前哨戦
彼は夢を見ていた。誰だって見る見たくもない、起きたら忘れてしまうような夢だ。
日常的な高校生活の中で行われる、朝礼の時に彼が後ろから殺されるそんな夢だ。
結果的に生き残った彼が見たものは他者からの嘲の目。
「なんでお前が生き残ったんだ」
「お前が死ねばよかった」
クラスの中でもいくらか高い方のカーストにいた彼にとっては、友人からのその言葉はとても辛いものだ。
それこそ家庭内でその言葉が出るのは日常的で我慢出来ただろうが。
そのため目覚まし時計を力いっぱい叩きアラームを止めた。夢の記憶がないため自分が泣いていることに困惑しながら、彼はかけてある私服に着替える。
二階の自室から出た瞬間に彼は一人であることを感じ取る。静かな家の中は何も物音一つしない。
昨夜も帰ってこなかったか、と彼は頭の中でそう考えた。別に他に意味は無い。ただ彼が高校に入ってからというもの彼の親は彼を放置するようになった。自分たちは私腹を肥やし息子には一食、卵かけご飯なんてざらだ。
帰ってきたとしても彼の顔を見るやいなや「なんでここにいるんだ」と朝から殴られる。それも他人には気付かれないように表立たない腹などをだ。
彼が生きていくためにアルバイトで稼いだ金も母の不倫するためのお金へと変わる。
初めて彼がそれをやられたのは小学生くらいの頃だ。最初は親からすれば躾だったのかもしれない。それがだんだんと荒くなっていき暴力に発展するのにあまり時間はかからなかった。
そのような彼にとっては不幸せすぎる環境の中、彼は小学生の頃から変わらず成長を続けた。
彼の降りた居間のテーブルには「お金借りたから」という文以外何もない。彼は大きなため息を吐き、ほぼ空っぽの冷蔵庫の中から卵と醤油を取り出す。
いつも通り彼はパックご飯をレンジに入れ完了次第、取り出す。少しかき混ぜ熱を冷ましてから卵を投入した。
このように簡単な作業で幸せになれる、そんな世界ならよかったのに、と彼は現実逃避気味にそう考えながら醤油を垂らし喉に掻き込む。
空っぽの胃の中に入っていく卵かけご飯。それは彼の胃を汚していることと相違なかった。
彼はそっと家の鍵と昨夜のうちに準備していたリュックサックを背負い家を出る。鍵を閉めガチャガチャと数回確認をしてから、近くに停めてある倒れた自転車に手をかけた。
彼は自転車を起こしチェーンの確認をしてから彼はまたがり悠々と自転車を漕ぎ出す。ガチャリガチャリと日常に溶け込む不協和音を響かせ坂を登る。
彼の通う高校が坂の上にあるという最悪な環境だ。一漕ぎする度に彼の呼吸は荒れ疲れさせていく。
夏だからか指す日差しはとても強く彼の少し白めの肌を焦がしていく。彼にとって強い日差しは暑い以上に痛みを覚える。だからか汗はダラダラと地に落ち蒸発を始め、瞬きの回数は急激に増加した。
フラフラとする足取りの中、彼はようやく自転車置き場へと到着してチェーンをかける。この学校の良さ、というよりも生徒に優しい点は校内では扇風機がかけられている。
もちろん、生徒玄関にも置かれており彼はその目の前で倒れた。すぐに体制を整え少し座って涼みながら扇風機にあたる。
まだ幾分か早い。そのため学校に来ている人は多くはない。だからこそ出来ることだろう。
「おっ今日も早いんだな。金倉」
「あっ族長おはです」
少し強面なスキンヘッドの野球部の顧問はカッカッカッと笑う。
「俺の名前をそういうなんてお前ぐらいだぞ」
「覚えてるので安心してください。束原長部でしたよね。というわけでオサベ先生おはようございます」
「おう」と笑いながら長部はその場を後にした。その後ろ姿を見送ってから彼は扇風機の前の特等席を後にして教室に向かう。
ちらほらと同学年の人が見えるが名前までは彼自身覚えていない。話すか話さないか悩むうちにチャンスを失っているのだ。そのためグイグイ来る人と仲良くなりやすく影に隠れる人とは仲良くなりづらい。
彼が扉を開け中に入ろうとする。そんな時に頭から降ってきた一つの黒板消し。
それを彼は手に取り睨みつける。
「引っかかったぞ。まさかの洋平が引っかかりやがった」
「うっせえ、知ってたら引っかかんなかったよ陽真」
彼は軽口を叩きながらその黒板消しをセットした佐藤陽真の視線を向けた。「えへへ、悪い悪い」と悪びれた様子もないままで手を叩く陽真。彼ははあっとため息をついて黒板消しを黒板の端に置いた。
自分の机に向かい椅子に座る。ズズっと不吉な音を奏でながら椅子を引くと、これみよがしに見えるように置かれた手紙があった。
彼はそれを机の中に押し込みため息をもう一度吐く。
「またあいつかよ」
このようなことをする人は彼にとって二人しかいない。片方は陽真の悪戯でありもう片方は、
「ねえ、読んでくれた?」
彼の隣に座る綾女光である。いつの頃か彼に付きまとうようになった綾女コーポレーションのお嬢様だ。
そして彼女のお眼鏡に適ったものは彼を除いて他にいない。彼女の性格の良さと眉目秀麗、そんな彼女を好きになるものは少なくなかった。
もしそのような人がいるとすれば洋平くらいだろう。同学年の男子ほとんどから告白をされ全て断っている。中には熱狂的なファンと偽るストーカーもいたが全て綾女家の力でそのようなことを出来ないようにされていた。
そんな彼女からの手紙だと知るやいなやその手紙を下ろしたリュックの中にしまう。ズドーンと少し大きな音が出たが彼のリュックの容量は大きくきちんと入れることが出来た。
「ねえ、なんでしまったの」
「家に帰ってからじっくり読もうと思ってね」
彼はいつも通り口から出る言葉に身を任せ光がその話題を終わらせることを待った。彼は光を少し怖いと思っていた。というのも愛が重い。言葉の節々に彼と会えたことをとても喜びそれをポエムにしたりする。
彼女はそのことをまだバレていないと思っているが、彼の目の前で書いているノートがチラチラと見えほとんどの人に知れ渡っていた。
それからというもの、彼に話しかける存在はいなくなり彼はそこで睡眠をとる。今日、彼らの学校では全校朝会という全校生徒で校長の長話、もといありがたいお話を聞かなければいけない。
彼はその場で倒れないようにと今、睡眠をとることを決めた。隣の光は洋平の寝顔をじーっと見ながら時間を潰す。
キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムが鳴り響き、それを目覚まし替わりに彼は目を覚ます。
「椅子持って廊下にならべぇ」
少し舌っ足らずな教師の言葉に従いながら、彼らは教室から椅子と貴重品だけを持ち廊下に並んだ。
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