緞帳下りる
するすると上昇していく深紅の緞帳。
━ 現出したのは 漆黒の舞台。
発作的に、
まばゆいスポット照明が、
バツン!バツン!
右へ 左へ
二本同時に射し込まれた。
舞台に、
敷居はなく、
センターから½ずつ、
空間分割処理されていた。
下手には※・・
プール水面に浮き上がっている若い男性の死体。
上手には・・
高所に設置されている、
遠近をデフォルメした
ゴシック風尖塔アーチ窓越しから、
(黒味の濃い)サングラスをかけた、
無声映画期の大女優<ローナ・D>が、
こちら|客席|をジッと見下ろしている、
なんとも不気味な図。
観客の好奇心をトラップした幕明けから、
ローナ・Dのボイスオーバー(回想独白)に接続された。
┃主演女優の蓬莱ゆず季┃は、
カムバックを狙う無声期の大スターを、
(台詞に頼れない当時の表現様式を採用)
優雅かつ巨きな所作で誇張再現してみせた。
声優兼Nならではの明瞭な発声に嗄れをブレンドさせ、
ff/pp自在な伸縮アクトを操り、
持ち前の<強さ>をグイグイ押し出し、
老いを断固拒絶する激情へと連絡させていった。
シバリングという薄気味悪い動作を隠し味に取り入れ、
過去の栄光に囚われた老嬢の、酸鼻を突くさまを造形した。
女優が発する電気は、
瞬く間に、
観客の心身を金縛りにした。
キャパ500というのは、
ゆず季のワンダーが隅々まで届く
理想的な箱だった。
優れた音響設備も絶大な効果を生んだ。
二時間半あまりをノンストップ ━
若いツバメ(愛人)を殺害する
クライマックスへ なだれ込んでいき
━ 発狂に至るラスト場まで、
|長所全出し|
如何なく実力を叩きつけ、
揺るぎないアクトでもって、
元大スター ローナ・D を奈落へ堕天させ、
『ハリウッド大通り』は閉幕した。
カルト人気を博していた
蓬莱ゆず季がついにヴェールを脱いだのである。
19歳になって三日目のことだった。
気が付けば・・
親方は・・
膨らんだリュックを足もとに置き、
※角打ちの、質素なカウンター前に陣取って居た。
七尾マネと別れ、
スカイ劇場から戻って来たプロセスは、
記憶から ふっつり消し飛んでしまっている。
ふだんは、
規則正しいしのぎを続けるため
自重している
大好きな日本酒のコップ杯を重ねていた。
甘塩っぱいツナピコを肴に、
青冴えのトロっとした旨味を味わっていると、
ふわっと酔いに包まれ、日頃のストレスから解放される。
身を委ねるに、これ以上の快楽があろうか?
不規則周期でやってくる、
人生のエアポケットたる日常の苦痛を、
軽減させてくれる妙薬だ。
とはいえ・・
今夕は祝い酒である。
還暦過ぎの老骨をあざやかにブッ飛ばしてくれた、
ゆず季嬢の演技にカンパイだ!
ケタ外れのエネルギーと表現力に圧倒され、
(異様な衝動の突き上げを喰らい)
あやうく客席から大声を上げそうになった。
隣席のマネージャーは、
豊かな身体をガクンガクン震わせていたな。
実演の凄さを改めて思い知らされた、
生身から打ち込まれてくるパワーたるや、映像とは段違い。
┃というより、お嬢の好敵手が凄すぎた┃
比べてはイカンけど、
どーしても比較してみたくなるのが人情。
汐お嬢の芝居は達者究まりない
とても鮮やかで、ときに無限領域へ突き抜ける。
それを踏まえて・・冷静に、ひいき目なしに、
見積もるならば・・中量級演技者であろう。
背格好は同じぐらいだが・・好敵手の方は紛うことなきヘビー級。
現時点で/実現はありえないが\共演してはいかんヤツだ。
バッサリ切られてしまいそう!
そんな危惧を抱かせる。
触らぬなんとかに祟りなし。
魂を抜かれたような表情の親方を、
「私も、まったく同じ、心持ちです」とばかり
深い共感を持ってお見送りした七尾は、
急いでタクシーを飛ばし撮影スタジオに戻った。
タレント控室である、
キャンピングカーのドアを、
「七尾、戻りました」とノック。
ー 応答なし ー
繰り返し叩き続けると、
汐はニャムニャム声でリターン。
これは集中していたか、午睡もどりの返答である。
ドアをオープンスライドさせた。
クッションを枕にして長椅子に寝そべっていた汐は、
Wクリップ止めの<或る未解決事件>に関する詳細書類から、
磁力を切るよう目を離すと、
小さな顔に好奇心を煌めかせて。
「おかえり。
親方は楽しんでくれた模様?
ねぇ、どんな外見の人だった?」
「ええ。
とっても感銘を受けていました。
姿勢よし、スタイルよし、枯れてない方ですね」
スカイ劇場内にて、
汐が贈呈した舞台見舞い花の前で撮った、
含羞にじむ親方の画像を、
マネージャーとタレントは、
スマホ同士でAir Dropさせた。
「スーヴェニアもちゃんと渡しておきましたよ。
・・くれぐれもお嬢に宜しくとのコトでした」
「それで、
<肝心要>
ゆず季の初舞台は どうだった?」
「う ━ ん、ぶっちゃけ、まあまあの出来でしたネ。
汐さんの閃き芝居とは異質な、
作り込んだ・・重っ苦しい感じの・・弾まない・・
もう一回見に行けと言われても断る類かな、はい。
親方さんも退屈はしなかったみたいで、
まあメデタシでしょう ハハハ」
※舞台の・・
下手は、客席から向かって左側。
上手は、右側でありますゾ!
※角打ちとは・・
酒屋で購入した酒を、
その場(店内カウンターや店先)で立ち飲みするシステム。
古くから営業している個人経営の店に見られる、
コンビニ前でたむろする感覚に、
風情を加えた、昭和寄りの文化である。
てっとり早く安く酔っぱらえる利点を持つ。




