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再会

今週は何とか平日毎日更新出来ました〜


イリヤとユエンの再会回、小さな伏線回収してます。ユエンの所々に散りばめられた性格の悪さをご堪能くださいませ!


3点リーダ等微修正しました(2020/11/2)

 イリヤの家の中に一歩踏み入ると、全体的に暗かった。


 ユエンは、セシルに促されて居間へと進む。ひとり暮らし用のこじんまりとした家だった。石床の上に敷かれたラグは端がまくれており、気を付けないと引っかけてすっ転びそうだ。ラグの上には正方形の木製の小さなテーブル。椅子は2脚あるが、どう見ても片方だけの劣化が激しい。決まった方しか座らないのだろう。


 壁際の高い本棚には、乱雑に本が並べられている。本棚の前の床には本の山。しかも全然整然としていない。もういつ崩れるのか、崩壊まであと僅か。そんな積み方だ。


 ダルタニアはラーマナより南だからだろうか、壁に備え付けられた暖炉は小さい。暖炉の中は灰の山。こんなのが舞って吸ったら堪らないだろう。


 台所をチラリと見る。ここは綺麗だった。そもそも使用していないのだろう。明らかに外で買ってきたと思われる食べ物の汚れが付着した紙がぐちゃぐちゃに丸めて床にあるごみ箱からはみ出していた。


 ラグの上を一歩進むと、ふわっと埃が舞った。


 何となくイリヤの生活が垣間見えた気がした。数日の間面倒を見ていたというセシルの広い背中を見る。


「セシル様」

「ん? どうした?」


 これが気にならないとは凄い感性だ。ユエンとて長い間風呂に入れなかったり数日間同じ服を着たりする程度の事はある。あるが、それとこれとは別の話だ。


 テーブルの上の埃を指でツー、と掬い取ってセシルに見せた。


「病人がいるんですよね?」


 いつもは快活なユエンの声が低い。セシルはそのユエンの様子と指の埃を見て、ようやくユエンが言いたい事が分かったらしい。いたずらが見付かった時の子供のような顔をして言った。


「俺もイリヤも掃除が苦手でな」

「こんな埃や煤だらけの家にずっといたら、良くなるものもなりませんよ!」


 つい声を荒げてしまった。セシルが叱られた子供のように縮こまっている。ユエンは苛々したまま辺りを見回した。小さな箒が玄関の横の壁に掛けられているのが見えたが、どうもそれだけしか掃除道具はないようだ。


 多分、この調子ではユエンが横になれるようなベッドなどもないだろう。セシルにそういった気付きはそもそも期待すべきではなかったのだ。腐っても王族。そういう事なのだろう。


 仕方ない。ユエンは腰に手を当て、反対の手をセシルに差し出した。見る者が見たら、どちらが立場が上なのだか分からないだろう、それくらい不遜な態度だった。


「掃除道具、俺の寝具、調理道具、その他諸々を至急揃えます。お金ください。一介の留学生に全ての費用を負担させる気ですか」


 セシルがああ、という顔をして懐をガサゴソとしだした。奥から財布を取り出し、そのまま渡した。


「そこそこ入ってると思うけど」

「失礼しますよ」


 苛々とした表情のまま、確かにそこそこずっしりとした財布を受け取り目の前で中身の確認をし始めた。これも、見る者が見たらひっくり返ってしまいそうな光景だろうが仕方ない。数えてみて、まあ何とか足りるだろうと思ったので中身を全部取り出し、財布だけセシルに返した。


「当面の生活費も後でください。これでは足りません」

「わ、わかった」


 セシルはタジタジだった。このダルタニア王国王都ルドスの物価は高い。必要な物を一通り揃えたらあっという間になくなってしまうだろう。ユエンは自分の財布を取り出し、中に先程セシルの財布から抜き取ったお金をジャラジャラと入れた。


 段々と自分に対する態度が冷たくなっていくのが分かったのだろう、セシルはまだ何か叱られるのかとユエンの顔色を窺っていた。どんな王族だ、そう思いユエンは溜息をついた。


「こうなる前に、人を雇おうとかは考えられなかったのですか?」

「いや、考えた事はあったんだが、イリヤは記憶をなくした後とことん人を寄せ付けなくなってね。あまりにも嫌がるからやめた」


 ユエンは考え込む。


「記憶は書き換えられても、自分が近寄る人を次々に消してしまった事を何となく覚えてるんでしょうかね?」

「あいつは元々堪え性がないしなあ」


 ひとつ気になる事があった。


「セシル様。記憶をなくした後、イリヤは魔法ちからを使う事はありましたか?」


 セシルが、諦観が見え隠れする笑顔をしてみせた。ああ気付かれたか、そういう顔だった。答えは聞かずとも分かった。なければこんな顔はしない。


「本人はただ人を消しただけの認識のようだけどね。時折あった。俺もアレンも、イリヤを見れば分かった。少し若返るから。イリヤは気付いてないと思う」

「そのアレン様……陛下はイリヤの事をご存知なんですね?」


 セシルの話は、イリヤの記憶を奪ったところで終わっていた。どうやって王宮にイリヤを迎えたのか。勿論、アレンに確認していた筈だった。セシルが答える。


「イリヤを連れて戻ったら、アレンが血相変えて執務室に飛び込んできたな。まあ、1年弱勝手にいなくなってたから、そりゃ怒るだろう。そう思ってたら、泣きそうな顔をして、そんなつもりじゃなかった、悪かったって謝られて。それで横にいるイリヤを見て、俺を見て、あいつはもう何も聞かなかったよ。魔力が半端ないからな、何となく分かったんだろう。イリヤの事をイリヤと普通に呼んでいた」


 それは何とも凄まじい力だ。


「イリヤは、元々イリヤ・シュタフという名なのですか?」


 セシルが頷く。


「見た目が似ているからな、親戚と思われておかしくない。元の名をそのまま使う事にした」

「大体分かりました。……イリヤに会ってきます」


 自分が来た事をイリヤに早く教えてあげたかった。自分が罪を犯し、それゆえ切り離そうとした弟子が未練がましくいつまでも周りをチョロチョロしていたら、そりゃ落ち着かないだろう。多分、この男はそれを理解していない。イリヤをしゃんとさせたいのであれば、まずこの男からなるべく引き離す必要がありそうだった。


「いつもはいつこちらに来られてますか?」

「朝晩。城に行く前と帰る時だな」

「分かりました。その際はきちんとお迎えします。では後は俺がやりますんで、鍵ください」


 ユエンはそう言って手を差し出した。セシルがポケットに入れていた鍵を出すが、なかなか渡そうとしない。


「あの、これ合い鍵ないんだよね」

「近々作っておきます。いいから、はい」


 もう一度手をずい、と差し出す。それでもセシルは渡したくないのか渋っている。


「いや、だって、俺だって持ってたいし、合い鍵今から…」

「近々、作っておきます」


 ユエンはセシルの言葉を遮り、同じ台詞を繰り返した。いい加減苛々してきた。ただ、一応取引した相手だ、無下には出来ない。理由を言うのは可哀そうといえば可哀そうであった。


「今すぐください」


 手を出したままのユエンの厳しい視線に、セシルは渋々、本当に嫌そうに鍵を手渡した。ユエンはそれを即座にポケットにさっとしまった。何かの拍子に奪い返されてはたまったものではなかった。未練がましく口を『あ』の形に開けてユエンのポケットを見ているが、気にせず次の件について話を進める。


「確かに受け取りました。では、次にうちの元上司への情報ですが、それは後程で結構ですので、夜いらっしゃる際に教えていただけますか?それまでにはここを整えておきますんで」

「……分かった」


 気が付けば主導権をユエンに握られている事に気付いたのだろう、セシルが少し面白くなさそうな顔をした。


 この感じなら、合い鍵も十分次の何か交渉事が発生した時の取引材料として使えるかもしれない。そういう意味では、作っておいて損はないだろう。セシルにとっては何とも酷い事を考えつつ、さてこの男をどうここから追い出そうか、と腕を組んだ。


「お忙しいですよね?もう大丈夫ですよ、俺に任せてください」

「せめてイリヤに挨拶を……」

「セシル様、早く城に戻らないと、噂立っちゃいますよ」


 自分で仕掛けておいて随分な言いようであるとは思ったが、城から離れている時間が長ければ長い程、セシルと一緒にいた女性(・・)と何かあったと疑われる事は間違いない。すぐに戻れば何とでも言い訳が立つだろうが。


 色々と言いたい事はあったようだが、セシルはぐっと我慢したようだった。ユエンが言っている事に間違いはない。もしかして、とんでもない悪党にイリヤを任せてしまった事を後悔しているのかもしれなかった。


「……では宜しく頼む。何かあったら」

「夜にご報告しますんでご心配なく」


 言いかけたセシルの言葉をまた遮り、少々不貞腐れ気味のセシルを玄関まで見送った。最高の笑顔で送り出してみた。その嘘くさい笑顔をセシルの姿が見えなくなった瞬間即座に引っ込め、玄関のドアを閉じて内側から鍵をした。戻ってきたら面倒くさい。


 イリヤの寝室に真っ直ぐ向かった。ドアをノックする。


「イリヤ? 起きてんだろ?開けるぞ」


 これだけ騒いでいたのだ、起きているだろうと予想できた。返事を待たずにユエンはドアを開ける。そういえばあまり返事を待ってからドアを開けた事はないな、と薄っすら考える。


 ベッドに横たわり、こちらを見ているイリヤと目が合った。


「よお」


 軽く手を上げて挨拶をした。イリヤが苦笑いする。


「よお、じゃないよ全く」


 ベッド脇に小さな椅子があった。ユエンは入っていいかの確認もせず、つかつかと中に入って椅子にどかっと座って足を組んだ。


「いいだろ、イリヤの馬鹿弟子をとりあえず追い出してやったんだ、感謝しとけよ」

「馬鹿弟子……ユエン、君さ、それ本人が聞いたら泣くよ」


 イリヤが呆れたように注意してきたが、馬鹿は否定はされなかった。


「馬鹿は馬鹿だろ、大馬鹿だ」

「まあね、否定は出来ないけど」


 イリヤが笑う。笑顔が出た。まだ大丈夫そうだ、間に合いそうだ。ユエンはそう感じ、少し安心した。


「お前も十分馬鹿だよ、イリヤ」

「……そうだろうね」


 悲しそうに笑った。どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ。


「でもお前の面倒見れてやった! て思ってる俺も馬鹿だから安心しろよ」

「ユエン」


 さて、とユエンが立ち上がった。


「話は後にしようぜ。とりあえずこのきったねぇ家を何とかしないとな。人が住む家じゃないぞこれ」

「……そんなに汚いか?」

「これがきれいだと思える神経がわかんねえよ」


 ユエンはにやりとすると、腕まくりを始めた。


「しばらく掃除して、必要な物買ったり設置したりするから、大人しくしてろ。その後久々に話そうぜ。待ってたのに全然お誘い来ないんだもんな、俺から来ちゃったよ」

「ユエン、僕は」


 イリヤが何か言いたそうにしている。どこまで知ってるのか気にしてるのだろうか。だから、ユエンは本心を言ってやった。


「いいかイリヤ。俺は別にお前が過去何をしたかはどうでもいいんだ。今も悪さしてんならまた別だけどさ、昔の話だろ? 自分でも嫌だったんだろ? もういいじゃねえか。それが駄目っていう奴はいるかもしれないけど、俺はそいつらじゃない。俺には関係ないんだよ。俺は、自分が退屈しなきゃいいんだ」


 暴論かもしれない。王府所属の者の言葉としては落第点だろう。だがこれがユエンの基準なのだ。楽しいか退屈か。今はどちらかといえば私欲のために動いている。であれば、ここは譲りたくなかった。


「ユエン、でも僕は咄嗟に君に何をするか」


 ユエンは、ああそっちか、と思った。ニヤリとする。ちゃんと笑いたかったが、どうも歪んでしまう。根が歪んでいるから仕方ないのかもしれなかった。


「俺には効かないから安心しな」


 イリヤが怪訝そうにユエンを見ている。ちゃんと説明が必要のようだ。


「人に干渉される種類の魔法(ちから)は俺には効かない。自分に対するものだけのちっぽけな範囲だけどな、魔法(ちから)の無効化、それが俺の魔法(ちから)だよ。さっきお前の馬鹿弟子になんかされそうになってたみたいだけど、ちゃんと効かなかったからお墨付きだ」

「セシルが君に何かしようとしたのか?」


 イリヤが不安げに聞いてきた。どうもすっかり師匠の思考に戻っているらしい。


「多分ちょっと記憶をいじってでもお前のところに俺を行かせたかったみたいだな。まあ、そんな事しないでも来ちゃったけど」

「それは……済まなかった」


 イリヤが申し訳なさそうな表情を見せた。どうもあの男の事になるとこうなってしまうらしい。やはり、早々に引き離して正解だったようだ。自分の考察は間違ってはいなかった。それが分かり、ユエンは今度こそ完璧な笑顔になった。


「だから言っただろ? お前の馬鹿弟子は本当馬鹿だって。分かったら寝てな」


 ユエンがそう言うと、イリヤも笑顔になった。その目尻から、涙が溢れ出していた。


お楽しみいただけましたでしょうか。

土日はお休み、月曜日に更新予定です。

いよいよ話は核心へ。

お楽しみに!

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