かくれんぼ
シュウさんとアスランくん、ここにきてようやく初絡みです!
うだるような真夏の暑さの中、ダルタニア王国王城の旗は黒一色に変わった。
王城の王族専用の中庭。
そこに立つ1本の木の下にもたれ掛かって足を投げ出し、重い風になびく旗をぼんやりと見つめるひとりの男がいた。
「アスラン、こんなところにいたのか」
シュウが声をかけた。アスランがゆっくりとシュウを振り返る。
「……シュウ」
アスランは静かに呟いた。その表情には力がなかった。
暑さに逆上せ気味のシュウは髪を後ろにひとつに結んでおり、服も軽装である。ラーマナの人間にこの暑さは厳しかった。
「何を見てたんだ?」
シュウがアスランの目線の先を追う。
「いや、あの旗はさ、一体誰の喪に服してるんだろうと思って」
「……アスラン」
アスランの弱々しい緑色の瞳がシュウを捉えた。何を見たらいい、何を信じたらいい。すがりたい、恋敵だったシュウにでもいいからすがりつきたい。そう語っている様にシュウには見えた。
「カナツはこの世界のどこかにいるんだろ? あの偽花夏の話だと、今はまだ母親の腹の中に宿ったところで、死んじゃいない。アレンて奴は今は花夏の中に居る。空っぽになった赤眼の王様の身体の喪に服すのか? 中身は生きてるのに?」
「アスラン、それを知ってるのは僕達だけなんだ。後の人間は偉大な赤眼の王が亡くなったと思っている」
アスランが鼻で笑った。
「偉大? ただの自分勝手な王様じゃねえか。それにただ振り回されたんだ。俺もカナツも」
シュウがアスランの隣に座った。同じように足を前に投げ出してみた。悪くなかった。
「魔力の再分配の話は納得いかないか? アレン様が今までこの世界の人間を守っていた事は」
「あいつがそう言うならそうなんだろ。嫌になったってのも分かるさ。俺だってずっと逃げ回って生きてるのはうんざりだった。カナツに会うまでは」
シュウは苦笑いした。このとんでもなく美形の男の頭の中には相変わらず花夏しかいなかった。花夏の中身がアレンに入れ替わり、花夏の魂がこの世界のどこかで転生した事、その理由。
平和な世界でアスランと過ごす為。
このふたりは、ふたつの月の役目を終えた後もお互いの事を求め生きていくのだろう。
そこにシュウの入る隙間はなかった。
「もう俺の魔力は使い果たされたんだろ? 分かってるさ、使い果たす為にこうしたんだって事は。それにカナツはヤナが大好きだった。ヤナの未来を守りたかったんだろう? なのにさ、カナツがヤナより年下になっちゃってどうするんだよ」
アスランは不貞腐れ顔だった。花夏がひとりで勝手に決めてしまったのが悔しいのだろうか。
花夏はいなくなった訳ではない。ただ、今までの花夏はもう花夏ではない。それを花夏の身体に入ったアレンから聞いた時のアスランの狼狽は、シュウのそれの非ではなかった。
魂が引き裂かれる様な悲痛な叫び。
あんな声はもう二度と聞きたくなかった。自分の嫉妬や悲しさなど大した事がない、そう思えた程、胸が引き裂かれてしまいそうな声だった。つい先程まで自分とひとつになっていた大事な大事な女性が別人となって別の男の横にいる。目に映るものが信じられなかっただろう。
「そろそろうちの陛下がこちらに到着するんだ。葬儀が終わったら、一緒にラーマナに行こう、アスラン」
「……いいのか?」
根無し草のアスランだ。花夏の生まれ変わりが大きくなるまではまだ長い事かかる。拠点となる場所が必要だった。
シュウがアスランの顔を覗き込んで微笑んだ。花夏の大事な宝物であるこのアスランに、少しでも力を分けてあげられたら。シュウに出来るのはそれ位だったから。
「だって見つけるまで諦めないんだろう?」
「当たり前だ。カナツはかくれんぼだって言ってた。俺は絶対カナツを見つけてかくれんぼに勝つんだ」
「なら、いい職場がある」
アスランが興味を持ったのか、身を起こした。
「職場?」
シュウが頷いた。
「そう。ユエンと同じ国土調査隊。あそこはいつも人手不足だし、それにしょっちゅう遠征に行く。給金をもらいながらカナツちゃんを探せるよ」
それに、とシュウが続けた。
「何故かあのイリヤもラーマナに行きたいって言っててね。そうすると多分ユエンが掛かりきりになる。実質使える人間がひとり減っちゃうんだよ。アスランは旅慣れしてるし頭も切れるみたいだし、人材として是非欲しい」
アスランが呆れた顔をしてシュウを見ていた。
「あんた、恋敵なんじゃなかったのか? なんで俺にここまでしてくれるんだ?」
シュウはおどけた表情をしてみせた。
「勘違いするなよ。僕はカナツちゃんの為にするんだ。だってカナツちゃんが君と再会した時に無職で貧乏だったら苦労するだろ? だからカナツちゃんが安心して戻って来れる環境を用意するだけだ。ついでに、使える人材を確保したい」
「本当カナツが言ってた通りの人間だなあんた」
アスランはまだ呆れ顔だった。
「何? カナツちゃん僕の事なんて言ってたの?」
気になった。
「強引」
アスランがそう言ってニヤリと笑った。初めてこの男の笑顔を見た。
「まあ、そうかもね」
そう、シュウは結局は自分のやりたいように物事を運ぶのだ。これはシュウの性だ。もう直らない。一生これと付き合っていくしかない。
シュウが立ち上がった。
「さ、そろそろお迎えの準備をしないと。アスランも来るかい?」
手を差し出す。アスランは一瞬躊躇した後、シュウの手を掴んだ。シュウが一気に手を引っ張りアスランが立ち上がった。
「あのセシルって奴を見ると苛々するけど、まあラーマナの王様には会っておきたいからな」
ボソッと言った。
「ぶはっ! まああの人が一番戸惑ってるだろうから、そう言わないであげてくれ」
シュウは思わず声を出して笑ってしまった。現国王に向かってセシルって奴とは。今後色々と教育のし甲斐があった。しばらくは忙しくなるだろう。
「いきなり王位を継ぐ事になって、しかも自分の事を好きだった男が女になって嫁に迎えろと迫ってきてるんだから」
セシルの戸惑いといったら見物だった。
アレンの身体の中身が抜け死体となってしまった今、王位を継げるのは自分だけ。その事実をアレンから指摘され、固まった。人間思考を停止すると本当に動きを止めるのだな、と思わず冷静に観察してしまう位見事に固まっていた。だがまあここのところ行なっていた執務のお陰で王の仕事が大体どんなものなのかは理解していたからか、立ち直りはまあまあ早かった。
そこに追い打ちをかけたアレンの言葉に、今度こそ言葉を失って立ち尽くしたのだが。
今までシュウが恋い焦がれていた相手の姿になったアレンに、自分を嫁に迎えろと言われたのだ。頭の中は混乱の嵐だっただろう。
不思議と嫉妬はなかった。中身が花夏でないからか、もう似た別人としか思えなかった。
「でもまあ僕が傍にいる限りは受け入れないだろうね」
「遠慮するから? そういう人間なのか?」
シュウが頷いた。
「そう、あの人は優しい人だよ。優柔不断ではあるけど、アレンが横にいて支えてあげればきっといい王様になる」
「まあ優柔不断そうだな」
「はは」
シュウが一歩踏み出した。アスランが後ろからついてくる。動きが軽い。これなら任務もすぐにこなせるようになるだろう。
「これでこの国は安泰だよ。世継ぎもその内生まれるだろうし。以前のようにひとりの王に権力が集中する事もなくなるだろうし」
「何だかどこの国の宰相なんだか分からなくなってないか」
シュウが横目でアスランをチラリと見た。
「僕はあくまでラーマナの宰相だよ。ここまで振り回されて貢献したんだ。であれば、もう少しラーマナに有利な条件を追加してもらわないとね」
結果として多大な迷惑をかけられただけで終わった今回の騒動。魔力の多大消費によるものとして結論付けられた王の死去という結末にはなったが、それは別にこちらに非はない。むしろお陰で結婚しないアレンの代わりに嫁付きでセシルが王となるのだから、国としては結果よかったのだろう。
「転んでもただじゃ起きない感じ、俺も見習おうかな」
「そうそう、その意気だよ」
アスランの皮肉にも笑う。
「カナツちゃんがアスランの元に来れるようになるまではまだまだ時間がかかるからね、それまでに男を磨いておいたらいい」
「そりゃいい考えだ」
今度はアスランも笑った。
そう、大丈夫だ。これならきっと大丈夫。花夏がいなくなってしまった穴はこうやってアスランと埋めていけばいい。花夏の事を考えて足が止まりそうになったら、アスランに腐る程仕事を与えてやる。
そうしている間にきっとまた会える。きっと。
ラーマナ国王グルニアが王妃のフィオーレと共に到着した、との連絡が入った。すでに来賓室へ通されたらしい。
グルニアにはすでに報告を入れてあった。事の顛末も全て理解した上で、この茶番である葬儀に参列する為にわざわざ来られた。有難い事だった。
アスランを連れて来賓室へと足早で向かう。ラーマナを離れてまだひと月も経っていないが、あの僧侶のような静けさを持つシュウの王に会いたかった。何やってるんだと叱られたかった。責めて欲しかった。それをシュウに出来るのはグルニアだけだったから。
来賓室の前の衛兵がシュウを確認し一礼する。
シュウが扉をノックした。中から返事があった。グルニアの声だった。
「アスランは少し後ろに立ってて」
小声でアスランに指示をする。アスランが無言で頷いた。扉を開いた。グルニアとフィオーレと宮内府長がいる。
「カルセウス」
椅子に腰かけていたグルニアがすっくと立ちあがったのが見えた。シュウが一歩中へと踏み入る。
「陛下、ご迷惑をおかけ致しました」
まずは頭を下げた。シュウがこの王を巻き込んだ。それでもこの人はシュウを許し続けた。
シュウが顔を上げると、見たかったあの静かな顔がシュウをじっと見つめていた。口は真一文字に結ばれている。流石に怒っているのかもしれなかった。
グルニアがシュウにつかつかと近付いてきた。これは怒られるな、そう思った矢先。
「何て顔をしてるんだ、この馬鹿者が」
頭を腕でぐい、とグルニアの肩に引き寄せられた。
「……馬鹿者」
もう一度、グルニアが小さい声で言った。グルニアの肩に押し付けられ、シュウは前が見えない。見えなくてよかった。
この滲む涙を他の者に見られなくて、よかった。
次回は連休中、もしくは火曜日投稿予定です。




