緞帳上がる
令和7年9月××日。
祝日の昼下がり・・
こざっぱりした身なりの親方はリュックを背負い、
自腹で、日比谷線に乗っていた。
━〇━
昨晩は酒も飲まず、普段より早く寝床に就いた。
深更も深更に、もそもそ起き出して、
単一電池式ランプを灯し、
オレンジ色の光の中で、
ゴミ収集員風の作業服を迷彩着用すると・・
めったにない前倒し奇策 ー
ー〈真夜中からのしのぎ〉を決行した。
秋祭り翌日という、
そうそうない良好日のため
短時間で目標値の倍以上を収集。
アルミ缶は<1kg=幾ら>の秤量取引(数量に非ず)ゆえ※
しのぎの秘訣は面倒くさがらず、
小忠実に、
収集缶を〈親方の場合は業務用頑丈安全靴で〉1センチ未満に潰し、
運搬にはべたつき防止策として、
汁漏れしない特厚ビニール袋スーパーサイズを使用、
計量かせぎの兵法、
ギチギチ詰め収納はMUSTであった。
┃ひとり親方は一日にして成らず!┃
獲物袋を両ハンドルと前かご・後部荷台に過積載し、
残暑ピーカンの中、大量節を鼻遊み♪汗を噴き掻き、
脚力全開、自転車漕いで(上り坂辛し)、ぶじ帰着。
・・前だおし労働を大過なく終了させた親方。
アルミ缶の詰まった大袋×4を
(翌日 引き取り業者へ売るため)
或る場所に秘匿すると、
自宅テントに戻り、酸っぱい衣類をすばやく着替え、
自販機で買ったキュートレモン(500ml)をゴブゴブ飲み干し、
日祭のみ昼営業の銭湯♨めがけ、一目散にチャリを走らせた。
洗濯物をコインランドリーに投げ入れて課金、
脱衣場を三十秒でスリ抜け、
かけ湯をすませ、露天風呂へなだれこんだ。
昼間の明るい空を見上げ、じっくり湯に浸かり、
疲労と凝りがジワジワ溶け出していくような極楽を噛みしめる、
肉体労働者の醍醐味と言えるだろう。
デスクワーク者じゃあ、この快楽は味わえまいて、と北叟笑む。
物心ついたころからガテン系どっぷり だった親方は、
腹が出る不格好とは無縁の老年だ。
生来、身体を動かさないとダメな人ではあった。
体質にもよるが、
一定量以上のキツめ運動をこなしていれば、
燃焼作用を畏れる内臓脂肪は寄り付かないもの。
ここ数年・・
寄る年波には勝てず、
また 一匹狼タイプで世渡り下手なため、
|ボスなし 部下不要|
一石二鳥の、
空き缶収集に転業したというワケ。
━〇━
ずいぶんと、ご無沙汰の日比谷駅で降り、目的地まで歩く。
街並みの様変わりに、
タイムスリップしたよーな気分であった。
ショップのウインドウ、
その向こう側に並べられたブランド品を見やると、
(スーパーの割引き総菜&弁当ねらいの民や、
百均ショッパーなんかとは一線を画した)
確実に上級世界が存在すると実感させられる。
なにより驚いたのは、
太陽光線の下で見た、
透明なショーウインドウに映し出された自分自身の、
玉手箱開封後みたいな風貌である!
気分は四十代のオレも、ずいぶん歳をとったもんだ。
モダーンな《スカイ劇場》の前に立つ。
十年ぶり、いやそれ以上ぶり、久々の観劇である。
全席指定の前売りチケットはソールドアウト/完売らしく、
当日券(補助席)めあての人が結構な列を作っていた。
一昨晩、うとうと流し聴きしていた『哉カナ』冒頭で、
たしか・・お嬢は・・当日券の告知をしていたっけ。
並び客は、老若 女男にバラけており、
主演女優が持つ訴求力なのか?
演劇の内容によるものなのか?
幅広い層に浸透している模様。
さもありなん!とくに意外ではない。
親方は、
いささか場違いな劇場空間へ、
古びたスニーカー履きの足を踏み入れた。
絨毯のリッチな感触がゴム底から伝わってくる。
ロビーに視線を向けると、
アニメ雑誌、零細企業連合、
ラジオ局『哉カナ』チーム、聖林プロからの
舞台見舞い花が陳列されていた。
DJアイドルから個人贈呈された花束は、ひときわ豪華で目を惹いた。
<おめでとう!>
<イエローレンジャー/笹森汐より>
パブリシティ入り木札が差し込まれている。
(贈)汐花束の前で、
鈴生りの先客たちはスマホ片手に、
いろんな角度から写真撮影をしていた。
受付に進み、
関係者専用チケットを、
イエローの封筒から抜きだし提示した。
━ その刹那、係員からストップがかかった!
━ 別室につれていかれ、詰問されるイヤな予感が走る。
以前、スーパーで万引き犯に間違えられ、
長い押し問答の末、
ようやく解放された苦い記憶が、闇光りした。
受付からやや離れた待合椅子に、
待機させられている親方。
そのすぐそばでは、
男性係員が無言で張り付き、立っていた。
少しすると、
蝶ネクタイ姿の紳士と脹よかな女性が急ぎ足でやって来て、
親方の目の前に立ち止まると、深々頭を下げた。
係員も態度を一転、保身のため、こうべを垂れた。
「ようこそ。
当スカイ劇場へお越し下さいまして、
まことに、有難うございます」
劇場支配人は名刺を差し出した。
━ 状況をのみこめない親方は目が点状態 ━
笑顔を浮かべた連れの女性がバトンを繋ぐ、
「笹森 汐のマネージャーを務めております
七尾と申します。
いつもラジオ番組に素敵なお便りを感謝、感謝です。
DJは、親方さんの手紙を拾うように読んでは、
思いを馳せているんですよ。
本人も、初日幕明けには、
ぜひ駆け付けたいと申しておりましたけれど、
あいにく新番組の撮影と重なってしまい、泣く泣く。
本日は、笹森に成り代わりアテンドいたしますので、
宜しくお願い致します」
名刺を差し出して、もう一度頭を下げ、一旦ピリオド。
へぇー、この人がお嬢のマネージャーなのか。
卒のない対応はさすがである、
本人の資質と芸能事務所による教育の賜物であろう。
ちゃんと学校を出て、就職した、まっとうな人生が透けて見えた。
インサイダーな人間を前にすると、
なんとなく引け目を感じてしまう親方であった。
体形を裏切るような、
軽やかな動きをみせる七尾マネの先導で、
純白カバー掛けの関係者席に案内された親方。
椅子の上には薔薇模様をあしらった手提げ袋が置かれ、
中にはプログラムやキャストの直筆サイン入り生写真、
特典品などが入っていた。
席は、中央前方・・
舞台全体を一望できる、
観劇には打ってつけのポジションであった。
スカイ劇場は広すぎず狭すぎず、
キャパ500名ほどの演劇に適した箱であり、
音響効果抜群との評判を取っていた。
マネージャーは
興味を逸らさない会話術でもって、
時間を上手につないでいく。
・・千載一遇の機会・・
親方は、お嬢の横顔を聞き出そうと、
質問を考えてみたけれど、いざとなると何も出てこなかった。
そうこうしているうちに、
ブザーが鳴った♪
一気に落とされる劇場内照明。
ザワつく客席 ━
〈真っ暗闇と化した場内 〉
━ 静寂へ移行。
『ハリウッド大通り』
初日の緞帳が上がった。
※買い取りはアルミ缶のみ、
スチール缶は取引き対象外なのデス。
・・豆知識でした。




