収穫
里見所長とサユリ助手は、
名古屋までの往路は~のぞみ号自由席。
収穫 WINした復路は、
依頼主の計らいでグリーン車におさまっていた。
\快適・ゴージャス・気分良し/
画竜点睛を欠かない三拍子凱旋である。
=͟͟͞͞ 最速新幹線発進 =͟͟͞͞ =
と同時に、買い求めたばかりの
プレミアムモルツ缶を合わせる二人。
「カンパイ!」
車窓は素晴らしい勢いで流れてゆく。
冷えた飲料も両名の喉ごしを快通していった。
里見から鼻歌が漏れる♪
依頼主にツインズ♂二匹を生体で引き渡した場合、
成果報酬=ボーナスは、
カー〈車〉ローンを
一括返済するくらい雑作もないほど
破格の額だったからだ。
(かりに亡骸であっても
対価比20%は約束されていた)
事態は痛いほど絶望的な状況だったのである。
依頼主の老未亡人は、
「某国の工作員に拉致されたのでは⁉」
などの頓珍漢を言い出す始末。
いわゆるペット版/コールドケースだった。
スマホ集中を解き、顔を上げた助手は、
「里見さん、
聖林プロの株価ですけど、
笹森 汐のラジオデビュー三か月後位を境に、上伸を開始。
映画『小さな太陽』の大ヒットをきっかけにCM出演数も伸ばし、
収益を元にした、
不動産やベンチャー企業へのインベストメントも冴え、
株価は飛躍を遂げました。
短期間下落したものの、再び値を戻し、
現在は安定価格で推移を続けています。
新番組<スーパー戦団>の成果次第では、
さらなる上乗せも現実射程内。
いわんや、映画が大ヒットなんかしたら、もう・・
松岡師の投資額は不明デス、
四年前の株価と比較すれば、
相当な蓄財を果たしたのは自明かと。
あーあ、私にも霊感があったらなァ・・」
「ふむ、
霊験あらたかなりか。
あの占い家なら説得力在り。ただし条件付きで。
霊感なるものを ━
━ 洞察力を含む、投資眼や博才と置き換えての話だ」
里見の圧迫視線をそれとなく かわしたサユリは、
足元に置かれた、
ペット用キャリーに被せた布をやさしく捲り上げる。
三毛幼猫ツインズ♂は、
隅っこにフォーメーション(位置取り)して、
息を潜めるよう、寄り添い団子していた。
丁寧に布を下ろし、
里見に再び視線を向けた彼女は、
瞳を潤ませ、
「松岡師とネコちゃんたちとの別れはツラかったですね。
ツインズは彼女の胸に顔をうずめ、
人間の幼子みたいに激しくないて離れようとしない!
ネコがあんな声を出すなんて驚きでした。
ひしと抱きしめた占い家の顔も ぐしゃぐしゃで・・
思わず、もらい涙しちゃいましたよ。
『砂の器(’74)』の 一場面とシンクロしました」
里見もしんみり口調で、
「感情の問題はね・・
<10÷3式>
・・理屈では割り切れない」
終点 ━ 東京駅着。
冷凍ミカン(最後の一房)を食べ終えた里見は、
布掛けしたペット用キャリーケースを慎重に持ち上げ、
アプリで呼んだタクシーへサユリと共に乗りこんだ。
出張で東京支社を訪れた
楠 南平は、
社用を終えたのち、懐かしさ嬉しさ半々で、
迫りくる秋へ、夏の最後の抵抗を肌感し、探偵事務所へ向かっていた。
里見とサユリが帰京するであろう
時刻を見計らい、
地元ではあまり見かけないマーメイドカフェに寄り、
ノッポサイズのブレンドを味わい☕
上野の森や不忍池まわりを散策、
群生する蓮の葉生命力をしこたま吸い込み、
時間調整した後のことだった。
二人は一体、どんな用件で名古屋まで出張ったのか?
fromサユリLineでは一言も触れられていなかった。
里見探偵事務所に到着。
おや!?
┃Entry/Exit┃
出入り口の鉄扉前を・・
革靴の音をコツコツと響かせ、
左足を引きずり気味に、行ったり来たりしている、
黒革製のショルダーバッグを肩掛けした、シニア男性が視界に入った。
隙の無いスーツ姿、60代前半?とおぼしき小柄な老紳士は、
ささくれ立ち、イライラ波を撒き散らしていた。
南平の顔を見るなり、
事務所関係者と思い込み、口角泡を飛ばし始めた。
「怪しからんじゃないか、きみ!
依頼主への対応が練られておらんぞ。
電話連絡はつかんし、転送対応もなし。
<里見というのはできる男だ>
という本部長の話を信じて、
やって来たのに、なんというザマだ!
先の先の先まで考えて行動できない奴に成功は見込めない。
こやつは本当に名刑事だったのか?うん?」
事務所の表札を指さし、吠える客人シニア。
やがて、
深刻な表情に沈み・・付言した。
「ワシは命の危機に晒されておるのだ。
緊急事態だからこそ 約束時間を前倒しして やって来た。
病院だって救急対応しておるぞ。
直近〈いまにも〉奇妙な何かが、
迫りくるのを明確に感じる。
しかも複数だ・・それらは危険信号を発しておる!
断じて虚言なんかではない。
ワシは不可思議な能力の持主なのだ」
心痛〈NRS10レベル〉を呻吟に転化させた。
ゾッとするほど真に迫っているので、
シニア氏の滞留圏に引き込まれそうになる南平。
どことなく|故・弓削さん|を想起させるも、
天秤掛けすれば、リアリティーが段違いであった。
故人女性は境界線上の存在。シニア氏は現実そのもの。
探偵と助手は、事務所へ通じるT字路で、タクシーを降りた。
そそくさと道端に移動する二人。
サユリは、
里見が掴んでいるペットキャリーの正面にしゃがみ込んで、
布を捲り上げ、内覧開始。
・・貴重種二体のバイタル確認である。
次の瞬間、
助手は奇怪な声を上げ、尻もちをついた。
「あれま、里見さん。
ツインズくんの様子が、変!」
速やかに、
探偵はケースを地面に置き、
バッと布を払い、
屈み姿勢を取り、キャリー内をのぞき込んだ。
二匹の三毛♂は仰向けになり、
相似形で、
前脚・後脚の計四本を天井へ伸ばし、
小刻みに振顫させていた。
━ 殺虫剤を直撃噴射されたゴキブリみたいに。
「こいつはイカン!
乗り物酔いかもしれんぞ。
生体取引がおじゃんになる」
ペット用キャリーの入り口を全開させ、
二匹の小さな身体へ(検温のため)手を伸ばしていく。
入口が開いた瞬間、
幼猫ツインズは見事な呼吸で動作を一致させ、
クルっと起き上がり、
ヒュン速!で娑婆へ脱出。
あっという間に、T字路奥へ、駆けていった。
「ギャーっ!」
ガラスを荒く削るようなサユリの悲鳴。
彼女の声を中近距離に聞きつけた南平は、
脱兎のごとく階段を降り、ビルの外へ出た。
グングン駆けてくる脱猫二匹が
どーゆーわけか?南平の胸へジャンプしてきた。
ナイスキャッチ!
・・も束の間。
鬼の形相で声を張り上げ、
T字路入口から駆けてくる助手と探偵に気を取られた刹那、
|両腕の力が緩まり|
ツインズはヒュン逃げ!してしまう。
興奮したサユリの伝達声は高音∞過ぎて、
南平には意味を汲み取れなかった。
なぜ白昼堂々、
仔猫を追いかけているのかサッパリわからん。
叫声オクターブを上げ、
疾走近接してくるサユリ嬢。並走する探偵。
二人はゼーゼー息を切らせて、南平の前で立ち止まった、
・・失望をぬぐえない表情の付録付きで。
「あと一歩だったのにィ。
せっかくの努力も水の泡じゃん」
彼氏を軽く非難するように嘆くサユリ。
理由を聞くまで・・
里見がペット探しにまで商いを広げているなんて、
南平は知る由もなかった。
鈴木サユリという個性は・・
たとえ気を許した相手であっても
洗いざらい打ち明けるタイプではないのを悟った彼氏は、
少々複雑な感情を抱き、
センシティブな葛藤を余儀なくされた。
━ さざ波は瞬時に起こり、澱のように沈んでいった。
南平の意識はスイと現実に戻った。
目の前には、
両ひざに手を突き荒呼吸を整えている探偵と助手の姿。
「?!」
なにやら・・後方に気配を感じる。
サッと踵を返す南平。
背後から、
依頼に訪れた老紳士が近づいてきた。
先だってのイラつきは消失している。
南平の視線をとらえ、
「〈直近迫りくる奇妙な何か〉の正体が判明したよ。
先ほどの、恥ずかしい言動を、お許しくだされ」
小柄な老人は少々照れくさそうな表情で言った。
依頼人は、三毛ツインズ♂を、包み抱きしており、
好々爺のような、とても温かい眼差しで、
チビ猫二匹を照らしていた。
ツインズも安心して身を委ねているよう、南平の目には映った。




