【後編】へっぽこ男は格好付けたい
セドリックは、デランジェール家の末っ子長男で、年の離れた美しい姉が二人いる。
姉達は、美しく高潔であり──かなり、計算高い女でもあった。
性格が悪い訳ではないが、将来有望な男をハンターのような目で見る狩人達だった。
幼少期、早生まれのセドリックは、同年代の男の子より体が弱くて小さかった。
姉達のおさがりを着せられて、見た目は女の子そのものだった。しかも、とびきりの美少女である。
セドリックは着せ替え人形にされたことで、女の子がとても苦手になったし、揶揄ってくる男の子とも仲良くできなかった。
ある日、ラヴァンディエ家の末っ子長女メアリーの誕生日会に参加することになった。
そこでセドリックは、容姿を馬鹿にされた。
はっきり覚えていないが「男のくせに可愛い」とか、そんな感じのことを厭味ったらしく言われたのだ。
『ねえ、可愛いってすごーくいいことだよ? あのね、男の子は知らないと思うけど、女の子が言う「可愛い」は好きって意味だから、可愛い方がお得なんだよ』
べそをかきそうだったセドリックが背後の声に振り返ると、そこには妖精がいた。
ふわふわのピンクの髪に、レースたっぷりのドレスを着て、頭にティアラを飾っているメアリーは、にこにこしていてとっても可愛かった。
いじめっ子は、なにやら文句を言っていたが彼女は気にせずセドリックの手を引いて、彼女の兄に自分を紹介した。
紹介された少年こそが、後の悪友スタニスラスである。
メアリーは、姉達ともこれまで会った女の子達とも違った。
どこが、と言われればキリがないが一番目立つのが『優しさ』だ。
デランジェール家で働く者にも、輪に入れないでいる小さな子にも、驕ることなく笑顔で声をかけていた。
人としてあたり前と言えばそうだが、これができる八歳児はなかなかいない。
『ねえ、わたし可愛い?』
きらきら光る笑顔で問うメアリーにこくこく頷くと、彼女の笑顔はますます輝いた。
『ありがとう、あなたもとっても素敵!』
まともに話さないセドリックに、素敵と言ったのは配慮だったと今では思う。
──これがセドリックの初恋である。
その後、療養の為に外国で過ごすことになったセドリックが帰国し、メアリーと再会したのは通っている学園だった。
スタニスラスの妹で、二学年下のメアリーの入学式の日の出会いは、今でもはっきり覚えている。
初々しい新入生の赤いリボンを着けた彼女は、セドリックが声をかけると頬を染めて笑んだ。
優し気な垂れた丸い目と、小作りな鼻がとてもチャーミングだ。
絶世の美女ではないが、可愛らしく柔らかい雰囲気のメアリーにセドリックはもう一度恋に落ちた。
それからは会う度に挨拶をしたが、なんせ学年が二つも違うのでなかなか会えない。
それに、彼女は後輩の姿勢を崩さず歯痒かった。
そんな時、仲間達に嵌められて罰ゲームをすることになった。
いつも罰ゲームは、飲み物を奢ることだったが今回は違った。
『二週間以内に好きな子に告白?』
『ああ、そうだ』
ニヤニヤ笑う悪友達に、嵌められたと知った瞬間である。
だが、チャンスだとも思った。
声をかけた時の反応は嫌われている感じはしないし、何より、シスコンのスタニスラスがセドリックの背中を押したことで自信が付いたのだ。
待ち伏せして朝の挨拶をするのは、勇気が必要だったが何でもない振りで頑張った。
好きな子の前では格好付けたい。
重ね重ね、好感触だったと思う。
敬語はそのままだったが、愛称で呼んでもらえたし、だんだん心を開いてくれるように感じた。
そして、期限の最終日彼女に告白をした。
『君と恋人になりたいんだ』
かなり格好を付けた言い回しだったと思う。
シミュレーションでは、メアリーが笑って頷いたが実際は逆だった。
罰ゲームはとっくにバレていて、彼女を泣かせてしまった。
その上、脱兎のごとく去られた。
盗み見していたスタニスラスも仲間も、何とも言えない顔をしているのが虚しさを二倍にした。
謝らなければいけない。
セドリックは九十度の礼でスタニスラスに頼み込み、一緒に早退した。
客間にて落ち着かず、ぐるぐる歩きながら待っていると扉が開いた。
「メアリー! ……なんだ、ラスかよ……」
目の前にいるのは、呆れ顔のスタニスラスだった。
「『なんだ』とは何だ、この野郎。よくもメアリーを泣かせたな」
「泣いてるのか!?」
「ああ、可哀想にな。べそべそしてるから慰めてきた」
「……俺は嫌われたよな」
絶望感に打ちひしがれているセドリックに、「さあな」とスタニスラスは冷たく言い放つ。
「罰ゲームだったけど、あれはただのキッカケで……傷付けるつもりは、本当になかったんだ」
この言葉に、嘘偽りはない。
「そうか、でもメアリーは鼻ぺちゃで丸顔だ。セドのレベルなら、メアリーよりも可愛い女を選べるだろう?」
鼻ぺちゃ? 丸顔?
確かにそういう言い方もあるかも知れないが、正しい表現ではない気がする。
「いや、メアリーの鼻は可愛い。ポメラニアンの子犬みたいで噛みたくなる鼻だ。それに顔の柔らかい曲線もすごくいいと思う」
「分かる……っじゃなくて! ええっと、あの子は家だと我が儘で甘えん坊だし、一人称が『メアリー』だし、かなり子供っぽいぞ?」
「いいなあ……」
我が儘で甘えん坊なメアリーと暮らしているスタニスラスが、心の底から羨ましい。
「──だってさ、メアリー」
「え?」
スタニスラスの後ろから、ぴょこんとピンクのふわふわが現れてセドリックの胸に飛び込んできた。
続いて、扉が閉まる音が客間に響く。
どうやら、メアリーはスタニスラスに背中を押されたようだ(物理的)。
「ごめん!」「ごめんなさいっ」
二人の声が綺麗に重なり、ばっと離れる。
メアリーの謝罪は要らない。
謝るべきは、セドリックただ一人だ。
ずっと扉の前に立っている訳にいかないので、二人はソファーに座り向かい合うことにした。
「デランジェール先輩、あの……」
「メアリー、ごめん。反省してる。俺は自分のことしか考えてなかった」
愛称呼びが、もうすっかり以前の呼び方に戻ってしまったことが悲しい。
自業自得であることも悔しいし、メアリーの目を赤くした自分に腹が立つ。
「いえ、私もすみません。罰ゲームの内容を、勘違いしていたんです」
縮こまったメアリーが、勘違いの内容を話す。
よくこんな勘違いをしたままで、最終日まで怒らなかったものだ。
「誰から聞いたのかは、言いたくなさそうだね」
「はい、言いません」
この頷きには頑固さを感じる。
しかし、同時に尊敬の念も抱かせた。
セドリックはメアリーが、容姿のことで劣等感を持っていることを知っている。
そして、そのことで一部の人間達から色々言われているのも知っている。
正直、メアリーはそれを強制的に解決できる立場だ。
しかし、彼女はそんなことはしない。
見た目以外で認めてもらえるように努力している。
張り出されるテストの成績は、常に上位だ。
彼女は強くはないが、弱くもない。
「そ、そんなことより……本当ですか……?」
言いにくそうに、ごにょごにょ話すメアリーにさっき自分が言ったことを思い出す。
『いや、メアリーの鼻は可愛い。ポメラニアンの子犬みたいで噛みたくなる鼻だ。それに顔の柔らかい曲線もすごくいいと思う』
『いいなあ』
そこはかとなく、言い方が変態臭い。
格好付けて積み上げていたものが、がらがらと崩れ落ちる音がする。
「先輩は……私のこと……」
最悪だ。彼女の声は震えている。
「ああ、そうだ──」
セドリックは正直に話すことにした。
「──俺が知っている身近な『可愛い』はうちで飼っている犬だから、つい例えに使ってしまったんだ」
黒目がちで円らな瞳も、階段の最後の一段を弾んで降りるところも、すごく可愛いところもそっくりだ。
「え?」
「え? ……あっ」
メアリーが聞きたかったことが、スタニスラスとセドリックの会話でないことに、この時、やっと気付いた。
彼女が確認したいことは、罰ゲームの内容が本当かということだ──つまり、セドリックが、自分を好きか否かを知りたいのだ。
もっと早く気付いていたら、格好良い告白ができたものを……。
焦ったセドリックは、盛大に告白文言を噛んで格好悪い告白をした。
後悔は、いつも先に立ってはくれない──
──なんて思ったこともあったなあ、とセドリックは学生時代を懐かしむ。
『先輩って、とっても可愛い人だったんですね……』
あの後、へっぽこなセドリックにメアリーは愛らしく微笑んで了承の言葉をくれた。
「セド、今日は素敵なお店に連れてきてくれて、ありがとう」
本日、二十三歳になったメアリーが嬉しそうに笑う。
レストランがお気に召したようでほっとする。奮発した甲斐があった。
昔も今も、彼女は破茶滅茶に可愛い。
今日の自分はなかなか格好良いのでは? と、こっそり思いながら、ポケットのマリッジリングケースを握りしめる。
「メアリーに、大事な話があるんだ」
デザートを食べ終えたタイミングで、セドリックは切り出す。
「なあに?」
「──」
今日こそ格好良いと思わせたいセドリックだったが、案の定プロポーズの言葉を盛大に噛み、メアリーの頬を緩ませた。
尚、詳細はメアリーの為の、二人だけの秘密の言葉なので、ここに記すことはできない。
【完】