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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
23/74

構想

チーフディレクターの伊能いのうさんに、

やさしくうながされるまま、

目に涙をため、

ゆがんだ視界の中、ピントを調節し、

細い指を震わせながら、

おおい┃白い布┃をめくっていく。


安らかな顔をした仏様へ・・

自身の小さな顔を寄せて・・

お別れの言葉をかける ・・ 喪服もふく姿のしおり


涙があふれ出て止まらない・・

悲しいやら・・

くやしいやら・・

どうして?

なんで、このタイミングで?

という思いがぬぐいきれない。



脚本家 ┃湯浅 二三┃ 享年58。

自宅兼仕事場のマンションで孤独死こどくし

死因は・・肝不全かんふぜん

アルコール摂取が限界量を超えた結果である。

番組プロデュサーの藤本氏の通報により、

管理会社立ち合いのもと開錠。発見に至る。

死後10時間以上経過していた模様。


━〇━

生前せいぜん・・

高身長で細身、

変に陽気な湯浅さんは、

ときたま撮影スタジオにやってきては、

揮発性きはつせいの高い息をまき散らして、

主演女優や演出家たちと話しこんだ。

気分転換とネタ集めがしゅたる動機であった。

それと・・

お気に入りの しおり ぼう に会うと、

想像力が いい塩梅あんばいに 刺激されたのだ。


「なあ、汐坊よ・・

 今度な、

『サスティーン』の特番を、

 地上波のゴールデンで放送することが決まって、

 このドラマの名場面ベスト20を投票して欲しいと、

 視聴者から大々(だいだい)的に

 アンケートをつのったのは知ってるだろう?

 その集計が たったいま 出たんだよ。

 第1位に輝いたのは、

 どのシーンだと思う?」


主演女優専用チェアの

真横に腰かけた脚本家は、

A4用紙を見ながら、

落ちくぼんだ目に光をともして、問いかける。


汐は指をパチンと鳴らし♪

「これは鉄板てっぱん

 サウンドステッカーと共演した場面でしょう。

 大変な反響だったし。

 演じた私も、

 オンエア見て鳥肌とりはだが立ったもん」


「ブー!残念でした。

 そいつは2位だ」


「えー!?」


「1位を当ててごらん。

 ご褒美ほうびは・・

 大道アスカのグッとくるセリフ」


「いいねェ、乗った!

 そうだな・・

 VFXじゃないとすると・・

 ショートコントの入った

 『ブレインチャイルド』の場面?」


「大ハズレ!

 コント場面は人気だが、

 ベスト5に届かなかった」


汐はいくつか候補を上げたが、

いずれも・・不正解。

「うーむ、思い浮かばない。

 白旗しろはた・・降参こうさんデス」


「正解は、

 アスカがデパートの屋上で、

 先輩せんぱいのピンチヒッターに立つ、

 《 ひとげい 》の場面だ」


「へー!ほんと!意外!

 ワンテイクですんなりいったし。

 むずかしい場面ではなかった。

 ワクワクしながら演じた感じ、かな」


「そう言えるのは

 お前さんぐらいなもんだな。

 ホンを書いたオレですらふるえが来たよ。

 『天井桟敷の人々』のバチストみたいだったぜ」


「? ? ?」


「汐坊は、

 ふるい日本映画なんかは見るのかい?」


「うーん。

 あんまり見ない・・」


「そいつは・・いかんな!

 ちゃんと見ておくことだ。

 宝の山さね。

 オレの言うのは、

 名作のたぐいではなく、

 あくまで娯楽映画よ。

 あのデパートの屋上場面には、

 ちゃんともとネタがある。

 石原裕次郎がジャズ・ドラマーになるやつと、

 もう1本は『エレキの若大将』なんだ。

 ピンチにおちいった際の切り抜け方が素晴らしい。

 ━ これぞ名場面 ━

 ヒーローりょくみなぎっている。

 日本映画がピッカピカに輝いていたころだ。

 ゾクゾクするオーラがあるんだな。

 しっかり勉強して、養分ようぶんを吸い取っとけよ。

 のちのち 生きてくるから」


「あいあいさー!」

 主演女優は敬礼のポーズをする。

━〇━


仏様の顔をジッと見つめる・・汐。

藤本Pの話だと、

『サスティーン』次の回は、

書きかけの、

わずか数行しか残っていなかったそうだ。

キーボードにうずくまるようにして

コト切れていたらしい。

殉職じゅんしょくといえるだろう。

命をけずった台本ホンだったんだ!

哀しくって・・悲しい。


━〇━

「オレはな、番組内で、

視聴者に背負い投げをらわす

フェイク話 をやってみたいんだ。

そう・・『火星人来襲』みたいなやつ」

口癖くちぐせのように言っていた。


構想こうそうは もう固まっている。

しかし、Pが首をたてに振らんのだよ。

ショートコント、ショートコントと、

なんとかの ひとつ覚え みたいに、ほざいてな」


ある時は・・

「アスカはラジオDJ兼タレントなんだから、

その職業利点を生かしてだな、

1 天才・秀才・バカ のコーナーにゲスト出演させる。

2 当時の洋画やアニメの吹き替えにチャレンジ。

3 結婚引退する前の 伝説のアイドル をゲストに招く。

4 令和の笹森汐をタイムスリップさせて、昭和のアスカとの対面。

5 紅白の審査員としてシレっと登場する・・

いかようにでも展開は きくはずなのに、

どの案も 一蹴いっしゅうされちまった。

いいアイディアだと思うんだが」

━〇━


見かけを裏切る度胸の持主(=笹森)としては、

湯浅さんの手による、

賛否さんぴを呼びそうな、

フェイク挿話(エピソード)の共犯者になりたかった。

『サスティーン』の印象回がさらに増えたことだろう。


アスカが初チャレンジする、

洋画のアフレコに関しては、

あのお方(・・・・)専属の声優との共演という

破格はかくな構想まで聞かせてくれた。

(気絶しそうなくらいウレしかった)

うしろ髪ひかれる、没エピである。


なにより心残りなのは・・ホラー回。


━〇━

「汐坊・・お盆どきにな・・怪談話をやるゾ。

70年代はTVドラマや

ワイドショーの定番だったんだぜ。

ホラーはいつの時代も不滅ふめつだ。

人の根源こんげんうったえかけるからだ。

ハリウッドだっていまだに作り続けてるだろう。

こっちの方はPから許可をもらった」


汐は身を乗り出して、

「ワオ!

ホラーは初体験。

期待していいよね?」


「もちろんだ。

とっておきのネタがある。」

 脚本家はウインクしてみせた。

━〇━


湯浅さんは、

頭の中だけで構想をまとめていくタイプだったらしく、

メモやノートは一切いっさい 残していない。

PCを調べても なにひとつ 出てこなかった。

全部、あの世へ持っていってしまったのだ。


羅針盤らしんばんを失った朝ドラは、

この先どうなってしまうのだろう・・!?





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