モンシロチョウ
※殺虫表現あり
私がまだ小さい頃。おばぁは畑仕事をするのが好きだった。夏休みの昼。暑い季節の中、カラカラカラとうるさく鳴く玄関の戸を開けた。外の熱気とカンカンと照った日差しをうけて、じとっとした汗をかく。小さい頃の私は、帽子をつけておばぁの畑仕事の加勢をするのが一つの楽しみでもあった。加勢と言っても、私の役目はモンシロチョウを追っかけまわすこと。沖縄はいつの時期もモンシロチョウが葉野菜を求めて、ふわふわと宙を泳ぐ。
コレを使えとおじぃに渡された帽子と、使いふるされた虫取り網、それから、一斤袋を片手に走り回る。
地面を掘り起こす、鉄と土の音、それから、近くの山から聞こえるセミの鳴き声。掘り起こされた土の湿った臭いのする昼下がり。流れ出る汗は洋服でぬぐって。広い敷地内にある畑は、小さな私には少し大きめの畑だった。畝の間を必死に走るが、足はもつれ、たまに転ぶ。そのたびに野菜を踏んづけていないかと気になり、おばぁにバレていないか横目で確認していた。おばぁは黙々と畑仕事をし、時おり私に、何匹捕まえたか、聞いてくる。私は生返事で、たくさん、と答えた。慣れた手つきで虫取り網を振り、私はモンシロチョウを捕まえる。たまに二、三匹同時に捕まえて、無邪気に笑い声を上げた。捕まったモンシロチョウは網の中でバタバタともがいたが、結局は皆、一斤袋の中へ収まっていった。手についたさらさらのベビーパウダーのような鱗粉を払っては虫取り網を構えた。
しばらくして、たくさんのモンシロチョウが入った一斤袋を持って、おばぁのところに走った。野菜を踏まないように畝の間、へこんで、何度も踏まれて固くなったところを転びそうになりながら駆けていく。手に持った膨らんだ一斤袋の中の、たくさんのモンシロチョウが揺れた。モンシロチョウ同士、または袋の壁にモンシロチョウが当たり、ポコパコ、と音が鳴っている。それがとても面白かった。
「おばぁ、たくさん捕まえた。モンシロチョウ捕まえた」
そう嬉しそうに声を弾ませると、いつの間にか木陰で休んでいたおばぁは笑った。そよそよと吹いている、夏の日差しから身を守る木陰を通る風は、自然の避暑地を生んでいる。セミの声は鳴り止まない。近くの山から聞こえていたと感じていた声の中にはすぐそこの木にとまるセミの声も混じっていたようだ。
「ふーん、良かったさぁ。ちゃんと殺しなさいよー」
おばぁは、抑揚のない声で、畑の野菜を見ながら答えた。それに対し、私はモンシロチョウの入った揺れる袋を眺めた。
すると、おばぁは、モンシロチョウの始末の仕方を教える。
「袋ごと踏めばいいさぁ。死んだらニワトリにあげなさいねぇ。袋ごとあげたらダメだからね。ちゃんと中身だけ出してよー」
「うん、わかったぁ」
そう言って、モンシロチョウを逃がさないように一斤袋の空気を丁寧に出し、袋の口を簡単に結んだ。ポコパコ鳴っていた袋の音は小さくなり、モンシロチョウは自由に羽を動かせなくなってしまった。カサカサと袋や羽をさする音しか聞こえない。袋の中は鱗紛と、十数匹のモンシロチョウで灰色に汚くなっていた。その袋を地面に置き、ぞうりを履いた足で丁寧に踏み潰す。汁は大量の鱗粉とまじり、あまり目立たなかった。何回か踏んだあとに、ジリッと爪先部分で捻った。それはまるで、タバコの火を足で消すようだった。袋は少し傷ついたが、穴があくことはなかった。モンシロチョウはもう動かなくなっていた。
そのあと、おばぁに言われたように、鳥小屋に行き、ハブ避けの網目の細かい網と、ニワトリが逃げないようにと取り付けた金網を開けた。ニワトリ達は、何事か、と頻りに小さく鳴いている。そんな中、私はモンシロチョウを袋から撒き散らした。とうにバラバラになっていたモンシロチョウの羽がゆっくりと地面に落ちた。舞った鱗粉はキラキラと光ったあと、どこかに消え、体の部分はポトッと呆気なく落ちてしまった。ニワトリ達はまだ私になついていない。それ故に、その行動を遠目で、そして横目で、体を強張らせながら見ていた。キョロキョロと辺りを見渡しては、くっくっくと小さく鳴いていた。私はその姿を見て、少し奇妙に思ったりもしていた。
モンシロチョウは、野菜に卵を産み付ける。それから孵化した幼虫は、野菜を食い散らかしてサナギとなる。野菜が食べられてしまうから、おばぁはモンシロチョウを害虫と呼んでいた。おばぁからしてみれば、ゴキブリよりもモンシロチョウは格上の害虫らしい。だから、私は宙に舞うモンシロチョウを取っては潰し、おばぁの大事な野菜を食べているアオムシを取っては潰し、畑を囲むブロック塀に付いてるサナギを取っては潰した。チョウを見つけて追いかける図には、メルヘンなど感じなかった。害虫は駆除すべきものだと思っていた。私は、モンシロチョウを殺してはいけないとならったことはない。そんな娘だった。
……ところで、そろそろモンシロチョウが大量発生する頃だ。昔より体の自由がきかなくなったおばぁは、畑仕事を長い時間しない。ニワトリに、今日の機嫌はどうか、と訊ねていたりもしたが、そのニワトリもとうとう育てきれなくなってしまった。卵を目当てにしていたニワトリは、いつしか肉を目当てにするようになっていた。
そんな中、畑の木陰で休憩するおばぁがいる。私の持ち物は、かっこいい帽子、使いふるされた虫取り網、それから、一斤袋。
「おばぁ、加勢に来たよ」
未だに思い出は褪せない。
10年前の追悼作。




