帰還
次話投稿しました。
こちらも含め残り3話、お楽しみくださいませ!
ダルタニア王国最後の赤眼の王の葬儀が、厳かな雰囲気の中執り行なわれた。
その馬鹿馬鹿しさに内心呆れているのは数名のみ。残りの人間は偉大な王の若すぎる死に将来を憂い、不安を隠せないでいた。それ程、何でも出来る完璧な王だった。
他国からの参列はラーマナ王国からのみだった。血縁であるというのがその理由だ。
国民は王の為に涙を流す。国としてはひと月の間、喪に服す事になっている。通常は3ヶ月のその期間は、新たな王の婚姻の為に大幅に短縮された。これは死んだ事になっているアレン本人の意思によるものだった。
セシルは、花夏に入ったアレン、今ではラースと呼ばれる女性との婚姻をようやく受け入れた。始めは戸惑いを隠せなかったセシルだが、やはり魂に刻まれたラースを追い求める本能を制御出来なかったのか、日に日にラースを目で追う様になり、最終的には我慢出来なくなったようだった。
済まない、申し訳ない、と新たな王となったセシルは深々とシュウとアスランに頭を下げた。顔は赤くなっていた。目も泳いでいた。つまりはそういう事だった。
アスランは正真正銘花夏の恋人だった。怒る権利はあっただろう。だがアスランは冷静だった。
「あれはカナツじゃない」
そのひと言で終わった。
シュウに至っては恋人ですらない。ただお互い振り回し振り回された、そんな関係だった。謝られる筋合いはなかった。
ラースという名になったアレンは一応気を遣っているのか、なるべくシュウやアスランに姿を見せない様にしていた。時折見かけると、花夏本来の凛とした雰囲気はなく、アレン自身が持つ力強さを感じた。やはりあれは別人だった。
もう抱き締めたいとは思わなかった。
それに気付いた時、シュウはホッとした。花夏の外見に惚れたのか、花夏の中身に惚れたのか、最後まで分かっていなかったからだ。アスランは単純だ。ふたつの月の強制力は身体のみ。すでに魔力を吸われた彼に残されたのは、花夏本来の魂に惹かれる心だけなのは明白だった。
だがシュウは? 花夏の事を考えると目の裏に現れるのは花夏の姿。花夏の細い肩を抱き締めたくなり、花夏の潤んだ瞳に惹かれ、花夏の吐息も全て手に入れたくなった。だがそれは外見が花夏だからか? 分からなかった。
いなくなって、初めて分かった。シュウにとっては、外見も中身も両方揃って初めて花夏だったのだ。
面白いものだ。セシルは身体。アスランは精神の花夏に惹かれた。シュウに至っては両方揃わないと花夏と認識出来ない。
だからもう花夏はいない。
セシルの元にいるのは別の人間だ。そしてアスランが探す花夏は別人だ。シュウにとっては。
誰の葬儀なのか?
決まっていた。シュウの腕の中にいた花夏の葬儀だった。
2回目の愛する人の葬儀に、やはり慟哭出来ない自身の心の有り様に我ながら呆れ、ただたなびく風を見ている事しか出来なかった。
セシルとは握手をして別れた。今後も隣国の国王と宰相としての付き合いは続いていく。ラースとも会う事はあろう。
アスランは元々貴族ではないのも関係しているのか、人間関係にそこまで多くを求めていない様に見受けられた。セシルからの挨拶にも「ああ」のひと言で終わってしまった。ラーマナに戻ったらカラドとして爵位が与えられる事になっている。もう少し関係性などに気を回せる様にさせる必要がありそうだった。
ラーマナ国王グルニアは、無言の頷きでアスランを受け入れた。王妃であり現ダルタニア国王セシルの元婚約者であり更に今回弟を亡くしたフィオーレも、すでに内情は知っている。内心複雑な想いだろうが、それでもにこにこと全てをただ受け入れた。このふたりが互いを尊敬し合い支え合えている事に、シュウは心底安心した。このふたりが揃っている限りラーマナは安泰だ。そう思えた。
国王と共に進む帰路は、セシルとダルタニアに向かった行きの道よりも国王夫妻が馬車に乗っている分歩みは早かった。途中寄った町で予め知らせを出しておいたので、帰還時の出迎えも恙なく行なわれた。
アスランはとりあえずシュウの家に引き取る事になったが、到着したその日は書類の手続きが諸々ある。その為手続きが完了するまでソーマにアスランを任せ、シュウは先に家に向かった。
丁度この日はヤナが宿舎から帰宅する日だった。その前にサルタスとシーラがシュウの家で待機していると聞いた。
ふた月も離れていなかったというのに、随分長い事離れていた気がした。国土調査隊時代はよくあった事だったのに。
見慣れた筈の城から自宅までの道を、違和感と共に歩く。ラーマナではもう初秋の風が吹き始めていた。
道を曲がると、家の前にサルタスが待機しているのが見えた。シュウの右腕のあの無表情すら、ただ懐かしかった。
「シュウ様……」
あの、口を開けばグサグサと突き刺さる言葉を発するサルタスが言い淀んでいる。そんなに酷い顔をしているのだろうか。シュウは無理矢理笑顔を作った。
「ただいま」
「……お帰りなさいませ」
サルタスがシュウの荷物を受け取った。ドアを開けてシュウを中に入れる。懐かしの我が家だった。様々な思い出が詰まるこの家に、今度は恋敵だったアスランが住む事になる。考えてみれば不思議な縁だった。
「私はこの後ヤナを迎えに行ってきます。シーラがいますから、まあ適当に使ってください」
サルタスらしからぬ物の言いように、シュウは呆れ顔になる。
「まだ仲悪いの?」
「仲が悪いのも片側の思いだけでは成立しません」
つまりシーラの態度も変わらないという事だ。
「まあ、ヤナがそれでいいならいいけどね」
「ヤナは楽しんでいるみたいですから」
「はは。……ヤナに会いたいなあ」
ポツリと本音が出た。
ヤナを理由にして言い訳ばかりしてきた。それでもヤナはシュウの宝物だ。それだけは確かだった。
サルタスが薄く笑った。
「すぐに連れて帰りますから、今夜はヤナとゆっくり過ごされて下さい」
「……うん」
家の中に入り、暖炉の前のソファーに浅く腰掛け、背もたれに寄りかかった。ぐーっと伸びをする。
長かった。短いようでいて、とても長かった。
「では行ってきますので」
「うん、よろしく」
サルタスが出て行った。入れ替わりに台所からシーラがお茶を持って出てきた。顔も合わせたくない程仲が悪いのか。
「シュウ様、お疲れ様でした」
つんと澄ました顔で言われた。この人も相変わらずだ。つい笑みが滲んだ。
シーラが不快そうに顔を顰めた。
「……何よ、その笑いは」
「いや、君達相変わらずだなと思って」
「悪かったわね」
苛々とした表情でお茶をソファーの横にあるサイドテーブルに置いた。
お盆を手に持ちシュウを見下ろす。
「何よ、思ったよりもピンピンしてるじゃないの。もっとへこたれてるかと思ってたけど」
シュウはおや、と思った。シーラには花夏の詳細は話していなかった筈だ。だがこの様子だと知っているのだろう。
「サルタスが話したのかな?」
「聞いたわよ。俄かには信じられない話だったけど。この家に出入りしてる人間だからって、嫌そうにだけど教えてくれたわ」
シーラが続ける。尊大な態度は崩さぬまま。
「ヤナ様を最初から最後まで守ろうとしてたのは分かったわよ。あんたもちゃんと人の親なのね。そこは感心したわ」
「はは、そりゃどうも」
相変わらず言いたい放題のシーラだが、皮肉混じりにでも褒められたのは初めてかもしれなかった。
「とりあえずそれ飲んで。で、これからの事はその後ゆっくり考えなさいな」
シーラの言葉は意外だった。言われた通り出されたお茶に手を伸ばしたが。
「君、もしかして心配してくれてるの?」
偉そうにお盆を小脇に抱えたまま仁王立ちしているシーラを見上げて聞いてみる。
「あんたが落ち込んでるとヤナ様が心配するでしょうが」
「うん、清々しい程変わらないね君」
お茶に口をつけた。温かかった。いつの間にか冷えていた身体にこの温かさは沁みた。一気に飲み干す。
片方の目から、涙が一筋流れた。
「……馬鹿ねえ」
シーラが冷めた目でシュウを見た。シュウが泣き笑いをしながら袖で涙を拭う。
「ごめんごめん、僕、涙腺弱くてついね」
シーラ相手につい言い訳をしてしまった。日頃のシュウならあり得ない事だ。流石に今回の事には、シュウも参っていたのかもしれなかった。
シーラが息を吐いた。
「そんなに大事だったのなら、奪っちゃえばよかったじゃない」
「はは、だって向こうは僕の事は相手にしてなかったからね」
つい自虐的になってしまった。
シーラの声色がきつくなってきた。
「あんたね、そうやって相手の事や周りの目ばっかり気にしてるから、大事な時に限って大事な物を手放しちゃうのよ」
シーラがシュウの隣に腰掛けた。シュウは何も言い返せなかった。
そうだ、いつも大事な時に余計な事を考えて失敗する。今回だって、花夏の意思を尊重したいと言い訳をして自分に逃げ道を残した。
「……そうだね。僕はずるいから」
「なりふり構わず手に入れればよかったのよ。恥も外聞もなく」
それが出来たなら、どんなにかよかっただろうか。
もう片方の目からも涙が出てきた。ああもう、嫌になる。よりによってシーラに弱みを見られてしまった。また袖で拭うがまた出てきた。いよいよ涙腺が壊れたか。
「本当情けないんだから」
呆れ顔のシーラを見た。そういえば今日はツインテールじゃない。
「髪の毛どうしたの?」
「今更? ヤナ様が、下ろした方がいいって言うからそれから下ろしてるのよ」
「君案外流されやすいんだね」
ちっと舌打ちをされ睨まれた。シュウにこんな態度を取る女性は、そういえばシーラくらいだった。こいつも相当な変人だ。
「流される位でいいのよ。あんたはちょっと足掻き過ぎなんじゃないの? でもまあ、ヤナ様を守ってくれたのは感謝するけど」
「いや、ヤナは一応僕の娘だし」
「いいのよ、うるさいわね」
「……はい」
シーラが言った。そこにあるのは同情か、それとも憐憫か。
「あんたにしては上出来よ。だから、私にはセリーナ様やカナツさんみたいな立派な胸はないから胸は貸せないけど、肩くらいなら貸してあげてもいいわよ」
シュウはキョトンとした。次いでシーラの胸を見た。まあ、確かにあまりない。シーラが視線に気付き嫌そうに眉をピクリとさせた。
でも、肩でもいいかもしれない。そう思う程度には、今シュウは誰かに縋りたかった。
「だから、ヤナ様が帰るまでにはしゃっきりしなさいな」
睨みつけられながら言う内容の話でもない気がしたが。
でも。
「……肩、お借りします」
「今回は特別よ」
「すみません」
シュウはおでこをシーラの細い小さい肩に乗せた。途端、涙が次から次へと更に溢れ出てもう止まらなくなってしまった。
嗚咽が漏れる。
声が出る。やだな、恥ずかしいな。そう思うがもう止まらない。
失ってしまった大好きだった人。その喪失感に、シュウはここにきて初めて抑える事なく感情を吐露する事が出来た。
今までの事は全て夢だったのではないか。そう思ってしまう程、花夏はシュウの目の前に幻の様に現れて、そしてすぐに消えてしまった。
肩を震わせながら泣くシュウの背中を、子供をあやす様にトントンと叩くシーラの手だけがやけに現実的だった。
次回は明日更新します。




