十:二度目の供物
その日は雨だった。ざあざあ降りというよりは、申し訳程度の小雨だった。
小雨とはいえ、雨のお山を気にせず歩くのがひとり。四方津神のひとり、ライである。その後ろをついて行くように、アマネが傘をさしてしゃらしゃらと歩いている。
「雨だっていうのに、アンタはいつも騒々しいねえ」
「俺ぁ天気に左右されるようなタチじゃねーの、姉さん」
「おめでたいヤツだ」
「そういう姉さんこそ、雨は髪が傷むーってって、外に出たがらないのに。俺についてくるってぇことは、何? 俺の監視?」
「まあね。あんたひとりを好きにさせてると、どんな結果になるかわかんないからね」
「ひでえー。俺をただの荒っぽい神みてぇに言ってさー」
「実際そうだろが。アンタがガキの頃は、アタシもガトーもミカフツも手を焼いたもんだよ。図体だけ大きくなっちゃって」
「ひっでーな。これでも中身だって成長してるで?」
「嘘つけ嘘」
アマネは着物を濡らさないよう、細心の注意を払って土を踏みしめる。前を歩くライがずかずかと気ままに歩くものだから、泥がはねる。
お山と外の境界である其処には祠がある。その祠の前に、シロは捧げられていた。
ついさっき、四方津神は全員、祠に何か捧げられたことを察知した。これはもう感覚的なもので、理屈で説明するとなると、比較的筋の通った話をするガトーでさえ話すのが難しいという。
なにやらシロの時とは違って、不穏な空気をまとっていた。だから用心し、ライとアマネが様子を見に行くことにしたのである。ミカフツとガトーはシロと一緒に屋敷で留守番している。
「苔君が言うには、祠にまた何かおかれたってことだよ」
「また供物かな? オレ、できれば肉がいいな」
「ああ、確かに日持ちするのであれば、食いモンはうれしいねえ。アタシは肉より果物かな」
「果物なら梨がいいなあ」
「うん、アタシも梨だねえ。みかんもいいな」
「おっおー、姉さんわかってるー」
けらけらと笑いながら話を弾ませているが、ライもアマネも祠に近づくと急に表情を引き締めた。
かすかな雨音が心地よい。ぬかるみを踏みしめる足の裏の感覚に、ライはちょっとだけ違和感を覚えていた。
肌におちる雨と一緒に、祠へ近づくにつれて確かに感じる気配。
生き物のまとう気ではないが、何者かわからないゆえにおぞましさが増す。
「苔君が来るのをためらうのもうなずける」
アマネは冷静にしっかりとした口調で話す。が、傘を持つ手に必要以上の力がこもっている。
「なーんかヤな予感がするんだよねぇ、アタシ」
「そう? オレは何か強敵が出てきそうで楽しみ。……って言いたいとこだけどー、ちょっとだけきもちわりいかなあ」
「アンタでも恐怖を味わうんだねえ。怖いもの知らずじゃなかったんだ」
「姉さんオレをなんだとおもってんのー」
へっへ、とライが笑う。
雨ふる森の中、木々から滴がしたたり、ライを少しずつぬらしていく。
薄緑のすみわたる森は曇天と雨によって濁らされている。本来、祠も昔はそこまでぼろくはなかった。苔男の熱心な修理や手入れも意味はなかった。
「姉さんはオレの後ろを離れちゃダメだぞ」
「あいよ。何かあったら、アタシの盾になって散っとくれ」
「ひでえ」
見慣れた祠。お山をまもる砦ともいえる。
そこには、ぼろきれに包まれた何かが捨て置かれていた。大きさはシロの時と同じ。
微動だにしないが油断は禁物。ライは摺り足でそれに近づき、ライがそれに集中している間はアマネが周囲を警戒する。
膝を折ってそっとそのぼろに触れてみる。反応はない。
ごくっと息を飲み込んで、ライはさっとぼろを引っ剥がした。
アマネがおそるおそるライの背後へ近づく。
「……」
のぞき込むようにそれをたしかめる。
アマネの息を止める音がライの耳に届いた。
これにはさすがのライも言葉が出なかった。いつもの人を小馬鹿にしたような笑いも、冗談を吐き出す口も回らない。
「うわあ」
不快感が漏れた。
そのぼろ切れの中身は、バラバラにされた人の死骸だった。




