歳月 ☆
2年が過ぎた。
アスランは国土調査隊の任務の帰路についていた。
始めは勝手が分からずサルタスやロンと共に任務に赴く事が多かったが、回数をこなす内にやがて単独での行動が主なものになった。
国土調査隊では最低ふたりで組んで任務にあたる事が殆どだと聞いていたので不思議に思いサルタスに聞いてみたところ、理由はアスランの出自にあった。アスランは庶民の出である。その為調査の場ですんなりと中に入り込みやすい。逆に貴族の出の他の隊員がいると邪魔になる場合がある。サルタスがその事に気付いたのだという。
「それに、いずれカナツを探しに出る時はひとりの方が身軽でしょう?」
鉄仮面かと思う顔を少しだけ緩ませて、サルタスはそう言っていた。
カラドの魔力がなくなった今でも、アスランの身体能力は健在だった。カラドの魔力を保つ為そうなったのか、それとも元々のアスランの能力かは分からなかったが。
魔法はあまり多くは使えなくなったが、得意だったものは大分弱まったものの使い続ける事が出来ている。この程度で貴族ひとり分らしい。今までの自分にあった魔力が如何に桁違いの量だったのか、なくなってみて初めて理解した。あれでは周りが狂う筈だった。
今回の任務中、ダルタニアの王都に寄る機会があったので寄ってみた。王都はお祭り騒ぎになっておりアスランが驚いていると、町の者が教えてくれた。世継ぎが誕生したのだと。
聞いたその瞬間、脳裏を最後の逢瀬の際の花夏の姿が過った。あの時あの瞬間、花夏は全てがアスラン唯ひとりのものだった。
あの身体があのでかい黒髪の男セシルを受け入れ、やがて子を孕み、ふたりの血を引く子を産んだのだ。
違和感しかなかった。
花夏のラースとしての器の役目は終わった。アスランのカラドとしての役割もまた終わったのに、今でもこうして花夏を追い求めている。
アスランにとっては花夏の魂が器なのだ。異世界で迷子になっていたのを連れてこられ、こちらの世界でも彷徨い、ようやく見つけたと思ったらまたどこかに隠れてしまった、アスランの想いを存分に注ぐ事が出来る唯一の器。
アレンが言っていた。アスランからもらったリボンと共に転生をして行ったと。花夏の中にはアスランへの思いが詰まっていた。その状態ならば、条件さえ合えばふたりと縁が深い場所に生まれ落ちる可能性が高いという事だった。
アスランと花夏が2人で過ごした場所は限られている。そこを中心に探していけばきっと見つかる。それが分かっているだけでも違った。大陸中を探し回るのは至難の業だ。だが大陸の西側だけならまだ何とかなりそうだった。
ただし時間はあるようであまりない。花夏が記憶を持って生まれるのかはアレンも分からなかった。もし記憶がないまま生まれ落ちた場合、どうなる? 子供の間は親の庇護下にあるだろう。そもそもその場合見つける事は困難だ。だが成人になってしまった後では、最悪誰か他の男の元に嫁いでしまっている可能性も出てくる。
つまり、ある程度ひとりで行動が出来る様になる年齢から成人までの間に見つけ出さなければならないのだ。
今はまだ赤ん坊であろう花夏。どこかに必ずいる。そう思い嬉しく感じる日もあれば、会いたくて切なくて胸が張り裂けそうになる日もあった。
なるべく早く花夏を見つけてアスランの元に呼び寄せたかった。でなければこの心がいつ壊れてしまうのか分からなかった。
誰か他の男のものになるなど、ごめんだった。次こそ捕まえてもう二度と離さない。
それ位、花夏はアスランの全てだった。
「戻りました」
国土調査隊の執務室に戻ると、イリヤとリーンがいた。奥にはサルタスもいる。
「アスランおかえり」
あれから少し大人びたイリヤが、蜂蜜色の髪をふわふわさせながら声をかけてきた。隣に座るリーンをニコニコと眺めている。
この男の行動もよく分からない。居ようと思えば地位のある立場でダルタニアに残れた筈なのに、あっさりとユエンについて国を出てしまった。本人曰く、「僕がいるとセシルが甘える」との事だったが、本当はアレンの嫉妬が面倒だったんじゃないかとはシュウの意見だ。
物事は片側から見ていても分からない。ひとつの現象には複合的で多角的な面がある。そう教えてくれたのもシュウだった。
だからアスランにはまた別の意見がある。イリヤは多分、飽きていたのだ。元来が研究好き、新し物好きだ。同じ場所に長く留まっていては停滞する。折角手に入れた若い身体にようやく全ての経験が詰まった頭が揃ったのだ、この機会を逃したらもう次はないかもしれない。
そう思ったのではないか。イリヤを同じ隊員として見ているとそう思えた。始めこそユエンでないと駄目なのではと思われていたが、案外あっさりと周りに溶け込んでしまった。
特に興味深いのが今隣に座っているリーンとの関係だった。
イリヤは美青年だ。その為、ラーマナでもそこそこ色々と面倒な事はあった様だ。アスランはイリヤよりも大分男臭いが、それでもまあ色々あった。イリヤにはこの国で過ごすにあたり生気吸い取り禁止令がシュウから出されているので、撃退方法はそれなりに苦労したみたいだ。一時ぼやいている時期があった。アスランみたいに男なら蹴り飛ばしておしまい、女なら貶しておしまいという訳にはいかないのだろう。
このリーンという女性はアスランやイリヤという桁違いに美形の男と同じ職場にいても、何も変わらなかった。そもそも男に興味がないのか、美醜に興味がないのか。きつい顔立ちではあるが本人もそこそこ美しい女性であるが、いかんせん変人だった。
趣味が狩猟。その趣味が高じて最近は弓の作成にはまり出した。ひとつ気になる事が出来ると途端に周りが見えなくなり突っ走る。その様子をイリヤが面白がり周りを彷徨くようになったのはいつの頃からだったか。
今ではリーンの研究の考察を聞いては幸せそうに隣で頷く日々を送っている。これはもしかしたらそうなんじゃないか。ユエンがからかう様にイリヤに聞いてみたところ、「僕もそう思うよ。なかなかいいもんだね、こういうのも」と言っていた。しかも本人の横で。だが当の本人は話などまるきり聞いておらず、本に夢中だった。
このふたりでは一生このままでいそうなので、溜息をついたサルタスがリーンの実家に掛け合い話をまとめたのがつい先日の事。隊長はそんな事までしないといけないのか。少しサルタスを憐れに思ったものだ。
ちなみにリーンはそれでいいのかとこれまたユエンがからかう様に尋ねてみたところ、「私より変人だから」と答えが返ってきたという。破れ鍋に綴じ蓋。そういう事なのかもしれない。
ユエンは婚約者と晴れて結婚する事が出来た。毎日蔑まれていて楽しいと言っている。サザはそれを見て、結婚って何だろうと呟いていた。そんなサザをまあまあとロンが慰めていたのが印象的だった。
サルタスは相変わらずだ。結婚はせず、相手もおらず、ひたすらヤナとシュウ、それにアスランも加わったカルセウス家の面倒を細やかに見ている。
ヤナはやはりサルタス一辺倒で、実は学校でそこそこもてているらしいが「皆子供で」と全く相手にしていないそうだ。流石はシュウの血を引く子供だ。逞しかった。
そう、そのシュウから呼び出しが掛かっていた。
「ちょっと行ってくる」
「はい、うん、まあ気を確かに持つように」
「? 分かった」
サルタスの表情は明るいものではなかった。元々明るい顔ではないが、どちらかというと今は苦虫を噛み潰した様な表情だった。何かあったのか。
旅装をぱっと解いて宰相の執務室へと向かう。ここも大分人が増え、切れそうだったソーマの血管もここのところは大分ましになったようだ。
「失礼します」
ノックして入る。何だかんだでしょっちゅう入り浸っているので抵抗感はもう全くなかった。
「あ、アスランおかえり」
シュウがにこやかに笑いかけた。人数が増え、いい加減自分の執務机を用意しろとソーマに切れられ、今は少しだけ品質が向上した執務机を使用する様になったシュウが自分の机から手を振ってきた。
部屋の右奥を見ると、パラパラと事務官が座って仕事をしている。
「ただいま。呼び出しがあるって聞いて来てみたけど、どうしたんだ?」
「実は大事な報告があります」
はは、と頭を掻いている。シュウのこの明るい様子とサルタスの苦々しい様子。大体シュウが敬語を使う時はろくな事がない。だがその内容が思いつかない。
アスランは首を傾げた。
「で、なに?」
「実は僕、再婚する事になりました」
「……は? 誰と? いつの間に?」
「いや、あはは」
アスランは少なからず混乱した。アスランはシュウと同居している。シュウがこれまで怪しい素振りを見せた事はない、筈だ。
「あははじゃねえ。どうなってんだよ」
シュウは自分が言いにくい事はなかなか言い出さない。ここ2年でアスランはそれを学んでいた。なので詰め寄る。
「言え」
「アスラン、僕一応宰相なんだけど」
「いいから言えって」
更に詰め寄った。シュウがにこやかに、そして言いにくそうに白状し始めた。
「実は、子供が出来ちゃいました」
アスランが机をバン! と叩いた。
「は? 子供⁉︎ いつの間にそんな事してたんだよ」
「いやその寝取られた妻みたいに責めないでくれる?」
「うるせえな、相手は誰だ相手は。ヤナが切れるんじゃないか?」
ひく、とシュウは引き攣りつつも笑顔は崩さない。
「いや、まあ彼女なら大丈夫でしょう」
そのひと言でピンと来た。ヤナが平気な女といえばひとりしかいない。
まじか。
「お前、あのぺったんこに手を出したのか」
シュウが不貞腐れる。
「アスラン、人の奥さんになる人を捕まえてぺったんこはなくないか? まあ大きくはないけど、脱げばそれなりにあるし」
「そんな生々しい事聞いてるんじゃねえ」
信じられなかった。
「よくあれに触手が動いたな」
「だからアスラン、言い方」
「向こうだってあれだけシュウの事毛嫌いしてたじゃないか。どうやったらこうなるんだ?」
全くもって理解の範疇を超えていた。
シュウが笑う。
「セリーナ様と同じ物を共有出来てると思えばこれもまた悪くない、とか言ってたよ」
「相変わらずぶれないな」
にしても、今をときめく独身の年若き宰相が結婚となると、これは間違いなく大騒ぎになるだろう。
家に届く恋文の内半数はシュウ宛だが、これが恋文ではなく呪いの手紙になるのは間違いなかった。
「……俺、出て行くから」
「別に一緒でも僕はいいんだけど」
「あれと一緒に住むなんて勘弁してくれ。しかも子供も産まれるんだろ? いや無理無理無理」
新婚夫婦の家になんていられるか。アスランは心に決めた。速攻で出ていってやる。
「畜生……俺の15年後を見てろよ。ピチピチのカナツとの新婚生活を見せつけてやる」
シュウが破顔した。
「楽しみにしてるよ、アスラン」
こうして人は皆少しずつ前を向き歩き始めたのだった。
明日で完結となります!




