夏のスペシャルウイーク/その3
乙骨プロデュサーは、首をかしげた。
友人のために、DJ汐は、
なぜ、ああまで献身的になれるのだ?
たしかに・・
生ラジオドラマ『めんちゃも屋』をきっかけに、
(ユッP砥石で研磨され)
汐坊の演技は良い意味で変化し、安定を獲得した。
それにしても・・と思わざるをえない。
人間関係の基本はギブ&テイク・・これは道理だ。
とはいえ、おのずと一線は引かれるべきで、
今晩の非は、
ブッキングした汐のリサーチミスというよりも、ゲスト側にある。
事前に、
本番トークに難有りを伝えておくのがエチケットだ。
ゲストコーナーはライブ・オンエアを建前としている、
とはいえ・・
録音をまじえてのブレンド放送など、いかようにもアレンジはきく。
ユッPは信じられないほど力強い演技を示すのに、
素顔に返るや、
想定外の不様をさらけだす謎!
才能ってやつは、
人格や一般常識とはクロスしない、
脳の一部の異常発達なんだろうか?
非才なオレには、理解できんブラックBOX。
・・DJはできる限りの手を尽くした。
貸し借りなしのおあいこである。
程よく まとめてフィニッシュさせりゃあ いいものを、
その先を求めていくのは、どういう了見なんだ?
プロファイリング(心理分析)できかねる。
才溢娘、汐は・・
時として・・
常軌を逸した・・
思料と感情の φ 円を描きだすのだ。
放送事故のリスクを負ってまで、
敢行する意義があるのか?
いささかバランスを失している。
スタッフ(給料生活者)たちを、
巻き込むことへの配慮はないのか?ヒョッ子め!
汐坊のやろうとしていることは、
┃過去放送を紐解いても┃
┃たった一例記録されているのみ┃
是非は正直わからん。通常ならば非である。
若い才能に、ブレーキをかけるのは、
Pとしてのモットーに反する。
DJは、功名心ナシの純粋シグナルで迫ってきた。
こういう時の汐はハードルを越える。
(ユッPの所属事務所が弱小なのが、せめてもの救い)
賭けてみるしかあるまい。始末書覚悟で!
このチャレンジ・・
面白いことは滅法面白い。
ただし、上手くいけば・・だ。
しっかし・・ヤバい薄氷橋だぜ。
乙骨Pは、
声を匍匐させ、キュー出しGO!
同時にある操作を行った。
DJは、
ミネラルウォータで口内を湿らせ、
喉スプレーをひと吹きすると、
慎重にカフを上げた。
新作舞台『ハリウッド大通り』のあらすじを紹介したあと、
ゲストへの質問を開始した。
汐「翻案した舞台劇の見どころを
主演女優である蓬莱ゆず季さんから
紹介してもらいましょう」
━ ゆず季は重い口を開く、
しかし彼女のマイクはオフになっていた。
DJ汐は、
メモに沿って的確に、
ユッPそっくりの声とイントネーションで、
話してみせた。
━ 当の、ゆず季は目ン玉飛び出しそうな表情だ。
汐「そもそも、
名作映画の翻案劇を上演するというのは
誰の発想なのかしら?」
「うちの発想なんです。
大好きな映画で、繰り返し見ていて、
いつかは演じてみたいと強く願っていました。
念ずれば叶う・・
9月の上演に漕ぎつけられた。感無量です」
(ゆず季になりきった汐ヴォイス)
汐「私と同い年、18歳のユッPが、
五十代の隠遁した大女優を演じるに当たって、
どのような役作り設計をしているのかな?
同業者として、興味津々なんだけど」
「大女優を遺伝子レベルまで掘り下げ、
趣味・嗜好・仕種はもとより
サイレント時代のハリウッドの研究成果なんかも含め、
パラレルな、あったかもしれない彼女の人生も加味し、
構築している最中です。
それと医学の専門家に
老化の仕組みを教示してもらったりしてます。
朝ドラで汐坊の演じた、老け役は、とても参考になった。
表情の作り方、
特に、アラフィフの発声はさすがの一語だったワ。
お世辞ぬきで」
(メモどおり一語一句違わず、
ユッP声で答える、汐)
「いただきました!
どうもありがとう」
(一人二役の変わり身DJ)
ここからは汐が引き取る形を装い、
単独トークに入った。
『ハリウッド大通り』の舞台と映画との差異や、
スタッフ・共演者のプロフィール、
上演劇場や問い合わせ先、
入場料などをスマートDIGして紹介した。
━ ゆず季は、目を円くして、
「そう、その通り」と、
親ゆびGoo!でうなずいてくれた。
乙骨Pは身体を震わせ、
つぶやいた・・
┃古川ロッパの再来だ!┃
《CM入り》
汐は合掌ポーズで、ゆず季に詫びる。
ユッPは首を左右に強く振り、
「サンキュー汐坊。
熱い友情受け止めたぜよ!
完璧なプロモートだった。
大きな借りが出来たねェ」
スタッフ一同、盛大な拍手を送る。
中には 涙ぐんでいる者もいた。
ホッとした汐は、
ぐったりと椅子に寄りかかる。
いつもの軽く倍以上のエネルギーを消費した・・
カラータイマーは消滅寸前。
《CM明け》
僅かに残った力を奮い起こす。
ゲストコーナーの感想と
『ラジオドラマ/後編』の紹介トークに入るため、
カフを上げる・・けれども、
はげしく・・咳込んでしまう。
あわててカフを下ろすDJ汐。
\副調整室\
\乙骨Pよりブリッジ♪挿入指令!\
\スイッチに手を伸ばすディレクター\
その刹那、
ユッPは、予備カフを押し上げ、
副調に向かって、とっさの合図を送った。
\ディレクターは閃光伝心をキャッチ \ 音声マイクON \
笹森 汐の仮面を装着したゆず季は、
ワンダーを発動させた!
DJアイドルを模した声とイントネーションで、
(表情まで近似させ)
進行台本に記されていたトークを読み上げ、
マス鮭アドリブも交え、番組をつないで見せた。
対面にいる汐は、
ライバルから反射洗礼を浴びて、茫然自失。
咳など、かなたへ消し飛んでしまった。
同時に、かつてない感情に囚われた。
・・畏怖の念である。
スタジオ内外は・・
しばしの間・・フリーズ状態・・
乙骨Pのサングラスは・・
二人目の┃古川ロッパ┃出現による衝撃で、
・・ズリ落ち、床に当たって、ヒビ割れた。




