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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
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プロジェクション|投射

準備万端(ばんたん)・・

二つ折り台車のハンドルを起こしたコンビニくんは、

不気味ぶきみ色リキッド入り容器を荷台中央部へ丁寧ていねいに置いた。

ここから先は、せまい部屋の電灯をOFFにして、

スタジオへ向かうばかりなり。


そのとき・・

小部屋の向こう側から、性急なノックが繰り返された。

・・ドアを開ける。


来客は、

負荷ふか疲労顔のディレクター補佐ほさであった。

彼は挨拶あいさつ端折はしょり、前のめり気味に、

南禅寺なんぜんじさんがお呼びだ。

 至急(しきゅう)監督室へ行ってくれ!」

伝令でんれいげるや、

「こいつはオレが引き受けるから!」と、

台車のハンドルをひったくるようにして、

スタジオ方向へ特急便で去っていった。


━〇━

監督室にて・・

ひとりアームチェアに腰かけ、

デスクに両ヒジをつき、

からませた手に、

発達した前頭部ぜんとうぶあずけ、瞑目めいもくしている南禅寺。

彼の脳内スクリーンには、

ある幻視げんしが、

むことなくリピートされ続けている。

・・それは女優の演技プランの組み立てが、

かたまったさいに顕現けんげんした。


笹森ささもり しおり内界ないかいから、

 一閃いっせんされたブルージェット。

 青尖光の、

 垂直すいちょく抜けする軌跡きせき

 そのシグナル、

 フェムト秒イメージを、

 大脳基底核だいのうきていかくでキャッチした南禅寺。 


・・かかる、スピリチュアル現象は、

いったい(なに)を意味するのか?

せり上がってくる強迫きょう観念かんねんは、

彼に圧力あつりょくをかけ、解答をせまってくる。

彼の第六感は、

明確な答えをすでに見出みいだしていた。

しかし・・

素直にはみとめられない。

どうしても、

拒絶きょぜつエリア

自我じがから)

み出すことはできなかった。

━〇━


南禅寺の思索しさくさまたげるように ━ ノックの音。

彼は顔を上げ、応じる ━ 「入りたまえ」


おそるおそる顔を出し、

室内をのぞき込む、

ロン毛を後ろゴム止めした、コンビニくん。


南禅寺は来客へ顔を向ける。

「いやあ、多忙たぼうな さなか、

呼び出してすまんね。

じつは、きみに頼みがある」


室内に入り、

腰かけた南禅寺の正面近くまで移動し、起立きりつ姿勢。

「なんでしょうか、監督さん」


「うむ。

ステディカム撮影する、

直近ちょっきんテイクのリハ・モデルになってもらいたい?

人形では どうも感じが、つかめないのだ。

笹森汐ときたら、

すでにかかって(・・・・)いる状態で、

ワンテイクOKを間違いなくねらいに来ている。

彼女は体技たいぎに課題をかかえているものの、

アクトに入ると、

ときおり、野生やせいネコのように、すばしっこい動きを見せる。

カメラで追えないほどだ、驚かされたよ。

ビックリ箱みたいに予測がつかん!

本番では、女優の挑戦を受けて立ちたい。

彼女のひらめ芝居しばいを技術NGナシ、

確実に、ワンテイクでおさめたいのだ。

そこで(とつ)イエローと同い年、

せ型で背格好せかっこうも、さほど変わらない、

敏捷びんしょうなキミに白羽しらはを立てた。

モルグの吐き出す液体を┃顔面がんめんいっぱい┃にびて、

オーバーアクトすれすれな、パフォーマンスを繰り出す。

演技力は不要。

ただ本能ほんのうでリアクトしてくれればよろしい。

照明の数が倍量以上あるので・・かなり暑い・・

そこはプロ意識でこらえてくれたまえ。

やってくれますよネ」

立ち上がる南禅寺。


コンビニくんの顔色は、

みるみる蒼白そうはくとなった。

全身に大量の汗が吹き出る。

「・・ ・・」


うしを組んだ南禅寺は眼光がんこう鋭く、

見下みおろすポーズで、彼にせまった。

「なあに、火薬さくれつのスタントに比べたら、

たいしたことはありません。

むろんギャラも出ます。やれますよね。

NOというワードは聞きたくありません!」


を見開いたコンビニくんは、

幼少期からつちかってきたピンチのがれのじゅつを使う。

半透明へ擬態(ぎたい)し、たましいを自閉穴熊(あなぐま)に押し込めた。

コミュニケーション回路かいろ断裁だんさい、マネキン人形とす。

まばたき(・・・・)もせず、開眼したまま、微動びどうだにしない。


南禅寺は、

静かに、ジョーカーを切った。

「オークションでた五万円は、

 なんに使いました?」


コンビニくんのじゅつは、簡単に破られた。

たましい穴熊あなぐまからキャン!と抜け出し、

もとのサヤにおさまった。

擬態ぎたいマネキンは鼓動こどうを再開。

人格をとり戻すと、速いまばたき(・・・・)を連発した。


南禅寺は続ける・・

「ネットオークションのスマホ画像を見ました。

バード・アイ(鳥瞰)気味のアングルで撮られていた。

あんな角度・場所に、

ヒトが待機たいきして撮影はできえない。

マイクロカメラをセットして、

Bluetooth(ブルートゥース)電波を利用、

(無意識の共犯者である)

スタッフ連中のスマホをリレーさせて、

自身の端末たんまつでゴール受信|撮影。

考えましたね。

女優の髪の毛は、本番直後に、

(素早く)いつもの要領で、

ほうきちり取りを使い、

掃除そうじをしながら、コレクトした。

違いますか?」


水槽すいそうの金魚みたいに口をパクパク、

サイレント (無声)状態のコンビニくん。


電光石化でんこうせきか

右手のこうを振り上げた南禅寺は、

彼のほほを打ちぬいた。

はじけ飛ぶヘアゴム、

 さらされるざんばら(・・・・)髪)

一回転して、

尻もちをついたコンビニくん。


「きみの苦心作、

モルグのしゃするニガい液体は、

補佐ほさに命じて、残らずトイレに流させました。

あのまま本番を敢行かんこうしていたら、

女優は被害を受け、刑事事件に発展しかねかった。

撮影中止になる可能性すらはらんでいた。

浅薄せんぱくにもほどがある!」

南禅寺は言葉をつぐ。

「以前から、

きみのことは、マークしていました。

かしこさがあだになりそうなあやうさを感じた・・

秘密裡ひみつりに、

つてを頼り、

腕っこきの私立探偵に依頼し、

きみの行状ぎょうじょうおよび過去を、

徹底的にあらった。

同情すべき人生ですね。

しかし、それが、

盗撮や傷害(未遂)を犯して良い理由にはならない。

立派な犯罪です。看過かんかできん。

唯一ゆいいつの救いは《盗撮初犯》だったこと・・

五万円はビギナーズラックでしたね」


コンビニくんは立ち上がり、

(乱れた髪はそのままで)

(ほほ)を押さえたまま、うつむいていた。

万引きやスリで補導歴のある彼は、

少年院送りはまぬがれない。

・・覚悟を決めた。


「盗撮事件は、

私がみ消しておきました。

聖林プロも本腰ほんごしで調査にのぞんでいたので、

苦心しましたけどね。

ニガい液体の傷害未遂は、

証拠しょうこ隠滅いんめつでジ・エンド!

きみは無罪放免だ。

この措置そちの意味を理解できますか?」


コンビニくんは、

にわかには信じられない様子ようすで、

否定の首を振り、

南禅寺を凝視ぎょうしした。


「なぜなら、

きみは昔の私だからだ!

児童養護施設じどうようごしせつ出身の私は、

才気さいきあふれたナイフのような少年でした。

他人より頭の回る、

要領の良い、器用な、先回りのできる、

きみとどうタイプだった。

しかし・・あるとき気づいた・・

才気は枝葉えだはに過ぎないと。

うっかり使うと他人を傷つけてしまう両刃もろはだと。

以来、しっかりしたみきを作り上げようと、

寸暇すんかしんで勉強にはげみました。

自分の志向をかなえるべく、芸術系の大学に入り、

目のく人の引きを得て、現在に至るわけです。

きみも、しかとみきをはぐくみ、

そこに才気の枝葉を広げてほしい。

そういうわけデス。

きみをリリースします。お元気で、ごきげんよう」

言ったあと、南禅寺は、

【聖林プロ臨時スタッフ契約解除自己申告書】を渡し、

「郵送でOKですから」と付言ふげん

くるりと背を向けた。



翌日。

いつも通り、早朝、スタジオ入りした南禅寺は、

「おや?」と思った。

自分より早く来ている、スタッフ?がいる。

スタジオ内は心地よく清掃せいそうされていた。

ディレクターズ・チェアも同じくだ。


スタジオのすみに、

キャップをかぶり、

モップを持ったせっポチの人物を見つけた。

彼は振り向くと、キャップを取り、深々と頭を下げた。

それは・・

頭を 丸コメじるしり上げたコンビニくんであった。


南禅寺は深くうなずき、挨拶あいさつを返した。

胸になにか、面倒めんどうくさいものが、こみあげてくるのを、

おさえるのに苦労した。


そう・・

彼に渡した【書類】は解雇かいこ通知ではなく、

自己申告書であり、

仕事を続けるか、退職するかは、

あくまで本人判断にゆだねる・・といった意味合いだ。


南禅寺監督は、

コンビニくんの判断を、尊重そんちょうした。




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