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ヤナの味方

今回はサルタスさんの出来る男っぷりをご覧ください!

シュウさんの部下も皆さん濃いキャラしてます。

どんどん新しいひと出てきましたので、これから話がぐぐぐっと進展!の、予定です!


日々更新チャレンジ達成中!(2020/9/8)

※3点リーダ等の微修正を行いました(2020/10/19)

 初日の訓練を終え、ついでに温泉で汗を流させてもらってから帰宅をすると、外から見ても家が明るい。


 日頃は夕方はもう木の雨戸を閉めてしまっている為、外からは僅かに漏れる明かりが見えるだけだ。


 ということは……もしかして、ガラス窓がついた?


 温泉効果だろうか、特訓終わりの時よりも体が幾分か軽い。花夏は家まで駆け出した。

 

 外に映る家の中の明かりは、温かそうだ。


キッチンにある窓を見ると、障子のように木枠にはめられた窓ガラスが見える。予め窓枠を用意しておいて、小さくカットしたガラスを溝にはめ込んだのだろう。なんとなく1枚の大きなガラス窓を想像していたが、成程、馬に乗せて運ぶならガラスの大きさは小さい方がいいに決まってる。よくよく見ると、片側が蝶番で止められている。つまり、開閉も可能ということだ。


(サルタスさん、出来る男……!)


 サイズを測っていたのはわずか昨日の事だ。それを持ち帰り、資材を手配して設置まで1日しかかかっていない。流石、という言葉しか出てこない。


「ただいま!」


 追いついたハルナと一緒に中に入る。


「おかえりー」

「おかえりなさいませ」


 サルタスの簡易ベッドに腰掛けるヤナとその前にベンチを持ってきて座っているサルタスが応答した。サルタスの手には本が乗っている。読み書きを教えていたのかもしれない。


「おや、中が随分暖かいね」


 ハルナが不思議そうに言う。


「ガラス窓の設置を早めに終わらせましたので、それから冷たい外気は入れなかったので部屋全体が暖まったのでしょうね」


 早速のガラス効果という事だ。思っていた以上の効果に、花夏は嬉しくなった。


「サルタスさん、流石ですね!こんなに違うなんて」

「暗くなってきたら雨戸も閉めた方が更に効果があると思いますので」

「じゃあ、そろそろ閉めてきますね」


 花夏はそういうと家中の窓を閉めに向かった。


「私も手伝います」


 サルタスがそう言うと、花夏とは反対の方向に向かって行った。


 この、痒い所に手が届く感覚。


 花夏はじん、と感動してしまった。お世話になっている立場としてはこんな事を思う事自体が図々しいのかもしれないが、基本、ハルナは全くと言っていい程気が利かない。本当に気が利かない。子育てを旦那さんに任せたと言っていたのもすぐ納得出来るくらいに。


 ある意味そのおかげでヤナはそれはのびのびと育てられたのだろうが、ヤナの花夏への甘えとも執着とも見られる態度を見る限り、ハルナのそれはどちらかというと母性愛というよりは父性愛に近いもののように思える。


 谷底へ我が子を突き落とすかのような、何ともワイルドな育て方。それがハルナのそれなのではないか、と花夏は思っている。

 

 ヤナはこれからどんどん大きくなって、どんどん女の子らしくなる。魔法を制御出来る様になれば(そもそもあるかどうかも知らないが)学校に通えば女の子の友人も出来るに違いない。しかも、ヤナは貴族だ。ワイルドにパンを食いちぎっている場合ではない。


 その辺り、恐らくサルタスは理解している。理解した上で、ハルナに提言しても伝わらないだろうことも踏まえた上でヤナに教育を施そうとしている。


 つまり、花夏とサルタスは一味同心ということだ。少なくとも、ヤナの今後の方向性に関しては。


 これは、隙を見てサルタスとも話し合っておかねばならない重要案件だろう。花夏が力になれる所は積極的に力になりたい。


 花夏とサルタスが家の雨戸を全て閉め終わり居間に集まったところで、ヤナが花夏に嬉しそうに報告を始めた。


「カナツ! ヤナね、今日字の読み方をサルタスに教えてもらったんだよ」

「え、どんなのを教えてもらったの?」

「カナツに教えてあげるね」


 嬉しそうに先程サルタスが手に持っていた本を花夏に見せる。始めに目にした恋愛小説ではなく、子供向けの基礎の本のように見える。抜かりないサルタスの事だ、あって当たり前だった。そして、花夏も文字は覚えたい。正に願ったり叶ったりだ。


 ふたりのその様子を見てサルタスは見ている人がいたらそれが笑顔なのかどうか疑ってしまう程の薄い薄い笑みを浮かべ、次いでキッチンへ向かった。


「ハルナ様、今夜から私も夜ご飯の支度を手伝います。カナツにはやっていただきたい事が沢山ありますので、時間を有効に使えればと」

「それはそうだね。じゃあ始めようか」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言うと、腕まくりをしてキッチンへ消えて行った。


 花夏は心の中でサルタスに頭を下げた。恐らくサルタスは、花夏に『読み書きに集中して下さい』という意味を込めてあえて花夏に聞かせる為にキッチンに行く前にハルナに伝えた。流石国土調査隊隊長補佐。完璧だ。


 サルタスの気遣いが無駄にならぬよう、花夏も気合いを入れて取り組まなければならない。


「ヤナ、これはなんて読むの?」


 ご飯の支度が出来るまで、花夏はずっとヤナと今日ヤナが習ったことの復習をしたのだった。








 ご飯が出来上がった。流石にお皿を並べるくらいは手伝いたい。花夏が立ち上がって支度を始めると、ヤナも立ち上がって壁つたいにテーブルに向かう。大分足の調子もいいようだ。


 そこへさっとサルタスがきて手を差し出す。


「どうぞ、ヤナ」


 日頃経験なんてした事がない出来事に、ヤナは目を丸くしている。「あ、どうも……」と小さく呟いてサルタスの手を借りて席についた。


「サルタス……もしかして貴族っていつもこういう感じなの?」


 本人も貴族なのだが半分野生のヤナが不安げに尋ねる。


「そうですね。これぐらいは普通かと」

「ええ……なんかすごいね」

「ヤナも学校に通うようになったら慣れますよ」


 また聞き慣れない単語だ。


「サルタスさん、『学校』って?」

「同じような年頃の子供たちが集まって勉強をする場ですね。この辺りでは、7歳の夏から通い始めるのが一般的です」


 ではやはり学校のことだ。ちゃんとあるらしい。7歳の夏……ということは。


「ヤナも次の夏から学校?」

「そういう事になりますね」


 成程。では魔法の制御は冬の間に出来る様になってなければ本当にまずい訳だ。


「その辺りの手配って……」


 察した花夏を察してくれたのだろう、サルタスは深く頷き答えた。


「私も『何でも屋』のひとりですから」

「はい……ですよね」


 ふたりがなんとも言えない雰囲気になっている中、ハルナが「お待たせ、さあ食べようか!」と食卓テーブルについた。


 まあ、サルタスがついているなら大丈夫だろう。


 食事を前に、うだうだ考えるのは食べ物に失礼だ。気を取り直して、手を合わせて言う。


「『いただきます』」


 こればかりはやめる事の出来ない習慣である。横でヤナも普通に手を合わせている。毎日やってる内に、すっかりヤナにも移ってしまった。


「カナツ……それは?」


  初めて見たサルタスが尋ねてくる。ヤナ説明する! とヤナが手を挙げる。


「これはね、カナツの国でご飯を食べる前にする事なんだよ。ご飯を作ってくれた人や、ご飯の材料になった命とかにありがとうを言うことなんだよ!」


 どう? 合ってる? という顔でヤナが見る。花夏は微笑んで頷いた。


 サルタスが感心したように言う。


「それはいい習慣ですね。素晴らしい考えです」

「カナツってすごいよね!」

「いや、私がじゃないし」

「でもカナツもそういうつもりで言ってるんでしょ?」

「それはまあそうだけど、そう教わったからだし」

「教えから学んでいるのであればちゃんと吸収されているという事ですから」


――この人たちの相手に対する肯定感、すごいグイグイ来るんですけど……。


 謙虚とか遠慮とかが当たり前の日本で育ってきたからかもしれないからか、とても照れる。


 そして、いつもよりも何だか随分と食卓が賑やかだ。ハルナはいつも通り口数が少ないままだが、ヤナがとにかく嬉しそうだ。


(サルタスさんに懐いてるんだろなー)


 ヤナの味方が多い分には花夏も嬉しい。この先いつまでここにいれるか分からない立場からすると、正直ハルナよりもシュウよりも、サルタスがヤナの側にいてくれる方が安心できるかも、なんてつい思ってしまった。それ程サルタスはしっかりしていて頼り甲斐がある。

 

(とにかく、1日も早くヤナも安心出来る様に言葉も剣術も覚えないとね)


 こんな小さな子に心配なんてかけられない。


「そういえば、ヤナの特訓の成果はどうだったんだい?」


 思い出したようにハルナが尋ねる。

 ヤナがもぐもぐしながら答える。


「お父さんの若い頃の話、面白かったよ」


 面白がって聞いてたら特訓にならないのでは。


「お父さん性格ねじ曲がってるのか必死だったのかは分かんないけど、ライバルの人の婚約者にお母さんにちょっかい出してる事ちくったり、みみっちい意地悪したり、あーお父さん昔から変わらないねって思った」


 ヤナよ、しっかりとした感想ありがとう。だが、明らかに捉え方に問題があると思う。花夏が若干哀れみの目線でサルタスをチラッと見た。


「やはり又聞きの話だと印象が弱いようですね。それでは明日は、私が実際に体験した調査先での話をひとつ」

「えへー楽しみ!」


 シュウは、自分が特訓のネタにされている事を知っているんだろうか。ふと疑問に思ったが、世の中知らない方がいい事もきっとあるに違いない。花夏はその考えを頭の片隅に追いやる事にした。


 その後は皆で今日の報告をひと通りし、食事が終わると花夏の『ご馳走様』にまたひと通り盛り上がり。


 花夏が食器の片付けを終えて居間に戻ると、簡易ベッドに座るサルタスの姿と、そのサルタスに膝枕をしてもらってウトウトするヤナの姿が目に入った。


 ハルナは、ヤナの部屋のベッドの方が広いので、そちらに花夏の布団を持っていってくれている。昨日は皆ばたついていた為準備が追いつかず、今日からヤナと花夏は同じ部屋で寝る事にしたのだ。


「ヤナ、寝ちゃった?」


 花夏が尋ねると、ヤナの頭をそっと撫でながらサルタスが俯いたまま答えた。


「今日は新しい事も沢山覚えましたし、疲れたのでしょう」

「じゃあ、ヤナの歯磨きと体拭きは明日にします。サルタスさん、ヤナを運んでもらえますか?」

「当然です」


 そう言ってヤナをさっと抱え上げた瞬間、ヤナがサルタスと離れまいとサルタスの首にぎゅっと抱きついた。


「ヤナ、部屋に行きますよ」


 サルタスがそっと声をかけると、「まだいい」と返事が返ってくる。少し困惑した顔をしてから、サルタスはまた座った。ヤナは今度は膝枕ではなく、サルタスの腕の中だ。


「寝るまでこうしてましょうか」

「うん……」


 花夏はその様子を見て、ヤナの急激な懐きっぷりに内心かなり驚いていた。と同時に、サルタスについても。


「サルタスさん、ヤナが可愛いんですね」


 つい言ってしまった。


「可愛い……? そうですね、ヤナは素直ないい子ですよ」


 そういう事ではないのだが。うまい言い方が見つからなくて、花夏はそのままふたりを静かに見守る事にした。


 いくら結界が薄くヤナにくっついてないと心が読まれにくいとしても、ヤナは今日1日サルタスにべったりだった。サルタスもそれを全く嫌がる素振りがない。つまり、心を読まれていても問題ないとサルタスは思っている。それか、そもそも気にしていないか。


 膝枕も抱っこも、ヤナなら声を聞き放題な状態な筈だ。そもそもまだ制御が出来ていないのだから。


 そして離れたがらない。それはつまり、サルタスの心の中には純粋にヤナに対する好意があるだけなのではないか? だからヤナがここまで懐いたのでは?

 

――これはシュウさん、焼きもち焼きそうな案件だな。


 まあ人選を行なったのはシュウ自身なので文句など言えないだろうが。


 ヤナの為にも、この平和な時間が少しでも長く続けばいい、と思う花夏だった。








 翌日から、また忙しい日々が始まった。


 花夏は筋肉痛の体に鞭打ち練習に励む。すると、3日目くらいから痛みが抜けてきて、体が1段階軽くなったように思えた。


 ヤナは、花夏とハルナがいない間はサルタスと魔法の制御の特訓だ。


 晩ご飯の際恒例になった報告を聞く限り、父親のやらかした話をすっかり楽しんでしまっていてあまり効果は見られない。


 サルタスがそんな様子を見て、『淑女の嗜みとは』に切り替えると告げた時のヤナの顔といったらまあ面白かった。


 足も数日ですっかり良くなり、今はもう元気に走り回っている。


 アルの運動と辺りの見回りとヤナの気分転換も兼ねて、朝食後にサルタスとヤナはアルに乗って朝駆けに行くのが日課となった。毎日色々な新しい事を発見しては、ヤナが花夏に楽しそうに報告してくれる。あそこの森の紅葉が綺麗だったよ、とか、小川に魚がいたよ、とか。


 花夏の乗馬レッスンは、まずは剣術を先に、ということで後回しになってしまったが、これは時間配分の関係上仕方ない。


 ヤナはあっという間に文字が読めるようになり、今は毎晩ベッドに入ってからサルタスが用意した恋愛小説を花夏に読んで聞かせてくれている。おかげで花夏も字の読み方と色々な単語を覚えられるようになってきた。何より、小説がおもしろい。時折ふたりして「きゃー!王子様大胆!」とか言って騒ぐと、時折ハルナが来て「早く寝なさい」なんて声をかけてくる。


 サルタスは家の中で足りない物を見つけては、すぐに作ってしまう。持ち運びしやすい椅子や、シュウに言われて持ってきていた鏡を姿見に加工したり、棚を作ったりもしていた。とても器用なんだろう。毎日1日の終わりにシュウへの報告書を書いている姿は、仕事人! といった感じだ。



 そうやって目の前の事をこなしている内に、あっという間にひと月が経ってしまった。


 花夏は、水汲みのため外に出た。


 朝の空気が気持ちいい。吐く息は白いが、この間まで黄金色の草原が広がっていたこの丘も今は雪で真っ白だ。


 数日前に、この世界で初めて新年を迎えた。仰々しい祝いなどはなく、おめでとうを言い合うだけのシンプルな新年だった。街ではそれなりにお祭り騒ぎになるようなので、まあここでは省略したという事だろう。毎日疲れ切ってるので、まあ問題はない。


 ハルナ曰く、毎年新年を迎えたあたりから急に雪が積もり始めるのだという。昨夜もしんしんと雪が降っていて、今朝になると10センチ程積もっていた。


 ちなみに小川までの道は、ある日サルタスがウッドチップのような物を敷き詰めてちゃんとした道を作ってくれた。ご丁寧に、木の板で側面が補強されている。しかも段差には階段付きだ。大した距離ではないといえ、それにしても大変な作業だったろう。本人は「いえ別に特別な事では」と言っていたが。


 でもおかげで小川まで行きやすくなった。とにかく滑らない。非常にありがたかった。


 小川に着くと、水面の一部が凍っている。花夏は持ってきた棒で氷を叩き割り、水を汲む。


 手に触れた水が驚くほど冷たい。


「うひゃー」


 初めの頃に比べると、水汲みは全く苦でなくなった。特訓の成果だろう、大して重く感じなくなったのだ。


 今はヤナの部屋にある姿見の鏡を見ても、自分の体が日々引き締まっていっているのが分かる。そして何より体が軽い。羽が生えたかのように。


 木刀は今は2番目に細いものを使用しているが、素振りも大分無駄な力が入らなくなってきたように思う。まだ横打ちの練習はコツが掴めず悩み中だが。


 ハルナが、大分姿勢がきれいになったね、と言っていた。姿勢については正直あまり気にしてなかったのだが、筋肉をつけたおかげで姿勢にも影響が出ているらしい。人間の体って不思議だ。


 言葉も、かなり上達したと思う。毎日のお喋りもそうだが、やはりヤナの近くにいると言葉がすんなり入ってくる気がする。分からない言葉もまだまだあるが、考えないと言葉が咄嗟に出ない、という機会は減ってきた。


 この丘に来て白くなったシエラルドの街を見下ろすと、シュウの事を思い出す。果たして、結界の敷き直しの根回しは上手くいってるのだろうか。なんせ王様を説得しないといけないのだ。生半な事ではないだろう。


「頑張ってください、シュウさん」


 街に向かって、そう呟いた。








 丁度その頃、場所はシエラルドにあるラーマナ王国の城の内部にある王宮図書館にて。


「隊長! ありましたよ!」


 サルタスの次に付き合いの長いロンがシュウに声をかけた。他にいるふたりの隊員が、漁っていた文献から目を離してロンを見る。


「ロン、本当か?」

「今度こそだろうな?」

「また違ったら流石に怒りますよ」


「お前たち落ち着け。ロン、読んでみろ」


 わらわらと1冊の古い本を抱えたロンを取り囲む。


「ほらここです! 『偽王により乗っ取られた王国では魔物が跋扈していたが、正式な王により偽王討伐後、改めて国に結界が張られた。同じ王による結界の張り直しは前例がなかったが、その後問題なくその作用は続き……』」

「でかしたロン!」


 汗臭い男たちが人の良さそうな顔をしているロンに飛びつく。皆、王宮図書館(シュウたちはただ単に図書室と呼んでいる)と執務室を往復する事早数週間。時折交代で帰宅しては風呂に入り仮眠を取りをしていたが、全体的に臭い。


「うわっ臭い! 特にサザ、お前臭い!」


 サザと呼ばれた栗色の癖のある髪をした、まだおそらく10代の若い隊員にロンが言うと、もうひとりの隊員もクンクンと匂いを嗅いだ後顔をしかめる。


「確かにサザが一番酷いな」


 サザがそばかすのある少年の様な顔に『冗談じゃない』といった表情を浮かばせ、もうひとりの落ち着いた茶色の髪を持つ20歳くらいの隊員に反論する。


「ユエンさんだって似たり寄ったりでしょうが!」


 ユエンは悪戯っ子そうな顔をして偉そうに言う。


「俺は一昨日風呂に入った」

「サザ、最後に風呂入ったのいつだ?」

「えっと、えっと……忘れました」

「忘れるくらい前かよ」


 まあ賑やかだ。先程までの静けさはもうどこにもない。


「お前たち、ご苦労様。助かったよ。まさかこんなに早く見つかるとは思ってなかった」


 シュウが部下3人を労った。前例が見つからないことも想定していたが、最悪の状況は免れた。まあ、長い歴史を持つ大陸だ。前例自体がないことはないだろう、とは思っていたが、文献に残っているとは限らない。とりあえずラーマナ王国の歴史からスタートし、ここでは前例が見つからず、国毎に分担し大陸中の歴史書を読みまくり、先程ようやく見つかった、というわけだ。


「これで、陛下に結界の張り直しをしていただくことに問題がないのが分かった。かなりの前進だ」


 後は、如何に説得するかだ。結界の薄い部分がある事の報告は挙げてはいるが、その緊急度をご理解いただけているかどうかは不明だ。


「サルタスさんがいれば完璧なんですけどね」


 ユエンが言う。隊員たちには、当初予定通りサルタスの居場所は誤魔化して伝えてある。調査ではままあることなので、誰もあまり気にはしていない。


「サルタスさんの報告書は完璧ですからね」


 サザも同意する。


「隊長、大丈夫ですか?」


 出来ます?という顔でロンがシュウを見る。


 シュウは、けろっとして言う。


「報告書は無理だな」

「隊長〜どうすんですか〜」


 隊員たちががっくりと肩を落とす。


「サルタスさんが戻るまで待ちます?」


 折角風呂の機会もかなり省略して見つけた証拠なのに。


「お前たちは自分たちでやろうって気がないのか?」


 呆れ顔のシュウだ。


「サルタスさん級の報告書は無理です!」


 きっぱりとユエンが言い切った。

 シュウはそれ以上突っ込むのをやめた。話を進めたい。


「だから、直談判だ」


 シュウがそう言うと、ヒソヒソと部下たちが始める。声が小さくなった分、距離が近くなりあたりの臭いが強まる。


「確かに報告書はあれでも口頭の説得なら隊長得意ですもんね」

「真っ赤な嘘もさも本当の事のように報告するし」

「でも陛下の近くにはあの頑固な石頭の宰相の爺さんがいつもいるぞ」

「あの人、自分が話の中心にならないとすーぐふて腐れるから面倒ですよね」

「陛下のいない所ではふんぞり返ってるしなあ」

「陛下には弱いくせに」

「じゃあまあ隊長が陛下と直接お話出来るよう宰相を遠ざけないといけないか」

「あの爺さん、過去の自慢話始めると止まらないぞ。前に酷い目にあった」

「確かお酒も好きでしたよね?」

「よし、じゃあ執務終わりに飲みに誘い出して自慢話をさせれば……」

「ぺーぺーに偉ぶるのが好きだから、1番若い奴がいいか」

「ちょっと待ってくださいよユエンさん」

「確かにサザは若造だが、ひとりでまかすと何するか分からないぞ」

「じゃあロンが行けばいい」

「僕はお酒飲めないじゃないか」

「つかえないなあ」

「仕方ないだろう、というか先輩はもっと敬えよ」

「じゃあユエンさんですね」

「俺か? 俺だと忍耐力がなあ」

「じゃあユエンとサザで」

「「えー」」

「じゃあ決定で。いつならいける?」

「新年過ぎてお祭り騒ぎもようやく終わりましたからね、宰相の爺さんの予定が空いている日は陛下も基本は何もなさそうですね『先輩』」

「お前なー」

「謁見の予約取っときます?」

「爺さんがしゃしゃり出ると面倒だからやめた方がいいかも」

「じゃあサザ、お前今日1回帰ってきちんと風呂に入って綺麗にしてから早めに爺さん捕まえろ。今日は流石に勘弁してほしいが、明日以降早めの日程を押さえろ」

「どう持っていけばいいです?」

「是非昔の勇姿のお話を聞きたいと持ち上げとけ。絶対食いついてくるから」

「じゃあユエンさんがいいお店知ってるからっていう理由にしときます」

「仕方ないな」

「では隊長、私は宰相が王の間から居なくなった瞬間お知らせ致します」


 シュウが頷く。シュウがひとことも口を挟まぬ間に話がまとまった。流石、日頃サルタスに鍛えられているだけある。


「では、皆よろしく頼む」

「は!」


 3人が敬礼する。


 ニヤッとしてユエンが言った。


「隊長もこ綺麗にしておいてくださいよ」

「今はただのむさいおっさんですもんね」

「……お前らなあ。……まあいい。お前らもまずは休め。サザは今日頼むぞ」

「はい」


 そうして、ラーマナ王国国土調査隊のメンバーは図書室を後にしたのだった。

いかがでしたでしょうか?サルタスさんの日頃の苦労が垣間見えそうなメンバーです。

次話は『謁見」、国王とのご対面となります!明日(2020/9/9)更新予定です!

お楽しみに!


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