最終話
王城での夜会から数日後。
「殺人未遂」および「不義と隠蔽」の罪が正式に断罪されたことで、ルーカスとカーラが築き上げた仮初めの幸福は、音を立てて完全に崩れ去った。
ファーマン家は取り潰され、すべての資産は王家に没収。ルーカスは辺境への流刑、そしてカーラは実家からも絶縁され、二度と社交界の光を浴びることのない追放処分となった。
カーラ様が、わたくしが階段から落ち見殺しにした罪は、彼女がこれから迎える過酷な人生の中で、永遠に重い十字架として背負い続けられることになる。
✴︎ ✴︎ ✴︎
ノーベルト侯爵家の広大な庭園。
あの騒動の後、我が家は家族全員でしっかりと腰を据えて話し合う時間を設けた。
母や兄がなぜあの日すぐに駆けつけられなかったのか、そして父がどれほど影でわたくしの治療に奔走してくれていたのか――すべてのわだかまりが解け、侯爵家はかつてないほどの温かな絆で結ばれることになった。
「お姉様、これ、お花を折っちゃったの……ごめんなさい」
トコトコと駆け寄ってきた小さな影――イザベラが、しょんぼりとした様子で折れた薔薇の茎を差し出してきた。
ルーカスたちの没落に伴い、イザベラは我がノーベルト侯爵家で正式に引き取り、育てることになったのだ。
ただし、娘としてではなく妹として。
イザベラはわたくしが母親であることは知らない。カーラ様はイザベラにとって、多分……良き母親だったのだろう。
無理やりわたくしが母親だと名乗る必要はない。
最初はおどおどしていたあの子も、今ではすっかりわたくしに懐き、毎日「お姉様」と後を追ってくる。
「ふふ、いいのよ、イザベラ。お花も、あなたがあまりに熱心に見つめるものだから、甘えたくなって折れちゃったのよ」
「ほんとう?」
「ええ、本当よ。さあ、こちらにいらっしゃい。サラもおいで、一緒に絵本を読みましょう」
「やったぁ!」
「はい!」
イザベラが満面の笑みを浮かべ、わたくしの膝の上にちょこんと乗ってきた。
サラも隣にそっと寄り添うようにやってきた。
その温かくて柔らかな体温を感じながら、わたくしはそっと目を細める。
すべてを奪われ、冷たい眠りの中に取り残されていた自分が、今こうして家族に囲まれ、愛しいものを守るための強さを手に入れている。
「――ほう、相変わらず平和な絵面だな、眠り姫」
突然、低く艶やかな声が頭上から降ってきた。
見上げれば、いつの間に現れたのか、レイモンド様が東屋の柱に背を預け、腕を組んでこちらを眺めている。相変わらず、隙のない端正な顔立ちと不敵な笑みだ。
「ちょっと、レイモンド様! 影のように音もなく現れないでちょうだい。イザベラが驚くでしょう?」
「驚いているのはお前だけだろ。……それに、俺の呼称はそろそろ『レイモンド様』ではなく、別のものに変えてもいい頃合いじゃないか?」
「はあ? 何を言っているのかしら」
わたくしが怪訝に眉をひそめると、レイモンド様はふっと深く笑い、すらりとした足取りで歩み寄ってきた。
(その、顔面偏差値の高いお顔を近づけてこないで!)
そして、イザベラの隣にしゃがみ込み、じっとわたくしの瞳を見据える。
「奴らへの復讐も終わり、我が国の夜会も盛大に荒らしてやった。……となれば、次に暇を持て余すのは誰だと思っている?」
「さあね。せいぜい、また隣国の退屈な公爵業務にでも戻ることかしら?」
「あいにく、俺は今、お前のせいで『人生最大の難問』に頭を悩ませているんだ。責任をとってもらわなくては困るな」
彼は懐から、さらに豪華な、純白の封筒を取り出し、サラリとテーブルの上へ滑らせた。
「これは……?」
「隣国トレント公爵家からの招待状だ。……ただし、客人としてではない。我が公爵家の『正当な主人』として、隣国へ嫁ぐためのな」
――え?
頭が真っ白になり、言葉を失うわたくしを見て、レイモンド様は意地の悪そうな、けれどこの上なく甘い笑みを浮かべた。
「お前が三年間眠っていた分、これからはたっぷり俺に付き合ってもらう。もちろん、可愛い妹君も一緒に連れてくるといい」
「勝手に決めないでちょうだい! わたくしはまだ華麗な独身生活を満喫する予定だったのよ!」
「断る権利はない。なにせ、お前の父親であるノーベルト侯爵、そして家族全員からは、すでに正式な承諾をもらっているからな」
「お父様たちが……!?」
絶句するわたくしを見て、レイモンド様は満足そうに声を上げて笑った。
まったく、どこまでもペースを乱される、本当に憎たらしい人。
けれど、その胸の奥で高鳴る温かな鼓動は、もう隠しようもなかった。
「……お姉様、お顔が真っ赤よ?」
膝の上で、イザベラが不思議そうに首をかしげて見上げてくる。
サラもキョトンとしてわたくしを見た。
わたくしは慌てて両手で自分の頬を押さえ、レイモンド様をキッと睨みつけた。
「……見ていなさいよ、レイモンド様。隣国に行っても、あなたのその生意気な態度、いつか絶対にギャフンと言わせてみせるんだから!」
「ああ、楽しみにしておくよ、俺の可愛い眠り姫」
――まったく!!
どこまでも調子が狂うし、意地悪だし、本当に憎たらしい。
レイモンド様はふっと目を細め、愛おしそうなわたくしの頭を、かつてと同じようにぽん、と優しく撫でた。
終




