36.問診票
アンフェドールの詰め所を離れ、アントーブリッツ軍事病院へと赴いたシャルロッテとツヅリ。
彼らは受付に話を通すと、問診票への記入と椅子に座って待つように伝えられる。
「てきとーに記憶喪失とかって書いとけばいいですよ。バーゼット様から話は行ってるでしょうし」
テーブルに置かれた問診票。
なるほど、と。
そう言われたツヅリは、傍らにあったペンを握りしめて文字を書こうとして……ふと気がついた。
───これ、文字が違うんじゃないのか?
当然ながら。
問診票に書かれてある文字はすべて全く見たことがない文字である。
それでも書式などにそこまで大きな違いはなく、「ここに年月日を書くんだろうな」程度の予測は立てられる……がしかし。
───わかるわけがない。
アンフェドールにて、ツヅリは地図を見せてもらっている。周辺地図と世界地図。
自分がどこの国にいるのかを把握するため、彼にとって現在地の情報収集は急務であった。
こころよく見せてもらったそれは、なんてことはないごく普通の地図だった。
「様式」だけは。
それ以外のすべて、ことごとくが彼の持ちうる知識の範囲外であること。彼がそれを理解するのに10秒もかからなかっただろう。
「あっと……すみません」
「どうかしました?」
「書いていただけないでしょうか? じつは、文字も忘れてしまっているみたいで……」
「ええーっ!?」
とんでもないドッキリをかまされているわけでもなければ、なにかおかしな世界に迷い込んでしまったらしい。
ツヅリの脳は直感的にそう理解していた。
もちろん他の可能性を捨てたわけではない。
安定領域。この世界がどこまであるのか分からないけれど、確かにその可能性もわずかながら考えられた。
安定領域内につくられた仮想都市、とか。
そんなような話をいつかどこかで聞いたような気もするけれど、いくら安定領域とはいえ、そんなのは途方もない夢のような話であった。
それにもしそうであるなら、言語や文字がおかしなことになっている理由が一層わからなくなる。
「た、大変じゃないですか! なんにも思い出せないんですか!?」
「どこか薄っすらと、おぼろげな感じはあるんですけど……。すみません」
「いやいや。謝らなくていいですよナハトちゃん! わたしが代わりに書いてあげますからね!」
「ありがとうございます。助かります」
ツヅリはシャルロッテに礼をしながら、気まずそうな顔の内心で安堵の息を吐く。
───これでとりあえずは文字を書かなくて済みそうだ。
ふんすと胸太鼓を叩いたシャルロッテ。彼女は健気にも彼の代わりに問診票を書き進めていく。
「そういえば何歳なんです?」
「……17歳、です」
「ん……? あ、そっか。そこら辺もあいまいな感じなんですよね?」
「そうなんです……」




