構想
チーフディレクターの伊能さんに、
優しく促されるまま、
目に涙をため、
歪んだ視界の中、ピントを調節し、
細い指を震わせながら、
打ち覆い┃白い布┃をめくっていく。
安らかな顔をした仏様へ・・
自身の小さな顔を寄せて・・
お別れの言葉をかける ・・ 喪服姿の汐。
涙があふれ出て止まらない・・
悲しいやら・・
悔しいやら・・
どうして?
なんで、このタイミングで?
という思いが拭いきれない。
脚本家 ┃湯浅 二三┃ 享年58。
自宅兼仕事場のマンションで孤独死。
死因は・・肝不全。
アルコール摂取が限界量を超えた結果である。
番組プロデュサーの藤本氏の通報により、
管理会社立ち合いのもと開錠。発見に至る。
死後10時間以上経過していた模様。
━〇━
生前・・
高身長で細身、
変に陽気な湯浅さんは、
ときたま撮影スタジオにやってきては、
揮発性の高い息をまき散らして、
主演女優や演出家たちと話しこんだ。
気分転換とネタ集めが主たる動機であった。
それと・・
お気に入りの 汐 坊 に会うと、
想像力が いい塩梅に 刺激されたのだ。
「なあ、汐坊よ・・
今度な、
『サスティーン』の特番を、
地上波のゴールデンで放送することが決まって、
このドラマの名場面ベスト20を投票して欲しいと、
視聴者から大々的に
アンケートを募ったのは知ってるだろう?
その集計が たったいま 出たんだよ。
第1位に輝いたのは、
どのシーンだと思う?」
主演女優専用チェアの
真横に腰かけた脚本家は、
A4用紙を見ながら、
落ち窪んだ目に光を灯して、問いかける。
汐は指をパチンと鳴らし♪
「これは鉄板!
サウンドステッカーと共演した場面でしょう。
大変な反響だったし。
演じた私も、
オンエア見て鳥肌が立ったもん」
「ブー!残念でした。
そいつは2位だ」
「えー!?」
「1位を当ててごらん。
ご褒美は・・
大道アスカのグッとくるセリフ」
「いいねェ、乗った!
そうだな・・
VFXじゃないとすると・・
ショートコントの入った
『ブレインチャイルド』の場面?」
「大ハズレ!
コント場面は人気だが、
ベスト5に届かなかった」
汐はいくつか候補を上げたが、
いずれも・・不正解。
「うーむ、思い浮かばない。
白旗・・降参デス」
「正解は、
アスカがデパートの屋上で、
先輩のピンチヒッターに立つ、
《 独り芸 》の場面だ」
「へー!ほんと!意外!
ワンテイクですんなりいったし。
難しい場面ではなかった。
ワクワクしながら演じた感じ、かな」
「そう言えるのは
お前さんぐらいなもんだな。
ホンを書いたオレですら震えが来たよ。
『天井桟敷の人々』のバチストみたいだったぜ」
「? ? ?」
「汐坊は、
旧い日本映画なんかは見るのかい?」
「うーん。
あんまり見ない・・」
「そいつは・・いかんな!
ちゃんと見ておくことだ。
宝の山さね。
オレの言うのは、
名作の類ではなく、
あくまで娯楽映画よ。
あのデパートの屋上場面には、
ちゃんと元ネタがある。
石原裕次郎がジャズ・ドラマーになるやつと、
もう1本は『エレキの若大将』なんだ。
ピンチに陥った際の切り抜け方が素晴らしい。
━ これぞ名場面 ━
ヒーロー力 が漲っている。
日本映画がピッカピカに輝いていたころだ。
ゾクゾクするオーラがあるんだな。
しっかり勉強して、養分を吸い取っとけよ。
のちのち 生きてくるから」
「あいあいさー!」
主演女優は敬礼のポーズをする。
━〇━
仏様の顔をジッと見つめる・・汐。
藤本Pの話だと、
『サスティーン』次の回は、
書きかけの、
わずか数行しか残っていなかったそうだ。
キーボードにうずくまるようにして
コト切れていたらしい。
殉職といえるだろう。
命を削った台本だったんだ!
哀しくって・・悲しい。
━〇━
「オレはな、番組内で、
視聴者に背負い投げを喰らわす
フェイク話 をやってみたいんだ。
そう・・『火星人来襲』みたいなやつ」
と口癖のように言っていた。
「構想は もう固まっている。
しかし、Pが首を縦に振らんのだよ。
ショートコント、ショートコントと、
なんとかの ひとつ覚え みたいに、ほざいてな」
ある時は・・
「アスカはラジオDJ兼タレントなんだから、
その職業利点を生かしてだな、
1 天才・秀才・バカ のコーナーにゲスト出演させる。
2 当時の洋画やアニメの吹き替えにチャレンジ。
3 結婚引退する前の 伝説のアイドル をゲストに招く。
4 令和の笹森汐をタイムスリップさせて、昭和のアスカとの対面。
5 紅白の審査員としてシレっと登場する・・
いかようにでも展開は きくはずなのに、
どの案も 一蹴されちまった。
いいアイディアだと思うんだが」
━〇━
見かけを裏切る度胸の持主(=笹森)としては、
湯浅さんの手による、
賛否を呼びそうな、
フェイク挿話の共犯者になりたかった。
『サスティーン』の印象回がさらに増えたことだろう。
アスカが初チャレンジする、
洋画のアフレコに関しては、
あのお方専属の声優との共演という
破格な構想まで聞かせてくれた。
(気絶しそうなくらいウレしかった)
うしろ髪ひかれる、没エピである。
なにより心残りなのは・・ホラー回。
━〇━
「汐坊・・お盆どきにな・・怪談話をやるゾ。
70年代はTVドラマや
ワイドショーの定番だったんだぜ。
ホラーはいつの時代も不滅だ。
人の根源に訴えかけるからだ。
ハリウッドだっていまだに作り続けてるだろう。
こっちの方はPから許可をもらった」
汐は身を乗り出して、
「ワオ!
ホラーは初体験。
期待していいよね?」
「もちろんだ。
とっておきのネタがある。」
脚本家はウインクしてみせた。
━〇━
湯浅さんは、
頭の中だけで構想をまとめていくタイプだったらしく、
メモやノートは一切 残していない。
PCを調べても なにひとつ 出てこなかった。
全部、あの世へ持っていってしまったのだ。
羅針盤を失った朝ドラは、
この先どうなってしまうのだろう・・!?




