ディレクション|全開
イエローレンジャー/笹森 汐への、
空砲ぶっ放しは、単なる序曲に過ぎなかった。
◆レンジャー’Sリーダー/レッドのケース◆
悪の結社ダークマターから、
ビリー・マイヤー少年を救おうと孤軍奮闘。
しかし、判断を過って、
少年に大ケガを負わせてしまう。
その場にうずくまり、
後悔の涙を流す場面で・・19テイク連続NGを出した。
涙を一雫も流すことができない凸レッドの焦燥。
現場に重っ苦しい緊張が走る。
監督は真実の涙を絶対要求したため、
助監督が用意していた目薬や催涙剤の使用は、
却下された。
セッティングを整え、次テイク20へ。
南禅寺は撮影スタートをかける前に、
レッドのそばへ、つかつか歩み寄り、
屈み姿勢をとり、
耳元でこう訊ねた。
「ディレクターである私を信じていますか?」
うずくまったレッドは監督の視線をとらえ、
純な眼差しを向け、うなずいた。
「では演技の準備をしなさい。
さあ、懊悩イメージを喚起させ、
涙腺に意識を集中・・」
催眠モードで囁くと、
監督は抜く手も見せず、
渾身のビンタで、打ち据え、
「Shoot!」と叫び、
素早い身のこなしで、
カメラ画角からサッと離れた。
予期せぬ、
しかも強烈ビンタを(人前で)喰らったレッドは、
痛みと羞恥心と困惑からなる
負のエナジーを(意志と心臓力で)拡散させずに踏みとどまり、
集中方向へ強誘導、
ぶるぶる顔を震わせ、真実の涙を・・流した。
南禅寺はタブレットで撮済み動画を確認。
「よーし、OKだ!
レッド君よ、
いまの涙を再現できるように訓練するコト。
それが俳優というものです。お疲れさん」
◆新兵器開発担当/凸ブルーのケース◆
ダークマターの下部組織MJ イレブンに狙われ、
衝撃波を浴びせられる場面。
D・チェアに腰かけた南禅寺は、
撮影前にブルーを呼びつけた。
「私は自信過剰なタイプである。
しかし、
間違いを認める度量は持ち合わせているつもりだ。
ブルー役に君をキャスティングしたのは、
どうやら失敗だったようだ。
これから撮るシーンで最終決断を下す。
違約金は支払われるから心配無用だよ」
フライ級サイズのブルー役は、
顔をこわばらせ、
冷や汗で背中に大きなシミを作り、
直立不動で聴いていた。
・・故郷の両親や妹、
・・それに学友たちに、
テレビ出演の自慢話をした。
両親は喜び、
中三の妹、大学の友人からは、
ひどく羨ましがられた。
(生まれてこのかた、
どんな喜びとも比較できないくらいの
ハッピー気分を味わった)
学友からは嫉妬まじりに、
「チクショウ、本物の汐坊と会えるのかよ。
うまいことやりやがって、この野郎!」
「お兄ちゃん、
汐坊のサインもらってきてよ。
クラスメートの分も入れて・・10枚以上ネ。
絶対だよ!」と、色紙の束を渡された。
「大学の新聞でお前の特集組むからさ、
ヨロシクたのむよ」と新聞部長。
両親は、JAの職場仲間に、
「息子がテレビに出るのを嬉しそうに吹聴していた」と、
妹からLINEで知らされた。
二度目となる記者会見のあと、
笹森汐と同じテーブルを囲み、
上気しながら食事をしたのは忘れられない。
彼女は気さくに
ツーショット画像を撮らせてくれた。
小さな顔、どんぴしゃのショート・カット、
同じ人間かと・・
目を疑うような溢れんばかりの生気。
そして、思わず聞き惚れてしまう、
(物まねを含んだ)小粋な座談は、
身近に接した者にしか わからないだろう。
他のレンジャー二名も、
顔見知りの間柄ではあったが、
あらためて話してみると、ナイスな男女〈赤と桃〉だった。
有名人を含む、レンジャー’Sと三か月過ごせるのは、
ラッキー以外の何物でもない。
ギャラだって貰える。
その上、映画出演まで約束されていた。
人生の特権をつかみ取った気分だった。
それが・・空中楼閣と化し、
いままさに、崩れ落ちようとしている。
ここは、なんとしても、しがみつかなければならない。
物心ついて以来初といっても過言ではない・・
本物の執着心が沸き立った。
難易度の高いアクション撮影の段取り説明を受ける凸ブルー。
衝撃波をまともに受け、カベに叩きつけられる場面の準備だ。
ワイヤーを仕込んだ、
(クッション付き)ハーネスを着用したブルーは、
アクション担当チーフの指示で、段取りを逐次マスターしていく。
監督の合図に従い、
衝撃波を受けたブルーのワイヤーを、
スタッフ数人がかり、阿吽の呼吸で引っぱる。
ブルーの後方ジャンプと、
ワイヤーを引っぱるタイミングがピタリと合えば、
被写体は、
糸を引くみたいにカベに衝突し、
息を呑むような(映像ならではの映え)迫真性を獲得する。
三回のリハをこなし。
いざ、本番突入。
「Shoot!」
肚の底から声を出す南禅寺。
衝撃波を受けたブルー。
崖っぷちモードの彼は、
死力を内燃させ、
両脚のバネに脳信号を爆進させた。
筋肉と腱を絶妙伸縮させ、
二度と出来ないような、
非の打ちどころの無い、後方ジャンプを敢行。
ジャストタイミングで力自慢のスタッフたちが、
┃南禅寺監督の密命にしたがい┃
リハとは桁違いの力をバーストさせ、
ワイヤーを引き絞った。
予測を遥かに上回る速度で引っ張られたブルーは、
(目を白黒させ)
背中から、まともにカベに激突!
頑丈に組まれていた壁材を破壊して、
向こう側へ 突き抜けて いった。
昏倒したブルーは、すぐさま救急搬送された。
「よっしゃ!
最高の場面を切り取った。
労災で休業補償はされるはずだ。
ブルー君には代役をあてがうとしよう。
早速、候補Aに連絡しなさい」
と監督は秘書に命じた。
ブルーは腰を亀裂骨折。
全治一か月の診断を下された。
・・ところが・・
・・なんと・・
・・翌日・・
ブルーはケガを押して、スタジオまでやって来たのだ。
南禅寺のもとへあいさつに赴き、
「監督さん、
ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
自分は、この通り、大丈夫であります」
といい、
痛みを圧殺し、バック転をして見せた。
死ぬほど痛いバック転であったが、
みじんも表情には出さなかった。
「うむ、よろしい。
ブルー君の心意気を買おうじゃないか!
代役は立てないことにする」
「ありがとうございます」
頭を角度90にして下げる。
・・とんでもない激痛が走った。
南禅寺監督の発令した、
過酷なミッション(というより無茶ぶり)を、
ブルーは、
予想外のガッツで乗り越えてみせた。
泥臭い執着心により、
プロ・レベルという軌道に乗ったのだ。




