意見交換
監督秘書の光速アレンジにより・・
売れっ子脚本家氏と南禅寺監督は、
酒を酌み交わすという、
古来から伝わるコミュ二ケーション方法を用い、
腹を割り、
忌憚なき意見を戦わせるため、
某居酒屋の個室でPなどの他者をまじえず、
二人きりで顔合わせをした。
バリアを固く張り、
儀礼的に、渋々と、
サイン入りの誓約書を
ライターに手渡したマロ南禅寺は、
「今後、なるべく脚本に沿った
演出を心掛けるから、
変わらず協力して欲しい。
きみの力量を私は欲しているのだ」
やや上から目線で、
年長者を〈きみ〉呼ばわりして詫びもどきを入れた。
ビールで乾杯すると、
マロは身を乗り出すようにして、
「ひとつ、われわれで力を合わせ、
CG特撮番組と、
その映画化に革命を起こそうじゃないか。
きみも同意見だろうが、
『凸レンジャー/THE MOVIE』は、
オールスター(敵 味方)揃い踏みといった、
いかにもな、
ワチャワチャした中身の薄い、
特番もどきに堕とすコトだけは〈絶対に〉避けたいのだ。
必然ベースを敷き、有機的な展開に持っていきたい。
近頃とくと痛感するのは、
CG技術の飛躍的な発展と引き替えに、
ポリコレハリウッド、日本映画、諸外国の
脚本・脚色スキルは弱体化してしまった、
凋落といっても過言ではない。
映像派を自負する私が言うのも変な話だが・・
|数パーセントの例外をのぞき|
優れた物語(=脚本)なくして、
本当に優れた作品は生まれないと断言したい。
映画とは ━
イベントの側面は否定しないが
━ 作品であるべきなのだ!」
お説ごもっとも、
同じベースラインを持つライターに異論はなかった。
そもそも引く手数多の彼が、
なぜ『チャンバラ戦団/凸レンジャー』に参加したのか?
もちろん高額ギャラの鼻薬には抗いがたい。
それとは別ライン、制作会議において、
《スーパー戦団モノに笹森 汐を起用する》
ユニークな企画プレゼンを聖林プロ左近係長から聴き、
コレは賭けてみる価値有りと直観を得た☆
ただし、
決定打となったのは、
会議のとき、参考上映された
二十分程度の小品に可能性を覚えた由。
メイン監督に抜擢された、
26歳の南禅寺助麿という業界無名人が、
大学時代に撮った卒業制作だった。
短編映画は・・
不条理劇の体裁を持ち、
客気 壮ん、
<己の映像をぶちまけてやる!>
そんな意欲、生命力に溢れていた。
┃若き日のポランスキーを想起させる
シャープな画面感覚とカッティングセンス。
ハッ!とさせる鏡の使い方なんかは映画小僧そのもの。
S・キューブリックの初期作を丸パクリした(であろう)
移動撮影は、本家に迫るマジックタッチ。
シュールな展開を次々繰り出してくる手並みも素人離れしていた。
反面・・セリフはこなれておらず、演技指導の腹筋も弱く、
ストーリーは川の流れを形成できていない。
意外だったのは、平凡ルックスの素人女優から、
濡れ♡を引き出してみせた手腕・・終値は四円高┃
「悪くないぞ、
ポテンシャルを感じる!」
・・賭けてみる気になったのだ。
ライターは、
間接的にではあるけれど、南禅寺と接してみた結果、
監督の現場処理能力には疑問符を付けざるをえなかった。
この際だから、その点も、
アルコールの力を借り、言葉を濁さずに指摘した。
①笹森 汐問題をどう解決するつもりか?
②彼女と和解できる余地はあるのか?
③Nや説明ゼリフを凸イエロー以外の誰に担わせるのか?
④伏線部分のセリフは改変するべからずと積言。
⑤この先、山頂目指し、現場を指揮統括していけるのか?
南禅寺は最後の設問二つには肯定的な答えを明確に返した。
③についてはモモを鍛えて代替する腹案を示し、
そのため、セリフ量を半分以下に減らして貰いたいと願い出た。
他の問いに関しては曖昧なレトリックで煙に巻いた。
バーボンを勢いよく飲み、
グラスを置いた脚本家は、今後の対策および解決案を進言する。
「プロデューサーはすでに了承ずみです、
なぜなら ほかに手立ては ないから。
現時点で撮影は第三話まで完了、
脚本は五話まで上がっている。
以降(第4話から)笹森の積極的な協力を望めない以上、
各話完結の数珠つなぎ構成は困難ゆえ、
第六話から連続ドラマ形式へ リニューアル させます。
新手を盛ったシチュエーションを週ごとに提供しなくていい分、
情報量は削減され、必然、説明ゼリフも縮小される。
『凸レン』は特待あつかいで、
予算に余裕があるとはいえ、
週ローテで印象的な敵キャラを生み出し続けるのは、
こちらとしても骨が折れるし、
美術・造形部に加えて、
監督が直接指揮するCGチーム〈紅組〉の負担も大きい。
残り五話を連続展開させるのは、いわば、苦肉の策です。
一見さんをオミットしてしまう危険な賭けだ!
あらためて言うまでもなく・・
本来あるべき姿は、
単発話を積み重ねていくうちに、
送り手と視聴者間で未知の⌇グルーヴ⌇うねり⌇が発生、
加速度がついてきて、
異常な熱気に押される形で連続ドラマへの移行を果たし、
ついには巨大な渦巻状へとメタモルフォーゼ、
怒涛の最終回(凸レンの場合は映画化)を迎える形が理想だ。
例を引けば『スケバン刑事Ⅱ(’85~’86)』ですな。
連続モノへ徐々に疾走していき、
見る者を面白さの嵐に引きずり込んで、
(物語腹筋を一部弛ませながら)
西洋式 鎧 甲冑姿の難敵まで投入し、
宝探しのクライマックスへと駆け抜けていく。
連ドラの醍醐味ココに有りみたいな、
とてつもない感動をTV版はもたらした」
ブランデーをグイ飲みした南禅寺は、
お代わりをオーダーした。
「言わんとする内容はよくわかる
が・・連続話に持っていくとなると、
そうとう強力 もしくは 魅力あるヴィランを必要とする、
極論すれば〈ダースベイダー〉とか〈ジョーカー〉みたいな。
高いハードルをクリアできるのかね?」
意味深表情を返したライターは、
スマホを操作して㊙画面を呼び出し提示する。
「かくかくしかじか・ホニャララ・云々。
以上のようなコンセプトで、
連続ドラマに相応しいステイタスを備えた、
強敵キャラ=ヴィランを考案してみました。
オリジナリティー搭載のアッと言わせるやつをね!」
サティスファクション・フェイスで句点を打つ。
ライターとっておき、
リーサルウェポンを聞かされた南禅寺は、
吃驚した。
「その手があったか!?」
声を絞り出し、
何度もうなずいた。
「う ━ む、
こいつはエクセレントだ!」
マロ氏のバリアに裂け目が生じた。
そこを狙い定め、
「監督ねぇ、
こんな機会は今後ないだろうから、
ハッキリ言わせてもらう。
超自信家である
あなたの欠落点はね ー
実績がないコトに起因する、
ー 自信だと思う!」
ライターのチェックメイトに、
南禅寺は二の句が継げなかった。
● 図星かもしれない●
「上から(口調)になるが・・
バツグンの映像感覚を持つ南禅寺さんには、
持てる剛腕を披露しつつ、
現場ノリにも心砕いて欲しい!
ストーリーは私が責任をもって、
(融通の幅をきかせ)構築してみせる。
核心事項は・・
凸レンのディレクターである、あなたが、
一貫した精神を持ち、
キャスト・脚本・演出・音楽の各セクターを
ザル漏れさせないでまとめ上げ、
全部門の総和を成し遂げる事なのだ。
そうすれば、おのずと、
超えた作品は産まれ出る。
━ こいつは歴史が証明している。
左近さんのコーディネートで不足のないメンツが揃った。
監督は、
めぐまれた立場を自覚して欲しいのだ。
そして、
妥協しない範囲で、エゴを抑えて臨んで欲しい」
南禅寺は相手の直球をしっかりキャッチ。
二歳年長の脚本家を真っすぐ見据えると、
対世間の仮面を捨て、
年相応の若者顔になって胸襟を開いた。
心地よくグラスを重ね、
自身の経歴や生い立ちにいたるまで話したあと、
実は・・と切り出した。
「私自身も
<のるか、そるか> の
アイディアを持っていたのだ。
過去形なのは、笹森汐ありきの話だからさ。
その内容というのは・・」
監督発<のる、そる>アイディアに、
売れっ子ライターはバーボンを気管に入れ、
ひどく咽せてしまった。
「ゲホ ゲホッ、
そんなことが出来るんですか、
いまのCG技術で?」
「いや、CGだけではムリだ。
汐坊の持つ
レべチな演技スキルと霊性を必要とする。
彼女は私の顔を見るのもNGだろうから、
机上の空論でジ・エンドだな」
「もし、それが、
本当に実現可能なら、
惜しいですなァ。
かなりの話題になるだろうから・・」
脚本家は、
意表を突かれた表情に、
感銘と疑義をオーバーラップさせた。




