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世界

アスランくん、嫉妬!


お楽しみくださいませ♪

 流石はシュウ、といったところだろう。一旦気を取り直すと、何事もなかったかのような態度にあっさりと戻った。大人だからか、宰相になれる程の人間だからか。


「カナツちゃん、朝ごはん食べる前に、昨日出来なかった話を少ししたい」


 先にベッドに腰かけたシュウが、隣にどうぞと手で促した。シュウの顔には、涙の跡はもうどこにもなかった。先程狂おしい程の想いを見せたのは、相手が花夏だったからかもしれない。つまり、今が平常時であり、あれはシュウの中では本来人には見せる事のない姿。何となくそんな気がした。


 花夏は大人しくシュウの隣に腰かけた。


「昨日出来なかった話って何ですか?」

「アスランの事かな。こちらで分かっている事はユエンが話したと思うけど、花夏ちゃん側の情報が僕達の方にはない。そこが欠けている状態で作戦を練ってもね」


 花夏はシュウの言葉に、どこまでこの人に甘えればいいのかと一瞬躊躇してしまった。自分に想いを寄せる男に、別の男の話をする。それがどれだけ酷い所業なのか、いくら経験の少ない花夏とて理解出来た。


 それでもシュウは微笑むのだ。


「気にしなくていいから、ちゃんと話してくれるかい?」

「シュウさん……。はい、分かりました」


 だから、花夏は話した。アスランとの出会い。花夏が彼の力を吸い込んでいる事を目視で確認出来た発行石の事。アスランが追い求めていた『温かいもの』が花夏であった事。


 そして、花夏の心の準備が出来るまで待っている間にサルタスからの手紙で知ったふたつの月の言い伝え故に、その後一切手出しをしなくなった事も全て。


 シュウが苦笑いする。


「それは随分とアスランにとっては酷な事をしちゃったね」

「シュウさんてば」


 サルタスに手紙を書けと依頼したのはシュウだ。つまり、間接的にシュウがふたりの仲を邪魔してしまったという事になる。


 花夏の顔は赤いが、シュウは年の功からか、表情は普段通りの落ち着いたものだった。


「でも、結果的にそれでよかったよ」

「結果的に……ですか?」


 あくまで冷静に話を進めているが、会話の内容は花夏にとっては非常に恥ずかしいものである。つい、手がもじもじしてしまうのは仕方がないだろう。


「うん、アレン陛下が欲しがっているのはアスランの力が君の中に満ちた状態の君だからね。君がすでにアスランと交わっていたら、後はアスランは殺されるのを待つだけだった」

「交わ……」

「はは、刺激が強かったかな?」


 シュウが花夏をからかう。笑っている場合ではない筈なのだが、シュウはあくまで余裕だ。


「ごめんごめん、それで、ふたりはどこにいたの? アスランがここに辿り着く前までに今後どうすべきか決めておきたい」

「最後にいたのは、ヴァセル王国を海沿いにずっと南に下っていった国境付近です」


 シュウが腕組みをして考え込んだ。


「あれからもう3日、いや今日で4日目だ。アスランは足が速い方? 分かる?」


 花夏が頷いた。アスランはかなり体力には自信があった。走ったところは見た事がなかったが、恐らく彼の移動スピードは速い。花夏がカコの森にいた時も、ほぼ飲まず食わずで飛んできたような事を言っていた。


 そして恐らく今回はもっとスピードを上げてここに向かって来ている筈だった。


「多分、物凄く早く辿り着いてしまうと思います」


 花夏の表情が暗くなる。不安だった。方針が出る前にもしアスランがここに辿り着いてしまったら。


 アスランは強い。溢れ出る魔力を常に持て余している。それを遠慮なく放ちながら花夏の元まで向かって来てしまう可能性は高かった。


 そうなると、アスランの行いはダルタニアに敵対するものとして見られてしまう。相手に処刑をさせる絶好の機会を与えてしまう事になる。



 絶対、それは避けなければならなかった。



「絶対諦めそうにないもんね」

「そう……ですね。そうだと思います」


 アスランの花夏に対する執着心は凄いのひと言に尽きる。こちらが好きでなかったら犯罪レベルの執着度合いだ。


 まあ、それはシュウも同等程度なのかもしれなかったが。そこまで自分に惹かれる何があるのか正直花夏にはまだ分からなかったが、ふたりが抱く狂おしいまでの好意は感じられた。それは、分かった。


 シュウが腕を組む。


「でもね、始めにアレン陛下が仰ってた事と今実際に起きている事に乖離があるんだよね」

「乖離? どう言う事ですか?」

「うん。赤い目の呪いを解いてようやく記憶を持っての転生がなくなっても、まだまだ魔力が残るからそれをカナツちゃんに吸い取ってもらうって言ってたんだよね。だけど、現実はほら」


 花夏もシュウの言わんとしている事が分かった。


「アレンさん倒れてますね」

「そう。そうなんだよね。それにカナツちゃん達の力がいずれは満ちるにしても、じゃあそれをアレン陛下が勝手に使っていいのか? という問題が残る」


 そう、そもそも花夏とアスランの力は、この世界の中でのパワーバランスの再設定を目的としている筈だ。それを言われるがままアレンに使ってしまっていいものなのだろうか。なんせ、機会は一度きりだ。


 シュウが真剣な眼差しで花夏を見る。


「ただ、どのようにどこに使うとしても、再分配を行なうと人間には不利になるだろうね。今、自然には殆ど魔力が宿っていない。恐らくほぼそちらに配分されてしまうだろう。そうすると、結界を張るだけの余力が残せなくなると……」

「人間はまた魔物に襲われる?」

「アレン陛下の話を全て信じるとすれば、そういう事になるね」


 花夏も考える。人間に結界を張るだけの魔力がなくなると魔物に襲われる危険性が高まる。するとどうなるだろう? 人間は魔物に殺される。すると当然、人間の総数が減っていく事になる。減って減って、そこでまた何百年後かに次のラースとカラドが現れて、魔力を再分配する。


 花夏はそこまで考えると、ゾッとして自身の二の腕を引き寄せた。


 まるで、閉ざされた空間、例えるならばひとつの球体の中に漂う命が、逃れられない空間の中で分配と転生を繰り返しているかのような錯覚。それを管理するのが、ふたつの月。


「この世界は……一体何なんでしょう? まるで神の手のひらの上で遊び転がされているボールのような」


 シュウがふう、と息を吐いて穏やかに笑いかけた。


「案外そうかもしれないよ。花夏ちゃんがいた世界とは壁があるとセシル様が仰ってたからね。ただね、花夏ちゃん。それは僕らが考えたところでどうしようもない事だ」


 花夏がシュウを見上げる。シュウは相変わらず静かに笑っている。花夏を安心させようとして。


「カナツちゃんは世界からラースという大役を任命されちゃったから戸惑ってると思うけど、僕はね、別にそこは気にしなくていいと思ってるんだよ」


 この人は。


 花夏は愕然とした。


 この人は、花夏の背負う宿命すら肩代わりしてくれようとしている。花夏が自分の望むままに選択出来るよう。世界の事など花夏は気にすることはない、背負い込む事などないんだと。



 それは、どれ程の覚悟か。



 たとえ花夏が自分の勝手な都合だけによる誤った選択を行なっても、きっとこの人は言うのだ。自分が後押ししたのだと。自分が背中を押したのだと。責められる非は自分にあると。


 花夏の視線に気付いたシュウが、にこりと返してきた。


「一番迷惑を(こうむ)ってるのはカナツちゃんだからね。一番カナツちゃんの都合のいいように使うのがいいでしょ」

「シュウさん……」

「ただね」


 シュウがよいしょ、と立ち上がり、花夏を顔だけで振り返った。


「アスランとその、そういう事になる時はなるべく僕には内緒にしてね」


 シュウのその言葉に思わずゴフッ! と咳込んでしまったが、シュウは笑顔だったがとても寂しそうな笑顔だった。ふざけている訳ではなかったらしい。


「は……はい、そう、します」


 他に何と言えようか。思わず目が泳いでしまったが、それでも何とか返事をした。


 シュウが手を差し出した。


「さあカナツちゃん。それじゃあいよいよ元凶の元に行って話し合おうじゃないか。僕がついてるから心配しないで、一緒に頑張ろう」


 シュウの固く大きい手を取り、立ち上がった。シュウの優しさに、一瞬鼻の奥がツンとした。だが、奥歯を噛みしめて我慢した。


「――はい」


 ふたりは周りを巻き込むだけ巻き込んだ希代の赤眼の王の元に向かったのだった。







 アスランは走る。暗闇の中をひたすら真っ直ぐに走り抜ける。


 身体から溢れ出る魔力は今まであれだけアスランを困らせるものだったのに、今はアスランの味方としてアスランが先へ進むのを助けてくれている。進路を切り裂き、道を塞ぐ障害物を粉砕させ、ただひたすら花夏の元へと向かう。


 今頃泣いていないだろうか。今頃酷い目に合わされていないだろうか。大きな潤んだ瞳が脳裏に浮かぶ。


 あのシュウというラーマナの宰相が傍についている筈だ。あの男ならきっと花夏を守ろうとしてくれている筈だ。アスランよりも遥かに大人で処世術に長けている人間だ、敵の陣地の中でも花夏の居場所は確保してくれているのだろう。



 だが、それすらも腹立たしかった。



 ついこの間まで花夏の隣にいたのはアスランであったのに、何故あの男が今花夏の隣にいなければならない。花夏の隣にいていいのは、自分だけだ。一体どんな心境で花夏の横に立ち花夏を支えているのだろうか。想像するだけで気が狂いそうだった。


 花夏を未だ自分のものにしようと画策しているのだろうか? それとも純粋に花夏を助けようと、花夏をアスランの元に返そうとしてくれているだろうか?


 だがあの男に残っていた花夏の気配が今回の事を招いた。あの男は、花夏に会う事を切望していた。だからヤナではなく自分を人身御供として差し出したのではないか? その可能性が全くのゼロでない事を、アスランは直感で感じ取ってしまったのだ。


 それがアスランの心をどす黒い嫉妬で染め尽くす。


 急げ、急げ。花夏の横にいていいのは自分だけだ。きっと取り返す。必ず取り返して、今度は誰にも見つからないようにこの手の中に隠してしまおう。


 花夏は自分のものだ。


 誰にも渡せなかった。


次回は明日か明後日更新予定です。

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