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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
22/90

深海

しおりは、

ちょっぴり寝不足気味のれぼったい顔で、

定刻通りスタジオ入りし、いつもの控室で待機していた。

マネージャーや付き人は出払ではらって一人きりだ。


┃撮影前の精神統一タイム┃


ふだんならばそうである。

しかし・・

なにもすることがない。

頭の中はからっぽである。

というのも・・

台本ホンが上がってこないからだ。

 きょうは特に遅い。

 ジリジリする。

おまけに、

本日の演出家はチーフの伊能さん(コイシツ)である。

長丁場ながちょうばを覚悟せねばなるまい。


こういう時は なにを すべきか?!

確固かっこたるセオリーを汐は持たなかった。

未知の経験だったからだ。

朝ドラ以前の撮影では、

脚本は必ず用意されていたし、

その設計図の上に演技を構築こうちくしていくという、

当たり前だと思っていた常識がくつがえされた格好かっこうだ。


プラスして、

なにか・・歯車のかみ合わせが・・よろしくない。


神経が変にピリピリして、

文庫本を開いても

テレビを見ても

タブレットで映画を見ても

スッと頭に入ってこない。

戦闘せんとう状態メンタルなので

食事はおろか水分補給の欲求も閉ざされていた。

汐は・・

控室で出されるお弁当を

ほとんど食べたことがない。

基本、ななちゃんの胃袋に収まった。

Lサイズもキツくなってきたと愚痴グチをこぼしながら、

しっかりたいらげる二代目マネージャーであった。


控室にいる時間は

台本ホン復習さらうという

プログラミングが強固きょうこになされているため、

ブリンカーがはずれてくれない。

ゲート入りする寸前のテンションのまま、

競走馬がレースに入っていけない状態だった。

結構けっこうなストレスである。


ドラマは・・

『メタフィクション』のあとの回だから、

シリアス展開になるんだろうなァと想像してみる。

緩急かんきゅうの巧みなベテラン脚本家なので、

多分そうなるだろう。

湯浅ゆあささんのホンは、

なんといっても引き(・・)上手ウマい。

次回が読みたくて たまらなくなる。

乙骨おっこつPも その手腕をめていた。

面白い連載マンガを

読んでいる気分にさせてくれるのだ。

アレにまさる快感は そうはないだろう。

幼いころ『ガラスの仮面』を読んだときは、

あまりの面白さに陶然とうぜんとなった。


どんなに待たされて、

(頭に血がのぼっていても)

ひとたび新着の台本ホンを読むと

ストレスのささくれ(・・・・)途端とたんえてしまう・・

湯浅さんのホンには

演者・スタッフをとりこさせる媚薬びやくが含まれていた。



汐は時間つぶしのために、

ストレッチを始めた。

以前、ゆず季(ユッP)から

「ひと汗かくと緊張は適度にしずまってくれる」

とアドバイスされたことを思い出したからだ。


ゆず季は筋肉質なのに身体は素晴らしく柔軟じゅうなんだ。

「一年365日ストレッチをしている

うるう年の一日のみ(・・・・)休む」と言っていた。


彼女のげんだ・・ウソはないだろう。

それにしても、

通年、

休まず努力できるって凄いコト。


/私にはできない/


かなり熱心に追い込みストレッチをした。

ウンウンうなりながら腕立てや腹筋運動も行った。

ひと汗以上かいたら気分がスキっとした。

鏡台 (化粧前) の前に腰かけ、フェイスタオルで汗を拭く。

運動のお陰で顔かられぼったさが引いていた。


別に・・

昨晩・・

缶ビールを飲み過ぎたわけではない。

・・夢見ゆめみがよろしくなく、

浅い眠りに終始したのが原因だ。

その原因の根本こんぽんについては不明である。

特段変わった出来事があったワケでも、

珍味を食したワケでもない。

特定できないのであった。


長丁場ながちょうば の撮影を乗り切るには、

規則正しい生活を送ることが肝要かんようである。

・・汐の経験則であり、

・・先人もまた似たようなことを言っている。


ハンで押したような日々に

いよいよ煮詰につまってきたら・・

VIP専用カラオケ店(秘密厳守)で絶叫し、

生ビールをあおり、

好物こうぶつを食べまくる。

まあ、一般的な発散法だ。


このあとが・・

汐は・・

普通とは・・

ちょっと・・ことなるのだ。


発散したよく早朝、

シャワーを浴びたのち、

静かにベッドに横たわり、

触感しょっかんイメージの深海へ潜行せんこうしてゆき、

自身の心の不随意ふずいい部のやみ藻掻もがいてみる。


汐の特質である、

ヴィヴィットなイメージ力を生かした、

シュミレーション・トライアル。


うまくいかないことの方が多いけれど・・

今まで仕事上で表出した課題を、

現実同等の鮮明過ぎるイメージの中で再現し、

その渦中かちゅうにいる自分自身をリモートして、

克服こくふくするためのヒントを探すのである。

マレではあるけれど、

∴解決ライン∵

が快感をともなって像を結ぶ。

こうなればしめた(・・・)もの、

現実の困難ハードルを乗り越えられる可能性が高まる。


ふつうの人が無意識下で行っていることを、

汐は意識的に実践する(できてしまう)のだ。

余人よじんにはマネのできない特殊領域といえる。


笹森汐の最高機密 ━ 神秘の(ひと)つのはしら



ドン!ドン!

(あつ)の強いノックの音がした。

はて・・誰だろう?

ななちゃんや

スタッフなら

もっと、遠慮がちなノックをする。


ノックの音が性急せいきゅうに繰り返される。

「はい!」と応じて、

化粧前からドアへ移動。


扉を開く。


向こう側に立っていたのは、

チーフのコイシツ(伊能さん)と

マネージャーのななちゃんであった。













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