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記憶

投稿遅くなりました~


今回は少し短め、セシルとユエンの絡みのみとなります。考察と駆け引き。


お楽しみくださいませ!


3点リーダ等微修正しました(2020/11/2)


※すみません、早速の修正です。私⇒俺 (2020/10/15)

 ユエンは、さて何と切り出そうか、と考えあぐねていた。今の話を聞いて、セシルとイリヤの関係は大体理解した。だが、それが何故ユエンにイリヤを救い上げてほしいということに繋がるのだろうか。


「イリヤがその事を思い出してしまった、ということでしょうか?」


 セシルが横で頷く。


「異世界の話は聞いているか?」

「ええまあ、何となくは」


 本当にそんなものあるのかとは思っていたが、実際に物が2度も落ちてきたのだ。確かにあるのだろう。しかも落とした張本人が目の前にいる。


「では話が早いな。先日、異世界から物を引っ張ってきた。ラーマナに落としたやつだ。その際、アレンの魔力を込めた物をイリヤに持たせた」

「陛下の魔力、ですか?」

「アレンは自分の気配であれば追える。どこに落ちたか分かるようにするためだ」


 つまりもうラーマナが結界をこっそり張り直した事はすっかりばれてしまっているということだろう。ユエンは、自国が置かれている状況が非常に危ういものであると知った。


 そして今、その状況を左右する情報をこの男に与えられようとしている事も。恐らく、それが先程セシルが言っていたラーマナに有利な条件というものであろうが、それをこれからどこまで引き出せるのかはこの先のユエンの対応にかかっていると言っても過言ではなかった。


「イリヤは、アレンの魔力を込めた物に魔力を吸われてしまった。あの物はその、俺の魔力を吸う目的があったらしく、なので多分そこから優先的に吸われてしまったんだと思う」


 セシルはいきなり歯切れが悪くなりモゴモゴ言い出したが、ユエンにはその理由がよく理解出来ない。まあ何かアレンなりの目的があったのだろう、と軽めに理解しておくことにした。今はイリヤの話の方が先だ。


 ユエンの横の壁にもたれて大きな男がもじもじしているのは、見ていて変な気分になるものだ。半ば呆れ顔で、ユエンはセシルを促した。


「セシル様、続きを」

「あ、ああすまん」


 ようやくもじもじするのをやめたセシルが、また説明を始めた。


「俺がイリヤにかけた魔法ちからが吸い取られ、イリヤ自身の魔力も吸い取られ、イリヤは帰り道の途中で意識を失ってしまった。連れて帰ってすぐは息もしてなくて、本当もう泣きそうだったよ」

「息を……そんなにですか」


 異世界に行くということがどれくらい大変なものなのか、専門外のユエンには皆目見当がつかないが、非常に大変な労力を要する事は流石に理解出来る。記憶をなくしたとはいえ元々王宮専属魔術師であったイリヤと、その弟子で王族でありその為元々多大なる魔力を持つセシルでなければ、到達など不可能な場所なのであろうが。


「息を吹き返してからはほぼ寝たきりになってしまった。前に異世界から弾き飛ばされた時もイリヤは3日は寝込んでたから様子を見ていたんだが、今朝になってあいつ俺のことを『セシル』と呼んだんだ」


 セシルが壁に沿ってずるずるとしゃがみ込んだ。両手の指を絡ませて手持ち無沙汰そうにしている。


 ユエンは上からこの王族の男を見下ろしつつ、考える。今までの話が全て嘘偽りないものだとした場合、必死で取り戻した師匠であるイリヤをまた失うことになりそうになったという事になる。それだけでもこの孤独な男にはキツかっただろうに、更に改竄した記憶まで取り戻してしまったとしたら。


 ユエンは向かいに見える執務室内のごちゃごちゃとした道具が押し込められた棚をぼんやりと見つめた。


 色んな物が所狭しと詰め込まれている。瓶詰めの物体も何だか得体が知れないし、干からびた蛙の手のような物もみえる。


 これらは全て、セシルとイリヤが玩具を収集するように集めた物なのだろう。ユエンにとってはガラクタにしか見えない物も、このふたりには宝石のように輝いて見えているに違いない。



 ここは、ふたりの夢の場所なのだ。



 全て取り上げられてしまった男の、最後に残された居場所。それがここでありイリヤなのだ。最後の居場所がなくなったら、セシルは今度こそ立ち直れないのが本人も分かっているのだろう。


 そんな、セシル以外に人と交わることをしないイリヤが、何故かユエンにだけは関心を示した。イリヤもユエンも基本捻くれている。ユエンは元上司に散々その捻くれの扱い方も叩き込まれている。恐らくその辺りがイリヤのお眼鏡に適ったのであろうとは思うが、それが何故ユエンに助力を求める事になるのか。


 だが、何かしらユエンなら出来ることがあると踏んで、記憶を取り戻してしまったのでは、と疑いを持ったその日、その直後に、この権力を多大に振るうことが出来る筈の男は、そんな立場などかなぐり捨ててユエンに救いを求めてきたのだ。



 もう2度と喪えないからこそ。



 ユエンは憐れんだ。指をもぞもぞと動かしてひたすらユエンの反応を待つこの大柄な男の孤独と選択。それ故に置かれた現在の状況。自身の国の機密事項を漏洩してまでも護りたいものを持ち、それをユエンに隠そうともしない純粋な愛情、執着。


 であれば、ユエンに出来る事はひとつしかない。自国の利益、この男の願い、イリヤの命、ユエン自身の利益。その全てを手に入れるには。


「俺に何をしろと仰いますか?」


 あからさまにホッとした顔で、セシルがユエンを見上げた。そんな男の顔を見て、ユエンは苦笑した。こんな素直な男に敵意など持ちようがなかった。


「俺に出来る事なら何でも致しましょう。勿論、便宜は図っていただきますけど」


 そう言って、セシルと同じようにしゃがみ込む。セシルを覗き込んだ。


「そちらから出せる情報は何でしょう?」


 セシルがようやく王族の顔に戻った。だが、先程とは違い楽しそうだ。道が見えた。そう思えているのかもしれない。


「異世界から持ってきた物の正体と効果を、君の敬愛する宰相殿に」


 これ以上ない報酬だった。シュウならそれで満足するかもしれない。


 だが、ユエンにはそれだけでは足りなかった。


 意地悪そうに口の端を曲げる。こういう顔をするから性格が悪いと言われるのだが、こういう瞬間が堪らなく好きなのだから仕方がない。


「セシル様、それはラーマナにとっての利益でしょう?俺の利益ではない。勿論、そちらの情報は有り難く頂戴しますが」


 セシルが挑むようなユエンの顔を見て、面白そうに言った。


「……他に何がいると?」


 ユエンはクソ真面目な顔で告げた。


「今後の授業の免除、合格証の発行、ラーマナに対する修了証明書の発行を」


 セシルが何とも言えない変な顔をした。まさかそうくると思っていなかったに違いない。次いで、屈託のない笑顔を見せた。


「承知した、任せろ。完璧なものを用意してやろう」


 セシルは、実に楽しそうに笑っていた。







 合格証と修了証明書は明日までには用意するから、そう約束されて、ユエンは教室に戻る事なく一旦セシルと別れた。今まで泊まっていた宿舎から荷物を引き上げねばならない。皆が授業に出席している間に急いで支度せねばならなかった。


 といってもたかが数ヶ月分の荷物だ、大したことはない。元々国土調査隊の任務で長期移動には慣れている。荷物の再軽量化はお手の物だった。さくさくと鞄に詰めて、あっという間に終了した。


 セシルとは、街の中で待ち合わせしている。流石に王の従兄弟と一緒に王宮を出るのはまずい。何を勘繰られるか分からなかった。


 実際にこれからこの国が抱える機密事項を教わる身としては、なるべく余計な憶測を招くような真似は避けたかった。


 ユエンは荷物を背負った。軽い物だ。短期間ではあったが過ごした部屋を振り返った。この場所に未練は全くなかったが、あのへんてこでお節介なバンナムという男だけは挨拶をしておきたかった。でもそれも叶うまい。


「じゃあね」


 ひとり、そう呟いて宿舎を後にした。向かうはイリヤと食事をした店の前。人通りが多いところなので、セシルさえ目立たなければまあそう見咎められることもないだろう。


 アリーに会うのはまだまだ先になりそうだが、少なくとも今までのように退屈はしなさそうだ。イリヤがどういう状態なのかはまだ分からないが、ユエンが面倒をみることになるのならば色んな話が出来るだろう。


 セシルには悪いが、ユエンは只々(ただただ)楽しみだった。







 ユエンがまさかここまで早く支度を終えてくるとは思っていなかったのだろう、セシルは大分遅れてきた。目立つ黒いマントは羽織っておらず、ありふれた紺色のシャツに黒いズボン。帯はかなり上等そうなグレーのものを締めている。それでもでかいので目立った。しかもよく顔が知れている男だ。それが「お待たせ!」と顔を上気させて息を切らせて走ってくる。通りをゆく人々がユエンをじろじろと見る。一体誰がこの王族の男を走らせてるんだと思ったに違いない。いい迷惑だった。


 ユエンは羽織っていたマントのフードを深く被った。とりあえず隠せるものは隠しておくに限る。


「セシル様、そんな逢瀬を待ちわびたような顔をしないで下さい」

「え? そんな顔してるか?」


 セシルは無精髭の頬をもにょもにょと触っている。研究ばかりしていると世間ずれするものなのかもしれない。ユエンはばれないように小さく溜息をついた。


「さあ、参りましょう。連れて行ってください」

「ああ、あっちだ」


 セシルが先頭に立って案内する。人々がセシルを見ている。


 ユエンのいたずら心がむくむくと沸いた。


「セシル様、失礼しますよ」


 ユエンはそう言うと、セシルの腕に自身の腕を絡ませて少し隠れるようにくっついた。セシルがぎょっとしたようにユエンを見ている。


 フードの中で、ユエンは口をにやりとさせた。この大柄な男の横では、ユエンの背もそこまで高くは見られないだろうと踏んでの事だ。


「どこかの男と厳しい顔つきで歩いているより、女としけこむつもりだと思わせた方がご都合が宜しいかと」


 多少噂にはなろうが、少なくとも女といると思わせれば人々は視線を外すだろう。そう周りに思わせるだけの知名度と権力を持っている、それがセシルだ。


 セシルは複雑そうな表情をした。


「あんまり噂になると怖い奴がいるんだけどね。ま、この程度ならばれないかな?」


 開き直ったらしい。ユエンに手を差し出した。


「荷物貸せ。持ってやる。もう少しなよっとしてみろ」

「のってきましたね、セシル様」

「楽しい事は好きだからな」


 荷物をセシルに渡して、マントの中で肩を縮めて女らしい曲線を極力演出してみせる。クスクス笑いが止まらなかった。



――ああ、楽しい!



 シュウが聞いたら頭を抱えて溜息をつきそうな事を心の中で叫びながら、ユエンはセシルにくっついたままイリヤの家へと歩を進めたのだった。


次回は出来たら明日(2020/10/16)更新します!土日はお休みの予定です。

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