プロジェクション|投射
準備万端・・
二つ折り台車のハンドルを起こしたコンビニくんは、
不気味色リキッド入り容器を荷台中央部へ丁寧に置いた。
ここから先は、せまい部屋の電灯をOFFにして、
スタジオへ向かうばかりなり。
そのとき・・
小部屋の向こう側から、性急なノックが繰り返された。
・・ドアを開ける。
来客は、
負荷疲労顔のディレクター補佐であった。
彼は挨拶を端折り、前のめり気味に、
「南禅寺さんがお呼びだ。
至急監督室へ行ってくれ!」
伝令を告げるや、
「こいつはオレが引き受けるから!」と、
台車のハンドルをひったくるようにして、
スタジオ方向へ特急便で去っていった。
━〇━
監督室にて・・
独りアームチェアに腰かけ、
デスクに両ヒジをつき、
絡ませた手に、
発達した前頭部を預け、瞑目している南禅寺。
彼の脳内スクリーンには、
ある幻視が、
止むことなくリピートされ続けている。
・・それは女優の演技プランの組み立てが、
固まったさいに顕現した。
┃笹森 汐の内界から、
一閃されたブルージェット。
青尖光の、
垂直抜けする軌跡┃
そのシグナル、
フェムト秒イメージを、
大脳基底核でキャッチした南禅寺。
・・かかる、スピリチュアル現象は、
いったい何を意味するのか?
せり上がってくる強迫観念は、
彼に圧力をかけ、解答を迫ってくる。
彼の第六感は、
明確な答えをすでに見出していた。
しかし・・
素直には認められない。
どうしても、
拒絶エリア
(自我から)
踏み出すことはできなかった。
━〇━
南禅寺の思索を妨げるように ━ ノックの音。
彼は顔を上げ、応じる ━ 「入りたまえ」
おそるおそる顔を出し、
室内をのぞき込む、
ロン毛を後ろゴム止めした、コンビニくん。
南禅寺は来客へ顔を向ける。
「いやあ、多忙な さなか、
呼び出してすまんね。
じつは、きみに頼みがある」
室内に入り、
腰かけた南禅寺の正面近くまで移動し、起立姿勢。
「なんでしょうか、監督さん」
「うむ。
ステディカム撮影する、
直近テイクのリハ・モデルになってもらいたい?
人形では どうも感じが、つかめないのだ。
笹森汐ときたら、
すでにかかっている状態で、
ワンテイクOKを間違いなく狙いに来ている。
彼女は体技に課題を抱えているものの、
アクトに入ると、
ときおり、野生ネコのように、すばしっこい動きを見せる。
カメラで追えないほどだ、驚かされたよ。
ビックリ箱みたいに予測がつかん!
本番では、女優の挑戦を受けて立ちたい。
彼女の閃き芝居を技術NGナシ、
確実に、ワンテイクで収めたいのだ。
そこで凸イエローと同い年、
瘦せ型で背格好も、さほど変わらない、
敏捷なキミに白羽の矢を立てた。
モルグの吐き出す液体を┃顔面いっぱい┃に浴びて、
オーバーアクトすれすれな、パフォーマンスを繰り出す。
演技力は不要。
ただ本能でリアクトしてくれれば宜しい。
照明の数が倍量以上あるので・・かなり暑い・・
そこはプロ意識で堪えてくれたまえ。
やってくれますよネ」
立ち上がる南禅寺。
コンビニくんの顔色は、
みるみる蒼白となった。
全身に大量の汗が吹き出る。
「・・ ・・」
後ろ手を組んだ南禅寺は眼光鋭く、
見下ろすポーズで、彼に迫った。
「なあに、火薬さく裂のスタントに比べたら、
大したことはありません。
むろんギャラも出ます。やれますよね。
NOというワードは聞きたくありません!」
眼を見開いたコンビニくんは、
幼少期から培ってきたピンチ逃れの術を使う。
半透明へ擬態し、魂を自閉穴熊に押し込めた。
コミュニケーション回路を断裁、マネキン人形と化す。
まばたきもせず、開眼したまま、微動だにしない。
南禅寺は、
静かに、ジョーカーを切った。
「オークションで得た五万円は、
なんに使いました?」
コンビニくんの術は、簡単に破られた。
魂は穴熊からキャン!と抜け出し、
元のサヤにおさまった。
擬態マネキンは鼓動を再開。
人格をとり戻すと、速いまばたきを連発した。
南禅寺は続ける・・
「ネットオークションのスマホ画像を見ました。
バード・アイ気味のアングルで撮られていた。
あんな角度・場所に、
ヒトが待機して撮影はできえない。
マイクロカメラをセットして、
Bluetooth電波を利用、
(無意識の共犯者である)
スタッフ連中のスマホをリレーさせて、
自身の端末でゴール受信|撮影。
考えましたね。
女優の髪の毛は、本番直後に、
(素早く)いつもの要領で、
箒と塵取りを使い、
掃除をしながら、コレクトした。
違いますか?」
水槽の金魚みたいに口をパクパク、
サイレント (無声)状態のコンビニくん。
電光石化!
右手の甲を振り上げた南禅寺は、
彼の頬を打ちぬいた。
(弾け飛ぶヘアゴム、
晒されるざんばら髪)
一回転して、
尻もちをついたコンビニくん。
「きみの苦心作、
モルグの吐瀉する苦い液体は、
補佐に命じて、残らずトイレに流させました。
あのまま本番を敢行していたら、
女優は被害を受け、刑事事件に発展しかねかった。
撮影中止になる可能性すら孕んでいた。
浅薄にも程がある!」
南禅寺は言葉をつぐ。
「以前から、
きみのことは、マークしていました。
賢さが仇になりそうな危うさを感じた・・
秘密裡に、
つてを頼り、
腕っこきの私立探偵に依頼し、
きみの行状および過去を、
徹底的に洗った。
同情すべき人生ですね。
しかし、それが、
盗撮や傷害(未遂)を犯して良い理由にはならない。
立派な犯罪です。看過できん。
唯一の救いは《盗撮初犯》だったこと・・
五万円はビギナーズラックでしたね」
コンビニくんは立ち上がり、
(乱れた髪はそのままで)
右頬を押さえたまま、うつむいていた。
万引きやスリで補導歴のある彼は、
少年院送りは免れない。
・・覚悟を決めた。
「盗撮事件は、
私が揉み消しておきました。
聖林プロも本腰で調査に臨んでいたので、
苦心しましたけどね。
ニガい液体の傷害未遂は、
証拠隠滅でジ・エンド!
きみは無罪放免だ。
この措置の意味を理解できますか?」
コンビニくんは、
にわかには信じられない様子で、
否定の首を振り、
南禅寺を凝視した。
「なぜなら、
きみは昔の私だからだ!
児童養護施設出身の私は、
才気に溢れたナイフのような少年でした。
他人より頭の回る、
要領の良い、器用な、先回りのできる、
きみと同タイプだった。
しかし・・あるとき気づいた・・
才気は枝葉に過ぎないと。
うっかり使うと他人を傷つけてしまう両刃だと。
以来、しっかりした幹を作り上げようと、
寸暇を惜しんで勉強に励みました。
自分の志向をかなえるべく、芸術系の大学に入り、
目の利く人の引きを得て、現在に至るわけです。
きみも、しかと幹をはぐくみ、
そこに才気の枝葉を広げてほしい。
そういうわけデス。
きみをリリースします。お元気で、ごきげんよう」
言ったあと、南禅寺は、
【聖林プロ臨時スタッフ契約解除自己申告書】を渡し、
「郵送でOKですから」と付言、
くるりと背を向けた。
翌日。
いつも通り、早朝、スタジオ入りした南禅寺は、
「おや?」と思った。
自分より早く来ている、スタッフ?がいる。
スタジオ内は心地よく清掃されていた。
ディレクターズ・チェアも同じくだ。
スタジオの隅に、
キャップをかぶり、
モップを持った痩せっポチの人物を見つけた。
彼は振り向くと、キャップを取り、深々と頭を下げた。
それは・・
頭を 丸コメ印 に剃り上げたコンビニくんであった。
南禅寺は深くうなずき、挨拶を返した。
胸になにか、面倒くさいものが、こみあげてくるのを、
抑えるのに苦労した。
そう・・
彼に渡した【書類】は解雇通知ではなく、
自己申告書であり、
仕事を続けるか、退職するかは、
あくまで本人判断に委ねる・・といった意味合いだ。
南禅寺監督は、
コンビニくんの判断を、尊重した。




