マ・ドゥーシたちは最後まで難色を示していたのだが、もし今後新たな魔王が復活するようなことがあれば、その時には新しい神託が下るだろうとガリバー自身が言ったので納得したようだった。


 アルトリウスは神職として神社に住み込みで働くことになった。花嫁修業ならぬ、花婿修行である。相変わらずとぼけた発言も多いが、聖剣の力をすべて美言みことに譲ったことで、少しずつ感情も豊かになってきている。その証拠によく笑うようになり、国宝級の微笑みを向けられた美言みことの心臓はこのところずっと不整脈を打ち続けている。

 ディセリアでは暦の数え方も違っていたので、アルトリウスが現代へ移り住んだ日を彼の誕生日にした。来年の同じ日、アルトリウスはひとつ歳を取る。そう考えると、胸の奥がふんわりとあたたかい気持ちになった。


「ハニー。アルとばっかりいちゃついてないで、ボクにも愛を注いでおくれよ」


 ガリバーの声がしたと思ったら、突然背中から抱きつかれた。そういえば昨日から聖剣に力を注いでいない。一日くらい空いてもエネルギー切れになることはないのだが、ガリバーはこれ見よがしに弱ったふりをして背中にもたれかかってくる。そのガリバーを問答無用で引き剝がしにかかったのは、御幣ごへいから人型に変化したヘイちゃんだった。


「姫と護り手殿の邪魔をするなでござる! というかおぬし、どさくさに紛れて姫に抱きついたでござるな!?」

「そういうキミだって、いつもハニーの腰に抱きついてるでしょ」

「抱きっ!? あ、あれはそうではござらん! 本来の姿で、姫の腰帯に差されているだけでござる!」

「その言い方、何だか危ういね?」

「なまくらぁぁ! 何を想像しているでござるかーっ!!」


 魔王を倒し世界が平和になっても、この二人はいつも変わらず、何かしら口喧嘩をしている。そんな二人のやり取りも、今では家族みたいに愛おしく思ってしまう。

 二人がいつまで人型を保っていられるのかはわからないが、人型であろうとそうでなかろうと、これから先もずっと大事な仲間であることに変わりはない。


「護り手殿も少しはきつく言っていいのでござるよ! こやつを調子に乗らせるとロクなことにならないでござる」

「きつくと言われても……。武器として、そして友としてミコトに触れるのは構わないが、男として触れていいのは俺だけだ。それを忘れなければ、俺は問題ない」

「ぶふっ!!」


 突然落とされた特大の砂糖爆弾に、美言みことは喉を詰まらせて盛大にせてしまった。本当にこの天然無自覚イケメンは油断がならない。


「へぇ。アルも言うようになったね。ボクの次にいい男になったんじゃない?」

「ミコトの前では、いけめんであるよう心掛けている」

「二人とも、ちょっと待つでござる! 姫が失神しかけているでござるよ!」


 不意打ちの爆弾を幾つも食らい、甘砂糖の許容範囲を超えた美言みことの意識がついに吹っ飛んだ。ぐらりと傾いた体をアルトリウスに支えられ、美言みことはお姫様抱っこされたまま家へと運ばれていく。


「ハニーは本当に恋愛耐性が皆無だね。これじゃあ、今後もいろいろと大変じゃない? ねぇ、アル? い・ろ・い・ろ・と、さ」

「またおぬしはそういうことを……っ」

「問題ない。回数を重ねれば慣れていくだろう」

「ヒュゥ~!」

「ままままさか護り手殿!? 貴殿もこのなまくらのように、卑猥な目で姫を見ているのでござるか!?」

「卑猥? いや、普通に可愛いと思うが」

「そうでござろう。姫が可愛いのは当然でござる」

「可愛いから欲情するんだよ。キミはまだ経験が浅いからわからないだろうけどね」

「なまくらはちょっと口を閉じていろでござる!」


 話が噛み合っているのかいないのか、三人のイケメンたちは美言みことを囲んで神社の奥へと消えてゆく。その後ろ姿を鳥居の上で見守っていた白冥はくめいは、九本の長い尻尾をゆらゆらと揺らしながら大きな欠伸をひとつこぼした。


「相変わらず、ここは賑やかだな」


 そうぽつりと呟いて、白冥はくめいは鳥居の上からぴょんっと飛び降りると、白い光となって拝殿の奥へと流れていった。


 そこに祀られているのは古守こもり白狐びゃっこ神社の御神体である白い狐面だ。

 この狐面の隣に、いつか同じ御神体として金ぴかの西洋剣が祀られる日が来るのだが――それはまだ、今から遠い未来の話だ。








【終】


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