新布陣
本日も朝もはよから更新致します!
今回は、新たなメンバーが登場します。
国土調査隊とはまたひと味違う濃いメンバーとなっておりますので是非お楽しみ下さい!
日々更新チャレンジ達成中(2020/9/10)!
※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)
いよいよ長年親しんだ国土調査隊から去る日が来た。
「隊長、忘れ物ないですか?」
ロンが尋ねる。
「元々私物はあまりないからね」
「というか、この書類の山は結局手付かずのまま置いていかれるんですね……」
シュウの物だった執務机の上には、相変わらず書類の山がそびえ立っている。
「サルタスにやってもらえ」
「安定の鬼上司っぷりですね」
ユエンが茶々を入れてくる。
「サルタスには、僕の方から近々連絡するから」
「分かりました」
「じゃあ、またな」
「はい、隊長もお体に気をつけて下さい」
「魔の巣窟へいってらっしゃいませ」
「ユエンお前な……まあいい」
ふと周りを見渡すと、サザとリーンがいない。
「あいつらは?」
一応挨拶を、と思ったのだが。
ユエンが呆れ顔で教えてくれた。
「あのリーンってやつ、えらい変わり者ですね。サザを引き連れて過去の資料全部片っ端から頭に入れたいからって、朝早くから資料室にこもりっきりです」
そりゃすごい。でもそうしたら邪魔はしたくない。
「じゃあ、あいつらによろしく伝えてくれ」
「わかりました。あ、隊長……じゃないや宰相、報告はどれぐらいの頻度にしておきます?」
国土調査隊隊長の任は解かれようと、関係を切るわけではない。その辺りは言わずとも全員理解していることだ。ロンの魔法を利用すれば周りに気付かれることなく報告が受けれるので、向こうでの地盤が固まるまでは報告は当面ロンの能力に頼ることになる。
「とりあえずは3日に1度かな。まだ向こうの様子も分からないし」
「わかりました。では、宰相がおひとりになられる時を見計らってご連絡致しますので」
「よろしく頼む」
そして、シュウは私物の冬用の毛皮のコートとマグカップひとつを手にして国土調査隊の執務室を去っていった。
「こんにちはー……」
王宮の3階のほぼ真ん中に位置する宰相執務室をそっと開けてみた。扉が重厚すぎて笑うしかない。前宰相の爺さんの趣味だろうか。
顔だけ中に入れて覗いてみる。中には誰もいない。執務室はかなり広く、毛の深い青い絨毯が敷き詰められている。というか、シュウの家の居間より広い。
(これじゃ足音が分からないだろうに……)
爺さんはどうも平和ボケしていた模様だ。
壁一面に大きなガラス窓が並ぶ。街で見かけるような向こうがぼやけて見えないような物ではなく、透明度の高いきれいなガラスだ。今は大粒の雪がガンガン降っているが、それでも向かい側の別棟が丸見えだ。ある意味、狙いたい放題といえる。
正面には、これまた大きく重厚な執務机に、大層立派なふかふかな椅子。ここまでくると流石としか言いようがない。爺さん、寝に来てたんだろうか。
部屋の左を見ると、暖炉が備え付けられている。暖炉の前には応接用のふたり用ソファーとその向かい合わせにひとり用の豪奢なソファー。ベルベットのような生地で出来ている。これもまあ間違いなく爺さん用だろう。
部屋の右側に目をやると、シンプルな執務机が4台。事務官用だろうか。明らかに爺さん用の物とは価格が違うであろう、実に質素な四角い机、長時間座ると固そうな木の椅子。その奥の壁には本棚があるが、今は殆ど空だ。恐らく私物をいっぱい詰め込んでいたのだろう。
一歩中に入り入ってきた扉側を見ると、これ見よがしに歴代宰相の肖像画が飾られている。
「うわ~……」
壁にはコート掛けが並んでいる。シュウは自分が朝着てきた濡れたコートを手に持ったままだったのを思い出し、とりあえずそのひとつに乱雑にかけた。服が濡れてしまったが、まあ構わない。すぐ乾くだろう。
事務官の執務机の方に、お茶用のポットが置いてある。水差しも置いてあり、お茶っ葉も準備されている。ポットの中には発火石も入っている。準備のいい事だ。
丁度手にマグカップを持っているので、とりあえずひとり分のお茶を淹れる。ちょっとだけ置いて、マグカップに注ぐ。上等そうな香りがたつ。爺さん用か? シュウには少しお上品すぎる香りだ。
恐らく自分にあてがわれる事になる執務机に腰掛け、窓の外を見る。どうもその椅子には座る気になれない。
窓の奥には、向かいの別棟が見える。王の居住棟だ。王の間から行くことが出来るが、城の執務エリア――王宮部からこんなに見えていいのか?
ラーマナ王国の王都シエラルドは、城塞都市である。砦ともなる城を中心にぐるっと塀が張めぐされ、城の周りを街が囲む。戦となると砦となる部分を城、内部で働く者たちがいる部分を王宮とざっくりと呼んでいる。まあ、どちらでも大きな違いはない。城は城だ。王はその王宮内部の別棟にご家族と住まわれているが、本来はこの城塞都市の最深部と呼ぶべき場所だ。それが、宰相の部屋から丸見え。
「拙くないか……?」
とりあえず、こちら側から見えぬよう配慮すべきだろうが、前宰相にそういった気遣いはなかったらしい。むしろ、見下ろす事を悦と感じていた可能性もある。
(こりゃ、やること色々あるなあ……)
お金がかかりそうだが、まあ仕方ない。
ズズ、とお茶をすすりながらあれこれ考えていると、背後から声がかかった。
「いらしてたんですか」
振り返ると、濃い茶色の髪をオールバックにひっつめた、どこかサルタスを思い起こさせる男がいた。
(やはり、この絨毯はだめだな)
足音が分からなかった。
「やあ、君は?」
年のころは20代前半から半ばといったところだろうか。相手を射抜きそうなきつい目は黒。顔は悪くないが、ややとっつきにくそうな印象を受ける。何より愛想のあの字も見当たらない。体はがっしりしているが太ってはいない。背丈はシュウよりはやや低いくらいだろうか。
「ご挨拶が遅れました。私は前宰相の事務官を務めさせていただいておりましたソーマ・コルテスです」
「シュウ・カルセウスだ。これから宜しく頼む」
「存じ上げております」
冷たい。まあ、仕方ないだろう。
「他は何人いる?」
「前宰相の事務官は私を含め4人おりました。ですが3人とも昨日でこちらを去ることになったようです」
前宰相の取り巻きというところだろう。シュウはどうも嫌われているらしい。
「ふーん。で、君はどうして去らなかったんだい?」
何を当たり前の事を、といった表情でソーマは淡々と答える。
「私は宰相の個人的な事務官ではなく、王宮に雇われた人間ですから、去る意味が分かりかねます」
成程。
「ということは、君と僕のふたりってことだ」
「はい、その通りです。……私の事は、ソーマとお呼び捨てください」
まあ、変にすり寄ってくる人間がいないだけましかもしれない。それだけ頼りないと思われているということかもしれないが。
「よし、ソーマ。君に人選は任せる。あとふたり、使えそうなやつを引っ張ってきてほしい」
「……私を信用されるのですか」
魔窟にいた人間だ、そうそう他人を信じられないのかもしれない。
シュウは机から身を起こし、ソーマに近づいて耳元で言ってみる。
「だって君、僕の事嫌いだろう?」
ビク!と体が反応する。思ったよりも素直だ。
「それに、僕の事を全く信用していない」
「……それは」
「すり寄られるより余程信頼できると思った」
「……宰相」
「シュウでいいよ、ソーマ」
にこっとしてみる。うん、その疑いの目。いい傾向だ。そうやって頭を使っていく内に、常に考え疑う事に慣れていく。早く慣れてもらわねばならない。
「……あの、あとふたりでよろしいのですか?」
「ああ、そのことか。いいんだよ、あとふたりで」
「しかし」
戸惑いを隠せないソーマに、分かりやすく伝えた。
「執務机は4つだろう?僕とソーマと、あとふたり分」
ソーマの目が見開かれる。シュウは、笑いながらソーマの肩をポン、と叩くと言った。
「なるべく曲者をよろしく。あ、今日中ね」
そういって、さっさとソーマを送り出す。
さあ忙しくなるぞ! と、シュウは椅子を片手に、まずはこちらを睨みつけてくる歴代宰相の肖像画を取り外す事にした。
なんとも不思議な人だ。
ソーマは、事務官たちが集まる執務室に向かっている。指示された通り、今日中にふたりの新たな宰相付き事務官を選定せねばならない。というか、人選なんてしたことがない。今までは、ただ指示に従う事しか許されていなかったから。なので、何を基準にしたらいいのか正直さっぱり分からなかった。
しばらくつらつらと考えてみたが、自分を嫌いな人を信用するなんて、馬鹿じゃなかろうか? 始めはそう思ったが、確かにおべっかばかり言う部下に囲まれてはまともな人間もおかしくなる。前宰相が正にそうだった。しまいには自分のことを褒めしかしない事務官で周りを固めていた。仕事はしないしソーマの事は不器用と馬鹿にしていた奴らだったが、ソーマが仕事をしないと流石に回らないのでソーマを逃さぬよう周りを固め。
結果として、奴らが褒美として宰相から受け取っていた金品が奴ら自身の首を絞めた訳だが。
そんな事を考えている間に、事務官室に着いてしまった。
基本的に、全ての一般的な事務官はここの所属だ。経理から裁判記録係までその業務範囲は幅広く、数年毎に配置換えを行なって不正が起こらぬようにしている。ただし、一部前宰相のように裏で操作し、お気に入りで固める者も中にはいる。また、その人材を動かしてはその職場が回らなくなるという場合も固定になることはある。
この事務官室での作業だけではなく、ソーマのように他の団体や隊に出向している者も多いので、この部屋に実際に座る場所がある人間は少ない。
そして、今日中に人選を行なうとすると他に出向している者では無理だ。となると、この中にいる者の中から見繕うしかない。
「……いくか」
仕方ない。ソーマは扉を開けて中に入る。すると、すぐに数名がチラッと見て即座に視線を逸らした。貧乏くじを引いたと噂されているのを耳にしたのはつい先ほどのことだ。前宰相の時も仕事を押し付けられ、新しい宰相では同僚に逃げられひとりとなり。
まあ、事実ではある。ソーマは曲がったことが嫌いだ。自分のすべき事を好き嫌いで選択してしまうのは間違っていると思ってしまう質だ。そうであれば、ほかに選択肢はなかったと思う。なかったとは思うが、陰であれこれ言われるのは面白くない。
ふと、視線を感じる。視線を辿ると、事務官長がおいでおいでをしている。濃い口髭を蓄えた、やや頭が薄くなってきている中年の痩せた男だ。一応、上司である。従わない訳にはいかない。
「おはようございます」
「珍しいな、ソーマ。どうした?」
「あの、実は、カルセウス様から新たに事務官をふたり連れてくるように申し付けられまして」
ここは素直に話す。
「まあ、お前ひとりになったからなあ」
呑気に髭を触っている。いや、昨日のうちにそっちで選んでおいてくれれば……と、喉まで出かかったがやめておく。一応、上司だ。
「で?どういった人物がいいか伺ったのか?」
ここで、意地悪な気持ちがむくっと起こる。なんだか振り回されている気がして、腹が立っていたのも事実だ。
「使えそうで、でも曲者を御所望とのことです」
事務官長が目を丸くする。
「成程ねえ……カルセウス殿がそんな事を」
「はい、確かにそう仰っておりました」
別に間違った事は言っていない。
事務官長がパァッと笑顔になった。
「いるいる! ピッタリなのが!」
嫌な予感がした。
「シュウ様、失礼します」
「あー入って入ってー」
「?」
宰相の執務室の扉を開けると、何故か上の方からシュウの声がする。勝手知ったる執務室に恐る恐る入ると、正面には誰もいない。左右見ても誰もいない。もしや。
ソーマがゆっくりと扉の裏側を見ると、なんとよりによって前宰相のお気に入りの椅子に立っている足が見えた。しかも、土足で。
「あ……あなたは! 何をしてるんですか! 土足って!」
つい声を張り上げた後、はっと我に返る。しまった……上司に向かって怒鳴ってしまった! 前宰相にそんなことをしたら、怒鳴りつけられて蹴られて馬鹿にされて……ああ、どうしよう!!
「えー、ちょっとこれ取りたくって」
呑気な声が頭上から降ってきた。と、いうか、怒鳴り返されない。
「え……あの……すみません」
「? なんでソーマが謝るんだい? まあ、土足はちょっと流石に悪かったよ。高そうな物だしね」
脱ぐの面倒くさくてつい、なんて言っている。というか、謝られた。いやありえない、何なんだこの人?
ソーマが混乱して固まっていると、後ろからわらわらと入ってきた男女が勝手に話し始めた。
「お! この人? 異例の大出世! シュウ・カルセウスっての」
と仮にも新しい自分の上司を呼び捨てにしたのは、黒に近い髪のサイドをそり上げてツーブロックにした髪を結んでいる若者。まだかなり若く、気の強そうな顔をした男だ。顎はすっとしていて多少しゃくれているが、十分いい男の部類に入る顔をしているのだが、如何せん眼つきが悪い。背は高いが、姿勢が悪くてあまり高くは見えない。名を、ヨシュア・アーバインという。執務室から送られた、曲者その1だ。
「こいつよこいつ! 本当むかつく顔してるわ!」
そう続けたのは、薄い金色の長いツインテールを垂らしてリボンを結んでいる童顔の女性。身長も低めだ。まるで子供のようだが、年はソーマと同じ24歳、同期のシーラ・ウィンストンという。執務室から送られた曲者その2である。
「お、おい、お前ら……」
怖いもの知らずにもほどがある。
「お、さっそく連れてきてくれた?」
どれどれ、とシュウが椅子から飛び降りる。手に抱えているのは、……歴代宰相の肖像画。まじかよ、と思ってソーマが自分の執務机の方を見てみると、すでに数人分の肖像画が山積みされている。
「あ……な……何を……!」
口はパクパク動くものの、言葉が出ない。もう、何なんだこの人!
「あーこれね、見張られてるみたいで嫌だったから外した。流石に捨てちゃまずいだろうから、あとで紙にでも包んで本棚にでも置いておいてもらえるかな?」
「見張られてる……って……」
「いいだろう? 今の宰相は僕なんだから」
次の宰相が飾りたかったら飾ればいい。
あっさりとそう言い放つシュウに、ヨシュアは手を叩いて笑う。
「いや、いいねーおじさん! そういうの、俺好き!」
「おじさん……まあ、おじさんだけどね」
「いや本当すみません! こいつもう全く敬語とか敬うとか知らなくて……!」
ソーマが慌てて言い訳をするが、ヨシュアは不敵な顔をして肖像画を抱えたままのシュウを舐めるように見る。
「ソーマさん、あんたは先輩として出来るやつだから認めてるけど、俺はこのおっさんの事はまだ認めてないんだよな」
シュウは、静かに微笑んでヨシュアを見返している。
「おっさん、俺より強い?」
挑むようなヨシュアの目。それに対し、シュウはあくまで緩く、少し首を傾げる。
「君がどれくらい強いかは知らないけど、多分」
「へえー……。じゃあ、おっさん俺と勝負してよ。俺に勝ったらあんたの事認めてやるよ!」
そう叫ぶと、いきなりシュウに殴りかかった。
「おっと」
シュウはそう言うと咄嗟に手に持っていた肖像画で身をかばう。何代か前の宰相の顔に穴が空いた。
「あ――――!!!!」
ソーマが叫んだ。
「おっさん、逃げんなよ!」
ヨシュアが、拳に刺さった肖像画を力任せに床に放り投げた。
「ああ……」
ソーマが情けない声を出す。
「おっさんおっさんて、そこまでおっさんじゃないんだけどなあ」
逃げるのもあれか。そう言って、シュウが右手を軽くぎゅっと握った。
「!!」
ヨシュアの動きが止まった。体を掴まれたように、身動きが取れない。
「おっさん! 何した!」
「言うわけないでしょうが」
やれやれという顔をするシュウ。そして、左の手の指を空中に出し。
ニヤリとした。
破れた肖像画を抱えて涙目になっていたソーマも、この唯ならぬ雰囲気に唾を飲み込む。シーラは完全に逃げの体制で扉の後ろから顔だけ覗かせている。
そして。
「ふは……ひゃああああ! あは! ははは! ひいー!」
ヨシュアが、出来うる限り体をよじって笑い出した。涙を流している。よく見ると鼻水も出ている。
「ひやっ卑怯……うひゃひゃ……!」
「これもひとつの戦法」
涼しい顔でシュウが言う。ソーマがシュウを驚きの目で見ていると、左手がこちょこちょと空間をくすぐっている。次に死にそうな声をして笑っているヨシュアを見る。何となくわかった気がする。
段々と笑い声も出せなくなってきたヨシュアに、シュウが優しく声をかける。
「どう? 参った?」
「……ひ……ふふ……まだまだ……」
困った顔のシュウ。
「君案外強情だね。仕方ない」
くすぐる速さが上がった。
「うひゃー!! す!すみません! 参りました……! ふははっ」
「お、観念したね。じゃあ僕の勝ち」
ぱっと握っていた手を広げると、ドサッとヨシュアが床に転げ落ちた。ピクピクしている。
「ああ、絨毯にヨダレが」
ソーマが悲しそうに言うと、「それはいい口実だ」とシュウが呟いている。訳が分からない。
「……で、君はシーラだ。シーラ・ウィンストン」
扉から顔だけ覗かせていたシーラの方を見る。
「なんであんたが私の名前知ってるのよ!」
扉の後ろから噛みついてくる。
「そう目の敵にしなくても」
くすぐられるのを警戒してるのだろうか。恐る恐る体を半身まで見せ、おもむろにシュウにビシ! と指を差した。
「あんたのせいでね! 私のセリーナお姉様鑑賞の楽しみが奪われたのよ!」
ソーマには、シーラが何を言ってるのか理解出来ていない。鑑賞? セリーナお姉様?
「頑張っていっぱい勉強して根回しもたくさんして王宮での就職が決まってさあこれから毎日お姉様を鑑賞! ていう時になんで! あんたは! お姉様をはらませちゃうのよー!!」
シーラは力いっぱい叫んだ。心の叫びだ。
「はらませるって……夫婦だし」
シーラは聞いていない。
「セリーナお姉様の戦うお姿をこの目にすることだけを楽しみに頑張ってきたのに! お腹の子に影響あると嫌だからってすぐ退団しちゃって! この悔しさ!!」
どうも、シュウの奥さんの事を言っているらしい。確か、ちょっと有名な人だった気がする。確か、数年前に事故でお亡くなりになったとか。
「あんたのせいよ!」
きっぱりと言い切った。肩ではあはあと息をしている。そして、いつの間にか全身が見えている。シュウを指差している反対の手は腰にある。
「あのー、シュウ様、これは一体……」
ソーマが恐る恐る尋ねる。シュウは苦笑いしつつ教えてくれた。
「このシーラはね、僕の奥さんの熱烈な信奉者だったんだよ。しょっちゅう用もない騎士団の訓練場に来ては摘み出されて」
「ちょ、ちょっと、なんであんたがそれ知ってんのよ」
シーラは若干引き気味だ。
シュウは、クソ真面目な顔をして答える。
「君、熱烈な信奉者って割には調査が足りないよね」
「……どういう事よ」
「あのね、誰かを自分の物にしたいと思ったなら、まずは周辺調査だよ」
「……え」
シーラが、何言ってんだこいつ? という顔をする。
「攻略対象がどういう交友関係にあるのか、過去の恋愛、好きな物、家族構成。それらひとつひとつを理解しないままただ無作為でぶつかるなんて愚の骨頂だよ」
さも当然のようにシュウが持論を展開する。シーラが、一歩後ろへ下がった。
「あんた、まさか」
「仕事柄調査は得意だったからね。君のことも昔から知ってるよ」
「……」
「けがをしたときにセリーナにもらったハンカチを洗わずそのまま後生大事に持ってる事も知ってるし」
「な、なんでそれを」
シーラの顔が引きつっているが、シュウはお構いなしに話し続ける。
「セリーナのことは散々調べて分析したけど、それでも想像していたことと全然違う反応が返ってくるともうゾクゾクして、セリーナを落とすまでの4年間は毎日が天国だったよ。あ、勿論僕のものになったあとも最高だったけどね」
いかん、こいつ変態だ。自分の事は棚に上げてシーラは思った。つい、もう一歩後ろに下がってしまう。そんなシーラをシュウがちらっと見る。ヨシュアは、床に胡坐をかいてのんびりと様子を見ている。
「僕には、娘がいる」
「……それが何よ」
「セリーナによく似ている」
「!」
「君が、僕に従うつもりがあるのであれば、会わせるのもやぶさかではない」
「お姉さまに似てる……!」
あまり人の気持ちに敏感でないソーマですら、シーラの心の葛藤が手に取るように分かった。
シュウが、とどめを刺した。
「滅茶苦茶可愛いよ」
「ああ! シュウ様! 従います~!」
シーラが欲を取った。
――すげえ、この人……。
わずかな時間で、この厄介な事務官ふたりを味方につけてしまった。やり方はともあれ。
シュウがポン! と手を叩く。
「じゃあ改めて自己紹介といこうか。簡単に、何が出来るか教えてほしい。はい、じゃあソーマから」
いきなり振られたが、まあ自己紹介くらいは出来る。
「シュウ様、改めましてソーマ・コルテスです。前回に引き続き宰相付の事務官を継続させていただきます。スケジュール管理、諸々細かい手配は私にお任せください」
「ソーマさん、仕事正確ですよ! 早いし!」
ヨシュアが初めて敬語を使っている。一応敬語が使えたらしい。
「次、シーラ」
「はい、シーラ・ウィンストン、ソーマと同期になります。数字関係は私にお任せください」
「シーラのお金に関する交渉は見事ですよ」
ソーマが褒める。このふたりは仲はよさそうだ。
「最後、君」
「はい。ヨシュア・アーバイン、19歳です。先程は大変失礼致しました。俺の得意なものは、筆記です。絵も得意なので、模写、複製、その他代筆などお任せください」
まともな敬語だった。これなら問題ないだろう。
ひとつ頷いてから、シュウは3人の前に立った。
「皆、今日から宜しく頼む。ここだけの話になるのでくれぐれも内密に願いたいが、実は近々祭事を予定している。その準備に早急に取り掛からないとならない……が、その前に大掃除だ」
祭事、と聞いて、3人が姿勢を正す。かなりの重要任務になるのは理解しているのだろう。
「大掃除……とは?」
昨日まで部屋の大掃除をしていたソーマが尋ねる。
シュウが言った。
「窓の強化及び可視性の除去、無駄に毛足の長い絨毯の撤去、不要な家具、装飾類の撤去。全てを3日以内で行う」
「……理由はいかがしましょう」
ただ捨てるわけにはいかない。廃棄担当が難癖をつけてくることが予想される。なんせ高価なものだ。
「ヨシュアのよだれがついたとでも言っておけ」
あっさりといい放つシュウの薄い笑顔を見て、ソーマは自分がとんでもない人の部下になってしまったのではないか、との思いに捕らわれたのだった。
次回は久々にアスランの登場です。
少し北上します(笑)
そして花夏の修行はいよいよ大詰めに差しかかります。旅への準備、着々回です。お楽しみに!
明日(2020/9/11)更新予定!