二十一:来訪
ミカフツが外へ様子を見に行っている頃、シロはガトーと寂しげに屋敷の留守を守っていた。
さきほど、ライを抱えたアマネが戻ってきたところだった。
負傷して気を失っているライは、苔男が様子を看ている。
アマネから事情を聞いたシロの顔が青くなる。
「それでは……そのような危ないところへミカフツ様が……?」
「うん。だけど心配はないよ。ミカフツは丈夫だから、ちょっとくらいなら怪我もしない」
シロによけいな心配をさせまいと気丈に応えるが、アマネの内心は穏やかではなかった。ガトーの苦い顔が、なおさらことの深刻さを物語る。
「ライ様は、お怪我は大丈夫なのでしょうか」
「あいつはミカフツに負けないくらい頑丈だからね。ちょっと強い神力に当たって弱ってるだけさ。充分寝かせりゃ元気になる」
「ところでアマネ、最奥の祠で何が起こっていたんだい? この大嵐、何かやけに近づいてきてる気がするんだけど」
ガトーがシロを懐に抱き寄せつつ聞いてくる。
「……マガツキっていう外からきた神が祠に座ってた。
その祠のそばでライは倒れてて……。アタシもわけがわかんないんだよ。
ただ、生まれたての神というわりに、マガツキの目つきは子供らしくなかった。中にマガツキではない何かがいるような……そんな気がするね」
「マガツキではないなにか、ね」
ガトーがうなる。
「考えたくはないんだけど……アタシ、あの中身は祠に封じられてる祟り神なんじゃないかって、」
アマネがそこで言葉を切る。
「祟り神」
「そう。シロもミカフツから聞いてないかい? お山のずっと奥に祠があって、そこには危ないものが封じられているから、絶対に近づくなって」
「はい……。お山の地理を教えていただいた時、肝に銘じておけと」
「その祠のことだよ。そこに封じられている者は、私たち四方津神が力を合わせても絶対に勝てない。そんなたぐいの者なのだよ」
「そ、それではミカフツ様は……」
「大丈夫、心配ないよ。我ら四方津神はね、このお山の住人よりもちょっと頑丈なんだ。祟り神には勝てないけど、負けることもない。シロは何も心配しなくていい」
「ですが、それでもお帰りが遅いです……! わたし、様子を見に」
「ダメだよ。シロは四方津神の従者だけど、それでもこの大嵐には耐えられない。ここは辛抱しなさい」
「わ、わたし、ミカフツ様の供物です! 供物は食べてもらうものです!召し上がる方がいなくなったら、わたしのいる意味がありませんっ!」
ガトーのシロをつかむ力は強いが、シロも負けじと身をよじって逃れようとする。
功を奏したのか、一瞬だけガトーの力がゆるんだ。
好機を逃さずシロは抜け出す。
戸は頑丈に閉めてあってでられない。ならばと周囲をうかがうと、壊れかけの窓が目に入る。小さな体なら余裕ででられるくらいの大きさだ。
窓の縁に手をかけ、「シロ!」とアマネのあわてた声も聞かず、そこから大嵐の中へ飛び込もうとしていた。
そのとき、強固に補強していたはずの戸が、もののみごとに吹っ飛ばされた。
戸から風と雨が降り注ぎ、屋敷の中を容赦なく汚していく。
「な、」
「うわ、シロ、こっちおいで!」
アマネがすぐさまシロを窓から引っ剥がそうとする。戸の方に視線を集中していたシロは、アマネに気づかず窓から離された。
「これはこれは」
嵐を背に壊れた戸の上に立っているのは、マガツキの体を借りた祟り神だった。




