三番目の坂/プリクエル
読者の皆さん、
お話は少しばかり遡りますゾ。
はてさて・・いかにして、
(三番目の坂)
まさか の状況になったのか?
━〇━
七尾マネージャーは、
スーツのポケットから
スマートフォンを引っぱり出し“SOS”を発信した。
・・タイムラグ二秒以内で、
2□□2号室のモニターフォンが鳴った。
激オコの汐 は、
虚を突かれたように、来客を、モニター確認。
訪問者(visitor)は・・
聖林プロの左近係長であった。
久々の再会である。
飛んで火に入る・・なんとやら・・
売れっ子タレントは片眉を吊り上げ、
係長に矛先を変え ━━ 怒りを飛び火させる。
「<延焼させて、山火事にしてやる!>」
DJアイドルは、どす黒い炎に、特大の薪を焚べた。
王座をかけて、
メーン・イベントのゴングが鳴り響いた。
元マネへ抗議の猛ラッシュを開始。
曰く ・・
「秋からの新番組は絶対NO!」(ハードパンチ)
「侮辱にも ほどがある」(L字ガード)
「たよりないマネージャーを即時解任要求」(サミング)
「契約満了後は事務所移籍の可能性大」(ブラフ)
「全力投球できる舞台の仕事がしたい」(アッパーカット)
「新CMの二本も断固保留!」(ボディーブロー)
ビジネスバッグを持ったまま、
玄関口にて直立不動の左近。
タレントの言い分を一語一句、
強く深くうなずきながら、
真摯に受け止めていく。
ななちゃんは、
リビングの床に女の子座りでフリーズしている。
担当タレントは、
外見からは想像もつかない、
激しいパッションの持ち主であることを知った。
「熟知している」は・・大いなる錯覚だった!
汐のアグレッシブな物言いは、
小一時間ほど、強弱&緩急をつけながら、
淀みなく続いた。
さすがはDJアイドル・・
少しも噛むことなく
流麗に言葉をつなぎ切った。
ただし、大事な声(商売道具)が掠れてきた。
抗議は一旦停止。
間髪入れずバッグを開く左近。
相手の心をくすぐるニュアンスをタレ目に込め、
ミネラルウォーター&のど飴
(ともに汐の好きな銘柄)
を阿吽献上。
マネージャー時代に取った杵柄。
それは ・完璧なタイミング・であった。
モメント・逡巡する・汐。
しかし、タイミングの妖気を嗅ぐと、
ネコにまたたび化してしまう。
<彼女自身 演技の基盤は 驚異のタイミング>
ハッと来ると ━ グッと受けてしまう。
本能のなせるワザよ。業かもしれない。
瞬間・・
売れなかった二人三脚時代が、
仄かなノスタルジー込みで、
脳内に追懐インサートされた。
わだかまりを抱えたまま、
キャップを開き、
水をコプコプ飲み、
キャップを閉じ、
アメ玉を口に放り込む。
やおら、挑戦的な視線を咬まし、
再びファイティングポーズを取る、
スリムな18歳ファイター。
試合再開のゴングが鳴らされる!
ノーガードだった左近は、
満を持して、
絶妙なカウンターを放った。
「新番組を受けてくれたら、
あなたのために・・
『ラジオ百歳プロジェクト』の仕事を取ってきます(必ず)。
神様ならぬ《あのお方》にかけて誓いましょう。
ご要望の・・
舞台劇もしくはミュージカルについては、
実現には困難が伴うので、即答はできかねる。
優れた脚本・演出家・スタッフ・キャストをそろえるのは、
よほど腰を据えてかからないとね。
翻り、あなたのスキルの問題も見逃せない。
映像や音声に特化した(編集によるお化粧ありきの)演技を、
舞台向きへとシフトさせなければならない。
受験勉強でも国立向けと私大集約型があるように、
別種の修練を積む必要アリです。
極論、
カット割りなしで、
二時間の芝居を持続させるのが舞台なのでね」
┃ 強気な汐の表情にキレツが生じた ┃
左近係長は、吊り上げた目じりをタレ目に復元させた。
「 ・・その前に ・・
まずはラジオです。
<ギャラクシー賞>にケリをつけるべき。
そろそろ、無冠を返上しましょうよ。
ドキュメンタリー仕様でね。
『インターが聴こえない』みたいな番組をやりたいと
残念会の席で、
乙骨さんやスタッフに提案したらしいじゃないですか?
だったら、人任せにしないで、
あなた自身がプロデュースすればいい。
資金面のバックアップは惜しみませんから」
まったくの意表をつく角度からの提案に、
しばしスリップダウンする汐。
「・・いわゆるスクープ・・
・・特ダネ・・
調査報道のイーグル・ショットを
どうやって見つけ出せばいいワケ?
わたし・・まったく、見当もつかない」
左近は大笑いでもって応じた。
「笹森 汐 ━ 18歳。
あなた、選挙権もある大人でしょう?
デビュー時の<マイセルフ>の精神は
どこへ置き忘れてきたんです?
他人のお膳立待ちでなく、
自分で掴み取ってみせるガッツを燃やさにゃ。
そもそも、『ラジオ哉カナ』の仕事だって、
あなたの純粋進言から始まった。
名もなき1タレントから発せられた、
ありったけの言葉には、
ヒトを突き動かす魂が宿っていた!
運命を切り開くイマジネーションが詰まっていた!
未来への 懸け橋 を信じさせてくれた!
地べたを這いつくばる強靭なマインド、
ヴァイタリティーがないかぎり、
『未解決事件』のスクープなんて取れやしません。
こたつ記事だって怪しいものだ。
もちろん運や人脈も必要不可欠。
招運にいたるには、
つまるところ、
人事を尽くすしか手はない。
今の地位を守りながらも
攻める姿勢を忘れないでほしいのです!」
言い終えた係長は咳ばらいをして、
さりげなーくネクタイに手をやり
(汐からプレゼントされた高級品)
・・あるヒントを示唆した。
とたん・・
・・ヘコんでいた汐の表情に光が射した。
━〇━
かくして・・
左近係長の提示してきた、
魅力的なニンジンには抗えず、
『ラジオ百歳プロジェクト』収録後に、
汐の追加要望をいくつか承認させる形で、
交換条件を受け入れた。
いよいよ、
プライムタイムに放送される、
新番組のスタートである。




