冒険者とからまれ
それは、食事を終えたころだった。
「おやおやレエーラ。今日はひとりじゃないんだな」
気安く話しかける声がする。レニーとレエーラの間に立つように三人の冒険者らしき人物が立っている。
「ブレメント」
忌々しげに、レエーラは名前を呟く。中央に派手な装備の男がいたが、そいつの名前らしかった。レエーラの呟きに笑みを浮かべる。
「見ない顔だな。きみぃ、レエーラとはどういう関係だい」
バンとテーブルを叩いて、睨みつけてくる。随分と偉そうな態度だった。後ろのふたりを見てみる。
こちらを見下すように目を細める女性と、気まずそうに目をそらす少年。女性はともかく少年は気弱なだけでまだまともそうだった。
レニーは肩をすくめる。
「ブレメント、彼は」
「相席しただけだ。何か問題でも」
レニーは立ち上がると、ブレメントを見下ろした。レニーの態度に、ブレメントは舌打ちをする。
「きみ冒険者かい? 装備が貧弱で気付かなかったよ」
「カットパールだからね。ここにも来たばかりだ」
ブレメントはそれを聞いて目をまるくすると、大声で笑い出した。
「そうかそうか」
笑いながら肩を強く二回叩かれる。レニーは内心、ラッキーだと感じていた。問題の冒険者だ。絡まれておくに越したことはない。
「ならトパーズの俺が今度面倒見てやろうか? こいつもパールなんだが、俺のおかげで良い想いしてるんだぜ。なぁ?」
親指で示された少年は肩を縮こませながら、遠慮がちに頷く。
ブレメントは再度レニーの肩に手を置くと、肉に指を食い込ませてきた。
「ブレメント! いい加減に」
「――ハッ」
レエーラが立ち上がろうとする前に、レニーはブレメントを嘲笑った。
「ぜひよろしく頼むよ、ブラメントさん」
ニッコリと。そう返すと、ブレメントの眉間に深く刻まれ、そして指に込める力が強くなった。
「ブレメントだ」
「……トパーズ冒険者様にひとつ教えてあげるよ」
レニーは静かに掴んできている手首を持つ。親指を、腕の骨の間に食い込ませる。
「等級は偉さの証明でも、強さの証明でもない。どれくらい危険な依頼を任せられるかだ」
手を引き剥がす。どれだけ身体能力に差があろうと、人体の中で弱い部分には痛みは強く感じられるし、関節技が有効である場合も少なくない。ましてやレニーの本当の等級はルビーだ。
ブレメントは痛みを表に出さないように歯噛みしながらも、腕を振り払った。
「依頼をこなすのに上も下もない。報告しにきたのならさっさと仕事に戻ったほうがいいよ」
ブレメントはレニーを睨むと、襟を掴んできた。
「あぁ、言われなくともいくさ。だがこれだけは言っておく。俺はブレメント・ヘスティアン。ここの領主の息子だ。トパーズなんて等級なくとも証明するまでもなく、正真正銘、偉いんだよ……!」
手が離れ、ブレメントはレニーから体をそらす。
「じゃあな。屁理屈で一生食ってけばいいさ」
ブレメントは次にレエーラを指さした。
「あとレエーラ、パーティーに入る気になったら来るんだぞ」
「誰がいくもんか」
「いつまでそんな態度でいられるかな? パーティーに加わる日を楽しみにしてるよ」
高笑いしながら受付に向かうブレメント。その後ろをメンバーがついていく。
「随分横暴なトパーズ冒険者だ」
服を正しながらレニーは座る。
領主の息子。
城下町サティナスも城主がいるから成り立っている。
ギルドも公平公正をいつでも貫けるわけではない。権力の前にはどうにもできないこともある。まぁ、ロゼアにその心配はないが。
ブレメントのあの横暴な態度で別のギルドに行けば、即降格だろう。この地域限定の、小さな池の大きなカエルというやつだ。
しばらく様子を見て、性格実力共に問題ありと報告書にまとめよう。
今回の仕事は楽で良さそうだ。
「……ごめんね。来たばかりで」
レエーラが心配そうにレニーに謝る。レニーは首を振った。
「特に気にするほどでもないかな。レエーラさんだって気分良くなかっただろうし、レエーラさんは悪くないよ」
その言葉に、レエーラは穏やかな表情になった。もっと言うのなら、懐かしむような、だろうか。
「レエーラでいいよ。わたしもレイニーって呼ぶから」
「そうかい? じゃあそうさせてもらうよ。とりあえず、お互い気にしないってことで」
レエーラは嬉しそうに頷く。レニーはあくびをする。
「おいしいものを食べたら眠くなったよ。宿に案内してくれるかい?」
「もちろん!」
レエーラは明るく返事をし、立ち上がった。
適当に相手の神経を逆撫でしておけば何かしらやってくるだろう。
思考回路は賊みたいなものだ。




