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Punkin



※吸血鬼モノ、BL

※多少の残酷表現あり



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 俺は今、目の前に出された料理を見つめている。

 鍋に入ったホカホカのパンプキンシチュー。

 口にした瞬間、恍惚とした禁忌の美味が舌に広がり、胸に溶けていった。

 一口で飢渇を潤すほどのその料理に、眷属に成り下がっていたのだと思い知らされた。



 早朝、仕事帰り。

 重い足取りでアパートの階段を上る。

 日が昇り切る前に、部屋に入らなくては。そう思い、上りきった先の廊下を歩くと、ちょうど隣人が俺の部屋の扉をノックしていたところだった。俺の足音につられて、その若い男性がこちらに振り向きにこやかに笑う。仕事の疲れが一瞬で吹き飛ぶ感覚が、重い体を持ち上げた。


「おかえりなさい。今日も、作りすぎちゃったんで……カレー」


 彼がガラスの保存容器を見せてくる。目の前に立ち、俺よりも背の低い彼に合わせて少しかがみながら、その容器を受け取った。


「毎度どうも」


 短く返して容器を受け取ると、中に入ったカレーに目を細めた。彼の顔……鼻の上にガーゼが貼られており、周りが赤黒くなっていた。その事について話しかけようとしたら、そそくさと隣の部屋へ帰っていってしまった。彼の背中を見つめた後、手渡されたガラス容器に目を落とした。



 彼は少し前から、余り物の食事を手渡してくるようになった。最初の食べ物はハロウィンのチョコレート。それからは夕飯の余りだといってスパゲティや煮込みうどんなど……味の濃い料理が多かったが、そのどれもが美味だった。

 吸血鬼の俺は『眷属増殖規制法』により政府から必要数の血液パックが毎月送られてくる。眷属増殖規制法とは。吸血鬼は、人間に直接噛み付いて血液を摂取すると、その人間を眷属にしてしまう。すると、噛み付かれた側の人間は吸血鬼を盲信してしまい、廃人と化するのだ。言ってしまえば、生産性が無くなる穀潰しを減らすために政府が発令した法である。現在、吸血鬼はむやみやたらに人間の首から血を摂取することが禁止されている。吸血鬼と共存していこうという人間側からの歩み寄りだと、俺は思っているが……いや、種族間の確執についてはこの際、置いておこう。

 生命維持に必要な血液と娯楽としての食事は根本的な意味合いが違うが、この男から渡される料理のそのどれもが美味であったので、俺は好意的に受け取っていた。

 それに、最初に口にした彼の生チョコは、甘美の味がした。


「お菓子を作りすぎたので……」


 十月。その一言と共に。

 お菓子を作りすぎたとはどういうことだ、と思いつつも。

 人間から貰った食物を口にしたのはこの時が初めてであったが、それはとろけるような快感をもたらした。

 隣人ではあったが、いつからそこに住んでいたのかすら知らない。それほど、どうでもいい存在だった。だが、その生チョコを貰ったその日から、彼のことが非常に気になっていった。

 甘いものは嫌いだ。それなのに、一口食べた瞬間から悦楽と享楽が体を突き抜ける感覚。その感覚が最速で最高潮の快楽へと俺を突き上げた。彼に対する恋慕を孕む心酔が、その時に己の血液として体を巡るような熱が沸き起こったのだ。


 それからというもの、彼から料理を受け取るのが楽しみになった。ガラス容器に入ったこのカレーも、いつもと同じようにそんな快感をもたらしてくれるのだろうか? そう思うだけで胸は高鳴った。

 部屋に戻り、カレーを温める。白飯はないが、関係なかった。スプーンを手に取り、その滴り落ちる味の濃い食べ物を啜った。

 それだけで、快楽に身を委ねているように気持ちが良かった。



 夜遅くまで仕事をして、くたくたになって朝方早く帰る。

 すると、隣人の彼はたまに俺のアパートの扉の前に座っていたりもするのだ。

 女のように華奢な体。猫っ毛の癖のある柔らかそうな髪の毛。不細工とは到底思えない、中性的な顔立ち……

 その顔が、俺の足音を聞くとパッと綻び、こちらを向く。

 彼の花弁が開いていくような表情に、いつしか俺の心も花が風に揺れるようにゆるやかに動き始めていた。


(これは恋慕だ)


 そう気づき始めてから、気怠く漂っていた意識は彼に急降下した。何をしていても、隣の部屋から聞こえてくる音に耳を済ませた。彼との生活リズムは驚くほど違ったが、そんなの関係なかった。俺が眠る頃に、彼は出かける。仕事をしているのかと思ったが、そうでは無いらしい。どうやら、彼は大学生のようだ。道理で若いと思った。


 その事を知ったのは、生チョコを貰う前。

 夏の鬱陶しげな風が吹き抜ける頃。

 風呂上がり、血液パック片手にベランダに出る。月明かりの下。仕事前のエネルギーチャージのために、ゆっくりと血液パックをちゅーちゅーと吸っている時だった。

 隣の部屋からベランダに出る音が聞こえた。その時、何の気なしに音に反応してベランダの手すりに持たれるように隣の部屋を覗いた。すると、鼻をすすりながらベランダに座りさめざめと泣く彼が見えたのだ。鼻水をすする音と、残り僅かになった血液パックを吸う音が重なると、目が合う。目を腫らした彼が微笑んだ。


「……それが血液パックですか?」

「え? あぁ、うん。そう」

「へぇ、噂は聞いてましたが、本当に吸血鬼なんですね。僕、最近越してきたんです」

「……どうも」


 これが彼とのファーストコンタクトである。

 そこから度々喋るようになり、ハロウィンに生チョコを貰い、どうにもこうにも戻ることの出来ない今に至る。



 カレーをすすりながら、そんなことを思い出していた。

 よくもまあ、こんな人付き合いの下手な吸血鬼にあんな笑顔を向けられるものだと、口元が緩む。最近は血液パックすらも不味く思えるほど、彼の手料理が好きなっていた。

 カレーを掬っていたスプーンを見つめる。彼の顔を思い出して、唇をきつく結んだ。ガーゼを押さえるサージカルテープの隙間からうっすらと見えた、赤黒く変色した肌。


(あれは、強打してるな……殴られたか)


 思い当たる節がある。

 最近、彼の部屋に男が度々来ているようだ。口喧嘩をするような両者の声が、壁越しによく聞こえてくる。内容は聞き取れないが、相手の男が激昂していることが多い。


(彼氏っぽい感じはする)


 ……口喧嘩からヒートアップして手を出されたか。

 胸の奥から黒い感情が渦巻くように膨れ上がり、蔓延る茨のように全身を這いずり繁茂する。怒りだけではなく痛みがまとわりついてくるのは、きっと、嫉妬のせいだろう。


(人間ごときが)


 スプーンを強く握り締めるとカレーを見つめた。

 白飯は要らない。

 他の人間など、俺と彼の間には要らないのだ。



 それから、どうすることも出来ずに時は流れた。

 十月の初め。生チョコを貰って、もうすぐ一年が経とうとしていた。

 変わったことと言えば、隣人が料理の腕を上げてさらに飯が美味くなったこと、隣人の部屋に男が出入りする頻度が高くなったこと、その度に隣人が大怪我をしていること……見る度に彼の傷は増えていた。絆創膏、ガーゼが貼られていたり、包帯を巻いていることが多くなった。それらを見たことがある箇所は、指、手の甲、手首、腕、首、鼻……見えている部分はいつもどこか傷ついていた。その様子を見るに、服の下も酷いことになっているのだろう。

 口を出すべきか否かと悩みながらも、いつも通り階段を上がる。すると、隣人の部屋から男が何やら怒鳴りながら飛び出してきた。いつも隣人の部屋に出入りしている男だ。

 男は俺の姿をその目に捉えると、驚いたように目を見開いたが、すぐにグッと鋭く睨んだ。そのまま、大股で俺に近づき、胸ぐらを勢いよく掴んで怒鳴った。


「お前っ! いい加減にしろよ!」


 開口一番、そう言われた。

 男の強気な三白眼に睨まれる。

 俺より背の低い男の瞳を気怠げに見下ろした。


「……それは、俺の台詞だが」

「イオリの事、考えたことあんのかよ!」


 なおも言葉を吐き続ける男の言葉に首を傾げる。いつの間にか隣人も男の傍に立ち、仲裁に入るように男の胸を一生懸命押していた。彼の華奢な腕ではビクともしないように、男はさらに胸ぐらを掴む手に力を込める。


(……イオリ。ああ、イオリって名前なのか)

 

 彼の名前を初めて知った。

 それと同時に、イオリの耳に目がいった。この前までガーゼをつけていたと思っていたが、今はつけていない。猫っ毛の髪の隙間から見えるそこが、欠損していた。

 その欠損した耳を凝視した。耳の欠損……つまりは、この男に刃物を使用されたということだ。そこから得られる情報が感情を突き上げるのは、一瞬だった。

 自身の胸ぐらを掴んでいた男の首を両手でつかみ返した。手の内から、男の喉仏が苦しそうに上下する動きが伝わる。イオリを押しのけて、男の首筋に噛み付こうとした時。

 腕に優しく触れられた。


「やめて」


 イオリが静かに呟いた。

 そのゾクリと悪寒が走るほどの冷たい声に、ゆっくりと彼に振り返る。


「それはダメ」


 光の見えない闇の瞳がこちらを見つめていた。その瞳の奥に黒い感情が渦巻くように膨れ上がり、蔓延る茨のように這いずり繁茂していた。

 今まさに俺が噛み付こうとしていた男に思わず振り向いた。首を絞められて苦しそうにもがく男の顔を見た。

 涙が浮かぶその瞳に、光が点っていた。


 悟った。

 何もかも。


 男を地面に下ろすと、イオリが困ったように男に喋りかけた。


「ごめんね、彼が好きなんだよ」


 道理で、飯が美味いわけだ。


「やっと、ここまで仲良くなれたんだ」


 血液パックが不味くなった訳がわかった。


「大丈夫だよ。これからは、自傷しないから」


 いつも傷だらけなのはそういうことかよ。


「今日の料理は別のを入れた。血液は今後、首から吸ってもらうから」



 イオリの言葉に、男も俺も、何も返せなかった。

 男が立ち上がり、しばらく無言の後、小さな声で「それなら、いい」とだけ呟き、階下に降りていった。

 十月の早朝。

 寒空の下。

 イオリが笑った。



「今日はパンプキンシチュー、作りすぎちゃったんだ」




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ヴァンハロ企画参加作品です!ありがとうございます!



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入っていた別のもの……トリック&トリート!
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