春祭り前日
今回はアスラン目線あり回となります。
お楽しみください!
日々更新チャレンジ達成中!(2020/10/1)
3点リーダ等微修正しました(2020/10/29)
宿屋の部屋を開けると、既視感。
窓際に大きめなベッドがひとつ。サイドテーブルに、高さのない箪笥、風呂場の扉。まあ、標準的な内装だ。サルタスにからかわれて笑われたのが、遠い昔の事のように思える。
「カナツは奥と手前、どっちがいい?」
アスランが当たり前の様に聞いてきた。まあ、今日に限ってはもう他の部屋の空きははない。ひとつのベッドを分け合うしかなかった。
「……手前かな」
それにベッドは広い。問題ないだろう。むしろ今朝はもっと密着していたし。
ぐう、とまたアスランの腹が鳴った。よく鳴る腹だ。
「今朝のご飯じゃ足りなかった?」
自分の腹を両手で押さえてつっ立っているアスランの表情は、読めない。
「まあ、正直言うと」
そこそこな量があったと思っていたが、まだまだだったらしい。この細い体に一体どれだけ入るんだろう。
「じゃあ、お金も入ったし、何か食べに行こうか?」
花夏が提案する。今まで移動がメインで、シエラルド以外は殆ど街探索などしてこなかった。これだけの人出だ、追手も何もあるまい。それに、たまには息抜きしたいのが本音だ。
張り詰めてばかりいては、いつか糸が切れる。そんな不安もあった。
今まではひとりだったのでずっと張り詰めていたが、今はアスランがいる。それに。
「お塩と砂糖が欲しい」
調味料の要。その手持ちがない。今後食い扶持も増える。大きな街の方が価格も低いに違いない。買うならいいタイミングだった。
「ただ」
どうしても欠かせない事がひとつある。
「ただ?」
アスランが首を傾げる。
「お風呂に入ってから」
最重要案件を告げるかのような雰囲気で花夏が言った。
「わ、分かった」
花夏の真剣な表情に、アスランが少し気圧されている。
「アスランも入ってね」
「え、俺も?」
入るつもりはなかったらしい。端正な顔をしかめている。面倒くさそうだ。
どうせなら、体も服も綺麗な人と同じ部屋にいたい。綺麗好きなら当然の考えだが、そうでもなさそうな人にはどう言えば快くお風呂に入ってくれるだろうか。
花夏は考えた。会った時の、アスランのあの滅茶苦茶な論法を思い出した。お金がない、お腹が空いたから石が欲しいと言っていた。今思うと、随分と可愛いことを言っていたものだ。
「……私、清潔な人が好きだよ」
なので、花夏も感情論に訴えてみた。それに事実だ。汚い人より綺麗な人と一緒にいる方が断然いい。
無言のままのアスランを見る。花夏をじっと見ている。何を考えているかはその表情からは読めない。
「……分かった」
何が分かったのかはよく分からないが、納得してくれたらしい。よかった。
「そうしたら、お風呂入ってきれいな服に着替えたら、何か食べに行こうね」
お風呂に入れることが嬉しくてにこ、と笑ったら、アスランの眉がまたへの字になった。
「うん、まあ、それでいいか」
何かを納得させているようだがよく分からない。
(とにかくお風呂に入りたい)
下着も同じのを着っぱなしだ。いい加減替えたかった。「よし!」と立ち上がってお風呂場へ向かい、水を漕ぐ。何度か漕ぐと、あっという間に溜まった。置いてある発火石を手に取った時、ふと思いついた。
「アスラン、アスランならこれすぐにお湯に出来るの?」
魔石の暴走があるなら、あっという間にお湯になるのではないか。
「お前面白い事考えるな」
呆れたような顔でアスランが風呂場にやってきた。それでもやってくれるらしい。
「いい感じのところで止めろよ」
そう花夏に言うと、お湯に発火石をぽちゃんといれ、お湯に手をつけた。
少し待つと、次第に湯気が立ち上ってきた。早い。お湯に手を付けてみる。これ以上やると、もう熱くて入れなくなりそうだ。
お湯の中に入っていたアスランの手を取り、お湯から引っ張り出した。これでもう暴走は止まる。
本当にあっという間に沸いた。すごい。花夏は純粋に感動した。瞬間湯沸かし器だ。
「すごい! ありがとうアスラン」
「どういたしまして」
少し呆れたように笑ったアスランの顔が、何とも言えず可愛く思えた。だから、伝えたくなった。
「アスラン、笑うと可愛いよ。もっと笑えばいいのに」
途端、アスランが固まった。それを見て、花夏の笑顔も固まった。可愛いなんて男の人に言うべきではなかっただろうか?もしかして失敗したかもしれない。恐る恐る、聞いてみた。
「……ダメだった?」
お風呂の前に座り込んで繋いだままだった手を、アスランがそっと外す。濡れたその手で花夏の頭を撫でた。優しい手つきだった。
「ダメじゃない」
そう言って、また少し笑ってくれた。花夏はほっとした。やはり笑顔は安心する。
「カナツ、俺が入る時もお湯の温度の調整よろしくな」
「分かった」
アスランが立ち上がる。
「悪いんだけど、もう綺麗な服が残ってないからあのお金でパッと買ってきたいんだけど、使っていいか?」
そうか、と花夏は思い到る。ご飯もまともに食べれないスピードでここまで移動していたと言っていた。洗濯などしている暇はなかったのかもしれない。それを、花夏の要望に合わせてくれようとしているのだ。
やはり、アスランは優しい。
「うん、勿論」
「ありがと。あとで洗濯屋に行かなくちゃだな」
「そうだね、私の服も血が付いてるし洗いたい」
ギルドの近くには、大抵洗濯屋がある。服を洗ってくれて、ついでに魔法で乾かしてくれるという旅行者御用達の店だ。大体、洗濯カゴ1杯で300ルカくらいである。少し高いが、便利なので利用者も多い。
「カナツはゆっくり入ってろ。鍵持ってくからな」
「分かった」
お金を少し財布に移し、残りを金庫にしまい、アスランが部屋を出て行った。鍵を閉める音がした。
花夏はそれを確認した後、鞄から服と下着の替えを探し、ワクワクと風呂場へ向かったのだった。
アスランは、宿屋を出るとプラプラと歩き出した。目指すは服屋だ。人混みの上から探していく。
どうやら、花夏は随分と綺麗好きらしい。アスラン自身は正直綺麗でも汚くてもあまり構わないのだが、花夏に嫌われるのは是非とも避けたい。今後はもう少し気をつけよう、と思った。
風呂が苦手なのは、発火石の暴走が主な原因だ。どうもお湯が熱くなり過ぎてしまうので、調整が面倒で仕方ない。結果、体を拭いて髪を水でじゃぶじゃぶ洗っておしまい、がここ最近の定番だった。
先程の花夏とのやり取りを思い出す。
花夏にすごい、と言われて、反応に困った。アスランは、日頃自分の魔力をなかなかうまく制御出来ていない。それなのに、その事を見てすごい、などと言われたのは初めてで、正直戸惑ってしまった。
――しかも、あの不意打ち。あれはヤバかった。
思い出して、つい口元が緩んでしまった。通りを行く人が、そんなアスランをチラ、と見る。慌てて口元を押さえて隠した。つい顔に出てしまった。顔が緩まぬよう気を引き締め、回想を続ける。
先程見せられたのは、心配になる程の警戒心ゼロの可愛い可愛い笑顔。そんな笑顔で、人に向かって可愛いと言っていた花夏。あの笑顔を見せられたら、もう無理だ。あれは、本当に理性が吹っ飛びそうになるくらいやばかった。我ながらよく耐えたものだと思う。
でも、花夏に散々自分を信用しろ、と言ったのは自分だ。その約束を、相手が求めぬままに違える訳にはいかない。アスランはそこまで非情な男ではなかった。
通りを改めて見渡す。少し先の方に、店頭に服が並んでいる一角を見つけた。どうやら男物もあるようだ。人混みを器用にすり抜け、アスランは店に向かった。
「いらっしゃいませー」
所狭しと服が並べられた店の奥から、女性店員が出てきた。奥のカウンターに年配の男性が座っているので、そちらが店主であろうか。
店員は、年はアスランよりは少し上だろうか、元気そうな明るい顔をした女性だ。
「お兄さん滅茶苦茶いけてるねー。何をお探し?」
底抜けに明るいらしい。口調も底抜けに明るかった。なかなかアスランに直接そこまで言う人はいないので、どうやら裏表のないいい人そうだ。そう思い、アスランは女性に相談する事にした。正直、今までは服は何となく選んで着ていただけだが、これから花夏の横に立つならば、せめてもう少し見目のいい物にしたい。そうしたら、また花夏は褒めてくれるだろうか?
「着替えがなくなったんで、清潔感のある服を探してるんだけど」
「清潔感、ねえ」
女性がふむ、と腕を組んでアスランを眺める。髪が赤だからねー、暖色より寒色かなー、などとぶつくさ言っている。
「あまり高いのは無理だけど、出来たら2着分くらい、上下。あと、あれば下着も」
「まっかせてー! お姉さん揃えてあげる!」
目を輝かせている。楽しそうだ。
「お兄さん、ここの人?」
「いや、旅をしている」
「うーん、じゃあ白はやめとくかー」
そう言って、深い紺色のシャツとキャメル色のふくらはぎが細まったズボンを取り出してきて壁にかけて眺める。「あーこれもいいなー」と、今度は深緑色の少し胸元が広めのシャツと、濃いグレーのズボンを持ってきて壁にかけて並べる。
「汚れ考えるとねー」
少し地味かなぁ、と呟いている。アスランは無言でひたすら待った。
「あ、じゃあ帯を少し派手にしよう」
そういって、帯が置いてある場所をガサゴソをひっくり返し、アスランをチラ、と見る。「うーん、これが近いかなあ」と見比べている。何が近いのか、分からない。随分と独り言の多い店員だ。
「これこれ、どうかな?」
帯の山から取り出したのは、アスランの髪の色と似た色の帯。少し濃い赤で縁に刺繍されている。
「これなら全体はうるさくなく髪の毛と色が合って目線が全体にいくし、いいんじゃないかなー」
アスランにも異論はない。頷いた。
「じゃあ、あと下着も2枚程」
「下着ね! やっぱりね、男は黒よ黒!」
何かこだわりがあるらしい。
「まかせる。でも普通ので」
「了解~!」
女性店員が奥に走って行き、急いで戻ってきた。目が輝いている。
「いやー、お姉さん久々に楽しかったよ! あ、お会計はちょっとまけて5000ルカね!」
「こっちも助かった。服とかよく分かんなくて」
返事をしながらアスランがお金を取り出していると、女性店員が、あ、という顔をする。次いで、ニヤリとした。
「もしかして春祭りで彼女とデートとか?」
「デート……まあ、そうかも」
「若いっていいねー! あ、じゃあこれおまけにつけてあげるよ」
そういって、先程の帯の山の中からガサゴソと何かを引っ張り出してきた。女性店員の手には、アスランの髪の色と同じリボンがあった。
「帯とお揃い。彼女にあげてよ。喜ぶと思うよ」
「喜ぶ……」
あげたら、花夏のあの笑顔がまた見れるかもしれない。想像したら、アスランまで笑顔になってしまった。花夏の笑顔は是非見たい。女性店員の心遣いが素直に嬉しかった。
「どうもありがとう」
女性店員が、服を袋に詰めながらそんなアスランの笑顔を見てニヤリとした。
「お兄さん、彼女以外にその笑顔見せると妬かれちゃいそうだね」
「妬かれる……といいんだけど」
「ひゃー! お姉さん照れちゃうよ」
とても楽しそうだ。
「はい、これ!」
そう言って袋をアスランに渡した。「どうも」と受け取る。
「よかったら彼女も一緒にまたおいでよ! サービスするから」
「聞いてみる」
底抜けに元気な人のいい女性店員は、店を出るアスランの背中に「頑張れ!」と声をかけた。
(頑張れ……か)
言われなくてもそうするつもりだが、応援してもらえたのは素直に嬉しかった。緩んでいた表情をまた引き締め、宿屋に向かった。早く花夏の元に行きたかった。歩く速度が上がる。
アスランは、もう花夏から離れるつもりはなかった。
花夏の笑顔がずっと見ていたい。花夏に触れていたい。その為なら、花夏が望むようになろうと思う。花夏を何者からも守ろうと思う。花夏の嫌がる事はしたくない。花夏の涙は見たくない。
何故なら。
星のように光る川の中で花夏の魔力を見た時に、気が付いたのだ。アスランが追い求めていた暖かさが、花夏の中にあることを。
花夏こそが、アスランが探していた『温かい気配』そのものなのだから。
アスランが帰ってきて、もう一度お湯を張り直した。アスランの場合は、発火石を入れっぱなしにするとどんどん熱湯になってしまう。その為、石を水の外に出してしまうので、お湯は当然冷めていくので長い事は浸かれない。でもまあ元々お風呂好きという訳でもなさそうだったので構わないのだろう、と思う。今、丁度入っているところだ。
髪の毛をタオルでポンポンと叩くが、なかなか乾かない。ドライヤーがないのは冬場は結構辛かったが、春になって少しはましに思えるようになってきた。いっそ切ってしまおうかとも思う時はあるが、折角腰に届くまで頑張って伸ばした髪を切る勇気がどうしても出ない。それ程に長年慣れ親しんだ髪だった。
今日はもう街を探索するだけなので、セリーナの服のひとつ、水色のワンピースを着てみた。これを着るのも久しぶりだった。あとで、シュウからもらった水色の一粒石のかんざしを合わせようかな、と思っていたところだ。
シュウで思い出した。転送石を昨日今日とまだ見ていない。シュウに手紙の返送をしたのはつい一昨日の事だが、もしかしたら返事が来ているかもしれない。
花夏はそう思い、鞄の内側のポケットから石を取り出してみた。白く光っている。やはり来ていた。
発光石を手に持ち、「カナツ・カワムラ」と言うと、すぐに手紙が転送されてきた。白い封筒に入っている。少し分厚い。
発光石を鞄の中に戻し、ベッドに腰掛けてから、封を開けてみた。中に、3枚手紙が入っているのが分かった。
始めの1枚は、ヤナからだった。たどたどしい、でも可愛い字だ。
『カナツへ
元気にしてますか? 私も元気です。
カナツが言っていたように、
すぐにサルタスが帰ってきたよ。
その日は、それまでのカナツの話を
いっぱい聞きました。
私は、今学校に入る準備をしてます。
あのシーラという人、
私にレースまみれの服を着せたい
みたいだけど、サルタスが反対してて
よく言い争ってます。
ふたりともこだわりが強いみたいです。
6月に学校に入ったら、
転送石はサルタスに渡すね。
週末には確認するから、
書ける時にお返事ください。
大好き ヤナより』
「可愛い……」
じん、とする程の可愛さだ。私も好き! と叫びたいが、そういう訳にもいかないのでそこはぐっと抑える。
次の手紙は、サルタスからだった。サルタスらしい、非常に几帳面な細かい字だ。
『カナツへ
元気に過ごされていますでしょうか。
こちらはあれから特に動きはなく、
例の男ふたりは国に戻ったようです。
シュウ様が人を送り込んでいるようなので、
動きがあったらご連絡します。
なので、ご心配なく。
旅は順調でしょうか。
まだまだ教えたい事が山のようにあったのに
後から気付き、後悔しています。
今度、まとめて冊子にしてみようかと
思っていますのでお楽しみに。
ヤナですが、あのシーラという女性とは
まあうまくやっているようです。
まだ十分にヤナの魅力を引き出せて
いないので私から見たらまだまだですが。
またご連絡します。
それまでお元気で サルタス』
具体的に書かないあたり、サルタスの配慮を感じる手紙だった。業務連絡かと思えば最後はヤナについてシーラに対しマウントを取っている辺りが、サルタスらしくて笑える。それにしても、冊子にして送るつもりとは恐ろしい。どんな分厚いのが来るのやら、だ。
最後の1枚。そうすると、これはシュウからだ。この前の手紙には驚いたが、今回はどうだろうか。
そっと開くと、シュウの右肩上がりの字が見えた。息をひとつ吐いてから、読み始める。
『カナツちゃんへ
元気そうでよかった。
ギルドの仕事はうまくいったのかな?
君に心配ばかりかけるといけないから、
毎日ちゃんとご飯を食べて
しっかり寝るようにしてるよ。
やっぱり時折君の事を探してしまうけど、
泣いてないよ。
だから安心してください。
君の足を引っ張るような事がないように、
頑張るからね。
とにかく、変な男に引っかからないように!
かんざし、ちゃんとつけるくれると嬉しいです。
(今回はヤナの真似をします)
大好き シュウより』
(シュウさんてば)
花夏はクスッと笑ってしまった。やはり前回の手紙はシュウのいたずらだったのだろう、今回はいつものシュウに戻っていて安心した。安心して、まるでシュウが話しかけてくれているような錯覚を覚えた。いつも花夏を励ましてくれた、あの優しい声。
あそこの場所には、安心があった。優しさがあった。
もう失ってしまった、あの場所。それが目の前に一瞬だけ鮮明に蘇り、胸がぎゅ、と苦しくなった。
花夏の目から、一筋の涙が零れた。シュウからもらった手紙に、ポタリと落ちてしまった。
(ああ、字が滲んじゃう)
慌てて肩にかけていたタオルで押さえる。大丈夫なようだ。でもこれ以上濡らしたくない。タオルで目元も押さえた。
(引っ込め引っ込め)
心の中で念じる。もう大丈夫だろうか。そっとタオルをどけてみる。
目の前に、アスランの足が見えた。
ゆっくりと、目線を上げてみる。緑色の瞳が、少し困ったように花夏を見つめていた。紺色のシャツに、キャメル色の少しぴったりめのズボンを履いて、首にタオルを巻いている。まだ帯は締めていなかった。
(困らせちゃった)
「あ、あのねアスラン」
「いいよ、何も言わなくて」
アスランはそう言うと、花夏が腰かけているベッドのすぐ横に座り、花夏の頭に手を乗せて優しく引き寄せた。花夏の頭が、アスランの頬に触れている。
「冷えてるぞ」
「……うん」
花夏の顔を見ないように、気を遣ってくれているのだ。子供をあやすように頭を撫でている。
「そうだ、乾かしてやる」
「……そんな事、出来るの?」
お互い顔を見ないまま、話し続ける。
「いつもはやり過ぎるんだけど、多分カナツに触れてれば大丈夫」
「やり過ぎるって」
一体何をどうするんだろう。いつもより明るめのアスランの声に、ちょっと不安だが断るのも気が引けてしまった。
「じっとしてろよ」
そういうとアスランは花夏の後ろに移動して、両足を伸ばして間に花夏を挟み込んだ。
「触れてないと焦げるかもだから」
「焦げるって……」
「大丈夫大丈夫」
本当だろうか。不安になってきた。
アスランが、花夏の髪を手で持つ。ゆっくりと、指で梳かしていく。何だか背中が温かくなってきた。
「あのー、何をやってるの?」
気になる。
「ちょっと待て、集中してるから」
アスランの言う通り、焦がされでもしたら大変だ。大人しく待つことにした。ゆっくりと、アスランが髪を梳かしていく。なんだかくすぐったい。その間に手紙を封筒に戻した。もう涙は引っ込んだ。これはアスランのおかげだ。
アスランの手が、今度は頭の上の方に来た。指がほわほわと温かい。成程、熱で乾かしているらしい。頭が温かいこの感覚は物凄く久しぶりで、懐かしく感じた。それに、気持ちいい。
「あー気持ちいい……」
ついそんな感想を言ったところ、「え! 本当?」と弾んだアスランの声が後ろから聞こえてきた。感想は大事なようだ。
「あと横と前だな。こっち向いて」
「うん」
くるりとむいて、正座する。アスランが膝を立てて間に花夏の体を挟んだ。
「よし」
すごい真剣な表情で花夏の髪を指で梳かし始めた。きっとさっきからずっとこんな顔でやっていたに違いない、と思うとおかしくなった。
「アスラン、すごい顔が真剣になってるよ」
可笑しくて笑うと、アスランが少し口を尖らせた。
「そんな見るなよ。目、瞑ってろ」
「はいはい」
こんな顔もするのか。意外だな、と思いながら目を瞑った。
「笑うなって」
顔がニヤついていたらしい。
「ごめんごめん」
アスランのほかほかな手が、花夏のサイドの髪を乾かしていく。次いで、髪の毛の根元や首の後ろもほわほわと乾かされていく。まるで美容院にいるみたいで気持ちいい。
「はい、終わり」
「ありがとう」
花夏が目を開けると、正面に座るアスランと目が合った。アスランの手が、まだ花夏の髪をサラサラと梳かしている。
「うん、可愛い」
と、子供みたいな可愛い笑顔で言われてしまった。毎日言うと言っていたあれだ。
「1日1回なんじゃなかったの?」
「毎日とは言ったけど、1回とはひと言も言ってない」
目だけ笑いながら、面白そうにアスランが言った。
「俺も乾かすから、もう少しくっついてて」
「はいはい」
自分のはまたちょっと勝手が違うのか、「あち!」など言いながら乾かし始めた。
そんなアスランを微笑ましく眺めながら、花夏は思った。
シエラルドには居れなくなった。会いたい人たちもいる。でも。
こんなに優しい人が隣に来てくれた。その事が嬉しい。
アスランに会えて、嬉しい。
心から、そう感じた。
とにかく花夏のには激甘のアスランさんでした。
次回『かんざしの意味』ちょっとふたりが争いに!
まだまだ甘々回続きます。お楽しみに!
次回は明日(2020/10/2)更新予定です。




