03:ひとまず皆でご飯にしよう
「ミコト。マイ、スウィートハニー」
頭に金ぴかの王冠を載せた見目麗しい王子が、美言の前に跪いていた。美言の右手を恭しく持ち上げると、その薬指に赤い石のついた豪華な指輪をそっと嵌める。
「運命に選ばれし花嫁。僕の求婚を、受けてくれるね?」
目が潰れそうなほどのまぶしい微笑みと共に、王子が美言の右手、指輪を嵌めた薬指にそっとキスを落とした。辺り一面に薔薇の花びらが降り注ぎ、空の彼方からは祝福を告げる天使のラッパが鳴り響く。
(……ん? 天使のラッパは終末を意味するんじゃ……)
そう思った瞬間、あれよあれよという間に七つのラッパが吹き鳴らされ、薔薇の舞う美しい世界は死神が喜々として踊る荒廃した大地へと変化した。
「ミコト!」
王子が美言の右手を取って、空高く掲げた。その薬指に嵌められていた赤い指輪がパァァッと輝き、輪郭を崩して一本の黄金剣に姿を変える。
「勇者ミコト! 聖剣エクスカリバーに選ばれし者よ!」
声高にそう叫んだのはもう王子ではなく、神父服を着た銀髪の男――アルトリウスに代わっていた。
***
ゆっくりと目を覚ますと、視界に見慣れた天井が映った。何をしていたのだろうと思い出す前に、美言は自分が畳に敷かれた布団の中に寝ている状況を把握した。
和風作りの部屋は美言の自室だ。視線を横に巡らせると、壁際に置いた本棚にぎっしりと詰められた少女漫画とゲームの山が目に入った。美言の隠れた趣味である。
学生時代から恋を夢見る美言だったが、高い霊力と祓い屋業のせいでなかなかいい縁には恵まれなかった。二十一になった今でも誰かと付き合った経験はない。
だからだろうか。「海辺でつかまえてごらんなさいデート」や、冬のイルミネーションの下で「君の方が綺麗だよ」なんて甘くささやかれる、一昔も二昔も前の少女漫画展開に美言はずっと憧れていた。
(そういえば……何か、とてもいい夢を見ていたような気がするけど)
次第に覚醒する意識のなか、脳裏に銀髪の男が浮かび上がる。と同時に、美言は勢いよく布団の中から飛び起きた。
(そうだわ! あの正体不明のイケメン!)
布団から抜け出した美言は、巫女服ではなくパジャマ姿だった。時計をみると、朝の七時を指している。いつの間に眠ったのか、美言には布団に入った記憶すらない。もしかしてイケメン神父やリザードマンのことは全部夢だったのだろうか。
自然と安堵の息を漏らしたものの、落とした視線の先――枕元には紙垂が一本になった御幣が置かれていた。
「夢じゃ、ない……!」
確かに夢で終わらせるには難しいほどの感覚が、一晩経った今でも美言の体にしっかりと残されている。けれどリザードマンや、胸に剣を突き刺した銀髪の男など、普通に考えてもあり得ない現象だ。
もしかしたら悪霊の類いに惑わされてしまったのかもしれない。そういえば父親もあの場に居合わせていたことを思い出し、美言は御幣を引っ掴むとパジャマの姿のまま廊下へと飛び出した。
「お父さん!」
バンッと勢いよく障子を開けると、座卓の向こう側に座っていた父、雅就が驚いたように顔を上げた。
「こらこら、美言。お客さんの前だぞ」
雅就の正面、障子を開けた美言の前に座っているのは、あの銀髪頭の青年アルトリウスだ。彼は美言を一瞥しただけで、そのあとは何事もなかったように自身の前に出された茶を静かに飲んでいる。
元々穏やかな性格の上にあまり動揺もしない父だったが、見るからに怪しい風体の男を前にちょっと和みすぎではなかろうか。そう思っていると、父以上にほんわかした性格の母、加代が座卓の上に朝食を並べはじめていく。食器の数は四つ。明らかにアルトリウスも数に入っている。
「ちょっと、お父さん! どういう状況なのか説明して。お母さんも、何でこの人と一緒に朝ご飯食べようとしてるのよ!」
「ご飯は皆一緒に食べた方がおいしいでしょう? それに昨夜裏庭で倒れたあなたを運んでくれたのは彼なのよ。後でちゃんとお礼を言いなさいね。そうそう、あなたをお姫様抱っこした彼があんまり素敵だったから、お母さん思わず写メ撮っちゃったわぁ。あとで美言にも送るわね」
「娘が不審な男に抱えられてる状況で写真なんか撮らないでよ」
「落ち着きなさい、美言。ちゃんと説明するから、ひとまず皆でご飯にしよう。境内の掃除は私がやっておいたから、美言はまず身支度を整えてきなさい」
そう言われて、パジャマ姿のままだったことを思い出す。アルトリウスの視線がこちらに向きそうだったので、美言は慌てて障子を締めると来た時と同様に忙しなく廊下を走っていった。
四人並んでの食卓には、いつもよりも豪華な朝食が並んでいた。
焼き鮭とほうれん草のおひたしに、卵焼き、豆腐の味噌汁。小鉢にはきゅうりの酢の物ときんぴらごぼう、そしてひじきの煮物。和食に加えて、おそらくアルトリウスのためにベーコンエッグと野菜サラダも用意されている。
和食など食べたことがないはずなのに、アルトリウスは目の前に用意されたご飯を何のためらいもなく黙々と口に運んでいた。小さな一切れの焼き鮭をナイフとフォークで食べる姿は違和感でしかないのにとても上品で、美言は思わずアルトリウスの洗練されたテーブルマナーに見惚れてしまった。けれども味噌汁の豆腐はどうしてもフォークで掬えずに格闘していたので、横からそっとスプーンを差し出してやった。
「さて。お腹も満たされたことだし、さっきの続きを話そうか」




