冒険者とダウングレード
エレノーラのため息が店に響く。
「全くレニーくん。ウチは便利屋でも仕立て屋でもないんだが」
呆れ顔で、エレノーラに言われる。レニーは肩をすくめた。
「魔弾の撃ちやすい、かつ初心者に見せかける杖などあるわけないだろ。それにどれだけ苦労したと思ってるんだ」
「と、言っても変装する必要あるし。靴はまぁ、見た目はただの靴だし、衣類は適当に揃えればいいだろ」
武器に関してはニーイルから購入した斧がある。魔器ではないが、かなり扱いやすい手斧だ。目立った特徴もない。これからカットパール冒険者として別ギルドへ向かうのだから、しっかりした専用の武器は使っていられない。メインの武器は、宿等に隠す必要があるだろう。
とはいえ、魔弾を撃つことに慣れたレニーに、それをするなというのは中々難しいものである。戦闘には癖が出やすい。クロウ・マグナでは明らかに専用の杖であるし、カットパール冒険者は基本そんなものは持っていない。
金もないし、縁もない。結論、変装のための杖が必要なのだ。
「問題は杖だけなんだ」
「全く……魔弾が撃てればいいんだな」
「そうだね」
レニーが返答すると、エレノーラは頷いた。扉を開けて、奥に消えていく。ガタゴトと物音が響き、たまにエレノーラの悲鳴が聞こえる。
しばらくして沈黙が訪れるとゆっくりと扉が空いた。くたびれた様子のエレノーラが出てくる。
布に包まれたそれを、カウンターに置く。
布を広げると短杖程度の大きさの鉄の棒があった。中がくり抜かれており、筒状になっている。
「君の杖の、シャフト部分……の試作品だ。魔筒とでも言おうか。手にとってみたまえ」
両手で持つ。同サイズの短杖と比較すると素材の違いもあってか、重い。クロウ・マグナほどではない。筒の内側を覗き込んでみると何やら紋様が刻み込まれている。
「魔力の量と押し流すスピードを調整して撃てば、まぁ使えはするだろう。魔力を通すと少しだけ固めてくれる」
魔法というのはイメージが大事だ。詠唱や名唱もそのために使用されている。杖はそのイメージを補強したり、魔力そのものを増幅、圧縮させる機能を持っている。魔書になると詠唱を省略できたり、魔力が乱れにくくなる効果もあるため、大魔法を連発できるメリースは魔書を好んでいる。
そもそも魔法を成立させるのに魔力を乱さず形にするという技術は中々難しいもので、それを現象として引き起こすには訓練が必要だ。感覚派の人間には身体能力を強化したり、体の周りに魔力の渦を纏うといった技術のほうがやりやすかったりする。
魔書で大魔法を撃とうとするのと杖で大魔法を撃とうとするのでは、大きな違いがある。連発性能や、魔力の安定性は魔書が優れている。威力を重視するのであれば長杖だが、魔力をコントロールしきれない場合や魔法の発動まで時間がかかるリスクが出てくる。
まぁ、魔法をサブで使う程度の人間なら短杖で十分なのだ。魔法の方向性を固めて、威力を本来よりも水増しして放出する。
レニーの杖はサーキットやカートリッジといった内部構造を切り替えて一部機能を変える変則性と、魔弾に重視した素材や構造になっているため、通常の短杖よりも性能が段違いであることは言うまでもない。
「ま、パット見、金属製の短杖だ。太めで物珍しいかもしれないが、駆け出しが持っていても問題ないだろう」
「ありがとう。いくらだ」
「ふーむ、このくらいか」
金額を提示される。レニーが以前壊した短杖よりも安かった。言われた額を支払う。
「壊さないように。あと帰ってきたら状態を見せてくれ」
「わかった」
まぁ、カットパールに任される仕事で早撃ちに全振りした攻撃をすることなどないだろう。
「というか、ダメ元で来たんだけどあるもんだね」
「たまたまだ、たまたま。あまり無理難題はやめてくれたまえ。私は私の研究が色々ある。ちなみにホルスターはこれだ」
ホルスターを置かれる。
「ありがとう」
ホルスターを受け取り、魔筒を入れて、腰に下げる。ベルトにフック部分を引っ掛けるだけなので楽だった。
レニーは追加でいくつか道具を購入し、エレノーラの店を後にした。




