九:ぬるいお茶
それ以降、シロはぽつぽつとしゃべるようになった。
翌日からまくしたてるように、とはいかずとも、ミカフツが呼べば「はい」と駆け寄ってくるし、アマネに裁縫を教えてもらうと「お願いいたします」と恭しく頭を下げた。
ガトーから山のように菓子を受け取ると「あ、ありがとうございます」と戸惑いながらも礼を述べ、ライがつついてからかうと「い、いい加減にしてくださいっ」と精一杯抵抗した。
ミカフツもシロも自分からしゃべるような性格ではない。ふたりきりの時はいつも最低限の言葉しか生まれなかった。
それでも心をかよわせるには足りた。少なくとも、ミカフツもシロも、ほんの少し言葉を相手に投げかけるだけで、距離を近づけていったのだ。
シロの夕餉を食うと、ミカフツは「……うまい」とこぼす。
「今までは味が濃かったりダシが薄かったのに」
「えっと、アマネ様に、教えていただいて……その通りにやってみたんです」
「なるほどな」
「ですので、アマネ様のおかげです、きっと」
「だけど、言われたとおりにやるったって簡単じゃねえだろ。さすがだな、シロは」
「そのような……もったいないです」
「ありがたく受け取っておけ。俺が他人を誉めるのはまれだ」
「そうなのですか」
そうともさ、とミカフツは飯をかっこんだ。
「ごちそうさん。器を洗ったら先に風呂入れ。今日はそれでもう休んでいい」
「はい」
言うやシロは器をもって厨房に引っ込んだ。
こっそりおかれた食後の茶が、ミカフツの足下で湯気を立てる。
(こういうところ、徹底してんな)
ミカフツはシロが来る前から食事のあとに茶を飲む習慣がある。アマネから聞いたのか苔男が告げ口したかは知らないが、何もいわずにいつの間にか用意してくれるシロに対するうれしさがこみ上げてくる。
ためしにすすってみた。
「……ヌルい」
が、ミカフツから苦笑が漏れた。




