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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
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緞帳上がる

令和7年9月××日。


祝日の昼()がり・・

こざっぱりした身なりの親方おやかたはリュックを背負い、

自腹じばらで、日比谷線に乗っていた。


━〇━

昨晩は酒も飲まず、普段ふだんより早く寝床にいた。

深更しんこうも深更に、もそもそ起き出して、

たんいち電池式ランプをともし、

オレンジ色の光の中で、

ゴミ収集員風の作業服を迷彩めいさい着用すると・・

めったにない前(だお)奇策(きさく)

ー〈真夜中からのしのぎ(・・・)〉を決行した。


秋祭り翌日という、

そうそうない良好日のため

短時間で目標値の倍以上を収集。

 アルミ缶は<1kg=いくら>のひょう量取引(数量にあらず)ゆえ※

 しのぎの秘訣ひけつは面倒くさがらず、

 忠実まめに、

 収集缶を〈親方の場合は業務用頑丈(がんじょう)安全靴で〉1センチ未満につぶし、

 運搬うんぱんにはべた(・・)つき防止策として、

 しるれしない特厚ビニール袋スーパーサイズを使用、

 計量かせぎの兵法ひょうほう

 ギチギチ収納しゅうのうはMUSTであった。


┃ひとり親方は一日にして成らず!┃


獲物えもの袋を両ハンドルと前かご・後部荷台に()積載し、

残暑ピーカンの中、大量(ぶし)を鼻(ずさ)み♪汗をき、

脚力全開、自転車いで(上り坂(つら)し)、ぶじ帰着。

・・前だおし労働を大過たいかなく終了させた親方。


アルミ缶の詰まった大袋×4を

(翌日 引き取り業者へ売るため)

る場所に秘匿ひとくすると、

自宅テントに戻り、っぱい衣類をすばやく着替え、

自販機で買ったキュートレモン(500ml)をゴブゴブ飲み干し、

日祭のみ昼営業の銭湯♨めがけ、一目散にチャリを走らせた。

洗濯物をコインランドリーに投げ入れて課金、

脱衣場を三十秒でスリ抜け、

かけ湯をすませ、露天風呂へなだれこんだ。

昼間の明るい空を見上げ、じっくり湯にかり、

疲労とりがジワジワけ出していくような極楽を噛みしめる、

肉体労働(しゃ)醍醐味だいごみと言えるだろう。

デスクワーク(もの)じゃあ、この快楽は味わえまいて、と北叟ほくそ笑む。

物心ものごころついたころからガテン系どっぷり だった親方は、

腹が出る不格好ぶかっこうとは無縁むえんの老年だ。

生来せいらい、身体を動かさないとダメな人ではあった。

 体質にもよるが、

 一定量以上のキツめ運動をこなしていれば、

 燃焼作用をおそれる内臓脂肪は寄り付かないもの。

ここ数年・・

寄る年波としなみには勝てず、

また 一匹狼タイプで世渡よわた下手べたなため、

|ボスなし 部下不要|

一石いっせき二鳥にちょうの、

空き缶収集に転業(デューダ)したというワケ。

━〇━


ずいぶんと、ご無沙汰ぶさたの日比谷駅で降り、目的地まで歩く。

街並みの様変わりに、

タイムスリップしたよーな気分であった。

ショップのウインドウ、

その向こう側に並べられたブランド品を見やると、

(スーパーの割引き総菜(そうざい)&弁当ねらいのたみや、

 百均ショッパーなんかとは一線をかくした)

確実に上級世界が存在すると実感させられる。

なにより驚いたのは、

太陽光線のもとで見た、

透明なショーウインドウに映し出された自分自身の、

玉手箱開封後みたいな風貌ふうぼうである!

気分は四十代のオレも、ずいぶんとしをとったもんだ。


モダーンな《スカイ劇場》の前に立つ。

十年ぶり、いやそれ以上ぶり、久々(ひさびさ)の観劇である。

全席指定の前売りチケットはソールドアウト/完売らしく、

当日券(補助席)めあての人が結構な列を作っていた。

一昨晩、うとうと流し聴きしていた『かなカナ』冒頭ぼうとうで、

たしか・・お嬢は・・当日券の告知をしていたっけ。

並び客は、老若ろうにゃく 女男にょなんにバラけており、

主演女優が持つ訴求そきゅう力なのか?

演劇の内容によるものなのか?

幅広いそう浸透しんとうしている模様もよう

さもありなん!とくに意外ではない。


親方は、

いささか場違いな劇場空間へ、

古びたスニーカーきの足を踏み入れた。

絨毯じゅうたんのリッチな感触がゴム底から伝わってくる。


ロビーに視線を向けると、

アニメ雑誌、零細企業連合、

ラジオ局『哉カナ』チーム、聖林ひいらぎプロからの

舞台見舞い花が陳列ちんれつされていた。

DJアイドルから個人贈呈された花束は、ひときわ豪華で目をいた。

 <おめでとう!>

 <イエローレンジャー/笹森汐より>

パブリシティ入り木札が差し込まれている。

(贈)汐花束の前で、

()りの先客たちはスマホ片手に、

いろんな角度から写真撮影をしていた。


受付に進み、

関係者専用チケットを、

イエローの封筒から抜きだし提示した。

━ その刹那せつな、係員からストップがかかった!

━ 別室につれていかれ、詰問きつもんされるイヤな予感が走る。

以前、スーパーで万引き犯に間違えられ、

長い押し問答の末、

ようやく解放された苦い記憶が、闇びかりした。


受付からやや離れた待合椅子に、

待機たいきさせられている親方。

そのすぐそばでは、

男性係員が無言で張り付き、立っていた。


少しすると、

蝶ネクタイ姿の紳士とふくよかな女性が急ぎ足でやって来て、

親方の目の前に立ち止まると、深々頭を下げた。

係員も態度を一転、保身ほしんのため、こうべをれた。


「ようこそ。

当スカイ劇場へお越し下さいまして、

まことに、有難ありがとうございます」

劇場支配人は名刺めいしを差し出した。

━ 状況をのみこめない親方は目が()状態 ━

笑顔を浮かべたれの女性がバトンをつなぐ、

笹森ささもり しおりのマネージャーをつとめております

 七尾ななおと申します。

 いつもラジオ番組に素敵なお便りを感謝、感謝です。

 DJは、親方さんの手紙をひろうように読んでは、

 思いをせているんですよ。

 本人も、初日幕明けには、

 ぜひ駆け付けたいと申しておりましたけれど、

 あいにく新番組の撮影と重なってしまい、泣く泣く。

 本日は、笹森にわりアテンドいたしますので、

 よろしくお願い致します」

名刺を差し出して、もう一度頭を下げ、一旦いったんピリオド。


へぇー、この人がお嬢(・・)のマネージャーなのか。

そつのない対応はさすがである、

本人の資質と芸能事務所による教育の賜物たまものであろう。

ちゃんと学校を出て、就職した、まっとうな人生がけて見えた。

インサイダーな人間を前にすると、

なんとなく引け目を感じてしまう親方であった。


体形を裏切るような、

かろやかな動きをみせる七尾マネの先導せんどうで、

純白カバーけの関係者席に案内された親方。

 椅子の上には薔薇ばら模様をあしらった手提げ袋が置かれ、

 中にはプログラムやキャストの直筆サイン入り生写真、

 特典品などが入っていた。

席は、中央前方・・

舞台全体を一望いちぼうできる、

観劇にはってつけのポジションであった。


スカイ劇場は広すぎずせますぎず、

キャパ500名ほどの演劇に適した箱であり、

音響効果抜群バツグンとの評判を取っていた。


マネージャーは

興味をらさない会話術でもって、

時間を上手じょうずにつないでいく。

・・千載せんざい一遇いちぐうの機会・・

親方は、お嬢の横顔を聞き出そうと、

質問を考えてみたけれど、いざとなると何も出てこなかった。


そうこうしているうちに、

ブザーが鳴った♪

一気いっきに落とされる劇場内照明。


ザワつく客席 ━

〈真っ暗闇と化した場内 〉

静寂せいじゃくへ移行。


『ハリウッド大通り』

初日の緞帳どんちょうが上がった。






※買い取りはアルミ缶のみ、

スチール缶は取引き対象外なのデス。

・・豆知識でした。

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